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我ら荒野の七重奏(セプテット)*加納朋子
- 2017/01/30(月) 16:33:29
出版社に勤務する山田陽子は、息子の陽介を深く愛する一児の母。
陽介はトランペットに憧れ、中学校に入り吹奏楽部に入部したものの、トランペットからあぶれてファゴットのパートに割り振られる。陽子は思わず吹奏楽部の顧問に直談判、モンスターペアレントと囁かれるはめに。やがて、演奏会の会場予約のため、真夏に徹夜で市民ホール前に並ぶ役目にかり出された陽子は、中学生だしそうそう親の出番もないと思っていた自分の間違いに気づくのだった――。
部活動を頑張る少年少女のかげで奮闘する、親たちの姿をユーモラスに描いた、傑作エンターテインメント。
吹奏楽部の青春物語かと思ったら、さにあらず。吹奏楽部院の親たちの奮闘ぶりが描かれた物語なのである。我が子が可愛いのはもちろん。部の中で我が子が少しでもいい位置にいられればいいと願うのは当然のこと。そんな親たちが集まれば、それはいろいろあってしかるべきなのである。しかも、子どもに直接かかわることばかりではなく、予算も限られている公立中学の部活の運営には、保護者の助けが必須なのだ。裏方の仕事の大変さは、涙なくして語ることができないほど苛烈を極めるのである。経験はなくてもある程度想像はできるが、やはり現実は想像以上である。本作では、コメディタッチになっているので、それでもまだその厳しさは幾分まろやかになっていることだろう。ほんとうに心からご苦労さまと言いたくなる一冊である。
ただ、子どもたちの笑顔を見れば、そんな苦労も吹っ飛んでしまうのもまた親というものなのだと、微笑ましくもなる。
シャルロットの憂鬱*近藤史恵
- 2017/01/29(日) 06:59:14
元警察犬シャルロットとの日常と事件をやわらかく描く、傑作コージーミステリー
シャルロットは雌のジャーマンシェパード。警察犬を早く引退し、四歳で池上家にやってきた。はじめて犬と暮らす夫妻にも、散歩などをきっかけに犬同士、飼い主同士のゆるやかな連帯も生まれてくるが、なかには不穏な事件を持ち込む者もいて──。
主役は、元警察犬のジャーマンシェパードの女の子・シャルロットである。子どもができない池上夫妻の元にやって来て、家族の一員になった。シャルロットと暮らす日々に起こる事件や不思議な出来事を池上夫妻が解き明かしていくのだが、シャルロットの反応が大いに助けになっているのである。ミステリではあるのだが、犬と暮らす日常のあれこれが、温か味を持って描かれていてほんわか気分になれる。さらに、ペットと暮らすことに関して、考えさせられることもあり、著者のペットへの愛も感じられる一冊になっている。
恋のゴンドラ*東野圭吾
- 2017/01/28(土) 13:26:56
真冬に集う男女8人の運命は? あの東野圭吾が“恋愛"という永遠のミステリーに真っ向から挑む。衝撃の結末から目を逸らすな!
