天晴れアヒルバス*山本幸久

  • 2016/10/30(日) 18:25:19

天晴れアヒルバス
天晴れアヒルバス
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山本幸久
実業之日本社
売り上げランキング: 257,116

アヒルバスのバスガイドになって12年、いつしかベテランになった高松秀子(デコ)。恋も仕事も充実…のはずが、後輩に追い抜かれっぱなしの日々。外国人向けオタクツアーのガイドを担当するが、最悪の通訳ガイド・本多光太のおかげでトラブル続発。デコは乗客に、そして自分にも幸せを運ぶことができるのか―!?アラサーのデコにもとうとう春が来る!?


デコさんもすっかりベテランになり、後輩を指導する立場にもなっているが、後輩たちが次々に企画を出して採用される中、さっぱりアイディアが浮かばず、密かに落ち込むこともあるのだった。後輩が企画したツアーのガイドをするのも忸怩たる思いがないわけではないが、その上さらに、厄介な新人本多光太のお目付け役まで仰せつかってしまい、さんざんである。だが、お客さんと接するのは愉しいし、先輩後輩、取引先の人たち初め、周りの人間関係には恵まれているのである。なんとアカコとヒトミも登場し、新しい展開がありそうだし、でこさん自身にもロマンスの兆しが見えたような見えないような。さらなる展開が愉しみなシリーズである。

オムライス日和 BAR追分*伊吹有喜

  • 2016/10/29(土) 07:23:11

オムライス日和 BAR追分 (ハルキ文庫)
伊吹有喜
角川春樹事務所 (2016-02-12)
売り上げランキング: 31,309

有名電機メーカーに勤める菊池沙里は、大学時代にゼミで同期だった宇藤輝良と再会する。卒業して五年、宇藤は「ねこみち横丁振興会」の管理人をしながら、脚本家になる夢を追い続けているという。数日後、友人の結婚式の二次会後に、宇藤がよくいるというねこみち横丁のBAR追分に顔を出した沙里だったが…(「オムライス日和」より)。昼はバールで夜はバー―二つの顔を持つBAR追分で繰り広げられる人間ドラマが温かく胸に沁みる人気シリーズ、書き下ろしで贈る待望の第二弾。


またまたおいしそうなものがたくさん登場して、ついつい想像してしまう。ねこみち横丁での宇藤の立場もすっかり定着したようで、注文も「いつものあれね」で通じるようになっている。ものすごく遠慮がちで、自分に自信がなさそうな宇藤を見ていると、つい二十歳そこそこの若者を想像してしまうが、実は36歳という分別盛りなのである。その辺りにいささか違和感がなくもないが、それが宇藤の魅力でもあるのかもしれない、とも思う。ねこみち横丁の面々のプライベートが少しずつ明かされていく一冊でもあり、今後の展開が愉しみな、長く続いてほしいシリーズである。

刑罰0号*西條奈加

  • 2016/10/28(金) 17:09:06

刑罰0号 (文芸書)
刑罰0号 (文芸書)
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西條 奈加
徳間書店
売り上げランキング: 467,378

記憶を抽出して、画像化を行い、他人の脳内で再生するシステム―0号。これを用いて犯罪被害者の記憶―殺された際の恐怖を加害者に経験させる…。もともとは、死刑に代わる新たな刑罰として、法務省から依頼されたプロジェクトであったが、実際は失敗に終わる。0号そのものに瑕疵はなかったが、被験者たちの精神が脆く、その負荷に耐えられなかったのだ…。開発者の佐田洋介教授は、それでも不法に実験を強行し、逮捕されてしまう。助手の江波はるかは、さるグローバルIT企業のバックアップのもと、ひそかに研究を続けるが…。0号を施した者、0号を施された者たちの物語は、今、人類の“贖罪”のために捧げられる―。


