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透明人間は204号室の夢を見る*奥田亜希子

  • 2017/03/31(金) 09:16:04

透明人間は204号室の夢を見る
奥田 亜希子
集英社
売り上げランキング: 563,489

暗くて地味、コミュニケーション能力皆無の実緒。奇妙な片思いの先にあるのは破滅か、孤独か、それとも青春か。
今までにない感情を抱くことで、新たな作品を生み出す女性作家のグレーな成長小説。


コミュニケーション能力に欠ける実緒は、小説で新人賞を取ったことがあるが、それ以来書けなくなり、雑誌のライターの仕事が時折まいこむだけで、アルバイトをして生活している。自分の小説のタイトルで検索をかけるのが日課で、毎日何も変わらない検索結果にも心を動かされなくなっているこのごろだが、ある日、書店の自著を手に取る青年を見つけ、こっそり後をつけて自宅を探り当てる。それからの実緒は、ほとばしるように綴った短い物語を彼のポストに入れるようになり、自身が透明人間になって、彼の日々を眺めるのが生きがいのようになっていく。その果てに繰り広げられる日々は、果たして現実だったのか、それとも実緒の妄想だったのか。人間の裏側を覗き見るようなおぞましさと、人との関わり方を知らない故の切なさがないまぜになって、何とも言えないやりきれなさに包まれる一冊である。

スイーツレシピで謎解きを*友井羊

  • 2017/03/29(水) 17:06:01


高校生の菓奈は人前で喋るのが苦手。だって、言葉がうまく言えない「吃音」があるから。そんな菓奈が密かに好意を寄せる真雪は、お菓子作りが得意な究極のスイーツ男子。ある日、真雪が保健室登校を続ける「保健室の眠り姫」こと悠姫子のために作ったチョコが紛失して…。鋭い推理をつまりながらも懸命に伝える菓奈。次第に彼女は、大切なものを手に入れていく。スイートな連作ミステリー。


タイトルから、イケメンのスイーツ男子、真雪(まさゆき)くんが探偵役なのかと思いきやさにあらず。吃音のために人とコミュニケーションをとるのが苦手で、なるべく他人と関わらないようにしている女子の菓奈なのである。なぜか保健室登校の一つ年上の美少女・悠姫子さんと、真雪くんと、ある事件に関わったことからなんとなく保健室で話すようになり、それ以後、菓奈に謎解きの依頼が舞い込むようになるのだった。謎解きを別にしても、よだれが溢れるくらいおいしそうなお菓子がたくさん出てきて、それだけでも愉しめる。さらに菓奈のお菓子作りの上達や、お菓子に関わることからの閃き、そして真雪くんへの思いや、人間関係の変化など、見どころ満載の一冊でもある。最後に配された「おまけ」が微笑ましい。

クラウド・ガール*金原ひとみ

  • 2017/03/27(月) 16:30:55

クラウドガール
クラウドガール
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金原ひとみ
朝日新聞出版 (2017-01-06)
売り上げランキング: 19,635

刹那にリアルを感じる美しい妹・杏と、規律正しく行動する聡明な姉の理有。二人が「共有」する家族をめぐる「秘密」とは?姉妹にしか分かりえない濃密な共感と狂おしいほどの反感。スピード感と才気あふれる筆致がもたらす衝撃のラスト!


母と娘、父と娘、姉と妹。家族でありながら、ひと塊としての家族とは言えない家庭で育った姉妹の、複雑な親とのそして姉妹間の関係が描かれている。あるひとつの事象に関して、全員が同じように受け止め感じているわけではないことは当たり前のことでありながら、年齢や感受性、互いの関係によってこれほどまでに大きく違うことがあるのかと驚かされる。それほどまでになにもかもが違っている姉妹でありながら、共依存とも言える離れがたい関係でもあり、それが歪な印象を抱かせる。他者との関係の前に、誰かを通してでないと判断できない自己との向き合い方の稚拙さも印象的である。ともかく、しあわせになるのがとても難しそうな姉妹で、やり切れなくなる。一度からっぽになってみればいいのに、と思わず言いたくなる一冊でもある。