恋の駆け引きは、ある意味ミステリかもしれない。スノボやスキー、雪山の描写はさすがと思わされるし、個性の違う複数の男女が絡む展開は、はらはらさせられることもあるが、わざわざこれを東野さんが書かなくてもよかったかも、とは思ってしまう。まあ気楽に愉しみました、という感じの一冊ではある。
サーモン・キャッチャー the Novel*道尾秀介
- 2017/01/27(金) 16:53:52
君の人生は、たいしたものじゃない。でも、捨てたものでもない。場末の釣り堀「カープ・キャッチャー」には、「神」と称される釣り名人がいた。釣った魚の種類と数によるポイントを景品と交換できるこの釣り堀で、もっとも高ポイントを必要とする品を獲得できるとすれば、彼しかいない、と噂されている。浅くて小さな生け簀を巡るささやかなドラマは、しかし、どういうわけか、冴えない日々を送る六人を巻き込んで、大きな事件に発展していく―
ミーちゃんが着ていた浴衣の柄と似た赤い模様の鯉を探す物語なのに、なぜサーモン・キャッチャー?と言う疑問には、まさに最後の一文が応えてくれるのだが、「それか!?」という種明かしで、思わず笑ってしまった。ヒツギム語とはまったくふざけた言葉である。物語自体は、冴えない日々を送る六人が、なんだかんだと結びついていき、なんだかんだと危ないことに巻き込まれたりしながら、なんだかんだと心を通わせて、ほのぼのとした気分にさせてくれたりもする。見事に全員が繋がってしまうところが、そんなにうまいこといくものかと思いながらも、妙に気分が好い。これはこれで面白かったな、という一冊である。
いまさら翼といわれても*米澤穂信
- 2017/01/25(水) 17:05:38
KADOKAWA (2016-11-30)
売り上げランキング: 530
累計205万部突破の〈古典部〉シリーズ最新作!
誰もが「大人」になるため、挑まなければいけない謎がある――『満願』『王とサーカス』の著者による、不動のベスト青春ミステリ!
神山市が主催する合唱祭の本番前、ソロパートを任されている千反田えるが行方不明になってしまった。
夏休み前のえるの様子、伊原摩耶花と福部里志の調査と証言、課題曲、ある人物がついた嘘――折木奉太郎が導き出し、ひとりで向かったえるの居場所は。そして、彼女の真意とは?(表題作)
時間は進む、わかっているはずなのに。
奉太郎、える、里志、摩耶花――〈古典部〉4人の過去と未来が明らかになる、瑞々しくもビターな全6篇。
表題作のほか、「箱の中の欠落」 「鏡には映らない」「連峰は晴れているか」 「わたしたちの伝説の一冊」 「長い休日」
相変わらず、やらなくていいことはやらないというモットー通りに生きている折木奉太郎ではあるが、今作では、そうなった理由も明かされ、熱を帯びた彼の姿も時折見ることができて、大人になっていることを思わされもする。それぞれの章で謎の中心にいる人物は、それぞれにその世代なりの大変な思いを抱えていることは確かなのだが、人が死なないというのはこんなにも安らかに読み進められるのかと、改めてほっとさせられる。生きているといろんな壁にぶつかり、これほど高い壁はほかにはないと思い込んでしまいがちだが、大抵のことは振り返れば乗り越えられているのだと思う。彼らもひとつずつ壁を乗り越えて大人になっていくのだろうと、感慨深く読んだ。彼らの関係が変わらずに在ってほしいと思う反面、少しずつ変わっていくのだろうなと思わずにはいられない一冊である。
雨利終活写真館*芦沢央
- 2017/01/22(日) 19:23:36
巣鴨の路地裏にひっそり佇む、遺影専門の写真館。祖母の奇妙な遺言が波紋を呼ぶ(「一つ目の遺言状」)。母の死を巡る、息子と父親の葛藤(「十二年目の家族写真」)。雨利写真館に残る1枚の妊婦写真の謎(「三つ目の遺品」)。末期癌を患う男性の訳ありの撮影(「二枚目の遺影」)。見事な謎解きで紡ぎ出すミステリー珠玉の4編。
