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インフルエンス*近藤史恵
- 2017/12/31(日) 14:30:41
大阪郊外の巨大団地で育った小学生の友梨(ゆり)はある時、かつての親友・里子(さとこ)が無邪気に語っていた言葉の意味に気付き、衝撃を受ける。胸に重いものを抱えたまま中学生になった友梨。憧れの存在だった真帆(まほ)と友達になれて喜んだのも束の間、暴漢に襲われそうになった真帆を助けようとして男をナイフで刺してしまう。だが、翌日、警察に逮捕されたのは何故か里子だった――
幼い頃のわずかな違和感が、次第に人生を侵食し、かたちを決めていく。深い孤独に陥らざるをえなかった女性が、二十年後に決断したこととは何だったのか?
ある女性から、同年代の女性作家の元に、聞いてもらいたいことがあるという手紙が届いたことがきっかけで、彼女の話を聴くことになった。大きく見れば作家の目線で語られるのだが、大部分は女性が話しているので、彼女の目線で物語は進んでいく。大阪の大きな団地で過ごした幼少期から、小学生中学生と成長する間に、我が身や友人たちの身に起こった重すぎる出来事やそれにまつわるあれこれ、そして高校大学と進み、社会に出て、かつての友人たちとの関係性もどんどん希薄になっていると思っていたある日、またそのつながりが再燃し、呪縛から逃れられてはいなかったことに気づかされる。物語の初めから漂う不穏さは、全編に漂い続け、心が安らぐときがないのだが、最後の最後に作家が自らの卒業アルバムで見つけたものが、彼女たちのつながりののっぴきならなさをさらに強めているようでもある。どこまでもどってどうしていたらなにものにも縛られない明るい道を歩けたのだろうか。ぐるぐると同じ道を迷い続けているような心地の一冊である。
宇宙探偵ノーグレイ*田中啓文
- 2017/12/30(土) 16:50:57
怪獣惑星で発生した人気怪獣の密室殺人。罪を犯すことが不可能な天国惑星で起きた連続殺人。全住民が脚本どおりの生活をおくる演劇惑星で生じた劇中殺人…極秘に事件を解決するために招かれるは、宇宙探偵ノーグレイ!名探偵は五度死ぬ?奇想天外な結末が待つ、宇宙ミステリ作品集。
「怪獣惑星キンゴジ」 「天国惑星パライゾ」 「輪廻惑星テンショウ」 「芝居惑星エンゲッキ」 「猿の惑星チキュウ」
宇宙探偵ノーグレイは、のっぴきならない事情(たいていの場合は多額の借金)によって報酬に目がくらみ、宇宙で起きた事件を操作するために、さまざまな星へと出かけていく。そして、その都度、まあ何とか真相を突き止めはするのだが、生きて帰ることはできずに結末を迎えることになるのである。優秀なんだか間抜けなんだかよくわからない探偵ではある。毎度死んでいるのに、次の話しではまた何事もなかったかのように同じことを繰り返しているのは、最後の章のあれがヒントになっているのだろうか。地球だけでも充分にややこしいのに、宇宙規模でこれ以上ややこしくなるのは御免こうむりたいと思う一冊でもある。
逃亡刑事*中山七里
- 2017/12/28(木) 07:48:27
千葉県警の警察官が殺された。捜査にあたるのは、県警捜査一課で検挙率トップの班を率いる警部・高頭冴子。陰で〈アマゾネス〉と呼ばれる彼女は、事件の目撃者である八歳の少年・御堂猛から話を聞くことに。そこで猛が犯人だと示したのは、意外な人物だった……。
思わぬことから殺人事件の濡れ衣を着せられた冴子。自分の無実を証明できる猛を連れて逃げ続ける彼女に、逆転の目はあるのか!? 冴子は真犯人にどう立ち向かうのか? どんでん返しの帝王と呼ばれる著者が贈る、息をもつかせぬノンストップ・ミステリー
