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この嘘がばれないうちに*川口俊和

  • 2017/04/28(金) 16:19:29

この嘘がばれないうちに
川口俊和
サンマーク出版
売り上げランキング: 1,715

とある街の、とある喫茶店の
とある座席には不思議な都市伝説があった
その席に座ると、望んだとおりの時間に戻れるという

ただし、そこにはめんどくさい……
非常にめんどくさいルールがあった

1.過去に戻っても、この喫茶店を訪れた事のない者には会う事はできない
2.過去に戻って、どんな努力をしても、現実は変わらない
3.過去に戻れる席には先客がいるその席に座れるのは、その先客が席を立った時だけ
4.過去に戻っても、席を立って移動する事はできない
5.過去に戻れるのは、コーヒーをカップに注いでから、そのコーヒーが冷めてしまうまでの間だけ

めんどくさいルールはこれだけではない
それにもかかわらず、今日も都市伝説の噂を聞いた客がこの喫茶店を訪れる

喫茶店の名は、フニクリフニクラ

あなたなら、これだけのルールを聞かされて
それでも過去に戻りたいと思いますか?

この物語は、そんな不思議な喫茶店で起こった、心温まる四つの奇跡。

第1話 22年前に亡くなった親友に会いに行く男の話
第2話 母親の葬儀に出られなかった息子の話
第3話 結婚できなかった恋人に会いに行く男の話
第4話 妻にプレゼントを渡しに行く老刑事の話

あの日に戻れたら、あなたは誰に会いに行きますか?


前作は、かなり評価が分かれたようだが、個人的には好きだったので、本作も愉しみに手にした。コーヒーが冷めないうちなら好きな時にタイムトリップできるという設定は前作のままに、今回は、相手を思うやさしい嘘がまぶしてある。そして、元の席に帰ってきてからのひと言や胸の裡に広がるものが、本人自身や周りの人をやわらかな気持ちにさせるものだというのが、さらに好ましく思える。過去に戻っても何も変えることはできないとは言え、それは現象のことであり、人の胸の裡はほんの少しだけでも好ましく変わっているのだろう。誰もがやさしい気持ちになれる一冊である。

カウントダウン*真梨幸子

  • 2017/04/27(木) 07:07:37

カウントダウン
カウントダウン
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真梨 幸子
宝島社
売り上げランキング: 33,721

余命、半年――。海老名亜希子は「お掃除コンシェルジュ」として活躍する人気エッセイスト、五十歳・独身。
歩道橋から落ちて救急車で運ばれ、その時の検査がきっかけで癌が見つかった。余命は半年。
潔く〝死〟を受け入れた亜希子は、“有終の美"を飾るべく、梅屋百貨店の外商・薬王寺涼子とともに〝終活〟に勤しむ。
元夫から譲られた三鷹のマンションの処分。元夫と結婚した妹との決着。そして、過去から突きつけられる数々の課題。
亜希子は“無事に臨終"を迎えることができるのか!?
人気ファッション誌「大人のおしゃれ手帖」大好評連載作品、待望の単行本化。
装画は大人気イラストレーター・マツオヒロミさんによる描き下ろし!


歩道橋から転落して怪我をしたことがきっかけで甲状腺に癌が見つかり、余命半年を告げられた海老名亜希子が主人公。有名百貨店の外商・薬王寺涼子の手を借りて、最期の日までのカウントダウンを始めるのである。だが、身辺整理を始めると、来し方のあれこれに引きずり込まれて、記憶違いや記憶の改ざん、憤りや後悔などなど、さまざまな感情に翻弄され、自分の人生を改めて思い返すことになるのである。登場人物たちもすべて腹に一物抱えた癖のある人たちで、誰にも肩入れできないのが著者らしい。そして、ずっとなんとなく影が薄かった担当編集者の牛島君が終盤になって俄然その存在意義を見せつけてくれ、すべてが繋がるのが小気味よくもある。最期の日へのカウントダウンというと、暗いばかりな印象であるが、絶妙なコメディタッチもにじませて、興味深く読める。終活のこと、人間関係のこと、などなどさまざま考えさせられる一冊でもある。