遺影専門の写真館が舞台である。高齢化社会故でもあるのだろう、昨今、「終活」という言葉を目にする機会が、以前と比べて随分と増えてきている。そんな折にタイムリーな設定である。雨利終活写真館のスタッフは、終活コーディネーターの永坂夢子(金儲け主義)、アシスタントの道頓堀(似非大阪弁のお調子者)、カメラマンの雨利(不愛想で態度が悪い)、そして一話目の主人公で、後に雨利写真館のスタッフになる元有名美容室のヘアメイク・黒子ハナ、と癖がありすぎる面々である。依頼される案件も、ひと口に遺影と言っても事情はさまざまで、事前のカウンセリングで聞き出した客の要望に添うように考えて撮影される。そして、それぞれの事情にただならむものを感じ取り、ついつい首を突っ込んで真相を解き明かそうとしてしまうのがハナの悪い癖である。道頓堀がナイスアシストし、雨利がぼそりとつぶやくひと言が、意外なヒントになったりして、すっかり謎解き集団になっている。今作は、登場人物の紹介っぽくもあるし、シリーズ化されたら嬉しいと思う一冊である。
五つ星をつけてよ*奥田亜希子
- 2017/01/21(土) 07:49:42
既読スルーなんて、友達じゃないと思ってた。ディスプレイに輝く口コミの星に「いいね!」の親指。その光をたよりに、私は服や家電を、そして人を選ぶ。だけど誰かの意見で何でも決めてしまって、本当に大丈夫なんだろうか……? ブログ、SNS、写真共有サイト。手のひらサイズのインターネットで知らず知らずに伸び縮みする、心と心の距離に翻弄される人々を活写した連作集。
表題作のほか、「キャンディ・イン・ポケット」 「ジャムの果て」 「空に根ざして」 「ウォーター・アンダー・ザ・ブリッジ」 「君に落ちる彗星」
インターネットがなければ、どこかの街でなんということのない日々を平凡に暮らす人々が主人公である(例外もあるが)。なまじインターネットで世界と繋がってしまったがゆえに、自分の存在意義の振れ幅に戸惑い、そこに思わぬ化学反応が起こったりもするのだろう。自分自身の判断基準が曖昧になり、ネットの反応に翻弄される。それは日々の張合いにもなるだろうが、行き過ぎると泥沼にはまることにもなる。そんなひとたちのオフラインの暮らしにも生身の人とのかかわりがあり、感情の揺れもある。それが見事に描かれていて、胸に沁みる。思わずじんわりと涙がにじんできたりもするのである。失った自分を取り戻せるような気がする一冊でもある。
青光の街 ブルーライト・タウン*柴田よしき
- 2017/01/18(水) 18:39:14
早川書房
売り上げランキング: 23,575
撲殺されたOL、刺殺された出版社社員、絞殺された中学生……接点のない被害者たちのそばに置かれていたクリスマスの青い電飾。無差別殺人? 愉快犯? それとも秘められた動機が?――青い電飾が遺体のそばに撒かれる連続殺人事件が東京を震撼させていた。そんな折、作家兼ブルーライト探偵社の所長の草壁ユナに旧友・秋子から助けを求めるメールが届く。秋子の家を訪ねると、彼女を拉致した犯人からメッセージが。一方、探偵社で依頼を受けた有名人の婚約者の身辺調査が連続殺人と奇妙な繋がりを見せ……いくつもの事件が描く複雑な陰影すべての推理が重なり合う時、ユナの前に驚愕の真実が現れる! 作家にしてブルーライト探偵社の所長の草壁ユナ、最初の事件。読み出したら止まらない! 予測不能のノンストップ・サスペンス
ブルーライト探偵社でいちばん役立たずなのは自分だと常々思っている所長の草壁ユナ(本職は作家であり、探偵ではない)が探偵役である。本職の探偵の助けも多分に借りているが、友人から届いた助けを求めるメールをきっかけに、彼女を救うための調査に乗り出すのである。最近連続して起きている青い電飾がばらまかれた殺人事件とも絡み合って、思わぬ真実が暴かれていく。折々に差し挟まれた「青い町」という素人の短編小説が二重構造の中に迷い込んだようでくらくらさせられる。最初の事件と内容紹介にあるので、シリーズ化されるのだろうか。ブルーライト探偵社から目が離せなくなりそうな一冊である。
ストロベリーライフ*荻原浩
- 2017/01/16(月) 07:14:45
毎日新聞出版 (2016-09-23)
売り上げランキング: 109,562
直木賞受賞第一作の最新長編小説。
明日への元気がわいてくる人生応援小説!
