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祝言島*真梨幸子

  • 2017/09/30(土) 16:53:26

祝言島
祝言島
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真梨 幸子
小学館
売り上げランキング: 58,599

2006年12月1日、東京で3人の人物が殺され、未解決となっている「12月1日連続殺人事件」。大学生のメイは、この事件を追うテレビ番組の制作会社でアルバイトをすることになる。無関係にみえる3人の被害者の共通点が“祝言島”だった。東京オリンピック前夜の1964年、小笠原諸島にある「祝言島」の火山が噴火し、生き残った島民は青山のアパートに避難した。しかし後年、祝言島は“なかったこと”にされ、ネット上でも都市伝説に。一方で、祝言島を撮ったドキュメンタリー映画が存在し、ノーカット版には恐ろしい映像が含まれていた。


人間の厭な心が凝縮したような場所になってしまった祝言島。東京オリンピックの影に隠れて、その存在さえも歳伝説にされてしまった哀れな島である。そんな祝言島にゆかりのある人たちが、後々まで噂や出自に囚われて、事件を起こしたり巻き込まれたりして行くのである。無関係だと思っていた人が、思わぬところで関係者だったり、他人だと思っていたらそうではなかったり、騙された感が強い部分もなくはないが、それをも含めて厭な感じである。祝言島と口にするだけで祟られそうな不快な気持ちになるのは、ある意味情報操作のようでもあり、普段でも陥りそうなことであって、気をつけなければと思ったりもする。人の心の闇が凝縮し、じわじわと滲み出してくるような一冊である。

カンパニー*伊吹有喜

  • 2017/09/27(水) 16:39:54

カンパニー
カンパニー
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伊吹 有喜
新潮社
売り上げランキング: 62,322

合併、社名変更、グローバル化。老舗製薬会社の改革路線から取り残された47歳の総務課長・青柳と、選手に電撃引退された若手トレーナーの由衣。二人に下された業務命令は、世界的プリンシパル・高野が踊る冠公演「白鳥の湖」を成功させること。主役交代、高野の叛乱、売れ残ったチケット。数々の困難を乗り越えて、本当に幕は開くのか―?人生を取り戻す情熱と再生の物語。


何の予備知識もなしに読み始めたのだが、とても面白かった。バレエの世界には全く縁がないので知らなかったが、バレエ団のことをカンパニーと呼ぶらしい。タイトルはまさにバレエ団のことなのだが、製薬会社の再編成やリストラに絡んで、会社に人生を振り回される青柳や瀬川を見ていると、会社のカンパニーが描かれているとも言えるかもしれない。世界に名だたるプリンシパルにも、わき役に甘んじるダンサーにも、トレーナーにも、企業から出向してきた社員にも、それぞれ人生があり、抱えているものがあり、コンプレックスがあり、誇りがある。仕事も立場も違えど、同じ人間なのだという思いを強くする。どんな立場にいようとも、ひとりでは何も成し遂げられず、周りの人々と一緒に作り上げていく喜びがあるのである。決断は自分でするものだが、そこに至る道筋にはたくさんの人がいて、さまざまな思いがあるのだと、あたたかい気持ちにさせてくれる一冊だった。

恋愛仮免中

  • 2017/09/23(土) 18:21:25

恋愛仮免中 (文春文庫)
奥田 英朗 窪 美澄 荻原 浩 原田 マハ 中江 有里
文藝春秋 (2017-05-10)
売り上げランキング: 126,353

奥田英朗、荻原浩、原田マハ、窪美澄という実力派の直木賞・山本賞作家に、新鋭の中江有里を加えた、豪華執筆陣によるアンソロジー。テーマは〝恋愛〟。

28歳の彩子は、付き合って3年の恋人が相談もなく会社を辞めたことにショックを受ける。女友達は条件のいい男を紹介してくれ、彩子は恋人との別れを考え始めるが……。(奥田英朗「あなたが大好き」)
16歳の僕は、夏を海で過ごすためにばあちゃんの家に来た。夕暮れの砂浜で、その人は子守歌を歌っていた。……とても悲しそうな声で。(「銀紙色のアンタレス」)
1969年、中学生だった僕と彼女は50年後に一緒に宇宙に行く約束をした。その年まであと4年のいま、彼女は病院のベッドの上にいる。(荻原浩「アポロ11号はまだ飛んでいるか」)
生まれも育ちも京都の善田は、半年前に妻を亡くし、会社を追われ、タクシー運転手となった。ある日、ボストンから来た老婦人をタクシーに乗せ京都を案内することに……。
(原田マハ「ドライビング・ミス・アンジー」)
両親が離婚したミサトは、クラブを経営する母親行きつけの美容院のシャンプーボーイと、偶然海の家で会うが……。(中江有里「シャンプー」)