罪を犯した者を、心の底から悔い改めさせることのできることができるなら、それは被害者にとっても、もちろん本人にとっても、前を向いて一歩踏み出す大きな助けになるだろうと思う。死刑やその他の刑罰によって、ほんとうにそれが成し得るのかどうか疑問は大きく、ことに被害者感情には納得できない部分が多いだろうと察せられる。刑罰0号は、犯罪者に、被害者の記憶を見せることによって、自分の犯した罪の重さを実感させ、心底から罪を償わせようという狙いで始められたプロジェクトである。しかし、まず被験者とされた犯罪者たちにかかる負荷は予想以上に大きく、プロジェクトは半ばで頓挫することになる。だが、研究者というのは、その程度のことで、はいそうですかと諦められる人種ではないのだろう。水面下で続けられていた研究が、後々想像もしなかった事態を引き起こすことになるのである。辛うじて正気を保ち、成長していく被験者・森田俊と研究者の江波はるかの関わり、俊とそもそもの開発者・佐田行雄の関わり、佐田と息子の洋介との関係。さまざまな人物たちが絡み合い、それぞれの思惑で0号の周囲で動き回っている。ラストは、そもそもの狙いからするとかなり大規模なことになったし、実際にそんなことになったらと思うと身が震えるが、もしかするとこの先、平和が続いてくれるかもしれないという小さな希望もなくはない。良かれと思って考え出したことも、その影響力は留まる事を知らないのだと、改めて考えさせられることが多い一冊でもあった。

よっつ屋根の下*大崎梢

  • 2016/10/25(火) 16:27:31

よっつ屋根の下
よっつ屋根の下
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大崎 梢
光文社
売り上げランキング: 261,384

勤め先の大病院の不祥事隠蔽を批判し、犬吠の地方病院に飛ばされた父。製薬会社に関係の深い実家を気にして、父についていこうとしない母。都会暮らしが好きなのに、父をひとりにできなくて、ついていったぼく。お母さんを責めないで!と言いながら、密かに自分を責めていた妹。たとえ自分は離れても、いつまでもそこにあってほしい、ぼくたちの「家」。それは、わがままだろうか。家族でいるのが大変な時代の、親子四人の物語。


もしも父が病院に楯突いて左遷されなかったとしたら、平山家は絵に描いたようなセレブな暮らしを続け、子どもたちも何も深く考えることなくぬくぬくと育っていったのだろう。それはそれで、それぞれ温厚な大人になってしあわせだったかもしれないとは思う。でもそうはならなかった。父とぼくは海風吹きすさぶ銚子へ引っ越し、母と妹は白金のマンションに残り、それぞれの思いを胸に抱えたまま離れて暮らすことになったのだった。離れてみなければ判らなかった家族のこと。調子に来なければ知ることもなかったあれこれ。そんなすべてが心と躰を育み、思い描きもしなかった未来へと繋がっていくのである。それぞれの場所で培った人間関係も宝物のようである。このままバラバラになってしまうかと思われた平山家だが、よっつ屋根の下でそれぞれ生きていくとしても、戻る場所はひとつだと思えたことで、さらに絆が深まったように思う。人を思いやる気持ちの大切さがじんわり伝わる一冊である。

十年交差点

  • 2016/10/24(月) 07:16:37

十年交差点 (新潮文庫nex)
中田 永一 白河 三兎 岡崎 琢磨 原田 ひ香 畠中 恵
新潮社 (2016-08-27)
売り上げランキング: 116,127

その一瞬の選択が、あなたの10年後を変える。「10年」。それだけをテーマに五人の人気作家が自由に物語をつむいだら、泣けて、震えて、心が躍る、こんなに贅沢な短編集ができました! 時間を跳び超える機械を手に入れた男の、数奇な運命を描く物語。戦慄の結末に背筋が凍るミステリー。そして、河童と猿の大合戦に超興奮の時代ファンタジー、などなど全五作。それぞれの個性がカラフルにきらめく、読みごたえ満点のアンソロジー。


