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さくら、うるわし 左近の桜*長野まゆみ
- 2017/11/30(木) 19:50:33
KADOKAWA (2017-11-02)
売り上げランキング: 86,561
甘美で幻想的な異界への誘い――匂いたつかぐわしさにほろ酔う連作奇譚集。
男同士が忍び逢う宿屋「左近」の長男、桜蔵(さくら)は高校を卒業し、大学に進学。それを機に実家をはなれ、父の柾とその正妻と同居することになる。しかし、やっかいなものを拾う”体質”は、そのままで……
大雨の朝、自転車通学の途中で事故にあい、迷いこんだ先は古着を仕立て直すという〈江間衣服縫製所〉。その主の婆さんは着ていた服で浮き世の罪の重さをはかり、つぎに渡る川や行き先を決めるという――この世ならざる古着屋や巡査との出逢い、境界をまたいで往き来する桜蔵の命運やいかに――!?(この川、渡るべからず)
匂いたつかぐわしさにほろ酔う、大人のための連作奇譚集。
左近の桜シリーズ第三弾。
今回も桜蔵(さくら)は、妖しいものを引き寄せている――というか、引き寄せられていると言った方がいいのかもしれない。この世とあの世の境をあっさり越えて、見えないはずのものに翻弄されているような桜蔵を見ていると、読み手のこちらが消耗してくる気がする。やはりこういうのはあまり得意ではない。自分の輪郭が曖昧になっていくような錯覚に陥るので、あちらの世界に取り込まれそうになる。桜蔵は慣れていてどうということもないのだろうか。そんなこともないだろう。ともかく、現実世界のひずみに迷い込んだような一冊である。
浮世奉行と三悪人*田中啓文
- 2017/11/28(火) 16:34:24
集英社 (2017-05-19)
売り上げランキング: 172,407
武士を捨てて竹光作りを生業とする雀丸。ある日、三人の武士にボッコボコにされている老人を救い出す。庶民の揉めごとを裁く横町奉行だというこの老人は、あろうことか雀丸に跡を継いでくれと言い出した。危険な目に遭っても「三すくみ」という助っ人が馳せ参じるから大丈夫とも。ところが現れたのは悪徳商人に女ヤクザ、破戒僧という面々で―江戸期の大坂を舞台に描く、抱腹絶倒の時代小説。
江戸を舞台にした新しいシリーズのはじまりである。なんだかぼんやりしていて頼りなげな竹光職人の雀丸が、横町奉行の甲右衛門に見込まれて、後を継いでほしいと懇願される。まだ年若く、経験も貫禄もない雀丸は、何度も断るが、厄介事が持ち込まれるたびに、何やかんや言って雀丸に裁きを任せ、のっぴきならない状況に追い詰めていくのである。当の雀丸も、押しつけられた裁きをなんとかこなしてしまうものだから、どんどん逃げられなくなっていく。登場人物の個性と、持ち込まれる厄介事をどう解決するかという興味で、あとをひく一冊である。
賛美せよ、と成功は言った*石持浅海
- 2017/11/26(日) 07:13:23
武田小春は、十五年ぶりに再会したかつての親友・碓氷優佳とともに、予備校時代の仲良しグループが催した祝賀会に参加した。
仲間の一人・湯村勝治が、ロボット開発事業で名誉ある賞を受賞したことを祝うためだった。
出席者は恩師の真鍋宏典を筆頭に、主賓の湯村、湯村の妻の桜子を始め教え子が九名、総勢十名で宴は和やかに進行する。
そんな中、出席者の一人・神山裕樹が突如ワインボトルで真鍋を殴り殺してしまう。
旧友の蛮行に皆が動揺する中、優佳は神山の行動に〝ある人物〟の意志を感じ取る。
小春が見守る中、優佳とその人物との息詰まる心理戦が始まった……。
白熱の対局を観戦しているような読み応え! 倒叙ミステリの新たな傑作、誕生。