恋愛と言っても、ひと言では表せないほど年代も状況もさまざまである。だが、誰にでも共通しているのは、ままならなさかもしれない。真っ直ぐに向って行ける恋愛であれ、忍ぶ恋であれ、こっそり思うだけの片想いであれ、思うようにはいかない切なさが必ずあるものである。それは、年代も状況も多分関係ない。そして、そのままならなさこそが恋愛の醍醐味とも言えるのではないかと思う。五者五様の恋愛模様を堪能できる一冊である。

横濱エトランゼ*大崎梢

  • 2017/09/21(木) 07:00:00

横濱エトランゼ
横濱エトランゼ
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大崎 梢
講談社
売り上げランキング: 29,363

高校3年生の千紗は、横浜のタウン誌「ハマペコ」編集部でアルバイト中。
初恋の相手、善正と働きたかったからだ。用事で元町の洋装店へ行った千紗は、
そこのマダムが以前あった元町百段をよく利用していたと聞く。
けれども善正によると元町百段は、マダムが生まれる前に崩壊したという。
マダムは幻を見ていた? それともわざと嘘をついた?
「元町ロンリネス」「山手ラビリンス」など珠玉の連作短編集。


タイトルの通り舞台は横浜。推薦で進路が決まった高校三年生の千紗が、幼いころ世話になったご近所さんで、ずっと気になっている善正が勤めるタウン誌の編集部でアルバイトをしながら、投書や取材中などに巡り合ったご当地にまつわる謎を解き明かしていく物語である。とは言え、解き明かすのは、千紗が相談を持ち掛ける善正であり、やさしいのかつれないのかわからない態度ながら、豊富な知識と推理力で、謎を解くカギを見つけ出し、やさしく解きほぐしてしまうのである。横浜の魅力も存分に味わえ、ほろ苦いような甘酸っぱいような恋の進展にも興味を惹かれ、それぞれの謎の主人公である人たちの歴史にも胸を熱くする。横浜に行ってみたくなる一冊である。

間取りと妄想*大竹昭子

  • 2017/09/19(火) 13:32:00

間取りと妄想
間取りと妄想
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大竹 昭子
亜紀書房
売り上げランキング: 20,090

13の間取り図から広がる、個性的な物語たち。身体の内と外が交錯する、ちょっとシュールで静謐な短編小説集。
まず家の間取を決め、次にそこで展開される物語を書いたのは大竹さんが世界初だろう、たぶん。13の間取りと13の物語。
―藤森照信氏(建築家・建築史家)
家の間取りは、心身の間取りに似ている。思わぬ通路があり、隠された部屋があり、不意に視界のひらける場所がある。空間を伸縮させるのは、身近な他者と過ごした時間の積み重ねだ。その時間が、ここではむしろ流れを絶つかのように、静かに点描されている。
―堀江敏幸氏(作家)
川を渡る船のような家。海を見るための部屋。扉が二つある玄関。そっくりの双子が住む、左右対称の家。わくわくするような架空の間取りから、リアルで妖しい物語が立ちのぼる。間取りって、なんて色っぽいんでしょう。
―岸本佐知子氏(翻訳家)


個人的に、子どものころから家の平面図を眺めてはあれこれ想像するのが好きだったので、タイトルが魅力的過ぎて手に取った。それぞれの物語の初めに平面図が置かれているので、物語を読みながら図面を改めて眺めて想像をたくましくし、また物語に戻って先を愉しむ、という読み方をした。文字を追っているだけの時以上に、見知らぬ町や世界にトリップした感じが強くして、興奮する読書タイムになった。密室ミステリなどでもよく間取り図が載せられているが、それとはひと味違うのめり込み方ができる一冊である。

