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挑戦者たち*法月綸太郎
- 2016/11/27(日) 06:51:38
実験的な作風で知られたフランスの作家、レーモン・クノーに「文体練習」という作品がある。内容の同じ文章を九十九通りに書いてみるという試みである。思いついてもなかなか実行できるものではない。
他方で古来日本には、ものづくしという伝統があり、これは一つの話題をめぐって同類をひたすら列挙していく。
本書が題材とするのはミステリーでときどきみかける「読者への挑戦」である。手がかりはこれまでに全て出そろっているので、真相を推理してごらんなさいというあの部分だけを、九十九通りに展開していく。そこにいたるまでのお話の方はでてこない。
と書いてしまうともう解説することがない。というのは本書には、この種の試みに対する批評や書評も含まれているからである。それぞれの元ネタとなった話も示されている。
本書のために必要な情報は全て本書に書かれており、読者の挑戦を待つばかりである。
なんとも不思議な本である。導入部もなければ、事件も起こらず、解決へと導く探偵の語りもなく、そもそも物語でさえない。さまざまな趣向、形の読者への挑戦ばかりがこれでもかというほど並べられている。ほんのり物語風味がにおう個所もあって、展開を期待するが、それまでであり、解決編が目の前に現れることはない。興味はその都度掻き立てられるが、永遠にカタルシスは得られないので、消化不良気味の読後感もある。物語かと思って読み始めたので、その傾向がなおのこと増したのだろう。まさに挑戦的な一冊とも言える。
みかづき*森絵都
- 2016/11/26(土) 13:59:18
昭和36年。小学校用務員の大島吾郎は、勉強を教えていた児童の母親、赤坂千明に誘われ、ともに学習塾を立ち上げる。女手ひとつで娘を育てる千明と結婚し、家族になった吾郎。ベビーブームと経済成長を背景に、塾も順調に成長してゆくが、予期せぬ波瀾がふたりを襲い―。山あり谷あり涙あり。昭和~平成の塾業界を舞台に、三世代にわたって奮闘を続ける家族の感動巨編!
塾業界にスポットを当てた物語。しかも、まだ塾の存在がまるで知られず、認められず、却って敵視されていた昭和の時代から、塾が工夫を凝らし、発展し、塾業界という一大ジャンルを盤石のものにした現代までの、文部省、文科省、詰め込み教育、ゆとり教育、落ちこぼれ、所得格差、教育格差といった、さまざまな要因をくぐり抜けてきた変遷とともに、小学校の用務員から、塾業界の神様のようになった大島吾郎とその一家の闘いとその関係性の変化の歴史を太い軸にして描かれている。我が家は塾のお世話になったことがないので、読み始めたころは、興味が最後までもつかと、正直不安も胸に萌したが、中盤以降は惹きこまれるように読み進んだ。どんな業界にあっても、やはりそこにいるのは人であり、人と人とのつながりなのだと、改めて胸が熱くなる思いである。467ページというボリュームを感じさせない一冊である。
穂村弘の、こんなところで。*穂村弘 荒木経惟
- 2016/11/24(木) 07:10:53
KADOKAWA (2016-09-29)
売り上げランキング: 159,152
誰よりも輝いているあの人たちに、いまいちどききたい。
輝いている人は、人に見せない“芯” がある。
歌人・穂村弘が贈る、いま最も活躍している41人との刺激的なトークセッション。
写真・題字:荒木経惟
資生堂の花椿に掲載された対談をまとめたものだそうである。さまざまなジャンルで活躍する人たち――雑誌の性格上か女性が多いが――と著者が向き合い、いま訊きたいことを問いかけていくという趣向。第一線で活躍している人たちは、さすがに切り返しがお見事で、それぞれのプロフェッショナル感に感心させられる。著者は今回はインタビュアーという立ち位置なので、エッセイに見られる不思議ちゃん感はずいぶん薄いが、それでも、反応する場所が独特なこともあったりして、穂村ファンにも愉しめる。荒木経惟のモノクロ写真と、それにぶつけたようなカラフルな絵の具が、各人の個性を一瞬で切り取っているようで目を瞠る。隙間時間にも愉しめる一冊だった。
