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四〇一二号室*真梨幸子

  • 2016/12/31(土) 16:25:56

四〇一二号室
四〇一二号室
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真梨 幸子
幻冬舎
売り上げランキング: 297,175

タワーマンションの最上階、四〇一二号室に暮らす人気作家、三芳珠美は、人生の絶頂にいながら満たされずにいた。ある日、古本屋の老婆に「あなたに」と古い写真を見せられるが、そこには見知らぬ赤ん坊の姿が写っていて…。一方、根岸桜子は同時期にデビューした珠美の成功を安マンションで妬ましく思う日々。そして、1999年11月22日、大停電の日。珠美がマンションから転落。その日から女たちの運命が逆転した―のは悲劇の始まりに過ぎなかった。“人間は、あっという間に地獄の底に転落するのよ”四〇一二号室からはじまる“不幸”の連鎖。著者が仕掛けた夥しい数の罠。『殺人鬼フジコの衝動』の著者、最恐イヤミス。


心理的瑕疵物件である、所沢のタワーマンションの最上階・4012号室を鍵とした厭な厭な物語である。女たちの妬み合いも、それを裏で利用する男の狡さ汚さも「厭」の要素のひとつである。そして、頻々と移り変わる語り手や、夢と現実の境目が曖昧すぎる展開が、物語の筋をますます混沌の中へと引き込んでいくので、幾度となく自分が立っている地平が揺らぐような、めまいにも似た心地にさせられるのである。夢と現の間だけでなく、時の流れをも行きつ戻りつしながらたどり着いた真実は、切ないというかやり切れないというか、人間の浅ましさを見せつけられたようない厭な後味を残すものである。まんまと騙された一冊である。

私の幽霊 ニーチェ女史の常識外事件簿*朱川湊人

  • 2016/12/30(金) 06:55:17

私の幽霊 ニーチェ女史の常識外事件簿
朱川湊人
実業之日本社
売り上げランキング: 239,339

人が知ってることなんて、
ほんのちょっとだけなんだよ。

なぜ私の幽霊が目の前に――!?
怪しき博物学者と解き明かす超常現象の謎。
あなたはその真相に涙する。

故郷に住む高校時代の同級生聡美から「あなたの幽霊を見た」と告げられた“ニーチェ女史"こと雑誌編集者・日枝(ひえ)真樹子。
帰郷して幽霊が出たという森の近くまで行くと、そこには驚きの光景が……。
怪しき博物学者・栖(すみか)大智(だいち)と謎すぎる女・曲(まが)地(ち)谷(や)アコとともに、常識を超えた事件の謎に挑む。

切なさ×不思議全開ミステリー!

■第一話 私の幽霊
■第二話 きのう遊んだ子
■第三話 テンビンガミ
■第四話 無明浄
■第五話 コロッケと人間豹
■第六話 紫陽花獣



文化人類学の要素たっぷりで、しかもそれが日常の謎として提起されているというのが興味深い。犯罪でも事件でもない謎の出来事の数々。それを解き明かすと、切なく愛おしい物語がそこにあるのだった。探偵役は編集者のニーチェ女史こと日枝真樹子と、ふとした出会いから彼女が頼りにするようになった博物学者の栖大智。本作は登場人物紹介の要素も多分にあるので、シリーズ化されるのだと思うが、今後どんな不思議な出来事に出会えるのか、そしてどうやって解き明かしていくのかが愉しみになる一冊である。

農ガール、農ライフ*垣谷美雨

  • 2016/12/29(木) 07:33:12

農ガール、農ライフ
農ガール、農ライフ
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垣谷美雨
祥伝社
売り上げランキング: 77,994

「結婚を考えている彼女ができたから、部屋から出て行ってくれ」派遣ギリに遭った日、32歳の水沢久美子は同棲相手から突然別れを切り出された。5年前、プロポーズを断ったのは自分だったのに。仕事と彼氏と家を失った久美子は、偶然目にした「農業女子特集」というTV番組に釘付けになった。自力で耕した畑から採れた作物で生きる同世代の輝く笑顔。―農業だ!さっそく田舎に引っ越し農業大学校に入学、野菜作りのノウハウを習得した久美子は、希望に満ちた農村ライフが待っていると信じていたのだが…。