農業なんてかっこ悪い。と思っていたはずだった。
イチゴ農家を継げと迫る母親。猛反対の妻。
志半ばのデザイナーの仕事はどうする!?
夢を諦めるか。実家を捨てるか。
恵介36歳、いま、人生の岐路に立つ!
デビューより20年、新直木賞作家がたどりついた〈日本の家族〉の明るい未来図。
懐かしい笑顔あふれる傑作感動長編。
フリーになって、仕事の依頼もまばらになり、先行きに不安を感じ始めている36歳のグラフィックデザイナーの恵介が主人公である。妻とは仕事でデザイナーと手タレとして出会った。実家は静岡で農業を営んでいる。ある日、母から父が倒れたという電話があって実家に帰り、家族の様子と農作業の状況を目にして、葛藤はあったものの、しばらく手伝うことになる。専門家に言わせれば、いろいろ難をつけるところはあるのだと思うが、恵介がいちごに愛を感じるようになっていく様子は、思わず応援したくなるし、兄弟間の思惑のすれ違いや、地域のほかの農家の反応や、いちご農家の同級生との関係も、逆境も追い風も含めて愉しんだ。根本的に何かが解決したとは言い難い部分もあるが、少なくとも妻子との関係には光が見えてほっとした。この先の物語が読みたいと思わされる一冊である。
殺人鬼フジコの衝動*真梨幸子
- 2017/01/14(土) 16:30:49
一家惨殺事件のただひとりの生き残りとして、新たな人生を歩み始めた十歳の少女。だが、彼女の人生は、いつしか狂い始めた。人生は、薔薇色のお菓子のよう…。またひとり、彼女は人を殺す。何が少女を伝説の殺人鬼・フジコにしてしまったのか?あとがきに至るまで、精緻に組み立てられた謎のタペストリ。最後の一行を、読んだとき、あなたは著者が仕掛けたたくらみに、戦慄する!
「殺人鬼」とタイトルにある時点で、人が死ぬことはわかってはいるが、それでもあまりにもたくさんの人が、あまりにも簡単に殺され過ぎて、震えがくる。しかもその動機がすべてなんとも利己的な理由なのだから、胸がふさがれる思いである。だが、殺人鬼に成り果ててしまったフジコは、どこで何を間違ったのだろうと考えると、因果とか業とか、自分では如何ともしがたい何者かに突き動かされているようにも見えて、哀しみすら感じられるのである。さらに本書自体が著者の見事な企みであり、最後の最後にそのことに一層驚かされる。頭の中がぐるんぐるん回るような心地の一冊である。
ロスト・ケア*葉真中顕
- 2017/01/13(金) 09:25:55
社会の中でもがき苦しむ人々の絶望を抉り出す、魂を揺さぶるミステリー小説の傑作に、驚きと感嘆の声。人間の尊厳、真の善と悪を、今をいきるあなたに問う。第16回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。
X県八賀市が舞台。羽田洋子、斯波宗典、佐久間功一郎、大友秀樹、そして、裁判で死刑が確定した<彼>の立場で、交互に物語が進められる。八賀市で親の介護に苦悩する人たちと、介護施設職員の仕事の過酷さの現状が、かなり具体的に描かれていて、胸が潰れる心地であるが、他人事とは到底思えず、ページを閉じたくなるのに目が離せないという矛盾が起こる。介護の現状と社会制度の脆弱さのギャップを考えずにはいられないが、それが厳然としてある現状で、なにがいちばんの大作なのだろうかと考えると、答えが見つからない。<彼>の行為は罪なのだろうか、それとも救いなのだろうか。重く深く考えさせられる一冊である。
あなたのゼイ肉、落とします*垣谷美雨
- 2017/01/10(火) 16:44:48
ダイエットは運動と食事制限だけではない。
大庭小萬里はマスコミには一切登場しない謎の女性だが、
彼女の個別指導を受ければ、誰もが痩せられるという。
どうやら、身体だけでなく「心のゼイ肉」を落とすことも大事なようだ……。
身も心も軽くなる、読んで痩せるダイエット小説。