インスタント・ジャーニー*田丸雅智

  • 2017/03/25(土) 18:28:58

インスタント・ジャーニー
田丸雅智
実業之日本社
売り上げランキング: 31,783

たった五分で世界一周、読んだら旅に出たくなる。
パリに東京、ペルーに○○――物語は魂の旅。
電車で、車で、飛行機で……カバンに一冊入れておきたい!
ショートショート界の新鋭による傑作「トラベル」小品集。

ホーム列車/ペルーの土地売り/ポートピア/生地屋のオーロラ/理屈をこねる/
シャルトルの蝶/火の地/風の町/東京/Blue Blend/虚無感/
マトリョーシカな女たち/花屋敷/Star-fish/帰省瓶/竜宮の血統/砂寮/
セーヌの恋人


想像の斜め上をいく短い物語がたくさん並んでいて、気軽に読めるのに満足感は高い。クスリと笑ってしまったり、なるほどと感心させられたり、テイストもさまざまだし、世界のあちこちが舞台になっているので、それも愉しい。お得な一冊である。

時が見下ろす町*長岡弘樹

  • 2017/03/25(土) 18:23:19

時が見下ろす町
時が見下ろす町
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長岡弘樹
祥伝社
売り上げランキング: 336,967

町のシンボル、大きな時計が目印の時世堂(じせいどう)百貨店の隣に立つ一軒の家。その家で、和江は抗癌剤治療に苦しむ四十年連れ添った夫を介護している。ある日、夫の勧めで、気分転換に写生教室に出かけることになり、孫娘のさつきに留守番を頼むことに。その日だけのつもりだったのだが、なぜかさつきはそのまま居座ってしまい……。和江の家が建つ前は時世堂の物置き、その前は製鞄工場、さらにその前は中古タイヤの倉庫……。様々に変わりゆく風景の中で、唯一変わらなかった百貨店。その前で、繰り広げられてきた時に哀しく、時に愛しい事件とは?


第一章 白い修道士  第二章 暗い融合  第三章 歪んだ走姿(フォーム)  第四章 苦い確率  第五章 撫子の予言  第六章 翳った指先  第七章 刃の行方  第八章 交点の香り

一見ミステリとは思えないストーリー展開なのだが、いつの間にかするりとミステリの世界に滑り込んでいる印象である。時世堂百貨店がある町で起こる出来事を集めた短編集なのだが、狭い町のあちこちでこんなことが起こっていることを想像すると、それだけでかなり怖い。それは、殺人事件などの大きなものばかりではなく、時に人の心の中に仕舞いこまれた思いまで抉り出すことにもなるのだが、逆にそれを食い止めようとする愛にあふれた行動につながることもある。怖くもあり、胸がじんわりあたたかくもなる一冊である。

あきない世傳金と銀―源流編*高田郁

  • 2017/03/23(木) 19:22:08

あきない世傳 金と銀 源流篇 (時代小説文庫)
髙田郁
角川春樹事務所 (2016-02-12)
売り上げランキング: 2,602

物がさっぱり売れない享保期に、摂津の津門村に学者の子として生を受けた幸。父から「商は詐なり」と教えられて育ったはずが、享保の大飢饉や家族との別離を経て、齢九つで大坂天満にある呉服商「五鈴屋」に奉公へ出されることになる。慣れない商家で「一生、鍋の底を磨いて過ごす」女衆でありながら、番頭・治兵衛に才を認められ、徐々に商いに心を惹かれていく。果たして、商いは詐なのか。あるいは、ひとが生涯を賭けて歩むべき道か―大ベストセラー「みをつくし料理帖」の著者が贈る、商道を見据える新シリーズ、ついに開幕!