惑―まどう―

  • 2017/09/17(日) 16:06:18

惑: まどう
惑: まどう
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アミの会(仮) 大崎 梢 加納 朋子 今野 敏 永嶋 恵美 法月 綸太郎 松尾 由美 光原 百合 矢崎 存美
新潮社
売り上げランキング: 298,541

淡い恋心、男か女か、宇宙人が来襲!?火事と焼死体への既視感、そして、人生をあの時からやり直すべきか…。最強の作家集団、四たび集結。全作品書き下ろし。


アミの会(仮)によるアンソロジーである。著者のラインナップは、大崎梢、加納朋子、今野敏、永嶋恵美、法月綸太郎、松尾由美、光原百合、矢崎存美。
ほのぼのテイストあり、ホラーテイストあり、SFチックあり、ファンタジーテイストあり、とバラエティに富んでいて、次はどんなだろうと興味が先へ先へと導かれる。テイストは違えど、人の一生は、日々迷いと惑いの連続なのかもしれないと、改めて気を引き締める心地にさせられる一冊でもある。

秋霧*大倉崇裕

  • 2017/09/16(土) 18:35:35

秋霧
秋霧
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大倉崇裕
祥伝社
売り上げランキング: 230,823

「天狗岳に登ってきてくれんか」死期の迫った伝説的経営者上尾の依頼を受けた便利屋の倉持。山行の動画を撮る簡単な仕事のはずが、なぜか不審な影が。一方、元自衛隊特殊部隊員深江は、未解決殺人の対処に動く警視庁の儀藤に神出鬼没の殺し屋「霧」の追跡を依頼される。直後から何者かの襲撃を受け、奥多摩山中では凄惨な殺人現場に遭遇。その帰途、敵の車のカーナビに残っていた足跡を辿ると、目的地の病院で一人の男が拉致される現場を目撃する。直感に従い救出した男こそ、上尾にDVDを届けた倉持だった……。


便利屋の倉持と元自衛隊特殊部隊員の深江の物語が並行して語られるが、どちらも物騒な気配が色濃く漂う。どこでどうつながるのか興味津々で読み進めると、次々に荒事が目の前で繰り広げられ、いつしかふたつの物語はひとつになっている。勝か負けるかが、すなわち、生きるか死ぬかというような過酷な状況に、息が詰まる心地である。誰を信じればいいのかも判らない世界で、それでも本能的に信じられるものがあるというのが不思議でもあり、当然のようにも思われる。結局、ほんとうに勝ったのは誰なのか。当事者それぞれが違う感想を抱いているのかもしれない。どんなに過酷な状況にあっても、まずは人間と人間の繋がりなのだと思わされる一冊でもある。

古書カフェすみれ屋と悩める書店員*里見蘭

  • 2017/09/14(木) 16:24:02

古書カフェすみれ屋と悩める書店員 (だいわ文庫)
里見 蘭
大和書房
売り上げランキング: 320,659

「この本、買っていただけませんか?」「それってつまり―いまわたしが話した不可解さの答えがこのなかにあると?」すみれ屋の古書スペースを担当する紙野君がお客様に本を薦めるとき、きっと何かが起こる―。初デートの相手のつれない行動の理由も、見つからない問い合わせ本のタイトルも、恋人が別れを匂わせた原因も、…すべてのヒントと答えは本のなかにある!?日常ミステリー第2弾!大切な一歩を踏み出す誰かを応援する、スウィート&ビターな4つのミステリー!


「ほろ酔い姉さんの初恋」 「書店員の本懐」 「サンドイッチ・ラプソディ」 「彼女の流儀で」

おいしそうな料理と、読みたくなる本が魅力のシリーズである。すみれ屋も順調に人気店になってきているようで、今回は新人のほまりさんも加わって、ちょっぴりにぎやかになったすみれ屋である。お料理はどれもおいしそうで、紙野くんが薦める本にもいずれも興味をそそられる。お客さんの悩みを聞いて、たちどころに推理を巡らせ、的確な本を薦めて謎を解き明かしてしまう紙野くんは、相変わらず素敵である。お客さんたちも、みんながおいしい料理を愛し、じっくり味わいながら愉しんでいる様子で、好感が持てる。謎を解きほぐすのは、やはり人のことを想うまごころなのだろうと思わされる一冊である。