上野池之端 鱗や繁盛記*西條奈加
- 2016/11/20(日) 17:09:28
新潮社 (2016-09-28)
売り上げランキング: 7,546
騙されて江戸に来た13歳の少女・お末の奉公先「鱗や」は、料理茶屋とは名ばかりの三流店だった。無気力な周囲をよそに、客を喜ばせたい一心で働くお末。名店と呼ばれた昔を取り戻すため、志を同じくする若旦那と奮闘が始まる。粋なもてなしが通人の噂になる頃、店の秘事が明るみに。混乱の中、八年に一度だけ咲く桜が、すべての想いを受け止め花開く――。美味絶佳の人情時代小説。
出会い茶屋のような店だった鱗やに、不忠義をした従姉妹のお軽の代わりとして奉公することになった13歳のお末が主人公である。一年前に主の娘お鶴の元に婿入りした若旦那・八十八朗が、お客においしい料理を出す店として立て直そうとするのを助け、店の行く末を親身に考えながら奉公するお末の成長する姿が微笑ましい。しかしそれとは別に、若旦那には別の顔があるように思われ、時として身がすくむ心持ちにさせられることもあるのだった。鱗やの抱える問題と、若旦那の思惑、使用人たちの身の振り方、主一家の抱える闇。さまざまな要素が絡まり合って、鱗やの行く末を不安にさせる。時が一気に進んだラストは、ほっとさせられたとともに、鱗やの明るい未来を見届けたくもなる一冊である。
作家刑事毒島*中山七里
- 2016/11/19(土) 13:42:21
この男、
前代未聞のトンデモ作家か。
はたまた推理冴え渡る名刑事か! ?
中山史上最毒・出版業界激震必至の本格ミステリ!
殺人事件解決のアドバイスを仰ごうと神保町の書斎を訪れた刑事・明日香を迎えたのは、流行作家の毒島。虫も殺さぬような温和な笑顔の持ち主は、性格の歪んだ皮肉屋だった。捜査過程で浮かび上がってきたのは、巨匠病にかかった新人作家、手段を選ばずヒット作を連発する編集者、ストーカーまがいの熱狂的な読者。ついには毒島本人が容疑者に! ? 新・爆笑小説!
いつもの著者とはひと味違うテイストである。警察官でありながら、作家を兼業し、比類ないシビアな目線と、徹底的に対象者のコアを抉る物言いで、容疑者を完膚なきまでに追い詰め落とす。登場人物はほとんど出版関係者や作家志望者と、本に関わる人たちなので、興味はいやがうえにも高まる。出版業界の過酷な裏側も覗き見られ、刺激を受けるが、物語が終わった後の著者紹介の下の一文に、さらに苦笑させられる。これ以上なくシビアなのにコミカルで、すっかり毒島ファンになってしまう一冊である。
危険なビーナス*東野圭吾
- 2016/11/17(木) 09:34:37
弟が失踪した。彼の妻・楓は、明るくしたたかで魅力的な女性だった。楓は夫の失踪の原因を探るため、資産家である弟の家族に近づく。兄である伯朗は楓に頼まれ協力するが、時が経てば経つほど、彼女に惹かれていく。
複雑な家庭環境下で育ち、いまは疎遠になっている異父兄弟(伯朗と明人)の関係、かつては飛ぶ鳥を落とす勢いだった資産家の当主の危篤、遺産相続、伯朗の実の父で売れない画家だった故・一清の最後の絵、母の死の真相、いきなり現れた明人の妻・楓に知らされた明人の失踪。とても偶然とは思えないさまざまな要素がどこでどう収束していくのか興味津々で読み進んだ。進めば進むほど楓の存在が胡散臭さを増し、何の疑いも抱かずに信じきっているように見える伯朗にも疑問を抱く。さらに、サヴァン症候群という要素も加わり、物語の行方はなおさら複雑になっていく。当然、どう決着をつけてくれるのかと期待が高まるが、テレビドラマのような信じられない裏技でねじ伏せられた感が無きにしも非ずである。面白くなかったわけでは決してないのだが、もう少し要素を絞って深く描いてほしかったとも思ってしまう。著者に対する期待が大きすぎるということもあるのだろうとは思うが……。エンターテインメントとしては、愉しめる一冊だったとは言える。
道然寺さんの双子探偵*岡崎琢磨
- 2016/11/14(月) 21:03:20
福岡県の夕筑市にある寺院・道然寺には、
中学2年生の双子が住んでいる。