主人公の幸が七歳のときから物語は始まる。幼いころから、読み書きに興味を持ち、なんとかして知恵をつけたいものだと思っていたのだが、飢饉による窮乏で大阪の呉服商・五鈴屋に奉公に出ることになるのである。学びたがり屋の幸が、慣れない商家で辛い思いをしながら成長していくという話なのかと思って読み進めたのだが、さにあらず。同じ女衆にいじめられるわけでもなく、幸の興味をさりげなく応援してくれる人もいたりして、あれこれ助けられながらしっかりやっている。ただ、商いも順風満帆とは言えないようだし、現当主の悪癖や、兄弟たちとのすれちがいもあったりと問題を抱えているのである。今篇では、五鈴屋崩壊の危機とも言える事態になり、五鈴屋の要石とも言われている番頭の治兵衛がどうやら妙案を思いついたところで終わっている。なるほどそういう道筋になるのか、とわくわくするようなラストである。続きが愉しみな一冊である。

三鬼--三島屋変調百物語 四之続*宮部みゆき

  • 2017/03/21(火) 12:39:35

三鬼 三島屋変調百物語四之続
宮部 みゆき
日本経済新聞出版社
売り上げランキング: 2,351

江戸の洒落者たちに人気の袋物屋、神田の三島屋は“お嬢さん"のおちかが一度に一人の語り手を招き入れての変わり百物語も評判だ。訪れる客は、村でただ一人お化けを見たという百姓の娘に、夏場はそっくり休業する絶品の弁当屋、山陰の小藩の元江戸家老、心の時を十四歳で止めた老婆。亡者、憑き神、家の守り神、とあの世やあやかしの者を通して、せつない話、こわい話、悲しい話を語りだす。
「もう、胸を塞ぐものはない」それぞれの客の身の処し方に感じ入る、聞き手のおちかの身にもやがて心ゆれる出来事が……

第一話 迷いの旅籠
第二話 食客ひだる神
第三話 三鬼
第四話 おくらさま


今回はまた恐ろしくも面妖な語りばかりである。語る方も聞く方も、体力も気力も要りそうで、それを読むこちらも思わず息を詰めていることに気づかされることが再々ある。だが、語り手が心の重荷をすっと降ろして、楽な気持ちで帰っていくのはいつでもうれしいことである。おちかの聞き手ぶりもすっかり堂に入ってきたこのごろでもある。そして、今作では、おちかのこれからの生き方の標となるような出来事もあり、娘らしい人生を歩むおちかをぜひこの目で見たいものだと思わされる一冊にもなっている。

白衣の嘘*長岡弘樹

  • 2017/03/17(金) 18:32:34

白衣の嘘
白衣の嘘
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長岡 弘樹
KADOKAWA (2016-09-29)
売り上げランキング: 169,165

悲哀にみちた人間ドラマ。温かな余韻が残るラスト。
『傍聞き』『教場』を超える、傑作ミステリ集!
バレーボール全日本の女子大生・彩夏と、彼女を溺愛する医者の姉・多佳子。彩夏の運転で実家に向かう途中、ふたりはトンネル崩落事故に遭ってしまう。運転席に閉じ込められた妹に対して姉がとった意外な行動とは……(「涙の成分比」)。
命を懸けた現場で交錯する人間の欲望を鮮やかに描く、珠玉の六編。

「いつか“命”をテーマに医療の世界をミステリとして書きたいと思っていました。自分にとって集大成と言える作品です」――長岡弘樹


「最後の良薬」 「涙の成分比」 「小医は病を医(なお)し」 「ステップ・バイ・ステップ」 「彼岸の坂道」 「小さな約束」

白衣の下に隠された医者の嘘、医者の罪、偽の医者。状況はそれぞれであり、心情もさまざまであり、嘘にもいろいろある。誰かを守ろうとする嘘もあれば、保身のための嘘もあり、他人を貶めようとする嘘もある。だが、どの物語の登場人物も、たとえ何かを偽っていたとしても、最後の人間らしさまではなくしていないのが救いでもある。白衣の現場でなくとも当てはまる人間ドラマの一冊でもある。

クリスマス・ストーリーズ 一年でいちばん奇跡が起きる日

  • 2017/03/16(木) 18:36:17

X’mas Stories: 一年でいちばん奇跡が起きる日 (新潮文庫)
朝井 リョウ あさの あつこ 伊坂 幸太郎 恩田 陸 白河 三兎 三浦 しをん
新潮社
売り上げランキング: 33,951