なんだか爽快なダイエット小説である。巷にはさまざまなダイエット情報が氾濫しているが、大庭小萬里の個人指導は、まさに個人指導の極みと言っても過言ではなく、難しいことは何ひとつ言っていないにもかかわらず、指導を受ける本人や、その周囲の人たちのの人生まで変えてしまう力を持っているのである。これはやはり、躰のゼイ肉だけではなく、「心のゼイ肉も落とします」というところが肝心なのであろう。読後はなんとなく人生が愉しくなるような気がするから不思議である。大庭小萬里が結構好きになってしまう一冊である。
私が失敗した理由は*真梨幸子
- 2017/01/09(月) 16:53:13
落合美緒は、順風満帆な人生から一転、鬱々とした生活を送っていた。ある日、パート先の同僚のイチハラが、大量殺人事件を起こしたと聞く。彼女とコンビニで会った夜に事件を起こしたらしい。イチハラが言っていた言葉「…成功したかったら、失敗するなってこと。…」を思い出し、かつてないほどの興奮を感じた美緒はあることを思いつき、昔の恋人で編集者である土谷謙也に連絡を取るが―。失敗の種類は人それぞれ、結婚、家族、会社―様々な人間の失敗談から導き出される真理。美緒は一体何を思いついたのか、そして事件の真相は?
冒頭部分だけ読むと、エッセイのような印象だが、すでにそこから物語は始まっているのだった。田喜沢市にあるセイダイスーパー田喜沢南店から物語は始まるのだが、スーパーのパート主婦たちの確執の物語かと思いきや、あとからあとから殺人事件や自殺や失踪といった恐ろしい事件が起こる。真犯人探しを軸にしながら、登場人物たちが裡に秘めた屈託を暴き出し、人間の欲や悪意が波紋のように広がる様があちこちで描かれていて、いや~な気分にさせられる。語り手がコロコロ変わり、「あれ?いま語っているわたしは一体誰?」ということが再々あるが、それも著者の企みのひとつなのだろう。どんどんずんずん深みに引きこまれていく心地である。ある種怖いもの見たさといったところだろうか。相変わらずに読後感も散々だが、目が離せない一冊であることは間違いない。
女子的生活*坂木司
- 2017/01/08(日) 13:47:36
都会に巣食う、理不尽なモヤモヤをぶっとばせ! 読めば胸がスッとする、痛快ガールズストーリー。ガールズライフを楽しむため、東京に出てきたみきは、アパレルで働きながらお洒落生活を満喫中。マウンティング、セクハラ、モラハラ、毒親……おバカさんもたまにはいるけど、傷ついてなんかいられない。そっちがその気なら、応戦させてもらいます! 大人気『和菓子のアン』シリーズの著者が贈る、最強デトックス小説。
主人公のみきは、躰は男性、心は女性、しかも恋愛対象は女性という性的マイノリティとして、東京のアパレル関係のブラック企業で働いている。ブラックではあるのだが、自身にとってはある意味快適な職場環境ではある。職場の同僚たちにはカミングアウト済み。そんな同僚たちとの付き合いや、合コンにおける立ち位置、それぞれの女子たちの日々の闘いをそっと応援したくなる。もちろんみきもである。突然転がり込んできてなし崩し的にルームシェアすることになった中学の同級生の後藤の男のステレオタイプの見本のような行動様式にイライラさせられたり、合コン相手の反応に怒りまくったりするものの、案外いまがしあわせなんじゃないかとも思わせてくれる。考えさせられる面もあり、爽快な面もあり、これからのみきの人生をもっと見ていたいと思わされる一冊である。
パレードの明暗 座間味くんの推理*石持浅海
- 2017/01/06(金) 16:40:41
警視庁の女性特別機動隊に所属し、羽田空港の保安検査場に勤務する南谷結月は、日々の仕事に不満を感じていた。身体を張って国民を護るのが、警察官として最も崇高な使命だ。なのに―。そんな不満と視野の狭さに気付いた上官から、結月はある飲み会に同席するように言われる。行ってみた先に待っていたのは、雲の上の人である大迫警視長と、その友人の民間人・座間味くんだった。盟友・大迫警視長の語る事件の概要から、隠れた真相を暴き出す!名探偵・座間味くんの推理を堪能できる傑作集!
