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i *西加奈子
- 2017/02/28(火) 18:35:33
「この世界にアイは存在しません。」入学式の翌日、数学教師は言った。ひとりだけ、え、と声を出した。ワイルド曽田アイ。その言葉は、アイに衝撃を与え、彼女の胸に居座り続けることになる。ある「奇跡」が起こるまでは―。「想うこと」で生まれる圧倒的な強さと優しさ―直木賞作家・西加奈子の渾身の「叫び」に心揺さぶられる傑作長編!
シリアで生まれ、アメリカ人の父と日本人の母の養子となったアイ。両親は惜しみなく愛してくれ、何不自由なく育てられてしあわせだったのだが、幼いころから、何かの被害に遭った人を見るたび、「なぜ自分ではなかったのか」と自問自答し、申し訳ないような思いにとらわれていた。誰かを不幸にしてしあわせになっている自分が、こんなにしあわせで申し訳ない、という屈折した思いは、高校の数学教師の「この世界にアイは存在しません」というひと言――教師の言った「アイ」とは、虚数のことだったのだが――で、さらに深く胸に入り込む。人と違う容姿をしていること、人と違う家庭環境にあること、意識的無意識的にかかわらず異分子として見られること、さまざまなことを考えすぎてしまうアイにとって、この世界は生きづらいことこの上ないのだった。だが、高校で出会ったミナと心を通わせるうちに、少しずつ他者を通して自らの内面を客観的に眺められるようにもなり、大学院生時代に知り合ったユウと恋愛すると、自分の異質さなど意識せずに夢中になれることがあることにも気づく。アイの悩みも喜びも、実は周りの親しい人たちが、いつも大きく見守ってくれているのである。ほんとうのところでアイのことを理解することはできないが、少しでも安らかな気持ちで健やかに生きていかれるように祈らずにはいられなくなる一冊である。
晴れたり曇ったり*川上弘美
- 2017/02/27(月) 18:34:27
日々の暮らしの発見、忘れられない人との出会い、大好きな本、そして、「あの日」からのこと。いろんな想いが満載!最新エッセイ集。
川上さんの欠片の一部を集めて並べたようなエッセイ集である。個人的には、作家さんのエッセイは、読まなければよかったと思わされることも多いのだが、川上弘美さんのエッセイは、小説から想う著者像を裏切らず、さらに深く納得させてくれるので好きである。町のどこかでそんな彼女に偶然出会いたいと思わされる一冊である。
慈雨*柚木裕子
- 2017/02/26(日) 06:59:51
警察官を定年退職した神場智則は、妻の香代子とお遍路の旅に出た。42年の警察官人生を振り返る旅の途中で、神場は幼女殺害事件の発生を知り、動揺する。16年前、自らも捜査に加わり、犯人逮捕に至った事件と酷似していたのだ。神場の心に深い傷と悔恨を残した、あの事件に――。
かつての部下を通して捜査に関わり始めた神場は、消せない過去と向き合い始める。組織への忠誠、正義への信念……様々な思いの狭間で葛藤する元警察官が真実を追う、日本推理作家協会賞受賞作家渾身の長編ミステリー!