もう枕元にサンタは来ないけど、この物語がクリスマスをもっと特別な一日にしてくれる――。六人の人気作家が腕を競って描いた六つの奇跡。自分がこの世に誕生した日を意識し続けるOL、イブに何の期待も抱いていない司法浪人生、そして、華やいだ東京の街にタイムスリップしてしまった武士……! ささやかな贈り物に、自分へのご褒美に。冬の夜に煌めくクリスマス・アンソロジー。


朝井リョウ「逆算」  あさのあつこ「きみに伝えたくて」  伊坂幸太郎「一人では無理がある」  恩田陸「柊と太陽」  白川三兎「子の心、サンタ知らず」  三浦しをん「荒野の果てに」

既読のものもあったが、どれも面白かった。クリスマスがテーマなのだが、男女の甘い夜の物語というわけでもなく、それぞれが趣向を凝らして、いい意味で読者を裏切ってくれているのが嬉しくもある。まったくいろんなクリスマスがあるものである。どの時代のどの年代の人たちも、みんな幸せになればいいと思わせてくれる一冊でもある。

涙香迷宮*竹本健治

  • 2017/03/16(木) 18:27:19

涙香迷宮
涙香迷宮
posted with amazlet at 17.03.16
竹本 健治
講談社
売り上げランキング: 19,016

明治の傑物・黒岩涙香が残した最高難度の暗号に挑むのは、IQ208の天才囲碁棋士・牧場智久! これぞ暗号ミステリの最高峰!
いろは四十八文字を一度ずつ、すべて使って作るという、日本語の技巧と遊戯性をとことん極めた「いろは歌」四十八首が挑戦状。
そこに仕掛けられた空前絶後の大暗号を解読するとき、天才しかなし得ない「日本語」の奇蹟が現れる。
日本語の豊かさと深さをあらためて知る「言葉のミステリー」です。


囲碁の世界のことには全く疎いこともあり、序盤は、この先読み続けられるだろうかと危ぶんだが、中盤以降は、解かれていく謎への興味でページをめくる手が止まらなくなった。囲碁棋士・牧場智久が、たまたま遭遇した殺人事件と、黒岩涙香が残したいろは歌に込められた暗号の解読、さらに、大型台風で閉じ込められた涙香ゆかりの場で自身が命を狙われるという、緊張感が高まるシチュエーションが相まって、ドキドキハラハラさせられるが、いろは歌を解読が進むにつれて、殺人事件との関係も解き明かされてくるという仕掛けが絶妙である。数々並べられたいろは歌も見事で、それだけでも一冊の作品になりそうである。牧場智久の頭脳に感銘を受ける一冊である。

八月は冷たい城*恩田陸

  • 2017/03/14(火) 18:30:20

八月は冷たい城 (ミステリーランド)
恩田 陸 酒井 駒子
講談社
売り上げランキング: 72,533

夏流城(かなしろ)での林間学校に初めて参加する光彦(てるひこ)。毎年子どもたちが城に行かされる理由を知ってはいたが、「大人は真実を隠しているのではないか」という疑惑を拭えずにいた。ともに城を訪れたのは、二年ぶりに再会した幼馴染みの卓也(たくや)、大柄でおっとりと話す耕介(こうすけ)、唯一、かつて城を訪れたことがある勝ち気な幸正(ゆきまさ)だ。到着した彼らを迎えたのは、カウンターに並んだ、首から折られた四つのひまわりの花だった。少年たちの人数と同じ数――不穏な空気が漂うなか、三回鐘が鳴るのを聞きお地蔵様のもとへ向かった光彦は、茂みの奥に鎌を持って立つ誰かの影を目撃する。閉ざされた城で、互いに疑心暗鬼をつのらせる卑劣な事件が続き……? 彼らは夏の城から無事に帰還できるのか。短くせつない「夏」が終わる。