碓氷優佳物語の最新作である。相変わらず冷製で、理詰めで周囲を固め、攻め上っていく印象である。予備校時代の仲間たちのなかで、最初に成功を手にした湯村を祝う会の席上で、隣の席にいて、いちばん慕っていたはずの恩師の真鍋をワインボトルで殴って死なせた神山を巡り、いち早くそのからくりに気づいた優佳が、きっかけを作った人物をさりげなく追い詰める姿とほかのメンバーの反応を、本作の語り手役の武田小春の目を通して描いていく。他者にはただの雑談と映る場面でも、事情を察している小春に語らせることで、二人の応酬のギリギリ感が伝わってきてハラハラドキドキを愉しめる。犯人(と言っていいのかは疑問だが)の真意には途中でうっすら気づいたが、それでも興味は削がれることなく、二人の伯仲したやり取りと、他のメンバーの裡に抱えた心情が暴露され始める緊張感で、ページを繰る手を止められなくなる。優佳のことをもっともっと知りたいと思わされる一冊である。
マスカレード・ナイト*東野圭吾
- 2017/11/23(木) 20:24:45
若い女性が殺害された不可解な事件。警視庁に届いた一通の密告状。
犯人は、コルテシア東京のカウントダウンパーティに姿を現す!? あのホテルウーマンと刑事のコンビ、再び――。
マスカレードシリーズの最新作である。カウントダウンの仮装パーティ(通称マスカレード・ナイト)に、犯人が現れるという密告を受け、新田は今回もまたフロントクラークになりきって、ホテル・コルテシア東京に潜入することになる。山岸尚美はコンシェルジュに昇格し、その実力を発揮している。今回、氏原という堅物フロントマンが新田のお目付け役になり、新田がフロント業務をほとんどさせてもらえないのが、いささか物足りない。数名のいわくありげな宿泊客をマークしつつ、裏では着々と捜査を進め、ホテル業務もそれなりにこなしながらその日を待つ間、実にさまざまなことが起こり、すべてが伏線のように見えてしまう。後半になり、そのひとつひとつの謎が解かれるにつれて、いよいよ犯人が判らなくなってくる。その先の展開をわくわくしながら読み進んだのだが、犯人が判ってからの独白部分が、いささか冗長な印象なのが残念である。全体的にはとても面白かったのだが、東野作品であるが故に、ラストにもうひと工夫あったらなぁと、ついつい思ってしまう一冊でもある。
夏の情婦*佐藤正午
- 2017/11/22(水) 13:39:37
小学館 (2017-08-08)
売り上げランキング: 81,569
第一五七回直木賞を『月の満ち欠け』で受賞した著者が、デビュー直後、瑞々しい感性で描いた永遠の恋愛小説集。ネクタイから年上女性との恋愛を追憶する『二十歳』、男と女の脆い関係を過ぎゆく季節の中に再現した『夏の情婦』、高校生の結ばれぬ恋を甘く苦く描く『片恋』、夜の街を彷徨いながら人間関係を映していく『傘を探す』、放蕩のなかでめぐり遭った女性との顛末『恋人』、小説巧者と呼ばれる才能がすでに光り輝く五編を収録。
情事の物語は個人的にはいささか苦手分野である。だが、それぞれの物語の主人公の男性の一人称での語りが、あまりにも淡々としすぎていて、倫理観とか道徳観念とか、その他世間一般の規範からはかなりずれているのに、彼のペースに巻き込まれてしまいそうになるのは不思議な感覚である。熱心なのか、冷めているのか、求めているのか、逃げているのか、その辺りのスタンスも曖昧で、それがなおさらとらえどころのない印象を増している。『傘を探す』では、永遠のスパイラルに巻き込まれたかのような理不尽さと、やはりここでも熱心なのか投げやりなのか判然としない主人公の振舞いに、いつしか絡めとられて、やり切れなくも満たされた心地になるのである。不思議な魅力をたたえる一冊である。
つぼみ*宮下奈都
- 2017/11/20(月) 16:48:31
話題作『スコーレ№4』の主人公麻子の妹・紗英、叔母・和歌子、父の元恋人・美奈子。それぞれがひたむきに花と向き合い葛藤するスピンオフ三編。(「手を挙げて」「まだまだ、」「あのひとの娘」)弟の晴彦は、高校を中退し勤めた会社もすぐに辞めて、アルバイトを転々とした後大検を受け、やっぱり働くと宣言して、いつもふらふらひらひらしている。不器用な弟と振り回される姉。そんな二人には、離婚した両親がまったく違って見えていた。(「晴れた日に生まれたこども」)どこかへ向かおうともがいている若き主人公たちの、みずみずしい世界のはじまり。凜としてたおやかに、6つのこれからの物語。