内容紹介の通り、まさにページを繰る手が止まらなかった。現実的とは言えないかもしれないが、アマゾネスの異名をとる女性刑事を主役に据え、たったひとりの直属の部下を除いて、県警内部の誰が敵かも判らない状況で、真実を暴こうと奮闘する高頭冴子の体当たり刑事生活が爽快である。正攻法とは言えない捜査方法ではあるが、だからこそ得られた協力の手が頼もしく、胸がすく思いがする。最後の猛のひと言で、すべてが報われた気がする。爽快な読書タイムをくれた一冊である。
彼方の友へ*伊吹有喜
- 2017/12/26(火) 16:19:39
「友よ、最上のものを」
戦中の東京、雑誌づくりに夢と情熱を抱いて――
平成の老人施設でひとりまどろむ佐倉波津子に、赤いリボンで結ばれた小さな箱が手渡された。
「乙女の友・昭和十三年 新年号附録 長谷川純司 作」。
そう印刷された可憐な箱は、70余年の歳月をかけて届けられたものだった――
戦前、戦中、戦後という激動の時代に、情熱を胸に生きる波津子とそのまわりの人々を、あたたかく、生き生きとした筆致で描く、著者の圧倒的飛躍作。
実業之日本社創業120周年記念作品
本作は、竹久夢二や中原淳一が活躍した少女雑誌「少女の友」(実業之日本社刊)の存在に、著者が心を動かされたことから生まれました。
現在の佐倉波津子は高齢者施設で夢と現を行き来するような日々を送っている。傍からは、何も考えていないように見えるかもしれないが、頭の中には、来し方のあれこれが渦巻いていて忙しい。そんな波津子が駆け抜けてきた人生が彼女の目線で繰り広げられている。時折現在の様子に立ち戻るとき、そのギャップは人の老いというものを思い知らされるが、頭の中は存外誰でも活き活きしているのかもしれないとも思わされて、勇気づけられもする。そんな波津子の元へ、あのころの思い出の品とともに、関わって来た人たちとゆかりのある若い人たちが訪れ、話を聴きたいと言いう。積年の想いも報われ、波津子と「乙女の友」に関わった人たちの生き様が語り継がれることになるのである。ラスト三分の一は、ことに、涙が止めどなく、あふれるままに読み進んだ。外で読むには向かないが、中味がぎっしり詰まった読み応えのある一冊である。
木曜日にはココアを*青山美智子
- 2017/12/22(金) 16:56:46
僕が働く喫茶店には、不思議な常連さんがいる。必ず木曜日に来て、同じ席でココアを頼み、エアメールを書く。僕は、その女性を「ココアさん」と呼んでいる。ある木曜日、いつものようにやって来たココアさんは、しかし手紙を書かずに俯いている。心配に思っていると、ココアさんは、ぽろりと涙をこぼしたのだった。主夫の旦那の代わりに初めて息子のお弁当を作ることになったキャリアウーマン。厳しいお局先生のいる幼稚園で働く新米先生。誰にも認められなくても、自分の好きな絵を描き続ける女の子。銀行を辞めて、サンドイッチ屋をシドニーに開業した男性。人知れず頑張っている人たちを応援する、一杯のココアから始まる温かい12色の物語。
登場人物もエピソードも、何一つ無駄がなく、点と点が見事にひとつながりになっている。次の話しでは、誰が誰とどんな風につながっているのだろう、という興味でどんどん愉しくなっていく。じんとしたり、ほろりとさせられたり、微笑ましく眺めたり、それぞれの物語もしっかりしているので、なお愉しめる。ただ、ひとつ気になったのは、「等親」という言葉。ない言葉ではないと思うが、「親等」の方がずっと一般的ではないだろうか。それとも何か意図があって、使ったのだろうか。いささか気になった。それ以外はとても愉しい一冊だった。
見た目レシピいかがですか?*椰月美智子
- 2017/12/20(水) 16:24:17
「イメージコンサルタント」に関わる4人の女たち、それぞれの事情とは?