「七月」は女子編、「八月」は男子編、といったところである。男子たちは夏の林間学校の意味をすでに知っていて、ひとりは一度経験もしている。だが、無条件に聞かされている理由を信じているわけではなく、裏に何かあるのでは、という疑問も抱いているのである。加えて、もちろん親の死に向き合うという一大事でもあるので、身構えてしまうのも無理はない。彼らは、この林間学校で、かけがえのないものを失いながらも、何かを悟り、ひとつ大人になったように思われる。それにしても酷な制度だと思わずにはいられない一冊である。

variety[ヴァラエティ]*奥田英朗

  • 2017/03/13(月) 18:53:49

ヴァラエティ
ヴァラエティ
posted with amazlet at 17.03.13
奥田 英朗
講談社
売り上げランキング: 112,776

迷惑、顰蹙、無理難題。人生、困ってからがおもしろい。脱サラで会社を興した38歳の社長、渋滞中の車にどんどん知らない人を乗せる妻、住み込みで働く職場の謎めいた同僚…。著者お気に入りの短編から、唯一のショートショート、敬愛するイッセー尾形氏、山田太一氏との対談まで、あれこれ楽しい贅沢な一冊!!蔵出し短編集!


「○○記念号」なので何卒よろしく、などという編集者の依頼を断り切れずに書いた短編などが、その後出版されることなくお蔵入りしていたものがまとめられた一冊である。なるほど、ヴァラエティに富んでいる。短編あり、ショートショートあり、インタビュー(対談?)あり。しかも、全体としての統一テーマがあるわけではなく、テイストもさまざまで愉しめる。結果として――実は意図していたのかもしれないが――贅沢な一冊になっていると思う。

情熱のナポリタン*伊吹有喜

  • 2017/03/11(土) 18:37:31

情熱のナポリタン―BAR追分 (ハルキ文庫)
伊吹 有喜
角川春樹事務所 (2017-02-14)
売り上げランキング: 3,423

かつて新宿追分と呼ばれた街の、“ねこみち横丁”という路地の奥に「BAR追分」はある。“ねこみち横丁”振興会の管理人をしながら脚本家を目指す宇藤輝良は、コンクールに応募するためのシナリオを書き上げたものの、悩んでいることがあって…。両親の離婚で離れて暮らす兄弟、一人息子を育てるシングルマザー、劇団仲間に才能の差を感じ始めた男―人生の分岐点に立った人々が集う「BAR追分」。客たちの心も胃袋もぐっと掴んで離さない癒しの酒場に、あなたも立ち寄ってみませんか?大人気シリーズ第三弾。


今回もおいしそうなものがたくさん出てきて、バール追分に行ってみたくてたまらなくなる。登場人物もみんなそれぞれに魅力的で、誰もが何かを抱えているのだが、そのことで歪まずに、却って人柄に深みを増す役に立っている気がする。助け合い、というと軽い感じもするが、深いところで結びつき思いやり、支え合っているように見える。宇藤君も階段を一段上がった感があるし、桃ちゃんはまだよくわからないし、さらに楽しみなシリーズである。

花咲小路三丁目のナイト*小路幸也

  • 2017/03/10(金) 18:25:40

花咲小路三丁目のナイト
小路 幸也
ポプラ社 (2016-12-05)
売り上げランキング: 319,900

たくさんのユニークな人々が暮らし、日々大小さまざまな事件が起こる花咲小路商店街。今回の舞台は商店街唯一の深夜営業店<喫茶ナイト>。すっかり夜ならではの相談所になっている店を手伝いながら、その相談事を店主の仁太が突拍子もない方法で何とかする様子を、居候の甥っ子・望が語っていく。
前三巻でおなじみの人物も多数登場!
ますます楽しい花咲小路シリーズ第四弾。


ほんとうに読めば読むほどユニークな住人ばかりの商店街である。しかも、なんだかんだといつかどこかで繋がっていたりして、一度こんがらがったら、どうにもほどけなくなりそうである。夜だけ開いている喫茶店ナイト(実はKから始まるナイトなのだが)がよろず相談所のような場所であり、そこの主がひと癖もふた癖もありそうな謎多き人物である仁太さんなのだから、持ち込まれた相談事を、居候の甥・望の手を借りて、表立てず荒立てずに、収まるべきところに収めてしまうのだった。基本的に、みんなが善人で、お互いを思いやっているからこその解決でもあるように思われる。ラストは、そんな解決策があったか、という感じで、パズルが見事にはまったような印象である。これからの花咲小路がどうなるのか、まだまだ目が離せないシリーズである。

明日の食卓*椰月美智子

  • 2017/03/08(水) 17:05:13

明日の食卓
明日の食卓
posted with amazlet at 17.03.08
椰月 美智子
KADOKAWA/角川書店 (2016-08-31)
売り上げランキング: 90,979

息子を殺したのは、私ですか?