派遣切りに遭った日に同棲相手に別れを切り出され、部屋の明け渡しを宣告されるという踏んだり蹴ったりの目に遭い、ホームレスになるか野垂れ死にするかという切羽詰まった気分でいるとき、たまたま目にしたテレビの農業女子特集に感動し、安易にその道に踏み出した久美子の物語である。元手も知識も縁故も何もないというないない尽くしの状況なのに、なぜか明るい未来を思い描けてしまうのは、長所と言っていいのか短所と言っていいのか悩むところだが、この場合は結果がまあまあなので、良かったのだろう。農業や農家が抱える現実も、さらっと表面的ではあるが描かれており、考えさせられるところではある。そしてやはり、人生何事も人とのつながりなのだと思い知らされる。とっかかりになる関係を築くことができると、思いもかけない方面に人脈が広がっていくのが興味深い。さまざまな年代の女性たちの生き様も、それぞれがそれぞれらしくて好ましい。農業の物語であって、人とのつながりあっての人生の物語でもある一冊である。

ノスタルジー1972

  • 2016/12/27(火) 18:22:30

ノスタルジー1972
ノスタルジー1972
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重松 清 中島 京子 堂場 瞬一 朝倉 かすみ 早見 和真 皆川 博子
講談社
売り上げランキング: 177,310

1972。何かが終わり、すべてが始まった年。豪華執筆陣がノスタルジーとともに今に繋がる日本を描き出すクロニクルアンソロジー。


「川端康成が死んだ日」中島京子  「永遠!チェンジ・ザ・ワールド」早見和真  「空中楼閣」朝倉かすみ  「あるタブー」堂場瞬一  「あの年の秋」重松清  「新宿薔薇戦争」皆川博子

1972年、思えばいろんなことがあったものである。日本はまだまだ古い時代を引きずりながらも、貪欲に上を目指し、ほんとうの自由を手に入れようともがく若者たちを横目で見ながら、民衆はそれまで通り地道に暮らしていた。激動と日常が同居していたのがあの時代だったような気がする。それぞれスポットが当たる場所は違うが、どの物語もそんな時代の雰囲気が、懐かしく思い出される。読む人の年代によってずいぶん印象の違う一冊でもあるだろう。

6月31日の同窓会*真梨幸子

  • 2016/12/25(日) 16:58:56

6月31日の同窓会
6月31日の同窓会
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真梨 幸子
実業之日本社
売り上げランキング: 223,906

神奈川の伝統ある女子校・蘭聖学園の89期OGが連続して不審な死を遂げる。同校出身の弁護士・松川凛子は、同窓生の証言から真相を突き止めようとするが―学園の闇と女たちの愛憎に、ラスト1行まで目が離せない!女子校育ちの著者が、かさぶたを剥がしながらダーク過ぎる“女の園”を描く、ノンストップ・イヤミス!


神奈川県にある初等科から短大まである女子校・蘭聖学園の卒業生たちが主人公の物語である。6月31日に催される同窓会の案内を受け取った者が、相次いで亡くなっていく。伝統ある女子校の同窓生というつながりの強さと怖さはもちろんひしひしと伝わってくるし、そもそも学生時代の女子校に特有の雰囲気が濃密すぎて息苦しくなるほどである。一体誰が犯人なのか。想像を巡らせながら読み進むが、最後の最後まで正解にたどり着けはしなかった。伝統を守るということ、同窓生同士の強いきずな、それが執念深さにも見えてしまうような厭な後味も感じられる。面白かったが、犯人が判ってもまったくすっきりしない一冊ではある。

蛇行する月*桜木柴乃

  • 2016/12/24(土) 07:06:00

蛇行する月
蛇行する月
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桜木 紫乃
双葉社
売り上げランキング: 275,602

人生の岐路に立つ六人の女の運命を変えたのは、ひとりの女の“幸せ”だった。―道立湿原高校を卒業したその年の冬、図書部の仲間だった順子から電話がかかってきた。二十も年上の職人と駆け落ちすると聞き、清美は言葉を失う。故郷を捨て、極貧の生活を“幸せ”と言う順子に、悩みや孤独を抱え、北の大地でもがきながら生きる元部員たちは、引き寄せられていく―。彼女たちの“幸せ”はどこにあるのか?