純代の場合――娘から「参観日にお母さんが一番ダサかった」と言われ……
あかねの場合――不倫相手の「私服がかっこ悪い」のが許せない……
美波の場合――自分がこんなかわいらしい服を着てもいいのだろうか……
繭子の事情――的確なアドバイスを下す彼女の抱える問題とは……
あなたの第一印象、そのままでいいですか? 本当に似合う色、服、髪型などを提案し、「見た目」を変えるイメージコンサルタント・御手洗繭子。ほんのちょっとの気づきと心構えで、人生は変わっていくもの。彼女のアドバイスを受けた人々の外見と内面の変化とは? そして繭子自身が抱える秘密と事情が……。「きれいになりたい」「自分らしくありたい」と思う女性たちの心理を、鋭くかつ細やかに描く、連作小説集。
見た目よりも中身が大事とか、元々の素材がよくないから何をしても無駄などとついつい諦めてしまいがちな、もう若くはない女性たちにスポットが当てられている。自分にも当てはまることが多々あるので、身につまされるところも多いが、愉しく読んだ。なにより、繭子さんにさまざまなアドバイスをされていくうちに、自分の中に眠らせていた明るい気分が目覚めさせられて、彼女たちがどんどん前向きになっていく様が、見ていてとても気持ちが好い。読後、イメージコンサルティングを受けてみたくなる一冊である。
双生児*折原一
- 2017/12/18(月) 18:25:05
安奈は、自分にそっくりな女性を町で見かけた。それが奇怪な出来事の始まりだった。後日、探し人のチラシが届き、そこには安奈と瓜二つの顔が描かれていた。掲載の電話番号にかけるとつながったのは…さつきは養護施設で育ち、謎の援助者“足長仮面”のおかげで今まで暮らしてきた。突如、施設に不穏なチラシが届く。そこにはさつきと瓜二つの女性の願が描かれていて…“双生児ダーク・サスペンス”。
自分と瓜二つの人物に出会ったら、どんな気分だろう。過去と現在を行きつ戻りつしながら、同じ顔を持つ少女を取り巻く状況を少しずつ理解しようと読み進めた。途中までは、真相に近づいていく手ごたえを感じながらわくわくと先を急ぎたくなる。だが、とうとう事実が明かされようとするとき、なんだか一気に気が抜けるというか、「なぁんだ」という気分になってしまった。なにかもっと複雑で奥が深いからくりが隠されているのかと期待していただけに、肩透かしを食った感じではある。面白くなかったわけではないが、いささか拍子抜け感のある一冊だった。
失踪.com 東京ロンダリング*原田ひ香
- 2017/12/16(土) 16:35:16
事故物件に住み部屋をロンダリング(浄化)する人材を斡旋する相場不動産。ある時から、なぜかその関係者が次々と相場不動産を離れていく。背後に妨害工作の動きを察知し、調査を始めた仙道は、とある事実を突き止める。相場と共に、巨大勢力と戦おうと立ち上がった仙道が決断したこととは…。
事故物件のロンダリングと失踪者探し。どちらも社会の裏側を見据える仕事である。相場と仙道の二人が扱った案件に関わった人たちが、後半、次々といささか怪しげな感じになってくる辺りで、何か大きな力を感じるが、弱小会社にそこまでするか、と思わなくもない。それを除けば、人間の屈託が絶妙に描かれていて惹きこまれる一冊だった。
東京ロンダリング*原田ひ香
- 2017/12/13(水) 17:11:48
内田りさ子、32歳。わけあって離婚。戻るべき家を失い、事故物件に住むことを仕事にした彼女。失意の底、孤独で無気力な毎日を過ごしていた―。移り住む先々で人と出会い、衝突しながら、彼女は何を取り戻したのか。東京再生、人生再生の物語。
初めのうちは、主人公のりさ子が、自分の不貞で離婚してすべてを失ったとは言え、とにかく暗く、覇気がなく、自信もなく、一生部屋に籠っていそうな雰囲気で、先が心配になるほどだった。だが、行く先々で出会う人たちに少しずつ影響を受け、ほんの少しずつだが、本来の自分を取り戻していく様子に、(まだまだもどかしい部分が多いが)多少なりともほっとさせられる。いつの日か、作り笑いではない自然な笑顔ができるようになればいいと、願ってしまう。この先が知りたくなる一冊である。
芸能人 ショート・ショート・コレクション*田丸雅智
- 2017/12/12(火) 16:49:06
これはフィクション! ?ノンフィクション! ?