同じ名前の男の子を育てる3人の母親たち。
愛する我が子に手をあげたのは誰か――。

静岡在住・専業主婦の石橋あすみ36歳、夫・太一は東京に勤務するサラリーマン、息子・優8歳。
神奈川在住・フリーライターの石橋留美子43歳、夫・豊はフリーカメラマン、息子・悠宇8歳。
大阪在住・シングルマザーの石橋加奈30歳、離婚してアルバイトを掛け持ちする毎日、息子・勇8歳。

それぞれが息子のユウを育てながら忙しい日々を送っていた。辛いことも多いけど、幸せな家庭のはずだった。しかし、些細なことがきっかけで徐々にその生活が崩れていく。無意識に子どもに向いてしまう苛立ちと怒り。果たして3つの石橋家の行き着く果ては……。
どこにでもある家庭の光と闇を描いた、衝撃の物語。


「ユウ」という名の子どもを虐待する母親の描写から物語は始まる。それに続いて、「イシバシユウ」という名前を持つ子どもを育てる三組の家族の日常が交互に描かれている。三組の家庭環境はさまざまで、抱える問題もそれぞれ違っているのだが、幼い子どもを育てる日々の大変さや慌ただしさには現実感が溢れていて、どこの家庭でも多かれ少なかれ経験があることと思われる。それが虐待へと繋がってしまうのは、ほんの少しのすれ違いや歯車のずれなのだが、渦中にある時には、とてもではないがそれに気づくことができない。客観的になれれば起こらないはずのことも、そのときにはそれが精いっぱいだということもあるのだ。世の中には、ほんとうに子どもが可愛くなくて虐待に走る親もいるかもしれないが、少なくともこの三組はそうではない。それなのになぜ、と痛ましい思いに駆られる。そして、ラスト近くに挟まれた「イシバシユウ」という子どもが母親の暴力によって死亡したという新聞記事。どの石橋家のことだろうと、胸がどきどきしてくる。このラストには、賛否両論あるところだと思うが、個人的には、ちょっとほっとさせられた。まったくの他人事と放り出せない切実さに満ち溢れた一冊である。

壁の男*貫井徳郎

  • 2017/03/05(日) 16:33:19

壁の男
壁の男
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貫井 徳郎
文藝春秋
売り上げランキング: 76,082

ある北関東の小さな集落で、家々の壁に描かれた、子供の落書きのような奇妙な絵。
その、決して上手ではないが、鮮やかで力強い絵を描き続けている寡黙な男、
伊苅(いかり)に、ノンフィクションライターの「私」は取材を試みるが……。
彼はなぜ、笑われても笑われても、絵を描き続けるのか?

寂れかけた地方の集落を舞台に、孤独な男の半生と隠された真実が、
抑制された硬質な語り口で、伏せたカードをめくるように明らかにされていく。
ラストには、言いようのない衝撃と感動が待ち受ける傑作長篇。


民家の壁に幼児が描いたような原色の絵が描かれている集落があると話題になり、ノンフィクションライターの鈴木は、本にまとめるのもいいかと、その集落に取材に訪れる。描いた当人の所在は容易に判り、インタビューを試みるが、伊苅という男は口が重くてとっつきにくく、ほとんど何も聞き取れずに取材を終えることになる。近所の人に聞くと、どうやら壁の絵は、それぞれの住人が頼んで描いてもらったようなのだが、その理由がどうにもよく呑み込めない鈴木なのだった。鈴木の目線で語られる部分と、伊苅を主語として語られる部分が交互になっていて、伊苅の部分では、彼の来し方が少しずつ明らかにされていく。初めは取りつく島もない不愛想な男としか見えていなかった伊苅が、次第に体温を持って生きてくると、読み手の壁の絵に対する気持ちも変わってくるのが不思議である。子どもの落書きのような、一見無邪気にも見える壁の絵の裏側に、これほどの深い人生があったのかと驚愕するばかりである。いいものを読んだという気持ちに満たされる一冊である。