夜行*森見登美彦

  • 2017/04/26(水) 16:16:55

夜行
夜行
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森見 登美彦
小学館
売り上げランキング: 3,387

僕らは誰も彼女のことを忘れられなかった。

私たち六人は、京都で学生時代を過ごした仲間だった。
十年前、鞍馬の火祭りを訪れた私たちの前から、長谷川さんは突然姿を消した。
十年ぶりに鞍馬に集まったのは、おそらく皆、もう一度彼女に会いたかったからだ。
夜が更けるなか、それぞれが旅先で出会った不思議な体験を語り出す。
私たちは全員、岸田道生という画家が描いた「夜行」という絵と出会っていた。
旅の夜の怪談に、青春小説、ファンタジーの要素を織り込んだ最高傑作!
「夜はどこにでも通じているの。世界はつねに夜なのよ」


実際には、ほんの限られた場所で起こった出来事であるにもかかわらず、とてもとても遠い所へ行って帰ってきた――実際に帰ってきたのかどうかも定かではないが――ような、長旅を終えた心地になる物語である。岸田道生という銅版画家の連作「夜行」――あるいは「曙光」――をめぐる物語は、現実にあったことなのか、作品の中で起こったことなのかも定かではなく、ひとつのストーリーのページを剥がすとそこにまったく別のストーリーが同時進行しているかのようなのである。いま自分はどこにいるのか。読者は立ち位置を見失い、登場人物さえもが自分のいる場所に確信を持てずにいるようである。遠く近くなじみ深いようでいて見知らぬ顔を見せる不思議な一冊である。

翼がなくても*中山七里

  • 2017/04/24(月) 16:52:11

翼がなくても
翼がなくても
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中山 七里
双葉社
売り上げランキング: 100,256

「何故、選りにも選って自分が。何故、選りにも選って足を」陸上200m走でオリンピックを狙うアスリート・市ノ瀬沙良を悲劇が襲った。交通事故に巻きこまれ、左足を切断したのだ。加害者である相楽泰輔は幼馴染みであり、沙良は憎悪とやりきれなさでもがき苦しむ。ところが、泰輔は何者かに殺害され、5000万円もの保険金が支払われた。動機を持つ沙良には犯行が不可能であり、捜査にあたる警視庁の犬養刑事は頭を抱える。事件の陰には悪名高い御子柴弁護士の姿がちらつくが―。左足を奪われた女性アスリートはふたたび羽ばたけるのか!?どんでん返しの先に涙のラストが待つ切なさあふれる傑作長編ミステリー。


御子柴礼司シリーズの最新作、というにはいささか趣を異にする物語ではあるのだが、御子柴が弄する策略にしてやられた感はある。しかも、御子柴が出てこなくても、パラリンピック、スポーツ義肢、障碍者スポーツの在り方、障碍者のQOLの問題、などなど様々に考えさせられる要素が盛り込まれていて、さらに、努力が報われる達成感や爽やかさも味わえるので、ミステリ要素はさほど強くはないのだが、先へ先へと興味が引っ張られていく一冊である。

希望荘*宮部みゆき

  • 2017/04/23(日) 18:30:21

希望荘
希望荘
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宮部 みゆき
小学館
売り上げランキング: 2,889

宮部ファン待望の14か月ぶりの現代ミステリー。特に人気の「杉村三郎シリーズ」の第4弾です。
本作品は、前作『ペテロの葬列』で、妻の不倫が原因で離婚をし、義父が経営する今多コンツェルンの仕事をも失った杉村三郎の「その後」を描きます。
失意の杉村は私立探偵としていく決意をし、探偵事務所を開業。ある日、亡き父・武藤寛二が生前に残した「昔、人を殺した」という告白の真偽を調査してほしいという依頼が舞い込む。依頼人の相沢幸司によれば、父は母の不倫による離婚後、息子と再会するまで30年の空白があった。果たして、武藤は人殺しだったのか。35年前の殺人事件の関係者を調べていくと、昨年に起きた女性殺人事件を解決するカギが……!?(表題作「希望荘」)
表題作の他に、「聖域」「砂男」「二重身(ドッペルゲンガー)」の4編を収録。