『スコーレ№4』のスピンオフとは全く気づかずに読み始め、七葉という名前が出てきてやっと思い至ったのだが、独立した物語として読んでもすんなり入りこめる。三姉妹それぞれが、お互いに思いもしない屈託を抱え、葛藤しながら前に進んでいる姿が愛おしくなる。ほかの物語もすべて、自らの内側に抱えるものと、他者からの目線で見えるものとの差異が、擦り傷のように、始終ひりひりして、何をするにも気になってしまうような気分にさせられる。それでいて、著者の目線はいつでもやさしくて、最後には包み込まれるような心地にさせてくれる。充実した読書タイムを過ごせる一冊である。
ディレクターズ・カット*歌野晶午
- 2017/11/19(日) 09:19:14
テレビのワイド情報番組の人気コーナー「明日なき暴走」で紹介された、若者たちが繰り返す無軌道、無分別な言動・行動が、じつは下請け番組制作会社の有能な突撃ディレクター仕込みのやらせだとわかったとき、無口で不器用かつネクラな若い美容師が殺人鬼へと変貌する。さらに視聴率アップを狙うディレクター自身が加速度的暴走を開始。静かなる殺人鬼は凶行を重ねる。警察の裏をかいて事件を収拾し、しかもそれを映像に収めようとするディレクターの思惑どおり生中継の現場に連続殺人鬼は現れるのか!? ラスト大大大どんでん返しの真実と、人間の業に、読者は慄然とし衝撃に言葉を失う!
導入部は、若者たちのあまりにも無軌道で身勝手な振る舞いにうんざりさせられ、一瞬読むのを辞めようかと思わされるのだが、歌野作品はここであきらめてはいけないと思い直してさらに読み進める。次第に、彼らの振る舞いが、テレビ番組のためのやらせだとわかり、多少は腑に落ちる。この導入部と、その後とで、彼らの人格や言葉遣いが変わりすぎているのも、前者が演じていたからと捉えると、違和感も薄れるだろう。ここまでして他者を抜きたいのか、という思いと、連続殺人鬼となった川島輪生(もとき)の次の行動に対する興味でしばらくは読み進んだが、ラスト前になって、物語はがらりと様相を替え、息を呑むことになる。それまで起こっていた出来事の裏で、そんなことが行われていたのかと驚くとともに、腑に落ちる部分も多々あって、思わずため息が出る。しかし、それで終わりではなかったのだ。最後の最後にさらなる逆転が待ち構えており、その上さらに、予想外のからくりが種明かしされる。これぞまさにディレクターズ・カットではないか。裏切られる喜びを何度も味わえる一冊である。
ワルツを踊ろう*中山七里
- 2017/11/17(金) 19:20:44
金も仕事も住処も失った“元エリート"溝端了衛が帰った故郷は、7世帯9人の限界集落に成り果てていた。
携帯の電波は圏外。住民は曲者ぞろい。地域に溶け込もうと奮闘する了衛の身辺で、不審な出来事が起こりはじめ……。
都会で何もかも失い、父が残した古家があったとはいえ、七世帯九人の限界集落に、よくぞ帰って住みつく気になったものだと、まずそこに感心する。曲者揃いの上に、排他的な村民たちになんとか溶け込もうと奮闘する了衛だが、することなすこと裏目に出るのだが、それでも、ただ一人解ってくれる能見(事情があって村八分にされている)のアドバイスも参考にしながら、次の策を考えるのである。竜川野菜の通販を始めたときには、これで村がひとつにまとまってめでたしめでたしという流れか、と思ったのだが、池井戸潤や荻原浩ならそうかもしれないが、中山七里はそう簡単には上手くいかせてくれないのである。一瞬でもハッピーエンドを想像してしまったので、その後の展開は、ショックが大きかった。それなのに、最後にそれ以上の裏切りがあり(ここは多少想像できたが)、さらにその先にも、しっかり伏線を回収する形でしっぺ返しが配されているのはお見事である。何度も期待を裏切られ、ストーリーの流れも裏切られて、とんでもない結末なのに思わずにんまりしてしまう一冊である。
百貨の魔法*村山早紀
- 2017/11/16(木) 16:59:00
時代の波に抗しきれず、「閉店が近いのでは?」と噂が飛び交う星野百貨店。エレベーターガール、新人コンシェルジュ、宝飾品売り場のフロアマネージャー、テナントのスタッフ、創業者の一族らが、それぞれの立場で街の人びとに愛されてきたデパートを守ろうと、今日も売り場に立ちつづける――。百貨店で働く人たちと館内に住むと噂される「白い猫」が織りなす、魔法のような物語!