蜜蜂と遠雷*恩田陸

  • 2017/03/03(金) 16:46:28

蜜蜂と遠雷
蜜蜂と遠雷
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恩田 陸
幻冬舎 (2016-09-23)
売り上げランキング: 61

俺はまだ、神に愛されているだろうか?

ピアノコンクールを舞台に、人間の才能と運命、そして音楽を描き切った青春群像小説。

著者渾身、文句なしの最高傑作!

3年ごとに開催される芳ヶ江国際ピアノコンクール。「ここを制した者は世界最高峰のS国際ピアノコンクールで優勝する」ジンクスがあり近年、覇者である新たな才能の出現は音楽界の事件となっていた。養蜂家の父とともに各地を転々とし自宅にピアノを持たない少年・風間塵15歳。かつて天才少女として国内外のジュニアコンクールを制覇しCDデビューもしながら13歳のときの母の突然の死去以来、長らくピアノが弾けなかった栄伝亜夜20歳。音大出身だが今は楽器店勤務のサラリーマンでコンクール年齢制限ギリギリの高島明石28歳。完璧な演奏技術と音楽性で優勝候補と目される名門ジュリアード音楽院のマサル・C・レヴィ=アナトール19歳。彼ら以外にも数多の天才たちが繰り広げる競争という名の自らとの闘い。第1次から3次予選そして本選を勝ち抜き優勝するのは誰なのか?


初めは、音楽を文字だけで表現できるものだろうか、と訝しい気持ち半分でいたのだが、読み進むうちに、まったくの杞憂であることが判り、しかも、風間塵の、栄伝亜夜の、マサルの音を、世界を早く聴きたい気持ちに心が逸る自分がいることに気づかされるのである。彼らが思い描く風景に惹きこまれ、その場で一緒に同じものを見ているかのような昂揚感に包まれ、しばしば涙が止まらなくなる。そして、舞台に上がっていないときの彼らのその年齢らしい瑞々しい部分と、音楽家としての成熟した部分とのギャップに驚かされもするのである。コンテスタントひとりひとりの、まったく違うそれぞれの緊張感と昂揚感、そして幸福感が伝わってくる一冊である。

左目に映る星*奥田亜希子

  • 2017/03/01(水) 16:55:03

左目に映る星
左目に映る星
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奥田 亜希子
集英社
売り上げランキング: 502,673

小学5年生の時に出会った奇跡のような存在の少年・吉住を忘れられないまま大人になり、他者に恋愛感情を持てなくなった26歳の早季子。恋愛未経験で童貞、超がつくほどのオタクで、人生をアイドル・リリコに捧げる宮内。どうしようもない星たちを繋げるのは、片目を閉じる癖、お互いが抱える虚像。第37回すばる文学賞受賞作。


幼いころに、右目を瞑ると世界ががらっと変わる――左目が乱視と近視だった故――ことに気づいた早季子。それ以来、嫌なことがあると右目を瞑るようになった。小学五年のときに同じクラスになった住吉も、ときどき右目を瞑っているのを見て、どうしようもなく惹かれる。それ以来、住吉は早季子の人生になくてはならない存在になるのである。ある日、早季子にとっての住吉を失ってからは、恋愛もできず、孤独な寂しさを抱え続けているのだった。そんなときに右目を瞑る癖のある宮内のことを聞き、無性に彼に会いたくなる。宮内は、折り紙付きのアイドルオタクで、なにからなにまで早季子とは価値観が違っているのだが、なぜか離れがたくなっていく。ずっと持て余していた自分という存在を愛おしんでもいいんだよ、と言ってあげたくなる一冊である。