雪深い町の高校時代の図書部の仲間、という繋がりの女性たちと、その周囲の人々の物語である。彼女たちそれぞれの人生の中で、悩み迷い立ち止まる瞬間に、いつも思いが及ぶのは須賀順子というひとりの仲間なのである。勤め先の和菓子店の主である父親ほども歳の離れた男の子を身ごもり、逃げるように東京へ行き、いまはラーメン屋をやって貧しいながらもしあわせにやっているという。1984年から2009年まで、時代をたどりながら、それぞれ別の人物の視点で描かれるそれぞれの人生。だがその中にはいつも順子が出てくるのだった。それが、誰からもうらやまれるような暮らしをしているわけではない順子だというところが、しあわせの形ということについて考えさせられる。切なくてあたたかい一冊である。

幸せのプチ 町の名は琥珀*朱川湊人

  • 2016/12/23(金) 09:28:42

幸せのプチ ――町の名は琥珀
朱川 湊人
日本経済新聞出版社
売り上げランキング: 54,051

都電が走る、この下町には、白い野良犬の“妖精"がいる。
「きっとプチは、あの町で今も生きていて、たくさんの人たちを、小さくだけれど幸せにしているはずだ」
その町に生き、通り過ぎた人たちの心あたたまる物語。
銭湯の煙突が目立つ迷路のような路地は生活感が溢れ、地味なくせに騒々しい。口が悪くて、おせっかいな人たちが暮らす町に、ちょっぴり不思議で、ささやかな奇跡が起きる時……

直木賞作家・朱川湊人さんの25万部を超えたベストセラー『かたみ歌』。東京・下町の商店街を舞台にしたノスタルジックでちょっと不思議なことが起こる連作はシリーズとなり、当時は最先端だった団地に舞台を移し(『なごり歌』)、今作もそのラインに連なるといってもいい。

高度成長期の昭和から平成までの都電が走る町を舞台に紡がれる「追憶のカスタネット通り」「幸せのプチ」「タマゴ小町とコロッケ・ジェーン」「オリオン座の怪人」「酔所独来夜話」「夜に旅立つ」の6つの物語。1970&80年代の思い出とともに、あなたを追憶の彼方へ誘います。
恋、友情、大切な人を喪った哀しみ、家族の絆……ラジオの深夜放送、昔ながらの喫茶店、赤い公衆電話、揚げたてのコロッケ……
「きっと生きている限り忘れない。あの町の名は琥珀」


都電の走る、琥珀という名前の町で起こる日常のあれこれと、そこに暮らす人々のなんと言うことのない日々の暮らしの物語である。どこにでもありそうな出来事の向こう側にある人々の気持ちや、後々につながることごとの欠片が、ひとつずつ少しずつ積もり積もって町はできていて、そこに暮らす人々の心までも形作っているのだと、なにやらほっと懐かしい心地になれる一冊である。

明るい夜に出かけて*佐藤多佳子

  • 2016/12/21(水) 07:38:39

明るい夜に出かけて
明るい夜に出かけて
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佐藤 多佳子
新潮社
売り上げランキング: 27,647

今は学生でいたくなかった。コンビニでバイトし、青くない海の街でひとり暮らしを始めた。唯一のアイデンティティは深夜ラジオのリスナーってこと。期間限定のこのエセ自立で考え直すつもりが、ヘンな奴らに出会っちまった。つまずき、人づきあい、好きだって気持ち、夢……若さと生きることのすべてが詰まった長篇小説。