風早の街に古くからある星野百貨店が舞台である。建物にも年季が入り、決して近代的とは言えないが、昔からの電灯が脈々と受け継がれているような、愛着のある重々しさがある。街の人たちに愛され、もちろん従業員たちにも愛されている星野百貨店なのだが、もう先がないという噂が飛び交うようなこのごろである。そんなときに、新しく作られたコンシェルジュとしてやって来た芹沢結子は、ちょっぴり不思議な存在ながら、誰からも愛され、なんとなく懐かしさをも感じさせられる女性である。彼女はいったい何者なのか。そして、金と銀の瞳を持つ不思議な白猫の噂とともに、百貨店で働く人たちや、子どものころからお客として来店していたひとたちの、それぞれの深い思いが描かれていて、星野百貨店の存在の大きさがうかがい知れる。どこを読んでも、人のまごころのあたたかさに涙を誘われ、とてもしあわせな心地にさせられる。外では読めない一冊でもある。
千の扉*柴崎友香
- 2017/11/14(火) 18:37:46
夫・一俊と共に都営団地に住み始めた永尾千歳、40歳。一俊からは会って4回目でプロポーズされ、なぜ結婚したいと思ったのか、相手の気持ちも、自分の気持ちも、はっきりとしない。
二人が住むのは、一俊の祖父・日野勝男が借りている部屋だ。勝男は骨折して入院、千歳に人探しを頼む。いるのかいないのか分からない男を探して、巨大な団地の中を千歳はさまよい歩く。はたして尋ね人は見つかるのか、そして千歳と一俊、二人の距離は縮まるのか……。
三千戸もの都営団地を舞台に、四十五年間ここに住む勝男、その娘の圭子、一俊、友人の中村直人・枝里きょうだい、団地内にある喫茶店「カトレア」を営むあゆみ、千歳が団地で知り合った女子中学生・メイ。それぞれの登場人物の記憶と、土地の記憶が交錯する。
都会のマンモス団地の扉の内側には、扉の数以上の違う人生がある。そんな当たり前のことが、何とも不思議でかけがえのないことに思えてくる。現在進行形の登場人物たちの暮らしの狭間に、それぞれの来し方、ときどきの胸の裡が織り込まれることによって、生身の人間が生きていくことの一筋縄ではいかない様が、くっきりと浮き彫りにされる。著者流の淡々とした描写の中に、抱え込んだ屈託や、切実な願い、自分の内側への問いかけなどが詰まっていて、鼻の奥がつんとしてくる。大切なものを見逃がさないように丁寧に生きようと思わされる一冊でもある。
良心をもたない人たち*マーサ・スタウト
- 2017/11/12(日) 07:06:02
草思社
売り上げランキング: 206,830
一見、魅力的で引きつけられるが、身近につきあってみると、うそをついて人を操る、都合が悪いと空涙を流して同情を引き、相手に「自分が悪い」と思わせる、追いつめられると「逆ギレ」して相手を脅しにかかる……そんな人たちがいる。彼らは自分にしか関心がなく、他者への愛情や責任感によって行動が縛られることがない。つまり「良心」をもたないのだ。出世であれ遊び暮らすことであれ、手段を選ばず自分の欲求をみたそうとするので、周囲の人は手ひどいとばっちりを受ける。だが本人は悪びれず、自分こそが被害者だと言いつのる。
本書は、25人に1人いるという「良心のない人」の事例をタイプ別に紹介し、もし彼らにかかわってしまったらどうればいいのか? 事前に見分ける方法はあるのか? そんな疑問にすべて答えてくれる。
まず、サイコパスが25人に一人もいるということに驚かされる。そう言い切れなくても、その傾向が少しでもある人はおそらくもっと大勢いるだろう。極まれにではあるが、まったく理解できない行動をとる人に出会ったこともあり、いま思うと、サイコパス傾向がある人だったのかもしれない。そもそも理解しようとすると、こちらの神経が消耗するだけだということが、本書を読んでよくわかった。被害に遭いたくなければ、義理とか人情とかに縛られずに、ひたすら近づかないようにするしかない。いわゆる「ひとたらし」的要素もあると聞けば、一筋縄ではいかないこともよくわかる。だが、知っておけば対処の仕方も変わってくることは間違いないだろう。興味深い一冊である。
ネタ元*堂場瞬一
- 2017/11/10(金) 18:26:32
記者と刑事の会話は騙し合いだ――。
1964年、1972年、1986年、1996年、2017年。
時代とともに、事件記者と「ネタ元」の関係も変わる。
50年の変遷をひとつの新聞社を舞台に描いた、
著者にしか書けない新聞記者小説集。
時系列で描かれる連作短編集である。前作の登場人物が、次作では年齢を重ね、違った立場で登場するのは、過去の経緯の行く末を見るようで、ストーリーの流れとは別に、それもまた興味深い。ネタ元と新聞記者との関係性も、時代によって変化し、取材方法や倫理観も少しずつ移ろっていく。事件の起こり方や、情報源の変容など、時系列に描かれているからこその面白さが味わえる一冊である。
連城三紀彦 レジェンド2
- 2017/11/08(水) 07:46:42
講談社 (2017-09-14)
売り上げランキング: 207,343
どれも超高密度(綾辻)
普通は書けない。(伊坂)
驚きは屈指のもの。(小野)
その「技」は魔法的(米澤)
四人の超人気作家が厳選した究極の傑作集。
特別語りおろし巻末鼎談つき!