「地球に磔にされた男」中田永一  「白紙」白河三兎 「ひとつ、ふたつ」岡崎琢磨  「君が忘れたとしても」原田ひ香  「一つ足りない」畠中恵

「十年」というたったひとつのキーワードで、こんなにヴァラエティに富んだ物語が生まれるのかと、著者の方々の着眼点と想像力に感心させられる。タイムトリップという要素が盛り込まれるだろうことは想像に難くないが、それも複雑に入り組んでいて、一筋縄ではいかないのである。心臓をぎゅっと掴まれるようなもの、じんわり熱くなるもの、目を瞠るようなもの。長いようで短く、でもやはり長い十年という時間の流れに、さまざまな感情を呼び起こされて、どれも味わい深い。愉しめる一冊だった。

スローバラード*小路幸也

  • 2016/10/23(日) 08:46:15

スローバラード Slow ballad
小路幸也
実業之日本社
売り上げランキング: 54,027

事件の連鎖が呼び起こしたのは、「あの頃」の記憶と私たちの絆――

2014年4月。東京・北千住で喫茶店〈弓島珈琲〉を営むダイは53歳になっていた。
学生時代、バンド仲間の淳平、ヒトシ、ワリョウ、真吾と暮らした自宅を改装した店舗だったが、
ダイにも、常連客のゲームクリエイター・純也や三栖刑事にも家族ができ、
少しずつ生活も変化している。
かつて三栖が下宿していた純和風の家には、学生時代の友人ワリョウの息子・明と
その友人たちが下宿していた。

ある日、水戸に住むヒトシの息子の智一が「東京に行ってきます」というメモを残して
家出したと連絡が入った。
ダイは三栖や明、純也らと智一の行方を捜し始めると、
智一と同じ高校に通う村藤瑠璃がケガを負った家族を残し、
行方不明になっていることがわかる。
時を同じくして、人気俳優となった淳平の妻・花凜にストーカー騒ぎが起こった。

ダイたちは、智一の高校の先輩にあたる仁科と、新宿二丁目でゲイバーを営むディビアンが
それらの事件に関わることを突き止める。
学生時代をともにした仲間たちが〈弓島珈琲〉に再び集結し、
「あの頃」に封印した事件と対面する――。

青春時代のほろ苦さが沁みる珈琲店ミステリー。


誰ひとり悪人はいないのに、昏い思いを抱えて生きざるを得ない仲間たちである。彼らも歳を重ね、53歳になった。それに伴い、事件も子どもたちの世代が中心になっている。だが、その根っこはやはり、ダイたちが日々をともにしていた若いころにあったのだった。一度はどこかに置いて、前に進めていると思った屈託も、また手元に戻ってきてしまう。なんと切ないことだろう。それでも、真実を知ればこそ、また次の一歩を踏み出せるのかもしれない。彼らの信頼関係が揺らがない限り。それぞれのしあわせを大切に生きていってほしいと願わずにいられないシリーズである。

コーヒーが冷めないうちに*川口俊和

  • 2016/10/21(金) 16:51:59

コーヒーが冷めないうちに
川口俊和
サンマーク出版
売り上げランキング: 1,021

とある街の、とある喫茶店の
とある座席には不思議な都市伝説があった
その席に座ると、望んだとおりの時間に戻れるという
ただし、そこにはめんどくさい……
非常にめんどくさいルールがあった

1.過去に戻っても、この喫茶店を訪れた事のない者には会う事はできない
2.過去に戻って、どんな努力をしても、現実は変わらない
3.過去に戻れる席には先客がいる
その席に座れるのは、その先客が席を立った時だけ
4.過去に戻っても、席を立って移動する事はできない
5.過去に戻れるのは、コーヒーをカップに注いでから、
そのコーヒーが冷めてしまうまでの間だけ

めんどくさいルールはこれだけではない
それにもかかわらず、今日も都市伝説の噂を聞いた客がこの喫茶店を訪れる

喫茶店の名は、フニクリフニクラ

あなたなら、これだけのルールを聞かされて
それでも過去に戻りたいと思いますか?