心に傷を抱え、これまでの人生から逃げ出したくなって大学を休学してひとり暮らしを始めた若者が主人公の物語である。親の立場からすると、不甲斐なく、心配でたまらず、無意味な遠回りをしているように思えてしまい、つい余計なひと言を言ってしまいそうな若者たちがたくさん出てくる。序盤では、親の気持ちで、なにをぐうたらしているのだとイライラすることもあったのだが、読み進むうちに、彼らには彼らなりの譲れない矜持のようなものがあり、周りと足並みをそろえられなくても、各自なりのペースで確実に前に向かっているのだということが実感されて、応援したい気持ちに変わってくる。いくら人付き合いが苦手でも、やはり人間関係は大切だということも、身に沁みる。ラジオのリスナーではないので、そちらの熱狂ぶりは実感としては判らないが、ラジオの番組を通じた繋がりにも、見えないながら深いものがありそうである。タイトルの切実感が迫ってくる一冊でもある。

まことの華姫*畠中恵

  • 2016/12/19(月) 07:11:04

まことの華姫
まことの華姫
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畠中 恵
KADOKAWA (2016-09-28)
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人形遣い月草と姫様人形お華の迷コンビが江戸の事件を快刀乱麻!

江戸は両国。暮れても提灯の明かりが灯る川沿いの茶屋は、夜も大賑わい。通りの向こうの見世物小屋では、人形遣いの芸人、月草の名が最近売れてきている。なんでも、木偶の姫様人形、お華を相方に、一人二役の話芸を繰り広げるのだという。それも、話芸が目当てというより、お華に会いに来るお客が多いというのだ。何故なら。“まことの華姫”は真実を語る――

姉を殺したのは、実の父かもしれないと疑う、小屋一帯の地回り山越の娘・お夏。
六年前の大火事で幼な子を失い、諦めきれずに子ども捜しを続ける夫婦。
二年前に出奔したまま行方知れずの親友かつ義兄を探しにはるばる西国からやってきた若旦那。
そして明らかになる語り部・月草の意外な過去……

心のなかに、やむにやまれぬ思いを抱えた人々は、今日も真実を求めてお華の語りに耳を澄ます。
しかし、それは必ずしも耳に心地よいものばかりとは限らなくて……
快刀乱麻のたくみな謎解きで、江戸市井の人々の喜怒哀楽を描き出す、新たな畠中ワールド!


表題作のほか、「十人いた」 「西国からの客」 「夢買い」 「昔から来た死」

両国の見世物小屋で腹話術の話芸を見せる月草と木偶人形のお華、そして、小屋を仕切る地回りの山越親分の娘のお夏が繰り広げる物語である。真実を語ると噂される木偶人形の華姫は、月草に操られていることを思わず忘れるほど生きているように見える。客たちは、まことの華姫と呼び、華のまことの言葉を聞きたがる。噂を聞きつけて遠国からやってくる者もいて、月草がいくら否定しても噂は広まるばかりである。月草の事情、華姫の由来、夏の屈託など、さまざまな要因が絡み合い、そこに持ち込まれる謎と相まって、なにやら独特の雰囲気が醸し出される。月草と華姫はこれからどうなるのか。たのしみなシリーズになりそうな一冊である。

Dの殺人事件、まことに恐ろしきは*歌野晶午

  • 2016/12/16(金) 16:59:14

Dの殺人事件、まことに恐ろしきは
歌野 晶午
KADOKAWA (2016-11-02)
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トリックと幻想は紙一重。ミステリの鬼才×乱歩、驚愕のミステリ短編集!

歌野晶午×江戸川乱歩――貴方を「非日常の興奮」に導く、超ミステリが誕生!
『葉桜の季節に君を想うということ』の異才が、刺激的なサプライズと最新テクノロジーで現代に蘇らせる乱歩ミステリ集!