「寺の隣に鬼が住む」が信条のレンと、
「仏千人神千人」が主義のラン。
性格が正反対の双子たちは、
それぞれの論理で事件の謎を解決しようと試みるのだが……。
「寺の隣に鬼は棲むのか」 「おばあちゃんの梅が枝餅」 「子を想う」 「彼岸の夢、此岸の命」
道然寺の二代目・一海は、16歳の時、寺の境内に段ボールに入れられて置き去りにされていた双子(ランとレン)を見つける。双子は寺で育てられ中学生になっている。人の善の面を見るランと、悪の面を見るレン。性格はまったく違うが、穏やかな毎日を送っている。一海が見かけたり相談されたりした檀家さんたちが抱える厄介事を、ランとレンが善悪二方向から推理する。ランが合っていることもあり、レンが合っていることもあるのだが、味方によって出来事の様相ががらりと変わる様が興味深い。道然寺の人たちの人柄もそれぞれとても好ましく、もっと見ていたいと思わされる一冊である。
何様*朝井リョウ
- 2016/11/14(月) 07:16:59
生きていくこと、それは、
何者かになったつもりの自分に裏切られ続けることだ。
光を求めて進み、熱を感じて立ち止まる。
今秋映画公開予定『何者』アナザーストーリー集。
光太郎が出版社に入りたかったのはなぜなのか。
理香と隆良はどんなふうに出会って暮らし始めたのか。
瑞月の両親には何があったのか。拓人を落とした面接官の今は。
立場の違うそれぞれの人物が織り成す、`就活'の枠を超えた人生の現実。
直木賞受賞作『何者』から3年。いま、朝井リョウのまなざしの先に見えているものは――。
『何者』のアナザーストーリーなので、もちろん読んでいれば、あちこちになるほどと思えることが出てきて、何者の登場人物たちのキャラクタがより補完され、深く知ることができる。だが、本作単体でも充分に読み応えがある。人が抱える己の不充分さや未熟さ、それでも何事かを成しながら生きていかなければならないという葛藤の中で、より自らの内面を見つめ、他者の救いを求めるのかもしれない。著者の人間観察の充実ぶりに驚かされる一冊でもある。
総理に告ぐ*永瀬隼介
- 2016/11/11(金) 07:16:04
KADOKAWA/角川書店 (2016-04-30)
売り上げランキング: 187,261
ノンフィクションライターの小林は、1年前に脳梗塞で倒れて病気療養中の元与党幹事長・佐竹の回顧録のゴーストライターを引き受けた。生活に苦しむ小林は現状からの一発逆転を狙い、佐竹に過去のスキャンダルを告白させようと試みるが、国の行く末を憂う佐竹が語り出したのは、戦争のできる国家へと大きく舵を切る現総理大臣の大スキャンダルだった。しかし、佐竹の告白が終わった刹那、佐竹邸の監視についていた公安警察が現れて乱闘になり、脳梗塞を再発した佐竹は死亡、公安に立ちはだかった書生は射殺される。佐竹の告白と乱闘の一部始終が録音されたレコーダーを手に現場から命からがら逃げ出した小林は、旧知の警察官の助けを得て、マスコミを巻き込んだ大勝負に出るが――。
政界の裏側、腰砕けのマスコミ、フリーライターの矜持、警察の威信、公安の執拗さ。さまざまな要素が交錯し、現政権が覆り、日本の進路が修正されるかもしれないという期待を抱かせる展開である。猛進あり、駆け引きあり、裏取引ありと、命を張っての攻防が繰り広げられるが、主役のフリーライター小林のキャラに情けなさがあることで――それがリアルでもあるのだが――緊迫感にかける部分もあるような気がする。それでもこの結末である、終章のタイトル「光射す闇へ」というのが秀逸である。情報を鵜呑みにせずにアンテナを張り巡らせていないと恐ろしいことになると改めて感じさせられる一冊でもある。
仮面病棟*知念実希人
- 2016/11/08(火) 16:43:41
療養型病院に強盗犯が籠城し、自らが撃った女の治療を要求した。事件に巻き込まれた外科医・速水秀悟は女を治療し、脱出を試みるうち、病院に隠された秘密を知る―。閉ざされた病院でくり広げられる究極の心理戦。そして迎える衝撃の結末とは。現役医師が描く、一気読み必至の“本格ミステリー×医療サスペンス”。著者初の文庫書き下ろし!