事件を引き寄せる体質の杉村三郎のその後の物語である。私立探偵になるまでの経緯よくわかる。それにしても、不運な事件を引き寄せる体質は相変わらずで、これはもう一生治りそうもない感じだが、故郷で周りの人たちに助けられながら、少しずつ地域の暮らしに溶け込み始めた杉村は、それはそれで平穏にやっていけそうでもあったのに、やはりそうはいかない運命なのだろう。杉村の解決の仕方はいつもどの事件でも相手を思いやる気持ちにあふれていて、それを一身に引き受けてしまいそうなのも心配ではある。娘の桃子ちゃんとはいい関係を築けているが、これからもそうであってほしいと願ってしまう。これからはいよいよ本格的に私立探偵杉村三郎の物語が展開されるのだろうか。ますます愉しみなシリーズである。

雪煙チェイス*東野圭吾

  • 2017/04/21(金) 18:48:54

雪煙チェイス (実業之日本社文庫)
東野圭吾
実業之日本社 (2016-11-29)
売り上げランキング: 2,160

殺人の容疑をかけられた大学生の脇坂竜実。彼のアリバイを証明できる唯一の人物―正体不明の美人スノーボーダーを捜しに、竜実は日本屈指のスキー場に向かった。それを追うのは「本庁より先に捕らえろ」と命じられた所轄の刑事・小杉。村の人々も巻き込み、広大なゲレンデを舞台に予測不能のチェイスが始まる!どんでん返し連続の痛快ノンストップ・サスペンス。


著者お得意のスキー場が舞台である。ただ、前作のような、スキーやスノーボードのテクニックの描写はほとんどなく、スキー場が舞台である必要性は、ウェアやゴーグルで、目当ての人物が探しづらくなるということくらいだろうか。殺人事件の容疑者と目された大学生・脇坂の追われている切迫感はほとんど感じられず、その結末もいかにもあっさりしすぎな印象である。所轄刑事の小杉のある意味開き直った粋な計らいが目に留まるくらいか。期待が高い分だけいささか拍子抜けした感じではあるが、気楽に愉しめる一冊ではあるかもしれない。

サロメ*原田マハ

  • 2017/04/19(水) 16:28:56

サロメ
サロメ
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原田 マハ
文藝春秋
売り上げランキング: 12,994

現代のロンドン。日本からビクトリア・アルバート美術館に派遣されている客員学芸員の甲斐祐也は、ロンドン大学のジェーン・マクノイアから、未発表版「サロメ」についての相談を受ける。
このオスカー・ワイルドの戯曲は、そのセンセーショナルな内容もさることながら、ある一人の画家を世に送り出したことでも有名だ。
彼の名は、オーブリー・ビアズリー。
保険会社の職員だったオーブリー・ビアズリーは、1890年、18歳のときに本格的に絵を描き始め、オスカー・ワイルドに見出されて「サロメ」の挿絵で一躍有名になった後、肺結核のため25歳で早逝した。
当初はフランス語で出版された「サロメ」の、英語訳出版の裏には、彼の姉で女優のメイベル、男色家としても知られたワイルドとその恋人のアルフレッド・ダグラスの、四つどもえの愛憎関係があった……。
退廃とデカダンスに彩られた、時代の寵児と夭折の天才画家、美術史の驚くべき謎に迫る傑作長篇。