カメラマンの「私」が渋谷の道玄坂で出会い、交流するようになったのは、賢いが生意気な少年・聖也。
その日も私は道玄坂のダイニングバーで聖也と話していたが、向いの薬局の様子がおかしい。駆けつけた私たちが発見したのは、カーペットの上に倒れた、上半身裸の女性だった。
その後、私と聖也は事件を探り始める。しかし、私はあることに気がついてしまい、元の世界には戻れなくなっていた――(表題作)。

「人間椅子」「押絵と旅する男」「D坂の殺人事件」「お勢登場」「赤い部屋」「陰獣」「人でなしの恋」「二銭銅貨」……サプライズ・ミステリの名手が、新たな魅力を吹き込む!


江戸川乱歩の、ただでさえおどろおどろしい作品に、著者らしい仕掛けが織り込まれて、現代によみがえった感じである。ある時を境にして、その前と後ではがらっと様相が変わり、読み手の印象も一瞬にして裏返るのである。その醍醐味は、何度でも味わいたくなる。わくわくぞくぞくする一冊だった。

ヒポクラテスの憂鬱*中山七里

  • 2016/12/14(水) 16:45:07

ヒポクラテスの憂鬱
ヒポクラテスの憂鬱
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中山七里
祥伝社
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“コレクター(修正者)”と名乗る人物から、埼玉県警のホームページに犯行声明ともとれる謎の書き込みがあった。直後、アイドルが転落死、事故として処理されかけたとき、再び死因に疑問を呈するコレクターの書き込みが。関係者しか知りえない情報が含まれていたことから、捜査一課の刑事・古手川は浦和医大法医学教室に協力を依頼。偏屈だが世界的権威でもある老教授・光崎藤次郎と新米助教の栂野真琴は、司法解剖の末、驚愕の真実を発見する。その後もコレクターの示唆どおり、病死や自殺の中から犯罪死が発見され、県警と法医学教室は大混乱。やがて司法解剖制度自体が揺さぶられ始めるが…。


「堕ちる」 「熱中せる(のぼせる)」 「焼ける」 「停まる」 「吊るす」 「暴く」 


浦和医大法医学教室シリーズの二作目。主人公の栂野真琴や光崎教授、県警の古手川刑事など、主要な登場人物のキャラクタもすっかりなじんでこなれた印象である。自称コレクター(修正者)の、県警のホームページへの書き込みに注目し、事件で亡くなった遺体を司法解剖した結果、ほんとうの死の原因が究明され、事件解決につながる、という件が発生し、県警も法医学教室も、振り回されることになる。コレクターとは何者なのか、事件の内容をどうやって知り得たのか。謎が謎を呼び、解剖の予算は尽き、事件は次々に起こる。そして、いくつもの事件の裏に、さらに底知れない闇が隠れていることに驚かされる。シリアスなのだが、登場人物たちの掛け合いが面白く、コメディ要素も紛れ込み、愉しめる一冊でもある。

今はちょっと、ついてないだけ*伊吹有喜

  • 2016/12/12(月) 07:00:34

今はちょっと、ついてないだけ
伊吹 有喜
光文社
売り上げランキング: 363,480

かつて、世界の秘境を旅するテレビ番組で一躍脚光を浴びた、「ネイチャリング・フォトグラファー」の立花浩樹。バブル崩壊で全てを失ってから15年、事務所の社長に負わされた借金を返すためだけに生きてきた。必死に完済し、気付けば四十代。夢も恋人もなく、母親の家からパチンコに通う日々。ある日、母親の友人・静枝に写真を撮ってほしいと頼まれた立花は、ずっと忘れていたカメラを構える喜びを思い出す。もう一度やり直そうと上京して住み始めたシェアハウスには、同じように人生に敗れた者たちが集まり…。一度は人生に敗れた男女の再び歩み出す姿が胸を打つ、感動の物語。