朽ちないサクラ*柚月裕子

  • 2017/09/13(水) 16:29:59

朽ちないサクラ
朽ちないサクラ
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柚月 裕子
徳間書店
売り上げランキング: 54,812

米崎県警平井中央署生活安全課が被害届の受理を引き延ばし、慰安旅行に出かけた末に、ストーカー殺人を未然に防げなかったと、新聞にスクープされた。県警広報広聴課で働いて4年、森口泉は、嫌な予感が頭から離れない。親友の新聞記者、千佳が漏らしたのか? 「お願い、信じて」そして、千佳は殺された――。県警広報課事務の私に、何ができる? 大藪春彦賞作家、異色の警察小説。


主人公の泉が、警察の広報課に務める事務員であるというのが珍しい設定である。新聞社の記者である親友を疑ってしまい、その後彼女が殺されたことから、その裏にあることを探り始めるのである。同期の刑事・磯川の協力があるとはいえ、なかなかできることではないだろう。調べていくうちに、カルト教団の存在が浮かび上がり、それで幕引きになるのかと思いきや、事件には更なる裏の存在があったのである。まあ想像には難くない展開ではあるが、一広報課員にここまでされて、報復が心配になってしまうのはわたしだけだろうか。思わず泉の身が心配になってしまう一冊である。

人生オークション*原田ひ香

  • 2017/09/11(月) 18:35:20

人生オークション
人生オークション
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原田 ひ香
講談社
売り上げランキング: 1,612,216

不倫の果てに刃傷沙汰に及んでしまい、謹慎中のりり子叔母さん。就職が決まらずアルバイトをする私は、気分転換にと、一人暮らしを始めた叔母の様子を見に行くことに。そこで目にしたのは、トラック一台分はある、大量のダンボール。処分に困った二人はそんな「お荷物な過去」をせっせとオークションにかけてゆくが…。“欲しいもの”を手放していく叔母と、“欲しいものが欲しい”私。世代も生き方も異なる二人を鮮やかに描く、ちょっとしたご縁のハナシ。


示談にこそなったが、不倫の果てに相手の妻を刺して逮捕されたりり子叔母さんは、親族のもてあまし者となり、元夫が送りつけてきた大量の荷物に埋もれるようにして、無気力にただそこにいた。就活に失敗し、アルバイトだけでぶらぶらしている瑞希に白羽の矢が立ち、りり子叔母さんの様子を見に行く役目を押しつけられた。段ボールの山の中には、ほとんど使っていないブランド品もたくさんあり、瑞希は渋るりり子を説得してオークションに出してみることにしたのだった。予想以上の高値がついたり、梱包して発送したり、オークション特有の言葉遣いに違和感を覚えたりしながら、荷物は少しずつ減り、口座の残高は少しずつ増え、それなりに愉しむようにもなっていった。初めはりり子を敬遠していた瑞希だったが、事件の真実や、りり子の胸の裡を知るにつれ、義務感だけではない気持ちが芽生えてくるのだった。自分のことは、解っているようで解っていない。なにが足りなくて、なにが過剰なのか、ほんとうはどうしたいのか、などなど、人間というものの不思議を考えさせられる一冊でもある。

迷―まよう―

  • 2017/09/10(日) 13:52:30

迷: まよう
迷: まよう
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アミの会(仮) 大沢 在昌 乙一 近藤 史恵 篠田 真由美 柴田 よしき 新津 きよみ 福田 和代 松村 比呂美
新潮社
売り上げランキング: 65,180

はじめてのひとり暮らし、旅先、迷路、父か母か。そして、俺の人生を狂わせた、憎いあいつを殺してしまうか…。誰もがいつでも迷っている。迷うほどに、心を揺さぶる。短編の饗宴。最強の作家集団、四たび集結。全作品書き下ろし。


「未事故物件」近藤史恵 「迷い家」福田和代 「沈みかけの船より、愛をこめて」乙一 「置き去り」松村比呂美 「迷い鏡」篠田真由美 「女の一生」新津きよみ 「迷蝶」柴田よしき 「覆面作家」大沢在昌

アミの会(仮)のアンソロジーである。今回も、作家さんたち自身がまず愉しんで書かれているような印象である。迷いの原因もさまざま、迷い方もさまざま、落ちのつけ方もさまざまであり、迷うことなく愉しめる一冊になっている。