現代の研究者と学芸員のやりとりから、ぐぐっと時代を遡ってオスカー・ワイルドとオーブリー・ビアズリーの時代の生々しい出来事に惹きこまれるように入っていく手法からして見事である。主に語るのは、オーブリーの姉のメイベルであり、自らも渦中に巻き込まれながら、オスカーとオーブリーののっぴきならない関係と、そうならずにはいられなかった魂の出会いが語られていて、まるで自分もそこにいるかのように高揚した心持ちにさせられる。読後もしばらくはこちらの世界に帰って来られないような印象の一冊である。

物件探偵*乾くるみ

  • 2017/04/18(火) 16:43:13

物件探偵
物件探偵
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乾 くるみ
新潮社
売り上げランキング: 7,708

不動産の間取り図には、あなたの知らない究極のミステリが潜んでいる。利回り12%の老朽マンション!? ひと りでに録画がスタートする怪現象アパート? 新幹線の座席が残置された部屋??――そんなアヤシイ物件の謎、解けますか? 『イニシエーション・ラブ』で日本中をまんまと騙した作家が、不動産に絶対欺されないコツを教えます。大家さんも間取りウォッチャーも興奮の超実用的ミステリ!


「田町9分1DKの謎」 「小岩20分一棟売りアパートの謎」 「浅草橋5分ワンルームの謎」 「北千住3分1Kアパートの謎」 「表参道5分1Kの謎」 「池袋5分1DKの謎」

書類上では、それぞれ、それなりに魅力的な物件に思えるが、いざ契約を済ませて実際に入居してみると、さまざまな不都合が出てくるものである。そんなときにいきなり、宅建の資格を持ち、部屋の気持ちが判るという不動尊子(ふどうたかこ)という女性がやって来て、なにやら関係者と話をつけて解決してしまう、という物語である。不動産売買のむずかしさや、駆け引きの複雑さなど、裏事情が垣間見られるのも興味深い。不動の突然の登場も設定が突飛すぎて、あっさり受け入れてしまうのも一興である。もっと別の物件が見たくなる一冊である。

人間じゃない*綾辻行人

  • 2017/04/15(土) 18:39:46

人間じゃない 綾辻行人未収録作品集
綾辻 行人
講談社
売り上げランキング: 23,956

衝撃のデビュー作『十角館の殺人』から30年――。メモリアルイヤーにお贈りする綾辻行人の最新刊!
持ち主が悲惨な死を遂げ、今では廃屋同然の別荘<星月荘>。ここを訪れた四人の若者を襲った凄まじい殺人事件の真相は?――表題作「人間じゃない――B〇四号室の患者――」ほか、『人形館の殺人』の後日譚「赤いマント」、『どんどん橋、落ちた』の番外編「洗礼」など、自作とさまざまにリンクする5編を完全収録。単行本未収録の短編・中編がこの一冊に!


「赤いマント」 「崩壊の前日」 「洗礼」 「蒼白い女」 「人間じゃない――B〇四号室の患者――」

後日譚、番外編など、関連の仕方はさまざまだが、既刊作品に関連する物語が集められている。物語のテイストも、純然たる推理小説からホラーまでさまざまで、仕掛けもあったりと飽きさせない。ホラーの部分ではページを閉じたくなることもあったが、愉しい読書タイムをくれる一冊だった。

合理的にあり得ない 上水流涼子の解明*柚月裕子

  • 2017/04/14(金) 16:32:06

合理的にあり得ない 上水流涼子の解明
柚月 裕子
講談社
売り上げランキング: 31,451

「殺し」と「傷害」以外、引き受けます。
美貌の元弁護士が、あり得ない依頼に知略をめぐらす鮮烈ミステリー!