ショートショート作家・田丸雅智が出会った、
芸能人10名との摩訶不思議な10の物語!
テレビやラジオ、雑誌やネットなどでも大活躍の有名芸能人10名をモチーフに、
ショートショートの旗手・田丸雅智が描く、1話5分で読めちゃうストーリー! !
著者と交友のある芸能人を題材にした、虚実ないまぜの小さな物語が並んでいる。(たぶん)実際のエピソードから、なだらかに空想の世界に入り込むのが本書の醍醐味だが、個人的な好みを言わせてもらえば、現実なのか妄想なのか、もう少し悩ませてくれるようなエピソードが盛り込まれていると、もっとのめり込めたような気がする。もうひと工夫あってもいいかな、と思わされる一冊ではあった。
ミックス。*古沢良太:脚本 山本幸久:小説
- 2017/12/11(月) 16:51:05
ポプラ社 (2017-10-03)
売り上げランキング: 18,301
母のスパルタ教育により、かつて“天才卓球少女”として将来を期待された多満子。母の死後、普通に青春を過ごし、普通に就職する平凡な日々を送っていたが、新入社員の美人卓球選手・愛莉に恋人の江島を寝取られてしまう。
人生のどん底に落ち、田舎に戻った多満子だったが、亡き母が経営していたフラワー卓球クラブは赤字状態。クラブの部員も、元ヤンキーのセレブ妻、ダイエット目的の中年夫婦、オタクの引きこもり高校生、さらに妻と娘に見捨てられた元プロボクサーの萩原など、全く期待が持てない面々だった。
しかし、江島と愛莉の幸せそうな姿を見た多満子は、クラブ再建と打倒江島・愛莉ペアを目標に、全日本卓球選手権の男女混合ダブルス(ミックス)部門への出場を決意。部員たちは戸惑いながらも、大会へ向け猛練習を開始する。多満子は萩原とミックスを組むものの、全く反りが合わずケンカばかり。しかし、そんな二人の関係にも、やがて変化が訪れていく――。
大注目の脚本家・古沢良太と人気作家・山本幸久の「ミックス」で贈る、恋と人生の再生の物語。
母のスパルタ指導のせいで、卓球が嫌いだったかつての天才少女・多満子は、母の死後、ガングロになったり普通に就職したりと、卓球からはすっかり離れていた。だが、職場の恋人で卓球選手の江島を、同じ卓球部の新人女子に奪われて傷心し、会社を辞めて実家に帰ってきたのだった。そこから物語はスタートする。いまは寂れている亡き母のフラワー卓球クラブの寄せ集めのようなメンバーが、奮起して全日本卓球選手権の予選に出場するまでの日々が、それぞれのエピソードを織り込みながら、次第に熱を帯びて描かれ、それぞれが、抱えているものを乗り越えてひとつになっていくのが目に見えるので、ついつい読んでいて応援したくなってしまう。多満子が卓球をどんどん好きになる様が、とても気持ち好くてうれしくて、ついつい微笑んでしまうくらいである。熱く愉しい一冊である。
さらさら流る*柚木麻子
- 2017/12/09(土) 16:11:36
あの人の中には、淀んだ流れがあった――。28歳の井出菫は、かつて恋人に撮影を許した裸の写真が、
ネットにアップされていることを偶然発見する。恋人の名は光晴といった。
光晴はおどけたりして仲間内では明るく振る舞うものの、どこかそれに無理を感じさせる、ミステリアスな危うさを持っていた。しかし、なぜ6年も経って、この写真が出回るのか。
菫は友人の協力も借りて調べながら、光晴との付き合いを思い起こす。