先輩医師の代役で療養型の田所病院の宿直に入った外科医の速水は、とんでもないハードな一夜を過ごすことになる。その顛末の物語である。発端は、近所で起きたコンビニ強盗が、人質に取った女性を銃で撃ち、その治療を要求して病院に押し入ってきたことだった。速水が処置し、女性は大事には至らなかったが、強盗犯は朝まで病院に居座るという。さらに、騒ぎを聞きつけて姿を現した院長の田所の不審な様子から、病院には何らかの秘密が隠されていると予想した速水は、被害者の川崎愛美とともに、秘密を探ろうと動き、ピエロの仮面をかぶった強盗犯との心理戦と相まって、緊張感が高まってくる。ただ、特殊な病院故ということもあり、秘密のエレベーターがあったり、隠し部屋があったりと、完全な密室ではなく、行動に疑問を抱かせる人物もいたりして、なんとなく結末の予測がついてしまうのは、残念でもある。病院の秘密は驚愕に値するもので、こちらの要素をもっと掘り下げたら面白いかもしれないとも思う。速水が肝心なところで意識をなくしているのも、いささか都合がいい印象ではある。実写化したら面白いかもしれない一冊である。
ヒワマン日和*吉永南央
- 2016/11/07(月) 07:19:14
「事件」の裏にある別の顔が、ヒワマンによって暴かれる。
離婚、出世、殺人……。人生の綻びに戸惑い、苦悩する人々が、ふとしたきっかけで出会った黒ずくめの女性・日和満。自らをヒワマンと呼ぶ彼女と、時を重ねて行く中、新たな希望を見いだす人々の様を描く、新次元のミステリ!
「殺人日和」 「転職日和」 「痴漢日和」 「離婚日和」 「逃走日和」
ヒワマンこと日和満(ひわみちる)は黒ずくめで細長く切れ長の目をしている。事件が起きる臭いをかぎ分ける能力があるかのように、何かが起こりそうな現場にさりげなく現れ、するっと当事者のそばに忍び寄って未然に防ぎ、しかもいかにも自然に事の本質を解き明かしてしまう。そしていつの間にか、ヒワマンにまつわる人たちを遠く近く繋げてしまう不思議な存在でもある。大胆なのか繊細なのか、無神経なのか思いやりに満ちているのか、暗いのか明るいのかよくわからないところもまた魅力なのかもしれない。ともかく一度会ったら着いていきたくなってしまいそうなのである。大きなキャリーバッグひとつであちこちへ赴き、しばらく棲みついてはまたどこへともなく去っていくヒワマンである。寂しくはないのかなあと思ってしまうのも、ヒワマンにとっては迷惑なのかもしれない。次はどこへ行って何を解き明かすのか、もっともっと見てみたい一冊である。
あしたの君へ*柚月裕子
- 2016/11/05(土) 16:44:00
家庭裁判所調査官の仕事は、少年事件や離婚問題の背景を調査し、解決に導くこと。見習いの家裁調査官補は、先輩から、親しみを込めて「カンポちゃん」と呼ばれる。「カンポちゃん」の望月大地は、少年少女との面接、事件の調査、離婚調停の立ち会いと、実際に案件を担当するが、思い通りにいかずに自信を失うことばかり。それでも日々、葛藤を繰り返しながら、一人前の家裁調査官を目指す―
家裁調査官の見習い「カンポちゃん」にスポットを当てたお仕事物語である。表面に現れないところに深く潜航する申立人の思いを、なかなか理解できず、自分の資質に疑問を抱き悩む望月大地の姿は、新人らしくて好感が持てる。先輩調査官のアドバイスは、時に厳しく、また時にはあたたかく胸に沁み、なんとかあしたにつなげることができている。関係先に自ら足を運んで調査を進める内に、面接では見えなかったさまざまな事情が見えてきて、事案を解決に導くことができても、ほんとうにこれでよかったのかと葛藤を抱えることになることもある。一歩ずつプロの家裁調査官への道を進む大地の日々から目が離せなくなる一冊である。
このあたりの人たち*川上弘美
- 2016/11/04(金) 18:39:17
スイッチパブリッシング (2016-06-29)
売り上げランキング: 147,303
『蛇を踏む』『神様』『溺レる』『センセイの鞄』『真鶴』『七夜物語』『水声』と現代日本文学の最前線を牽引する傑作群を次々に発表しする作家・川上弘美が、8年の年月をかけてじっくり育て上げた、これまでにない新しい作品世界。