覇気もやる気も向上心もすべてどこかへ置き忘れてきたような中年男・立花浩樹が主人公である。もともと目立つ方ではなかった浩樹が、ひょんなことから注目を浴び、作られた姿と現実の狭間で自分を見失い、しかもバブル崩壊に伴うあれこれによって、財産もすべて失うことになった結果のこの体たらくである。ある日、母が暮らす施設の母の友人の写真を撮ったことがきっかけで、心の持ち方が少しずつ変わり、周りの人やそのつながりに後押しされて、自分の居場所や進む道を見つけるまでになるのである。見た目と身体だけで注目されてきたと卑下するばかりだった浩樹だが、外見と内面のギャップも魅力的に思われ、つい応援したくなる。どん底にいても、人とのつながりを断たなければ、浮かぶ瀬もある、と思わせてくれる一冊である。

お引っ越し*真梨幸子

  • 2016/12/11(日) 16:55:42

お引っ越し
お引っ越し
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真梨 幸子
KADOKAWA/角川書店 (2015-03-28)
売り上げランキング: 314,940

引っ越した先は闇の中。マンションの内見、引っ越し前夜の片付け、隣人トラブル…「引っ越し」に潜む“恐怖”を描いた、世にも奇妙な連作短編集。


「扉」 「棚」 「机」 「箱」 「壁」 「紐」 「解説」

この解説には鍵かっこをつけたくなる。解説であって解説ではなく、それ自体ひとつの物語である。解説者の名前を見た途端、なにやら背中がぞくりとする。そして本編。それぞれのタイトルがモチーフとなった引っ越し秘話だが、どれもブラックで、引っ越しが怖くなるものばかりである。しかも連作なので、恐ろしさ、おぞましさが増幅される。引っ越したばかりの人は特に、絶対に読んではいけない一冊だと思う。

あおぞら町春子さんの冒険と推理*柴田よしき

  • 2016/12/10(土) 07:51:35

あおぞら町 春子さんの冒険と推理
柴田 よしき
原書房
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春子は、ゴミ置き場に花を捨てに来た男性に声を掛け、その花を譲り受けた。数日後に再び花を捨てに来たのを見て、春子はあることの重大な意味に気づいたのだが……。
春子と拓郎(プロ野球選手)が織りなす事件と日常と花々の連作集。


野球と植物と料理が好きな著者ならではの物語である。二軍の野球選手・拓郎と妻の春子の日常をベースに、暮らしている町の日常に起こる謎を想像力と観察力を駆使して解き明かしていく春子さんの探偵ぶりが、爽やかで可愛らしい。拓郎の今後の活躍も気になるし、家族の形も見守りたい一冊である。

ツタよ、ツタ*大島真寿美

  • 2016/12/07(水) 17:04:39

ツタよ、ツタ
ツタよ、ツタ
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大島真寿美
実業之日本社
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千紗子という新たな名前を持つこと。
心の裡を言葉にすること。

自分を解放するために得た術が
彼女の人生を大きく変えた――

明治の終わりの沖縄で、士族の家に生まれたツタ。
父親の事業の失敗によって、暮らしは貧しくなるが、
女学校の友人・キヨ子の家で音楽や文学に触れるうち、
「書くこと」に目覚める。
やがて自分の裡にあるものを言葉にすることで、
窮屈な世界から自分を解き放てると知ったツタは、「作家として立つ」と誓う。

結婚や出産、思いがけない恋愛と哀しい別れを経て、
ツタは昭和七年に婦人雑誌に投稿した作品でデビューする機会を得た。
ところが、待ち受けていたのは、思いもよらない抗議だった……。
「幻の女流作家」となったツタの数奇な運命。

一作ごとに新しい扉を開く、『ピエタ』の著者の会心作!