不祥事で弁護士資格を剥奪された上水流涼子は、
IQ140 の貴山をアシスタントに、探偵エージェンシーを運営。
「未来が見える」という人物に経営判断を委ねる二代目社長、
賭け将棋で必勝を期すヤクザ……。
明晰な頭脳と美貌を武器に、怪人物がらみの
「あり得ない」依頼を解決に導くのだが――。


表題作のほか、「確率的にあり得ない」 「戦術的にあり得ない」 「心情的にあり得ない」 「心理的にあり得ない」

未来を予知するという人物に頼り切る社長、怪しげな新興宗教の教祖のような人物に大金を貢ぐ女、将棋の勝負にこだわるやくざ、孫娘を探している上水流涼子の宿敵の男、野球賭博で人生を棒に振る男。さまざまな怪しい人物がらみの事案が持ち込まれる、探偵事務所「上水流(かみづる)エージェンシー」を運営するのは、元弁護士の上水流涼子、そしてIQ140のアシスタント兼雑用係の貴山である。貴山の多岐にわたる知識の引き出しのあちこちを開けて、厄介な事案を解決する過程ももちろん愉しめるのだが、その合間の涼子と貴山の掛け合いが、コントのようでちょうどいい間になっている。このコンビ、もっと見たいと思わされる一冊である。

ぼくの死体をよろしくたのむ*川上弘美

  • 2017/04/13(木) 18:26:46

ぼくの死体をよろしくたのむ
川上 弘美
小学館
売り上げランキング: 11,657

彼の筋肉の美しさに恋をした“わたし”、魔法を使う子供、猫にさらわれた“小さい人”、緑の箱の中の死体、解散した家族。恋愛小説?ファンタジー?SF?ジャンル分け不能、ちょっと奇妙で愛しい物語の玉手箱。


一般的な現実世界とは、薄膜一枚ほど隔たったちょっぴり不思議な世界の物語といった趣である。登場人物も、描かれる題材も、一筋縄ではいかない。奇妙というほどではなく、非常識とも言い切れず、しかし現実からはほんの5mm浮いている感じ。だがどの物語を読んでもやさしい気持ちになれるのは、どの登場人物も著者に愛しまれているのが伝わってくるからかもしれない。少しだけ自分がやさしくなれたような気がする一冊でもある。

さまよえる古道具屋の物語*柴田よしき

  • 2017/04/12(水) 09:47:34

さまよえる古道具屋の物語
柴田 よしき
新潮社
売り上げランキング: 136,239

やがて買い主は、店主が選んだ品物に、人生を支配されていく――。その店は、人生の岐路に立った時に現れる。さかさまの絵本、底のないポケットがついたエプロン、持てないバケツ……。古道具屋は、役に立たない物ばかりを、時間も空間も超えて客に売りつけ、翻弄する。不可思議な店主の望みとは何なのか。未来は拓かれるのか? 買い主達がその店に集結する時、裁きは下され、約束が産まれる。


その人が必要とするときにだけ忽然と現れ、自分の意志とは無関係にある品物を買うように仕向けられる、年齢性別不詳の店主がいる不思議な古道具屋が物語の核である。品物を買った人たちは、腑に落ちないながらも手放すことはせず、何らかの形で自分の人生の一要素にしていく。ある時はしあわせのお守りであり、またある時は不幸に陥れる呪いが宿るものともなる。それらの品物に宿る思いと、買い手たちの抱える懊悩が互いに引き寄せあって、それぞれの人生を翻弄する。言霊があるように、人のあまりにもつよすぎる思念は、思いもよらない作用を及ぼすことがあるのかもしれないと、ふと考えてしまう一冊である。

独走*堂場瞬一

  • 2017/04/10(月) 18:58:09

独走
独走
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堂場 瞬一
実業之日本社
売り上げランキング: 382,378

五輪柔道金メダリストの沢居弘人は、スポーツ省から、国の特別強化指定選手「SA」の陸上選手・仲島雄平のサポートを命じられる。仲島は実力はあるもののメンタルが弱いという致命的な弱点があった。「金メダル倍増計画」を掲げ莫大な予算でアスリートを管理育成する国で、選手は何を目的に戦うのか。オリンピック、ドーピング問題、引退後の人生設計…現代スポーツ界が抱える様々なテーマを内包して物語は疾走する!!