久々の座間味くんである。相変わらず穏やかながら、ただならぬ洞察力と、事象だけではなくその先に与える影響までをも慮れる想像力が見事である。話題に取り上げられた当人の思いも――もっともご当人の知るところではないのだが――、報われるというものである。そして座間味くんと大迫警視長との飲み会に上官・向島の命令で参加している南谷結月の真っ直ぐさがなんとも可愛い。その真っ直ぐさが危うさにも通じると危惧してこの飲み会に彼女を参加させた向島の度量の深さも魅力である。座間味くんの魅力を改めて見直させてくれた一冊である。
パラドックス実践 雄弁学園の教師たち*門井慶喜
- 2017/01/04(水) 16:49:02
弁論術学習に特化した超エリート校「雄弁学園」。6歳から演説、議論、陳述研究の訓練に励み、大人も太刀打ちできないほどの技術を持つ高校生たちが、新担任・能瀬雅司着任の日に三つの難題を投げかけた。議論混乱をきっかけに前担任を休職に追いやった生徒たちを前に、これまで要領のよさだけで生きてきた能瀬の回答は???第62回日本推理作家協会賞「短編部門」最終候補作「パラドックス実践」をはじめ、初等部、中等部、高等部、大学を舞台にした四つの学園小説。
個人的には、絶対に入学したくない学校である。だが、万が一はまったら、抜け出ることは難しいかもしれないとも思わされる不思議な魅力があることも確かである。6歳から弁論の英才教育を受けてきた生徒たちと、彼らを育てた教師たち。導入部を読むと、さぞかし血も涙も通わない殺伐とした学園生活が繰り広げられそうで、自分がついていけるかどうか危惧もするのだが、物語の展開は、予想とはいささか違う方向に進むのである。どんな場でも、人間が集まる限りひとつの社会であり、そこには様々な葛藤があり、心の通い合いもあるのである。新しい風が吹き込んだ学園は無敵になるかもしれないと思わされる一冊である。
更年期少女*真梨幸子
- 2017/01/02(月) 06:24:38
池袋のフレンチレストランに集まったのは、往年の人気少女漫画「青い瞳のジャンヌ」をこよなく愛する「青い六人会」。無様に飾り立てた中年女性たちが、互いを怪しい名前で呼び合い少女漫画話と噂話をするだけの定例会だったはずが…。いつのまにやらメンバーの度重なる失踪、事故死、腐乱死体発見!ヒロインになりたい女たちの、暴走ミステリ。
タイトルと装丁でなんとなく内容は想像がつくが、そう思って読み進んだのは初めの方だけで、物語はその後どんどん泥沼にはまり込んでいく。往年の人気漫画「青い瞳のジャンヌ」のコアなファンクラブの会員たち、ことに「青い六人会」と呼ばれる幹部たちは、自分たちの世界に入り込み、場の空気を読まずに会合を開く姿は、傍目からは滑稽以外の何物でもないのだが、本人たちはいたって真剣なのがなおさら痛々しい。そんな彼女たち、それぞれが日常生活では、自らにも家族にも様々な問題を抱えており、もがき苦しんでいるのである。そのギャップがホラーのようでもあり、さらに痛々しく、目を逸らしたくなる。いつものミスリードもあり、やはりまんまと騙されてしまう。そう思って読めば、腑に落ちることがたくさんあるのに。またまた厭な後味の一冊である。
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