定年退職したばかりの元刑事・神場智則が、遍路の旅で、これまで関わってきた事件と、それにまつわる様々な思いを見つめ直す物語なのだが、そればかりではなく、同行している妻や家族との来し方行く末を見つめる物語でもあり、趣き深い。一方、現実には過去に悔いを残す幼女殺害事件と酷似した事件が起きており、部下の刑事と連絡を取りつつ、捜査に協力してもいる。そしてそれは、とりもなおさず、過去の悔恨を暴き出すことでもあり、葛藤もあるのである。登場人物それぞれがそれぞれに誰かを思い、苦悩し、それでも深く信頼する姿に胸を打たれる。ただ、冤罪を疑われている服役囚に神場の思いが通じるとは思えず、それがいささかやり切れなくもある。静かな中にも心をざわめかせる一冊である。
人魚姫の椅子*森晶麿
- 2017/02/24(金) 18:36:12
瀬戸内海に面した椅子作りの町、宝松市鈴香瀬町。高校生の海野杏(うみのあん)は、毎朝海辺で小説を書きながら、椅子職人を目指す同級生・五十鈴彗斗(いすずすいと)と少しだけ話すことを日課としていた。
ある日の朝、いつものようにやってきた彗斗から、「高校をやめて町を出る」と告げられる。特別仲がよかったわけではないが、傍にいて当然の存在がいなくなることに焦りを覚える杏。
時を同じくして、杏は親友の翠(みどり)からラヴレターの代筆を頼まれる。戸惑う杏だったが、必死に頼む姿にほだされ、誰にでも好かれる、明るくてかわいい翠を思い浮かべながら、一文一文を丁寧に書きだしていく。
そのラヴレターから、小さな町を揺るがす失踪事件が始まるとも知らずに。
〈黒猫シリーズ〉の著者が描く、新たな青春ミステリ。
椅子作りに夢中になる少年と、心の内を物語として紡ぎ出す少女。芽生え始めた恋心と友情の狭間で揺れる心は、そのまま物語に込められていく。勘違い、すれ違い、若い恋にありがちなシチュエーションではあるのだが、特別な椅子作りに魅入られたある人物が現れ、思っても見ない流れに呑み込まれていく。想像するとものすごくグロテスクなのだが、人魚姫の物語とシンクロすることで、グロテスクさはいささか和らいでいる。それにしても残酷この上ないことに変わりはないだろう。ラストに光は見えるものの、その点がなんとなく腑に落ちなくもある。現実と物語とを行ったり来たりしているような心地の一冊である。
七月に流れる花*恩田陸
- 2017/02/22(水) 16:30:45
坂道と石段と石垣が多い静かな街、夏流(かなし)に転校してきたミチル。六月という半端な時期の転校生なので、友達もできないまま夏休みを過ごす羽目になりそうだ。終業式の日、彼女は大きな鏡の中に、緑色をした不気味な「みどりおとこ」の影を見つける。思わず逃げ出したミチルだが、手元には、呼ばれた子どもは必ず行かなければならない、夏の城――夏流城(かなしろ)での林間学校への招待状が残されていた。ミチルは五人の少女とともに、濃い緑色のツタで覆われた古城で共同生活を開始する。城には三つの不思議なルールがあった。鐘が一度鳴ったら、食堂に集合すること。三度鳴ったら、お地蔵様にお参りすること。水路に花が流れたら色と数を報告すること。少女はなぜ城に招かれたのか。長く奇妙な「夏」が始まる。
ミチルが六月という半端な時期に転校してきた理由。転校して間もないのに六人という少ない人数の林間学校に招待された理由。なんとなく思わせぶりな参加者の少女たちの様子。そのすべてが明らかになったとき、深い悲しみと慈しみ、そして命の終わりということを前にした無力さが押し寄せてくる。謎めいた設定と、なにが起こるかワクワクドキドキする雰囲気が、とても著者らしい一冊である。
猿の見る夢*桐野夏生
- 2017/02/22(水) 06:59:04
これまでで一番愛おしい男を描いた――桐野夏生
自分はかなりのクラスに属する人間だ。
大手一流銀行の出身、出向先では常務の席も見えてきた。実家には二百坪のお屋敷があり、十年来の愛人もいる。
そんな俺の人生の歪(ひず)みは、社長のセクハラ問題と、あの女の出現から始まった――。
還暦、定年、老後――終わらない男”の姿を、現代社会を活写し続ける著者が衝撃的に描き切る!
週刊現代読者の圧倒的支持を得た人気連載が、ついに書籍化!