この物語は、そんな不思議な喫茶店で起こった、心温まる四つの奇跡


「恋人」 「夫婦」 「姉妹」 「親子」

関係性はさまざまでも、それぞれに抱えているものがある。そして、たとえ未来を変えることはできないとしても、あのとき伝えればよかったという後悔の思いを持っているのである。面倒な約束事に縛られてさえ、過去のある時に戻った人は、抱えていた思いを解き放つことで、自分の中の何かが変わり、未来のさらにそのあとへとつなげることができるのかもしれない。人と人との関わりということを、改めて考えさせられる一冊だった。

おおあたり*畠中恵

  • 2016/10/19(水) 16:52:11

おおあたり
おおあたり
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畠中 恵
新潮社
売り上げランキング: 2,537

そろそろ跡取りとしての仕事を始めたいんだ!そのためには、この妙薬を飲むしかー。病弱若だんなの切実な願いは叶うの?兄や達の心配っぷりも絶好調なシリーズ最新刊。


一太郎、相変わらず寝付いております。でも、早く店の仕事をきちんとこなして父の助けになりたいという思いは日に日に募っているようである。仁吉とと佐助が長崎屋に来ることになった、一太郎・5歳の頃の物語も差し挟まれ、いつもとはいささか趣が違う印象でもある。親友の栄吉のお菓子も相変わらず上手にならず、それが思わぬ展開になったりもする。栄吉には辛いこともあり、一日も早く一人前の菓子職人にしてやりたいものだと願ってしまう。そしてなにより、一太郎に少しでも自信を点けさせてあげたいものである。なんとかならないものかとやきもきする一冊でもある。

〆切本

  • 2016/10/18(火) 07:22:58

〆切本
〆切本
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夏目漱石 江戸川乱歩 星新一 村上春樹 藤子不二雄Ⓐ 野坂昭如など全90人
左右社 (2016-08-30)
売り上げランキング: 489

しめきり。そのことばを人が最初に意識するのは、おそらく小学生の夏休みです――。

本書は、明治から現在にいたる書き手たちの〆切にまつわる
エッセイ・手紙・日記・対談などをよりぬき集めた“しめきり症例集"とでも呼べる本です。
いま何かに追われている人もそうでない人も、読んでいくうちにきっと
「〆切、背中を押してくれてありがとう! 」と感じるはずです。
だから、本書は仕事や人生で〆切とこれから上手に付き合っていくための
“しめきり参考書"でもあります。


〆切にまつわるあれこれが集められている。エッセイにしろ手紙にしろ日記にしろ、突き詰めれば〆切に遅れる言い訳であり、理由はさまざまなのである。さらに、そのテイストも、ひたすら謝る、開き直る、理屈をこねる、自分を責めるなどなど、千差万別なのだが、書き手の必死さがどれからもにじみ出てくるようで、傍から見ていると苦笑を禁じ得ないが、人間的なおかしみをも感じられる。〆切が守れない言い訳までもが衆目に晒される作家稼業とは計り知れないほど大変なものであるなあと思わされる一冊でもある。

もういっかい彼女*松久淳

  • 2016/10/17(月) 17:07:36

もういっかい彼女
もういっかい彼女
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松久 淳
小学館
売り上げランキング: 133,771

大人切ないタイムスリップ号泣ストーリー

私は、何度か過去に戻ったことがある--。雑誌のインタビューで出会った初老の官能小説家が話し始めた内容は、想像を絶するものだった。
これは、夢か、現実か、それとも彼の戯言なのか?