現在も柴田元幸責任編集の文芸誌「MONKEY」に大好評連載中のこの「サーガ」は、日本のどこにでもあるような、しかし実はどこにもないような<このあたり>と呼ばれる、ある架空の「町」をめぐる26の物語。
にわとりを飼っている義眼の農家のおじさん、ときどきかつらをつけてくる、目は笑っていない「犬学校」の謎の校長、朝7時半から夜11時までずっと開店しているが、町の誰も行くことのない「スナック愛」、そして連作全体を縦横に活躍する「かなえちゃん」姉妹――<このあたり>という不思議な場所に住む人びとの物語を書いた連作短篇集が、ついに待望の一冊に。
語り主のことはよくわからない。かなえちゃんと友だちで、このあたりに住んでいるようだ、ということくらいしか……。それなのに、このあたりの人たちのことをものすごくよく見ていて、「このあたり通」とも言えるような人物である。このあたりには、さまざまな人たちが暮らしており、それぞれに誰よりも個性的なのである。いろんな年代のその人たちのことを、語り主も共に成長しながら見続けているのである。このあたりってどのあたりだろう、と思いをめぐらせてみるのも、ちょっと愉しい。自分もこのあたりに暮らす人になった心地にほんの少しだけなれる一冊でもある。
静かな炎天*若竹七海
- 2016/11/03(木) 20:14:04
文藝春秋 (2016-08-04)
売り上げランキング: 19,608
ひき逃げで息子に重傷を負わせた男の素行調査。疎遠になっている従妹の消息。依頼が順調に解決する真夏の日。晶はある疑問を抱く(「静かな炎天」)。イブのイベントの目玉である初版サイン本を入手するため、翻弄される晶の過酷な一日(「聖夜プラス1」)。タフで不運な女探偵・葉村晶の魅力満載の短編集。
表題作のほか、「青い影」 「熱海ブライトン・ロック」 「副島さんは言っている」 「血の凶作」 「聖夜+1」 富山店長のミステリ紹介ふたたび
葉村晶シリーズ最新作である。二十代で出会った葉村晶だが、何と今回は四十肩を患う四十代である。仙川に住み、吉祥寺のミステリ専門書店に勤める傍ら、正式に探偵もやっている。そして相変わらず不運である。タイミングが良いのか悪いのかよくわからないが、厄介ごとに出くわす機会も多い。だがそれが事件解決につながることも多々あるので、探偵的にはグッドタイミングなのかもしれない。それで疲れ切ってしまうのも事実なのであるが。今回も、ふらふらになりながらお使いに、事件の調査にと歩き回り、躰を張って謎を解き明かしている。四十代になったと思うと、少しのんびりさせてあげたいような気もするが、これこそが葉村晶なのだろうなぁ。おばあちゃんになるまで探偵家業を続ける葉村晶を見ていたいシリーズである。
裁く眼*我孫子武丸
- 2016/11/01(火) 20:52:01
漫画家になり損ね、浅草の路上で似顔絵を描いて生計を立てている袴田鉄雄。あるとき、彼の腕前を見込んだテレビ局の人間から、「法廷画」を描いてほしいという依頼が舞い込む。注文通り描いた絵が、テレビで放送された直後―鉄雄は頭を殴られて昏倒する。彼は一体、何を描いてしまったのか?
浅草でときどき似顔絵を描いている袴田鉄雄が主人公。ある日カップルの女性の似顔絵を書いたところ、男性からひどく怒られて、早々に引き上げるという出来事があった。その後、法廷画家たちが集団食中毒になり、ピンチヒッターとして法廷画を描くことになった鉄雄だったが、帰宅したところをコンクリートブロックで殴られ、ちょうど帰ってきた姪の蘭花に助けられることになった。それでも、この裁判が終わるまでは、と法廷に通う鉄雄だったが、翌日、同じく代役の法廷画家の女性が殺される。法廷画家を狙った連続殺人なのか、それともまったく別の事件なのか……。鉄雄の書いた法廷画が、裁判にどうかかわってくるのか、知りたくてページを繰る手が止まらなくなる。そしてその謎が明らかにされたとき、そこに目をつけたか、という驚きもある。鉄雄には、知らず知らずのうちに人間の本質を見通してしまうような力があるのだろうか。だとすると、まさに法廷画家はうってつけの職業かもしれない。何かほかにも役立てられそうな能力である。鉄雄と蘭花のコンビをもっと見たいと思わされる一冊でもある。
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