登場人物のみんながみんなこの上なく身勝手で、何事をも自分に都合のいいように解釈し、それがさも当然のごとく自分以外の人たちに責任を押しつける。始終ぷんぷん憤りながら、どこかで懲らしめられるだろうかとどんどん読み進めたが、最後の最後まで変わることがなく、これはこれでいっそのこと見事と言ってもいい。愉しいとは言えないが、なぜか読後感はさほど悪くない一冊である。
みやこさわぎ*西條奈加
- 2017/02/21(火) 13:18:52
高校生になった滝本望は、いまも祖母と神楽坂でふたり暮らしをしている。芸者時代の名前からお蔦さんと呼ばれる祖母は、料理は孫に任せきりだしとても気が強いけれど、ご近所衆から頼られる人気者だ。そのお蔦さんが踊りの稽古をみている、若手芸妓・都姐さんが寿退職することになった。幸せな時期のはずなのに、「これ以上迷惑はかけられない」と都姐さんの表情は冴えなくて…(「みやこさわぎ」)。神楽坂で起こる事件をお蔦さんが痛快に解決する!粋と人情と、望が作る美味しい料理がたっぷり味わえるシリーズ第三弾。
神楽坂という独特の趣のある街の人たちの日々の暮らしが見えてくるのが愉しいシリーズである。そんな街の人たちの日常に何気なく紛れ込む謎に経験と想像力で、思いやりのある答えを導き出すのがお蔦さんなのである。高校生になった孫の望(のぞむ)の料理の腕もますます上がっているようで、登場する料理の数々も魅力的である。神楽坂の裏路地に迷い込んでみたくなるシリーズである。
殺し屋、やってます。*石持浅海
- 2017/02/19(日) 16:48:36
ひとりにつき650万円で承ります。ビジネスとして「殺し」を請け負う男、富澤。仕事は危なげなくこなすが、標的の奇妙な行動がどうも気になる―。殺し屋が解く日常の謎シリーズ、開幕。
コンサルティング会社を営む中年男性・冨澤允が主人公。顧客は主に中小企業なので、儲けはあまり出ないが、副業のおかげでそこそこ楽な暮らしをしている。その副業がなんと殺し屋なのである。依頼人と殺し屋の間に2クッション置くことによって、双方共の安全が確保されるという仕組みで仕事を請け負っている。料金は前金で300万円、成功したら350万円。悲壮感も罪の意識も感じさせない軽いノリなのが、物語の世界ならではだろう。ターゲットの周囲の腑に落ちない点を調査し、連絡係の塚原や恋人のユキちゃんと一緒に推理して、すっきりさせるのもいつものことである。納得できないと仕事は請け負わないのである。たまに人助けもするが、あくまでも我が身に被害が降りかからないようにである。そして仕事をすると決めたら、一瞬もためらわずにこなす。冷酷無比な殺し屋のように聞こえるが、その辺にいるごく普通の男性であるというミスマッチが不思議である。読んでいると、冨澤に肩入れしたくなってくるのも不思議である。あくまでも物語世界の中だけということで、愉しませてもらった一冊である。シリーズ化されるということで今後も愉しみである。
コンビニ人間*村田沙耶香
- 2017/02/18(土) 20:37:35
36歳未婚女性、古倉恵子。大学卒業後も就職せず、コンビニのバイトは18年目。これまで彼氏なし。日々食べるのはコンビニ食、夢の中でもコンビニのレジを打ち、清潔なコンビニの風景と「いらっしゃいませ!」の掛け声が、毎日の安らかな眠りをもたらしてくれる。ある日、婚活目的の新入り男性、白羽がやってきて、そんなコンビニ的生き方は恥ずかしいと突きつけられるが…。「普通」とは何か?現代の実存を軽やかに問う衝撃作。第155回芥川賞受賞。
幼いころから「普通」という括りに入らず、周りから疎まれていた古倉恵子は、なるべく外界と関わらないように生きてきたが、大学生の時偶然出会ったコンビニでアルバイトを始める。そこでは、指示通りに行動していれば、「コンビニ店員」として生きていけると悟った彼女は、日々指示通りに真面目に働くのである。コンビニには、自分を必要としてくれる人がいて、社会の歯車として誰かの役に立つことができるのである。常識とか普通といわれる価値観が備わっていない人間の生きづらさと、周囲の無理解が浮き彫りにされている。自分の価値観で他人を量っている限り、無意識に誰かを傷つけていることもあるのかもしれないと思わされもする。理解できるとは言えないが、閉ざしてはいけないと思う一冊である。
セイレーンの懺悔*中山七里
- 2017/02/18(土) 16:44:39
少女を「本当に殺した」のは誰なのか――?
葛飾区で発生した女子高生誘拐事件。不祥事によりBPOから度重なる勧告を受け、番組存続の危機にさらされた帝都テレビ「アフタヌーンJAPAN」の里谷太一と朝倉多香美は、起死回生のスクープを狙って奔走する。警察を尾行した多香美が廃工場で目撃したのは、暴行を受け、無惨にも顔を焼かれた被害者・東良綾香の遺体だった。
クラスメートへの取材から、綾香がいじめを受けていたという証言を得た多香美。主犯格と思われる少女は、6年前の小学生連続レイプ事件の犠牲者だった。
少女を本当に殺したのは、誰なのか――?
”どんでん返しの帝王”が現代社会に突きつける、慟哭のラスト16ページ!!