雑誌のライター・富谷啓太(通称・タニケー)は、自分が担当する「オールド・タレント」というインタビュー連載に、なんとなく訳ありのある人物を取材するよう依頼される。取材相手は、佐々田順という官能小説家で、20年前に9作の小説を世に出した後は、すっかり鳴りを潜めていた。
カメラマンの野田奈々と、その初老男性の取材を終えたタニケーは、ひょんなことから佐々田のとんでもなく長い話を聞くことになる。


雑誌のインタビューで、老作家・佐々田が亡き恋人・菜津子との過去のことを語る物語、かと思ったら大違い。過去のことを語ってはいるのだが、それは現在の佐々田が若き日の自分の元に帰り――どうやら若い佐々田には老佐々田の声だけしか聞こえないらしい――、子どものころから自分と出会うまでの菜津子の姿を見守る様子なのだった。老佐々田と若い佐々田、二人の目を通してみた菜津子の成長は、いつしか少しずつ違って映るようになっていったのかもしれない。話を聴く記者の啓太とカメラマンの奈々の興味と読者の興味とがするりと連動し、タイムトリップという不思議なことも自然に受け入れてしまう。老佐々田の死の後明らかになった事実は、その不思議さのさらに上をいくものだったが、啓太と奈々の想像通りだといいなと思わされる。悲しく切ないが胸があたたかくなる一冊である。

アンマーとぼくら*有川浩

  • 2016/10/16(日) 16:55:29

アンマーとぼくら
アンマーとぼくら
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有川 浩
講談社
売り上げランキング: 2,877

休暇で沖縄に帰ってきたリョウは、親孝行のため「おかあさん」と3日間島内を観光する。一人目の「お母さん」はリョウが子どもの頃に亡くなり、再婚した父も逝ってしまった。観光を続けるうち、リョウは何かがおかしいことに気がつく。かりゆし58の名曲「アンマ―」に着想を得た、書き下ろし感動長編。


北海道で、大恋愛の末に結ばれた父と母の元に生まれたリョウの身に起きた物語である。母は病を得て若くして亡くなり、写真家で子どものような父は、その事実を受け止められないまま撮影旅行に出かけた先の沖縄で晴子さんという観光ガイドの女性と出会って恋に落ち、量とともに沖縄に移住したのち結婚する。こう聞くと、ロクでもない父親のようではあるが、子どものような父の胸の裡にも、抱えきれない屈託があるのだった。そんな父も大嵐の日に波に呑まれて亡くなり、リョウは晴子さんの元を離れて独立する。このたび、晴子さんの希望で三日間だけ彼女につきあって沖縄をめぐることになるのだが、初めからどこかに少しずつずれがあり、読みながら?マークが頭にちらつくのである。それがすべてわかるのは最後の最後で、真実はどこにあるのかははっきり判らないのだが、ご先祖様を敬い、その魂と近しいところで日々を過ごす沖縄だからこそのことなのかもしれない。じんわりと胸の中にあたたかいものが流れる一冊である。

望み*雫井脩介

  • 2016/10/15(土) 16:27:05

望み
望み
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雫井 脩介
KADOKAWA/角川書店 (2016-09-05)
売り上げランキング: 2,397

東京のベッドタウンに住み、建築デザインの仕事をしている石川一登と校正者の妻・貴代美。二人は、高一の息子・規士と中三の娘・雅と共に、家族四人平和に暮らしていた。規士が高校生になって初めての夏休み。友人も増え、無断外泊も度々するようになったが、二人は特別な注意を払っていなかった。そんな夏休みが明けた9月のある週末。規士が2日経っても家に帰ってこず、連絡する途絶えてしまった。心配していた矢先、息子の友人が複数人に殺害されたニュースを見て、二人は胸騒ぎを覚える。行方不明は三人。そのうち犯人だと見られる逃走中の少年は二人。息子は犯人なのか、それとも…。息子の無実を望む一登と、犯人であっても生きていて欲しいと望む貴代美。揺れ動く父と母の思い―。


絵に描いたような幸せな家族、の筈だった。思春期の子どもの心の中は、段々と親には読めないものになっていく。それは成長の過程で当然のことであり、親がなにもかも把握している方が却って不自然なくらいだろう。子どもが親と口をきくのを億劫がるのは、親に心配を掛けたくないという思いもあるだろう。そんなとき、親はどこまで踏み込むべきなのか。本作を読んだ親は、おそらく誰でも少なからず揺れるだろう。我が子を信じたい気持ちと、それでももしや、と不安になる気持ちの狭間で一瞬ごとに揺れ、気が狂いそうになるのは容易に想像できる。早く結末が知りたいという思いと、知ってしまったらそのあとどうしようという思いに、多くの読者が胸を揺さぶられたことだろう。どんな結末になっても、不幸でしかないということが、身悶えするほど切なくやるせない一冊である。