オリンピックで金メダルを増産するために、スポーツ省があらゆる手を尽くす時代の物語である。有望な選手を早くから囲い込み、税金をつぎ込んで贅沢な環境を提供し、高度なトレーニングを受けさせる代わりに、始終監視下に置かれ、決められたレールから外れるとSA指定を外され、さらにそれまでの経費を返済しなければならないという契約に縛られている。金メダルの最有力候補としてSAに選ばれた陸上選手・仲島は、実力には目を瞠るものがあるが、メンタルが弱すぎるため、手厚いサポートがつけられる。仲島の速く走りたいという本能的な欲求と、オリンピックの金メダルというお仕着せの目標のための走ること以外のわずらわしさ、などなど、さまざまな問題を絡めながら、オリンピックの在り方から、選手自身の人生の選択まで、考えさせられることの多い一冊である。

むかつく二人*三谷幸喜 清水ミチコ

  • 2017/04/08(土) 10:50:21

むかつく二人 (幻冬舎文庫)
三谷 幸喜 清水 ミチコ
幻冬舎 (2011-08-04)
売り上げランキング: 190,541

大阪万博での初めてのピザ。カラオケでの自意識問題。土が入ったパスタ。オーラの消し方。劇団仲間の葬儀での弔辞。最近見かけない缶入り練乳。五十九歳でも頑張る「ロッキー」。ワープロとパソコンの違い。‥‥。映画、舞台、テレビの話題から、カラオケ、グルメに内輪の話まで。硬軟取り混ぜた、縦横無尽な会話のバトルに、笑いが止まらない!


2005年に放送していたラジオ番組を書籍化したものらしい。10年以上前のことなので、いまとは変わっていることも折々にあるが、それもまた時代を感じさせられて興味深い。そして、このお二人のトークが面白くないわけがない。同じ事柄に向かい合っても、目のつけどころがそれぞれ違い、感じ方とらえ方も独特で、それは一般的なものとはひと味違うし、それ以上にお二人の間でのさらなる違いが面白くもある。タイトルからは、社会現象などにむかつく思いを語り合うのかと思ったが、そうでもなく、話があちこち飛んできそうでいて、結構しっかり元の場所に着地するのも、お二人の腕だなと納得させられる。気楽に愉しめる一冊である。

静かな雨*宮下奈都

  • 2017/04/07(金) 11:43:12

静かな雨
静かな雨
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宮下 奈都
文藝春秋
売り上げランキング: 21,462

「忘れても忘れても、ふたりの世界は失われない」

新しい記憶を留めておけないこよみと、彼女の存在が全てだった行助の物語。
『羊と鋼の森』と対をなす、著者の原点にして本屋大賞受賞第一作。


不運な事故で、ひと晩寝ると前の日の記憶を失くしてしまうという脳の障害を負ったたいやき屋の女性・このみさんと、生まれつき足に麻痺があり、松葉杖が手放せない行助(ユキスケ)の物語。互いのことをほとんど知らない二人だが、行助は好みさんを支えたいと強く思い、このみさんもそれを受け容れ、二人三脚の日々が始まるのである。支えるということの意味や、生きる上で人を形作るものたちのことや、その人そのものの本質というようなことについて、あれこれ考えるようになる行助と一緒に、読者もあれこれ考える。生きていくことについて、しあわせについて、人と人とのかかわりについてなど、静かなトーンの中でいろいろなことを考えさせられる一冊だった。

不時着する流星たち*小川洋子

  • 2017/04/05(水) 18:14:43

不時着する流星たち
不時着する流星たち
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小川 洋子
KADOKAWA (2017-01-28)
売り上げランキング: 1,881