誘拐事件、殺人事件、いじめ、非行、家庭崩壊、などなど様々な社会問題が盛り込まれた物語である。そして、事件に対する警察とマスコミの役割の違いによる対応の差にも迫る物語でもある。さらに言えば、真犯人を追う物語でありながら、スクープを追い求める物語でもあり、好悪はともかくとして、それぞれが自分の職責を全うしようとする姿が描かれているとも言えると思う。立場や役割が違えど、詰まるところは想像力と相手を思いやる心が芯になければ、よい仕事はできないのだとも思わされる。罪を犯さなかった人がひとりもいないように見える一冊でもある。
いちばん悲しい*まさきとしか
- 2017/02/16(木) 16:55:43
ある殺人事件が抉り出す、常人の想像の及ばない、劇毒。
ある大雨の夜、冴えない中年男が殺された。不倫相手の妄想女、残された妻子、キャンプでの不幸な出来事――事件の周縁をなぞるような捜査は、決して暴いてはならない秘密をつきとめる――女たちの心の奥底にうずまく毒感情が、人の命を奪うまでを描いたイヤミスの誕生! !
登場人物がみんな自己中心的で、誰にも感情移入できない。誰もが、自分こそがいちばん悲しい被害者だと、まるで悲しさ比べでもしているような物語である。存在感のない中年男・戸沼暁男が何者かに殺された。一体犯人は誰なのか。警察が探る中、次々に関係者と思われる人々の内情が明らかにされ、やり切れなさがどんどん増していく。そして真犯人がわかってみれば、これもまたなんとも哀しい事情を抱えているのだった。いちばん悲しいのは、こんなに悲しい人たちをたくさん見せられた読者かもしれないと思わされる一冊である。
十二人の死にたい子どもたち*冲方丁
- 2017/02/15(水) 16:54:33
廃業した病院にやってくる、十二人の子どもたち。建物に入り、金庫をあけると、中には1から12までの数字が並べられている。この場へ集う十二人は、一人ずつこの数字を手にとり、「集いの場」へおもむく決まりだった。
初対面同士の子どもたちの目的は、みなで安楽死をすること。十二人が集まり、すんなり「実行」できるはずだった。しかし、「集いの場」に用意されていたベッドには、すでに一人の少年が横たわっていた――。
彼は一体誰なのか。自殺か、他殺か。このまま「実行」してもよいのか。この集いの原則「全員一致」にのっとり、子どもたちは多数決を取る。不測の事態を前に、議論し、互いを観察し、状況から謎を推理していく。彼らが辿り着く結論は。そして、この集いの本当の目的は――。
性格も価値観も育った環境も違う十二人がぶつけ合う、それぞれの死にたい理由。俊英・冲方丁が描く、思春期の煌めきと切なさが詰まった傑作。
集団自殺希望者を募るサイトを介して集まった十二人の少年少女が物語の主役である。先にひとりで実行した者がいるという予想しなかったアクシデントから、話し合いが始まり、さまざまな事情でこの場にいる十二人の抱えるものが次第に明らかにされていく中、それぞれの性格や役割が自ずと決まっていき、他人の反応を利用しようとする者、自己主張を始める者、話についていけずに頓珍漢な言葉を発する者、とそれぞれ違った行動を見せる。サイトの主催者のサトシは、14歳ながら終始中立を保ち、場の流れには口出ししない。そんな中で、状況が整理され、手掛りが集められ、行動が時系列で整理され、真実が明らかにされていく。廃病院に入って数時間の間に、十二人に起きた気持ちの変化は、誘導されたものではないのだが、集団心理がプラスに働いたような印象もある。サイト管理者であるサトシの本心もそれに微妙に影響を与えているのかもしれない。心のキャパシティの差とか、閉塞感とか、さまざま考えさせられる一冊でもあった。
満潮*朝倉かすみ
- 2017/02/14(火) 13:20:29
人に迎合し、喜ばせることが生きがいの眉子。自意識過剰な大学生茶谷は眉子に一目惚れをし、彼女の夫に取り入り、眉子に近付く。眉子。茶谷。眉子の夫。三人の関係は? ロングセラー『田村はまだか』著者の放つ恋愛サスペンス!