ポイズンドーター・ホーリーマザー*湊かなえ

  • 2016/10/13(木) 20:23:32

ポイズンドーター・ホーリーマザー
湊 かなえ
光文社
売り上げランキング: 6,788

湊かなえ原点回帰! 人の心の裏の裏まで描き出す極上のイヤミス6編!!
私はあなたの奴隷じゃない! 母と娘。姉と妹。男と女--。ままならない関係、鮮やかな反転、そしてまさかの結末。あなたのまわりにもきっといる、愛しい愚か者たちが織りなすミステリー。さまざまに感情を揺さぶられる圧巻の傑作集!!


「マイディアレスト」 「ベストフレンド」 「罪深き女」 「優しい人」 「ポイズンドーター」 「ホーリーマザー」

人にはさまざまな顔がある。表に見せる顔がすべてではなく、人には見せない部分にこそ本当の顔を隠し持っていると言ってもいいだろう。そんな人間の裏側の顔を覗き見るような物語たちである。ただ、それは一面的なものではなく、悪だと思っていると、ちょっと視点を変えるだけで景色ががらりと変わることもあるので注意が必要なのである。人の裏表が描かれていると同時に、ひとりの人から聞いた話だけで判断することの危うさにも気づかされる。ハッピーエンドはなく、どれも厭な気分にさせられる物語ばかりだが、自分の裏側を見せつけられたような気もして、主人公たちを嫌いにはなりきれない一冊でもある。

三人屋*原田ひ香

  • 2016/10/12(水) 16:47:50

三人屋
三人屋
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原田 ひ香
実業之日本社
売り上げランキング: 298,969

朝は三女の喫茶店、昼は次女の讃岐うどん屋、夜は長女のスナック―時間帯によって出すものが変わるその店は、街の人に「三人屋」と呼ばれていた。三女にひと目ぼれするサラリーマン、出戻りの幼なじみに恋する鶏肉店の店主、女にもてると自負するスーパーの店長など、ひとくせある常連客たちが、今日も飽かずにやって来る…。さくさくのトースト、すだちの香るぶっかけうどん、炊きたての白飯!心も胃袋もつかむ、おいしい人情エンターテインメント!


両親が亡くなった後、営んでいた喫茶店を、朝は三女の朝日がモーニングを出し、昼は次女のまひるがうどん屋をやり、夜は長女の夜月がスナックを営んでいることから、近所では「三人屋」と呼ばれている。姉妹は、両親の生前からのさまざまな確執によって仲が悪く、ことに長女と次女はほとんど口をきくことさえない。ただ、生前、小さなオーケストラのピッコロ奏者だったという父が、たった一度録音したレコードを探し、父のピッコロを聴くという夢だけを共有している。盛り込まれた要素はどれも興味深く、先を知りたくなるようなものなのだが、それぞれの掘り下げ方がいささか散漫になっている印象である。ラストは、姉妹間の感情の問題だからだろうか、あまりにもあっけなく、肩透かしされたような不消化感が残る。おもしろかったが、もう少し突き詰めてほしかった気もする一冊である。

絶叫*葉真中顕

  • 2016/10/11(火) 19:08:29

絶叫
絶叫
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葉真中 顕
光文社
売り上げランキング: 80,870

平凡な女、鈴木陽子が死んだ。誰にも知られずに何カ月も経って……。
猫に喰われた死体となって見つかった女は、どんな人生を辿ってきたのだろうか?
社会から棄てられた女が、凶悪な犯罪に手を染め堕ちていく生き地獄、魂の叫びを描く!