たくらみに満ちた豊穣な世界文学の誕生!
盲目の祖父は、家中を歩いて考えつく限りの点と点を結び、その間の距離を測っては僕に記録させた。足音と歩数のつぶやきが一つに溶け合い、音楽のようになって耳に届いてくる。それはどこか果てしもない遠くから響いてくるかのようなひたむきな響きがあった――グレン・グールドにインスパイアされた短篇をはじめ、パトリシア・ハイスミス、エリザベス・テイラー、ローベルト・ヴァルザー等、かつて確かにこの世にあった人や事に端を発し、その記憶、手触り、痕跡を珠玉の物語に結晶化させた全十篇。硬質でフェティッシュな筆致で現実と虚構のあわいを描き、静かな人生に突然訪れる破調の予感を見事にとらえた、物語の名手のかなでる10の変奏曲。


さまざまな場所のさまざまな時間を束の間旅する心地に浸れる物語たちである。ひとつの物語が終わる度に、物語が生まれるのに影響を与えた人物が紹介されているのだが、その影響の受け加減がまた絶妙で、思わずうなる。物語のエッセンスが胸に沁みこんでくるような一冊である。

かわうそ掘り怪談見習い*柴崎友香

  • 2017/04/02(日) 18:28:52

かわうそ堀怪談見習い (角川書店単行本)
KADOKAWA / 角川書店 (2017-02-25)
売り上げランキング: 54,003

わたしは「恋愛小説家」と肩書きにあるのを見て、今のような小説を書くのをやめようと思った。恋愛というものにそんなに興味がなかったことに気づいたのだ。そして、怪談を書くことにした。郷里の街のかわうそ堀に引っ越したが、わたしは幽霊は見えないし、怪奇現象に遭遇したこともない。取材が必要だ、と思い立ち、中学時代の同級生たまみに連絡をとった。たまみに再会してから、わたしの日常が少しずつ、歪みはじめる。行方不明になった読みかけの本、暗闇から見つめる蜘蛛、留守番電話に残された声……。そして、わたしはある記憶を徐々に思い出し……。芥川賞作家・柴崎友香が「誰かが不在の場所」を見つめつつ、怖いものを詰め込んだ怪談集。


成り行きで恋愛小説家と呼ばれるようになった女性作家・谷崎友希が主人公である。恋愛とは縁があるとは言えないので、怪談作家になろうと、怖い話を集めることにした。中学の同級生のたまみに話を聴いたり、たまみの紹介で酒屋の四代目に古地図を借りたりするのである。不思議で怖いことは案外身近なところに潜んでいて、怪談とは縁が薄いと思っている友希自身、実は普段から現実世界の隙間に入り込んでいるようにも見えるのが、いちばん不思議で怖い。突き詰めてしまえばなんということもないのかもしれないことが、中途半端に見たり聞いたりすることで、いくらでも恐ろしくなるのかもしれないとも思う一冊である。

まひるまの星--紅雲町珈琲屋こよみ*吉永南央

  • 2017/04/01(土) 16:58:49

まひるまの星 紅雲町珈琲屋こよみ
吉永 南央
文藝春秋
売り上げランキング: 181,796

コーヒーと和食器の店「小蔵屋」の敷地に、山車蔵を移転する話が持ち上がった。祭りの音が響く真夏の紅雲町で、草は町全体に関わるある重大な事実に気づく―日常の奥に覗く闇にドキリとする、シリーズ第5弾。


今回は、お草さんにとって、苦い思いも多い物語になった。母と鰻屋の清子との確執が自分の代にも影響を及ぼし、断絶したままなのをどうにかしたいと思いながら、断絶の理由も聞けぬままできょうまで来てしまっていた。そんなところに、小蔵屋の敷地に山車蔵を移転する話が持ち上がり、自らの引退時期など諸々の事々を鑑みて、小蔵や以外の移転先と目星をつけたのが、清子の鰻屋の前の工場跡地であり、そこから話がややこしくなっていく。鰻屋の息子の滋と嫁の丁子や娘の瞳との関係や、草の亡き母への思いなども絡めて、心にかかることの多いこのごろになっている。小蔵屋に流れるゆったりとした時間の心地好さと、お草さんの優等生過ぎないキャラクタが好ましい。身体を大切にして、いつまでも小蔵屋を続けてほしいと願うシリーズである。