逆転に次ぐ逆転、超絶トリック、鮮烈な美しさ。死してなお読者を惹きつけてやまないミステリーの巨匠、連城三紀彦を敬愛する4人が選び抜いた究極の傑作集。“誘拐の連城”決定版「ぼくを見つけて」、語りの極致「他人たち」、最後の花葬シリーズ「夜の自画像」など全6編。巻末に綾辻×伊坂×米澤、語りおろし特別鼎談を収録。
連城三紀彦の魅力がにじみ出る作品群である。視点を変えることによる見事な逆転。読者にとってはぞくぞくするような裏切りである。いままでみていた景色とまるで異なる景色が目の前に現れた瞬間は、何作読んでも、一瞬すっと血の気が引く心地にさせられる。選者の方々の連城愛も伝わってきて興味深い。叶わないと知りつつ、連城作品の新作を期待したくなってしまう一冊でもある。
地の星 なでし子物語*伊吹有喜
- 2017/11/05(日) 16:08:38
自立、顔を上げて生きること。自律、美しく生きること―。遠州峰生の名家・遠藤家の邸宅として親しまれた常夏荘。幼少期にこの屋敷に引き取られた耀子は、寂しい境遇にあっても、屋敷の大人たちや、自分を導いてくれる言葉、小さな友情に支えられて子ども時代を生き抜いてきた。時が経ち、時代の流れの中で凋落した遠藤家。常夏荘はもはや見る影もなくなってしまったが、耀子はそのさびれた常夏荘の女主人となり―。ベストセラー『なでし子物語』待望の続編!
今作は、耀子に焦点が当てられている。常夏荘の女主人・おあんさんと呼ばれるようになり、遠藤家の龍治との間に瀬里という娘のいる母親になっている。凋落した遠藤家のために、スーパーに働きに出ている耀子であるが、そのことについては、遠藤家の内外からさまざま取りざたされもしている。それでも、前を向いて、一歩ずつ歩を運ぶ耀子が、弱々しげだった印象から少しずつ脱皮して、たくましさまで感じさせられるようになっていく姿は、思わず応援したくなる。次作は、一作目と今作の間の物語のようだが、そちらもとても気になるシリーズである。
検事の死命*柚月裕子
- 2017/11/01(水) 18:19:28
郵便物紛失事件の謎に迫る佐方が、手紙に託された老夫婦の心を救う「心を掬う」。感涙必至! 佐方の父の謎の核心が明かされる「本懐を知る」完結編「業をおろす」。大物国会議員、地検トップまで敵に回して、検事の矜持を貫き通す「死命を賭ける」(『死命』刑事部編)。検察側・弁護側——双方が絶対に負けられない裁判の、火蓋が切られる「死命を決する」(『死命』公判部編)。骨太の人間ドラマと巧緻なミステリーが融合した佐方貞人シリーズ第三作。刑事部から公判部へ、検事・佐方の新たなる助走が、いま始まる!
ストーリーはもちろんだが、登場人物のキャラクタが魅力的である。主人公の佐方は言うに及ばず、事務官の増田、上司の筒井など、周りを固める人物が好きになれると、物語の世界により入り込める気がする。冷静で無表情にも見える佐方の芯の熱さに惹きつけられる一冊である。
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