珈琲店タレーランの事件簿 4 ブレイクは五種類のフレーバーで*岡崎琢磨

  • 2017/09/08(金) 18:46:29


五年前に失意の美星を救ったのは、いまは亡き大叔母が仕掛けた小さな“謎”だった―。京都にひっそりとたたずむ珈琲店“タレーラン”の庭に植えられたレモンの樹の秘密を描いた「純喫茶タレーランの庭で」をはじめ、五つの事件と書き下ろしショート・ショートを特別収録したミステリー短編集。


なんとなくこれまでとは趣が違うような印象だった。ほのぼのというよりも、裏の部分、陰の部分がクローズアップされているような気がする。ちょっとした仕掛けも仕込まれていたが、こういうことをしなくてもいいかもしれないなぁ、とはちょっと思う。最後の伯母さんとのエピソードもそうだが、人はひとりでは生きていけないのだと、改めて人間のつながりのあたたかさを思わされる一冊でもある。

陽気な容疑者たち*天藤真

  • 2017/09/07(木) 16:42:08

陽気な容疑者たち 天藤真推理小説全集
東京創元社 (2012-10-25)
売り上げランキング: 63,928

山奥に武家屋敷さながらの旧家を構える会社社長が、まさに蟻の這い出る隙もないような鉄壁の密室の中で急死した。その被害者を取り巻く実に多彩な人間たち。事件の渦中に巻き込まれた計理事務所所員の主人公は、果たして無事、真相に辿り着くことができるだろうか。本書は、不可能状況下で起こった事件を、悠揚迫らざる筆致で描破した才人天藤真の、記念すべき長編デビュー作。


密室ミステリなのだが、仄かに匂い立つユーモアのせいか――タイトルからしてすでに然り――、鬼気迫る感じではなく、どう展開していくのかをわくわく愉しむといった印象のミステリである。被害者が経営する工場の閉鎖に伴う組合とのいざこざあり、山奥の家屋敷の売買契約あり、遺産相続の関係あり、また被害者の人望の無さによる恨みあり、などなど、殺される要素が満載なところも、何とも被害者に同情する気が起きないのである。事件が解決した後しばらく経ってからの付け足しのような真実の披露で、なるほどとやっと腑に落ちる。それでも、めでたしめでたし、と言いたくなるような一冊なのである。

大誘拐*天藤真 

  • 2017/09/06(水) 07:56:01

大誘拐―天藤真推理小説全集〈9〉 (創元推理文庫)
天藤 真
東京創元社
売り上げランキング: 51,947

三度目の刑務所生活で、スリ師戸並健次は思案に暮れた。しのぎ稼業から足を洗い社会復帰を果たすには元手が要る、そのためには―早い話が誘拐、身代金しかない。雑居房で知り合った秋葉正義、三宅平太を仲間に、準備万端調えて現地入り。片や標的に定められた柳川家の当主、お供を連れて持山を歩く。…時は満ちて、絶好の誘拐日和到来。三人組と柳川としの熱い日々が始まる!第32回日本推理作家協会賞長篇賞受賞作。


なんというか、規模が大きすぎて想像に余る。誘拐されるのは、大家の当主、柳川とし刀自。身代金はなんと100億円。誘拐事件は、それが起こった途端にどういうわけか柳川としにそのシナリオを握られ、とんでもない規模で進行する。としの人望の厚さゆえに、誘拐犯三人組は、この上ない切り札を握ることになり、それもとしの思う壺であったわけである。しかも、その記憶力や判断力は、とても80歳を過ぎた人のものとは思えず、格好いいとしか言いようがない。全国民、さらに全世界の目までをくぎ付けにした、一大スペクタクルと言っても過言ではないだろう。誰も傷つかず、誰も損をしない誘拐劇。三人の誘拐犯たちのキャラクタも結構魅力的である。文句ない面白さの一冊である。

エデンの果ての家*桂望実

  • 2017/09/04(月) 10:04:55

エデンの果ての家
エデンの果ての家
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桂 望実
文藝春秋
売り上げランキング: 211,982