少しずつ歪んだ人たち――それはある意味普通の人たちということでもあると思うのだが――が、自分自身の少しずつ歪んだ価値観で抱いた思いが、ぽたりぽたりと底に溜まっていき、ある時はたぷんと外に飛び出したり零れたりしながら、ひたひたと潮位を増し、ついには表面張力をも乗り越えて充ち溢れだしてしまうまでの経緯が描かれている物語という印象である。怖い。満ちている途中はまったく外からは判らないので、その人の内側で何が起こり、なにが進みつつあるのか他人には判断できないところが、ものすごく怖い。だがそれはいたって普通のことで、誰もが経験したことがあることでもあるだろう。だからなおさら怖い。人の見えない内側で一体何が起こっているのか、そしてその過程で、それはどんなふうに外に現れているのか。同じ出来事に対する反応が、それぞれ違うのは当然のことで、読者には時にそれが見えるが、本人たち同士にはそれはまったく見えず、各々が自分の尺度で受け止めているので、決して噛み合うことがないのだ。そして痛ましいラストへと続いていく。怖くて、それでも目が離せない一冊である。
インタビュー・イン・セル 殺人鬼フジコの真実*真梨幸子
- 2017/02/11(土) 18:32:51
徳間書店 (2012-11-02)
売り上げランキング: 84,887
一本の電話に月刊グローブ編集部は騒然となった。
男女数名を凄絶なリンチの末に殺した罪で起訴されるも無罪判決を勝ち取った下田健太。その母・茂子が独占取材に応じるという。茂子は稀代の殺人鬼として死刑になっ たフジコの育ての親でもあった。
茂子のもとに向かう取材者たちを待ち受けていたものは。50万部突破のベストセラー『殺人鬼フジコの衝動』を超える衝撃と戦慄のラストシーン !
ひとつ前の読書のほのぼのした気分が一遍に吹き飛ぶような殺伐とした始まりで、一瞬本を閉じようかと思ったほどである。フジコの事件の再現も含まれてはいるが、一体何人殺されるのだろう。フジコと彼女を形成した環境、そして、彼女が生み出してしまった悪意の数々が、あとからあとから押し寄せてきていたたまれなくなる。下田茂子にインタビューはできるのだろうか、これからどんな厭な展開が待ち受けているのか、半分怯えながら読み進んだが、最後の最後でやっとこの件を仕組んだ張本人が姿を現す。この厭な連鎖はまだ続くのだろうか。ほんとうに厭な読後感の一冊である。
本バスめぐりん。*大崎梢
- 2017/02/09(木) 16:47:44
都会を走る移動図書館「本バスめぐりん」。乗り込むのは六十代後半の新人運転手・テルさんと、図書館司書・ウメちゃんの、年の差四十のでこぼこコンビだ。団地、公園、ビジネス街など巡回先には、利用者とふしぎな謎がめぐりんの到着を待ちかまえていて……。テルさんのとまどいとウメちゃんの元気、そしてたくさんの本を詰め込んで、本バスめぐりんは今日も走る。本屋、出版社などさまざまな「本の現場」を描く著者の次なる現場は、移動図書館! 本を愛するすべての人に贈る、ハートフル・ミステリ。
「テルさん、ウメちゃん」 「気立てがよくて賢くて」 「ランチタイム・フェイバリット」 「道を照らす花」 「降っても晴れても」
二週間に一度、図書館から遠い地域を回る本バスの相性は「めぐりん」。行くたびに愉しみに待ち構えていてくれる常連さんがいて、初めて顔を見せてくれる人もいる。それぞれのステーションでのちょっとした謎や不思議を、70歳手前の新米運転手のテルさんと、張り切りすぎて時に空回りしてしまう若い司書のウメちゃんが、お馴染みさんたちとともに解き明かし、笑顔の輪を増やしていくのである。それにつれて人の輪も少しずつ広がっていくのが見ていてうれしくなる。本に関わる人と人とのあれこれに心が和む一冊である。
名古屋駅西喫茶ユトリロ*太田忠司
- 2017/02/07(火) 17:01:50
角川春樹事務所
売り上げランキング: 79,298
東京生まれの鏡味龍(とおる)は名古屋大医学部に今春から通う大学生。
喫茶店を営む祖父母宅に下宿した龍は、店の常連客から、家にピンポンダッシュをされ、
外に出ると家の前に手羽先の骨が置かれ困っていると相談を受ける。
龍は友人と先輩の助けを借りて、謎に挑む。
手羽先唐揚げ、寿がきやラーメン、味噌おでん…名古屋めしの魅力が満載の連作ミステリー。書き下ろし!