まず冒頭に、ひとりの男性が殺害された新聞記事が置かれている。それに続くプロローグで、物語の主人公である鈴木陽子は、多数の猫に食い荒らされて死因すらわからない孤独死状態で発見されるのである。物語は、陽子が幼いころから順を追って、彼女を「あなた」と呼ぶ誰かによって語られる章と、捜査する刑事・奥貫綾乃の視点で語られる章とが交互に繰り返される形で進んでいく。無残な死体となるまでの陽子の生き様は、ほんの少し踏み出す角度がずれていたら、誰もが陥ってしまったかもしれない道筋のように思われ、そのときどきには抗うことができなかっただろうと、絶望的な気分にさせられる。それでも、なんとかならなかったのは、やはり彼女の育った環境と、それを跳ね返せなかった彼女自身の弱さゆえなのだろうか。さまざまな汚れ仕事を経験し、犯罪の片棒を担ぐまでになってしまった彼女だが、彼女を「あなた」と呼ぶ人物に光が当たったとき、驚きに目を瞠るとともに、なぜか少しだけほっとしてしまったのも事実である。読み始めたら目を離せなくなる一冊である。

メビウス・ファクトリー*三崎亜記

  • 2016/10/09(日) 17:02:20

メビウス・ファクトリー
三崎 亜記
集英社
売り上げランキング: 33,359

「この工場で奉仕するために必要なことは、愛情と使命感を持つことだ」ブラック企業を辞め、妻子を連れて地元へUターン就職したアルト。町は巨大工場を中心にシステム化されており、住民は誇りを持って働いている。しかしそこで何が作られているか、実は誰も知らない―。アルトたちも徐々に工場の「秘密」に気づきはじめ…。


疑わなければこれ以上暮らしやすい町はないかもしれない。この町で幸福に暮らしていける人は、ある意味宗教を盲信するようなタイプだったり、人の言葉に疑いを抱かず、素直に信じやすいタイプの人なのだろう。ほとんどがそんな住民で、町のめぐりに取り込まれて暮らす日々に満足していたところに、幼いころに町を出たアルトが、家族を連れて戻って来たところから、少しずつ何かが変わり始める。なぜ町の中だけですべてが完結しているのか。自分は何のために町のめぐりに取り込まれているのか。ほんのわずかの疑問の目が、ぽつりと芽生え、育つことで破綻が生じる。そこから町のめぐりに破綻は生じるのだろうか。読者の期待は膨らむが……。結局、何ひとつ真実は明かされないままであり、それは消化不良を起こし、もどかしさは募るが、だからこそ更なる想像力を掻き立てられもする。いずれにしても、これまで通りということはないだろう。胸のざわめきが治まらないままの一冊でもある。

赤へ*井上荒野

  • 2016/10/07(金) 16:55:34

赤へ
赤へ
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井上荒野
祥伝社
売り上げランキング: 7,496

ふいに思い知る、すぐそこにあることに。 時に静かに、時に声高に――「死」を巡って炙り出される人間の“ほんとう"。 直木賞作家が描く傑作小説集


表題作のほか、「虫の息」 「時計」 「逃げる」 「ドア」 「ボトルシップ」 「どこかの庭で」 「十三人目の行方不明者」 「母のこと」 「雨」

「死」が常に底流にあるのだが、そこは著者らしく、不穏で退廃的な雰囲気はいささかも枯れてはいない。そして、死を意識するからこそ生まれる真実が、ある時は切なく、またある時は物狂おしく、そしてまたある時には潔ささえ感じさせられる。死を迎えようとしているそれぞれのこれまで生きてきた道のりが捜査せるのだろうか。残される人たちとの関わりをも含めて、じわじわと胸に沁みる一冊である。

BAR(バール)追分*伊吹有喜

  • 2016/10/05(水) 18:20:15

BAR追分 (ハルキ文庫)
BAR追分 (ハルキ文庫)
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伊吹 有喜
角川春樹事務所
売り上げランキング: 9,334

新宿三丁目交差点近く―かつて新宿追分と呼ばれた街の「ねこみち横丁」の奥に、その店はある。そこは、道が左右に分かれる、まさに追分だ。BAR追分。昼は「バール追分」でコーヒーやカレーなどの定食を、夜は「バー追分」で本格的なカクテルや、ハンバーグサンドなど魅惑的なおつまみを供する。人生の分岐点で、人々が立ち止まる場所。昼は笑顔かかわいらしい女店主が、夜は白髪のバーテンダーがもてなす新店、二つの名前と顔でいよいよオープン!