母が殺された――その悲しみの葬儀の席で逮捕連行されたのは、弟だった。

大企業勤務のエリートサラリーマンの父、良妻賢母を絵にかいたような料理上手の母、幼いころから両親の期待を一身に背負い、溺愛されてきた弟、そして彼らのなかで、ひとり除けものであるかのように成長した主人公、葉山和弘。
遺棄死体となって発見された母親の被疑者が弟であったことで、父親は半狂乱になって弟の無実を証明しようとするのだが――。


ミステリでもあるが、名ばかりの家族がほんとうの家族になっていく苦しい道のりの物語でもあるような気がする。親は子どものことを、実は何もわかってはいないし、子もまた親の心底の気持ちを理解しているとは言えず、互いにすれ違い、思い違ったまま、別々の記憶を背負って苦しんでいるのである。葉山家の場合、それを解きほぐすきっかけになったのが、母の死だったのである。その後、犯人として弟が逮捕されてからの証人探しのなかで少しずつ明らかになっていく真実を直視することで、これまでの家族に対する思い込みが崩壊し、初めから組み立て直さなければならなくなる。被害者家族であり、加害者家族でもあるという複雑な立場に置かれた葉山家の葛藤と、だからこそ家族の形が取り戻せるかもしれないという微かな喜びがまじりあった一冊でもある。

珈琲店タレーランの事件簿5 この鴛鴦茶がおいしくなりますように*岡崎琢磨

  • 2017/09/02(土) 18:53:45


アオヤマが理想のコーヒーを探し求めるきっかけとなった女性・眞子。11年ぶりに偶然の再会を果たした初恋の彼女は、なにか悩みを抱えているようだった。後ろめたさを覚えながらも、アオヤマは眞子とともに珈琲店“タレーラン”を訪れ、女性バリスタ・切間美星に引き合わせるが…。眞子に隠された秘密を解く鍵は―源氏物語。王朝物語ゆかりの地を舞台に、美星の推理が冴えわたる!


シリーズ四作目をうっかり読み落としていたようで、先に五作目を読んでしまった。今作は、アオヤマがコーヒーと関わるきっかけになった眞子さんにまつわる謎がメインなのだが、想像以上に深刻である。それだけに、判断を間違えばとんでもないことになる可能性もあるのだが、そこはさすが美星さんである。ほんの小さな違和感や言葉遣いから、その創造力と推理力で真実を見抜いて、取り返しがつかない事態になりそうなことも、未然に防いでしまうのである。また、今回の物語では、源氏物語も鍵になっている。京都という場所柄、当然とも言えるが、源氏物語に引き寄せられてやって来た眞子さんと、アオヤマの再会には、運命めいたものも感じてしまう。眞子さんが案外弱くて、美星さんが意外に強いことも発見である。鴛鴦茶も一度味わってみたくなる。美星さんとアオヤマと珈琲店タレーランをずっと見ていたいシリーズである。

書店ガール6 遅れてきた客*碧野圭

  • 2017/09/01(金) 07:29:54

書店ガール 6  遅れて来た客 (PHP文芸文庫)
碧野 圭
PHP研究所 (2017-07-11)
売り上げランキング: 23,717

彩加が取手の駅中書店の店長になってから一年半、ようやく仕事が軌道に乗り始めたと感じていたところ、本社から突然の閉店を告げられる。一方、編集者の伸光は担当作品『鋼と銀の雨が降る』のアニメ化が決定して喜ぶものの、思わぬトラブル続きとなり……。逆境の中で、自分が働く意味、進むべき道について、悩む二人が見出した答えとは。書店を舞台としたお仕事エンタテインメント第六弾。


今回の主役は、取手のエキナカ書店、本の森の店長の彩加と、東京の疾風文庫の編集長・小幡である。片や、やっと軌道に乗ってきた書店の閉店を告げられ、片や、小説のアニメ化に伴う駆け引きに悩まされ、それぞれがこの先進むべき道を手探りするなかで、周囲との関わりに助けられ、一歩ずつ進んでいく物語である。たくさんの理不尽と、本音と建て前、大人の事情や思いやるからこその葛藤。それぞれの心の動きが、それはもう溢れるほどに伝わってきて、読んでいるこちらまで苦しくなってくる。あっちもこっちも切ないが、助けてくれる人も必ずそばにいて、なんとか拓けていくのである。新しい一歩を踏み出そうと思わせてくれる一冊である。