第一話 手羽先唐揚げと奇妙なイタズラ
第二話 カレーうどんとおかしなアフロ
第三話 海老フライ(エビフリャー)と弱気な泥棒
第四話 寿がきやラーメンと家族の思い出
第五話 鬼まんじゅうと縁結びの神
第六話 味噌おでんとユトリロが似合う店
一話にひとつずつ名古屋飯と呼ばれる名古屋の食べものが登場し、龍(とおる)が、大学の先輩の明壁(あすかべ)さんにアドバイスをもらったり、喫茶ユトリロの常連の紳士さんと呼ばれる男性の話を聴いたりしながら、ユトリロに持ち込まれる厄介事を解き明かしていく。明壁さんが連れていってくれる名古屋飯はおいしそうだし、もちろんユトリロで出されるモーニングやほかのメニューもおいしそうで、卵サンドはぜひ食べてみたい。そして、謎解きを通して、龍が少しずつ名古屋のことを知っていくのも微笑ましい。シリーズ化されたら嬉しいと思わされる一冊である。
マカロンはマカロン*近藤史恵
- 2017/02/07(火) 13:57:37
ファミリー・レス*奥田亜希子
- 2017/02/03(金) 20:01:38
KADOKAWA/角川書店 (2016-05-27)
売り上げランキング: 187,941
姉と絶縁中のOLと、ルームメイトの毒舌女子。怒りん坊の妻と、そんな彼女を愛しているけれど彼女のかぞくに興味を持てない画家の夫。バツイチのアラフォー男性と、妻に引き取られた娘。ほんとうの親子になりたい母親と、姉の忘れ形見の少女。同じ屋根の下で暮らす女ともだちや、ふたつきに一度だけ会う親子。家族というには遠すぎて、他人と呼ぶには近すぎる――単純なことばでは表せない現代的な"かぞく"の姿を、すばる文学賞受賞新鋭が切り取りました。瀧井朝世、豊崎由美、東えりかなど本読みたちが大絶賛! 紡がれるひと言ひと言が心を揺さぶる、感涙必至の短編集。
「プレパラートの瞬き」 「指と筆が結ぶもの」 「ウーパールーパーは笑わない」 「さよなら、エバーグリーン」 「いちでもなく、さんでもなくて」 「アオシは世界を選べない」
親子や姉妹や、伴侶の家族など、現家族、元家族などの、近いようでありながら、さほど近いとは言えないような、微妙な関係性が見事に描かれている。登場人物たちそれぞれが、自身の身の置き所を手探りしているような心許なさがあって、「家族」が在るものではなく、作り上げていくものだということがよくわかる。いろんな立場の人の思いが想像できて、なんだかしみじみとしてしまう一冊なのである。
陸王*池井戸潤
- 2017/02/02(木) 12:48:27
勝利を、信じろ――。
足袋作り百年の老舗が、ランニングシューズに挑む。
埼玉県行田市にある「こはぜ屋」は、百年の歴史を有する老舗足袋業者だ。といっても、その実態は従業員二十名の零細企業で、業績はジリ貧。社長の宮沢は、銀行から融資を引き出すのにも苦労する日々を送っていた。そんなある日、宮沢はふとしたことから新たな事業計画を思いつく。長年培ってきた足袋業者のノウハウを生かしたランニングシューズを開発してはどうか。
社内にプロジェクトチームを立ち上げ、開発に着手する宮沢。しかし、その前には様々な障壁が立ちはだかる。資金難、素材探し、困難を極めるソール(靴底)開発、大手シューズメーカーの妨害――。
チームワーク、ものづくりへの情熱、そして仲間との熱い結びつきで難局に立ち向かっていく零細企業・こはぜ屋。はたして、彼らに未来はあるのか?
『下町ロケット』と同系列の弱小企業物語である。同じようなカタルシスを得られるだろうことは、読む前から容易に想像ができ、読み始めても、ストーリー展開はたやすく思い描けるのだが、それでも、知らず知らずのうちにこはぜ屋に肩入れし、いつかはアトランティスを見返してやるぞ、と思いながら読んでいる。そして物事はすべて人と人とのつながりであり、縁があった人との関係をどれだけ大切にするかということが、将来の展開にまでつながっていくことを思い知らされる。詰まるところは「人」なのだなあと、嬉しく、胸が温まる心地である。600ページ弱のボリュームを感じさせない面白さの一冊である。
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