実在の人物をモチーフにしたフィクションだそうである。主人公のツタ(千紗子)は、いつでも何をしていても、自分が本当の自分でないような心許なさにつきまとわれ、ある種現実離れした浮遊感の中で一生を送ったように見える。一面を見るととても運がよく恵まれているようにも見え、違う一面を見ると、これほどの不幸があるだろうか、というようにも思われる。それはもしかすると、彼女自身が自分が何者かという確固としたものを持てないままで生きていたからなのかもしれないと、ふと思う。いまわの際の回想録のような体裁で描かれているからなおさらだろうか。ツタの一生をたどり直して共に生きた心地がして、彼女のことを思わずにいられない一冊である。

遠い唇*北村薫

  • 2016/12/05(月) 19:15:44

遠い唇
遠い唇
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北村 薫
KADOKAWA (2016-09-30)
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小さな謎は、大切なことへの道しるべ。
ミステリの巨人が贈る、極上の“謎解き”7篇。

■「遠い唇」
コーヒーの香りでふと思い出す学生時代。今は亡き、姉のように慕っていた先輩から届いた葉書には、謎めいたアルファベットの羅列があった。
■「解釈」
『吾輩は猫である』『走れメロス』『蛇を踏む』……宇宙人カルロロンたちが、地球の名著と人間の不思議を解く?
■「パトラッシュ」
辛い時にすがりつきたくなる、大型犬のような同棲中の彼氏。そんな安心感満点の彼の、いつもと違う行動と、浴室にただよう甘い香り。
■「ビスケット」
トークショーの相手、日本通のアメリカ人大学教授の他殺死体を目撃した作家・姫宮あゆみ。教授の手が不自然な形をとっていたことが気になった姫宮は、《名探偵》巫弓彦に電話をかける――。

全7篇の、一筋縄ではいかない人の心と暗号たち。
解いてみると、“何気ないこと”が光り始める。


さまざまな趣向の七編である。宇宙人目線に妙に納得させられたり、懐かしい顔(?)を見られてにんまりしたり。謎自体にもやさしさがあり、人が死んだとしても、なぜか品の良さが感じられる。著者らしい一冊でもある。

人生相談*真梨幸子

  • 2016/12/04(日) 21:05:02

人生相談。
人生相談。
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真梨 幸子
講談社
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大洋新聞に連載されている「よろず相談室」には老若男女から様々な相談が寄せられている――。

「居候に悩んでいます」――自分たちの家に居候が住んでいて、あるとき主従が逆転してしまった。このままでは居候たちに追い出されてしまう!
「しつこいお客に困っています」――同僚に生理的に嫌なお客を押しつけられて困っているのだけれど……。
「隣の人がうるさくて、ノイローゼになりそうです」――25年住んでいる賃貸の部屋。今までは何もなかったのに、隣から急に壁をたたかれるようになり、生活もままならなくなってきたのですが……。
「セクハラに時効はありますか?」――14年前、残業後、8歳年下の後輩に思わず抱きつき、そのまま最後まで……。部長への昇進にあたっての、審査で、この点だけ気になっています。
「大金を拾いました。どうしたらいいでしょうか」――家の裏の雑木林で見つけたゴミ袋。その中には札束が! 持ち帰って1年そのままなのですがどうしたらよいのでしょうか。
「西城秀樹が好きでたまりません」――「傷だらけのローラ」は私のことを歌っているんです! 秀樹が呼んでいる! どうしたら秀樹に会えますでしょうか。秀樹に会わせてください!
「口座からお金を勝手に引き出されました」――1500万円ほどの蓄えがあったのですが、どうやら夫が勝手に引き出したようです。これって窃盗にあたりますか?
「占いは当たりますか?」――来年、結婚する予定です。祖父母が心酔している占い師に、この結婚は不吉だと言われたと告げられて。そのうち、私も不安になってきたのですが。

一見、なんの連関性もない人生相談の数々。
ところがこの相談の裏には衝撃の事件が隠されていた!