場所柄と言い、隠れ家的な感じと言い、なんだか勝手にもっとアウトサイダーっぽい物語を想像していたのだが、さにあらず。夜はバー、昼間はその場を借りてバールとしての営業、ということで、常連客からは「ヤドカリ食堂」と呼ばれる「BAR(バール)追分」を核として、そこに集まる常連客たちと、ひょんなことからねこみち横丁振興会の管理人になってしまった宇藤輝良の物語である。バールのオーナーシェフ・桃子の作る、丁寧で味わい深い料理の数々は、どれも魅力的で、それに引き寄せられるように集まってくる客たちの屈託を、あたたかく解きほぐしてくれるようである。読んでいて心地好いのは、それぞれの距離感が絶妙で、突き放しすぎず、踏み込み過ぎず、これ以上ないほど良い加減だからかもしれない。思わず、ねこみち横丁を探しに行きたくなってしまいそうな一冊である。

クララ殺し*小林泰三

  • 2016/10/04(火) 18:24:47

クララ殺し (創元クライム・クラブ)
小林 泰三
東京創元社
売り上げランキング: 101,351

大学院生・井森建は、ここ最近妙な夢をよく見ていた。自分がビルという名前の蜥蜴で、アリスという少女や異様な生き物が存在する不思議の国に棲んでいるというものだ。だがある夜、ビルは不思議の国ではない緑豊かな山中で、車椅子の美少女クララと“お爺さん”なる男と出会った。夢の中で「向こうでも会おう」と告げられた通り、翌朝井森は大学の校門前で“くらら”と出会う。彼女は、何者かに命を狙われていると助けを求めてきたのだが…。夢の“クララ”と現実の“くらら”を巡る、冷酷な殺人ゲーム。


『アリス殺し』の姉妹編。前作と同じく、というよりも前作以上に、要素が複雑に絡み合っており、しかもあちらの世界とこちらの世界も複雑に入り組んでいて、謎解きにかかる辺りからはことに、頭の中がグルグルしてくる。誰が誰のアーヴァタールで、誰と誰が通じているのか、さらには誰が改造されて元とは違う存在になっているのかが複雑で、解きほぐせなくなってくる。しかも、罪と罰の観念もあちらとこちらでは違うので、なにを持って解決とするのかも不確かで、いささか消化不良気味でもあり、哲学的と言ってもいいかもしれない。次々に暴かれる本体とアーヴァタールの相関関係が判ってくると、どんどん先を知りたくなる一冊でもある。

アリス殺人事件

  • 2016/10/02(日) 07:06:44

アリス殺人事件: 不思議の国のアリス ミステリーアンソロジー (河出文庫)
有栖川 有栖 宮部 みゆき 篠田 真由美 柄刀 一 山口 雅也 北原 尚彦
河出書房新社
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世界中で愛読される『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』をテーマに、人気ミステリー作家・有栖川有栖、宮部みゆき、篠田真由美、柄刀一、山口雅也、北原尚彦が紡ぐ6つの物語。事件から事件へ、現実と異世界を自在に行き来する、ユーモアと不思議が溢れるアリスの世界へようこそ。


アリスのファンタジーではなく不条理な部分に多くのスポットが当たっている印象のアンソロジーである。ファンタジーを期待して読むと、とっつきにくい部分も多いかもしれない。言葉遊びも多用されているものもあり、興味深い。全体的にはいささか難しい印象の一冊かもしれない。