新聞の人生相談コーナーに載った相談事がまずあり、その後に物語が始まるのだが、どれもがその相談事と似通っている。しかも、物語の後に配されている回答編を読むと、その皮肉さに気づくのである。そんな趣向なのだと思って読み進んだのだが、またしばらく読むと、あちらこちらで繋がっていることに気づかされる。こんがらがった毛糸がもつれて解けなくなったようである。しかも毛羽立ったところがまたもつれ合って、さらなる混沌に迷い込む心地である。いろんなところがいろんなところと繋がり、影響を与え、因果関係を持ち、ぐるぐる回っているようでもある。ただ、要素が多くて、さらっと読んだだけでは印象に残らない登場人物もいて、それがいささかストレスにならないこともない。それさえなければ、次はどことどこが繋がるのだろうという興味もあり、惹きこまれる一冊ではある。

スクープの卵*大崎梢

  • 2016/12/03(土) 18:54:37

スクープのたまご
スクープのたまご
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大崎 梢
文藝春秋
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人の家の不幸に群がって、あなたは恥ずかしくないんですか?週刊誌は、空振りやムダの積み重ねで出来ている。手を抜いたら、あっという間に記事の質が堕ちる。未解決の殺人事件にアイドルのスキャンダル写真―ビビリながら、日本の最前線をかけめぐる日向子24歳!


1話 「取材のいろは」  2話「タレコミの精度」  3話「昼も夜も朝も」  4話「あなたに聞きたい」  5話「そっと潜って」  最終話「正義ではなく」

入社二年目の日向子が週刊千石の編集部に配属され、スクープをものにしようと奮闘する連作短編集である。しかも、全編を通して、ひとつの事件を追うことになり、ひと粒で二度おいしいお得感が嬉しい。学生にしか見えない外見が取材時に役立つこともあり、不発だとがっかりした取材先から、後々重要な情報が寄せられることもあり、苦労も多いが報われることもあるのだった。人の家庭に遠慮会釈なく踏み込んで暴き出す週刊誌のえげつなさを嫌っていた日向子も、少しずつその内情を理解し、仕事にやりがいを感じるようになっていく。一見頼りなさそうに見えて、実は上司にも同僚にも期待されている日向子の奮闘ぶりが可愛らしくて、つい応援したくなる。もっともっと日向子の成長を追いかけ続けたい。シリーズ化してほしい一冊である。

罪の声*塩田武士

  • 2016/12/02(金) 19:19:47

罪の声
罪の声
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塩田 武士
講談社
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逃げ続けることが、人生だった。

家族に時効はない。今を生きる「子供たち」に昭和最大の未解決事件「グリ森」は影を落とす。

「これは、自分の声だ」
京都でテーラーを営む曽根俊也は、ある日父の遺品の中からカセットテープと黒革のノートを見つける。ノートには英文に混じって製菓メーカーの「ギンガ」と「萬堂」の文字。テープを再生すると、自分の幼いころの声が聞こえてくる。それは、31年前に発生して未解決のままの「ギン萬事件」で恐喝に使われた録音テープの音声とまったく同じものだった――。

未解決事件の闇には、犯人も、その家族も存在する。
圧倒的な取材と着想で描かれた全世代必読!
本年度最高の長編小説。

昭和最大の未解決事件―「ギンガ萬堂事件」の真相を追う新聞記者と「男」がたどり着いた果てとは――。
気鋭作家が挑んだ渾身の長編小説。


グリコ森永事件を題材にした409ページの大作である。青酸ソーダ入りのお菓子が店頭に置かれたということで、当時子どもが生まれたばかりだったわたしも我が身のこととして恐ろしさを感じた事件だったので、興味深く読んだ。大々的に報道された割には、実際犯人は何が目的だったのかよくわからず、尻すぼみに終わった印象があったが、本書を読むと、妙に納得できてしまう。記者が、大きな事件の取材に際して、犯人はどんなにもっともらしい大義名分を持っているのかと思って臨むと、どうしようもない理由で事件を起こしていることが多々あり、がっくりする、というようなことを言っているが、このギンガ萬堂事件の犯人たちも、まさにそうで、それがリアルさをより増している。読後は、あの事件の真相はまさにこうだったのだろうと思えてしまうほどである。テープの声の子どもにスポットを当てたのも見事だと思う。読み応えのある一冊だった。