飲み会の帰りに渋谷から暗渠をたどって帰った夜が初めて意識した時だったな……。
菫の懊悩と不安を追いかけながら、魂の再生を問う感動長編。
読み始めてしばらくは、なんだかとらえどころのない物語だという印象だった。だが、暗渠をたどって家まで歩く道筋で、菫と光晴の不安定な安定とでもいうようなものが、すでにちらちらと顔をのぞかせていて、その後の展開に興味が湧いた。客観的にみれば言いたいことはいくらでもあるような二人の関係なのだが、菫の心の動きも光晴の屈託も、すんなりと胸に落ち、どうにもならない心の動きの、まったくどうにもならなさにやり切れなくもなりながら、ある意味共感を覚えたりもする。リベンジポルノ――と言っていいのかどうかはよく判らないが――が題材の一部になってはいるが、決してそれだけではなく、包まれるように守られてきた菫が、自分の脚で立つ物語とも言える。さまざまなことが象徴されているような一冊だと思う。
猫ヲ捜ス夢 蘆野原偲郷*小路幸也
- 2017/12/06(水) 16:48:21
古より、蘆野原の郷の者は、人に災いを為す様々な厄を祓うことが出来る力を持っていた。しかし、大きな戦争が起きたとき、郷は入口を閉じてしまう。その戦争の最中、蘆野原の長筋である正也には、亡くなった母と同じように、事が起こると猫になってしまう姉がいたが、行方不明になっていた。彼は、幼馴染みの知水とその母親とともに暮らしながら、姉と郷の入口を捜している。移りゆく時代の波の中で、蘆野原の人々は何を為すのか?為さねばならぬのか?
暮らしの隅々の細かいことが、普段当たり前に思っている指標とはいささか違う次元にあるので、馴染むまでには戸惑いもあるが、次第にそんなものだと得心して物語にのめり込む。白い猫になり行方知れずになっている姉が帰ってくるのを心待ちにしながら、日々、「事」を成して暮らしている正也と知水の周りに、ぽつりぽつりと不思議なことが起こりはじめる。蘆野原の端境を見つける手掛かりに近づくのだろうか、と興味はいや増す。そんな出来事のひとつをたどった先で出会ったのは、言葉を話さない少女・美波であり、彼女もまた不意に猫になる性質なのだった。彼女が現れたことで、蘆野原への道はひらけはじめる。蘆野原という偲郷を、よく判らないながらも認めている世界にあって、彼らの果たす役割は何なのだろう。そして彼らに安らげるときは来るのだろうか。日本人の心の奥深くに、失くしてはいけない何かの物語なのかもしれないと思わされる一冊でもある。
森へ行きましょう*川上弘美
- 2017/12/04(月) 16:27:05
1966年ひのえうまの同じ日に生まれた留津とルツ。「いつかは通る道」を見失った世代の女性たちのゆくてには無数の岐路があり、選択がなされる。選ぶ。判断する。突き進む。後悔する。また選ぶ。進学、就職、仕事か結婚か、子供を生むか…そのとき、選んだ道のすぐそばを歩いているのは、誰なのか。少女から50歳を迎えるまでの恋愛と結婚が、ふたりの人生にもたらしたものとは、はたして―日経新聞夕刊連載、待望の単行本化。
500ページ超えの超大作であるが、途中一度も飽きることなく――というよりも、次の展開が愉しみで愉しみで、本を置くのが名残惜しくて仕方がなかった。留津とルツ二人の人生が描かれているのだが、登場人物はほぼ同じ。いわゆるパラレルワールドの物語である。後半、さらに分化してべつの「RUTSU」が登場するが、彼女たちが、留津の小説の登場人物なのか、さらなるパラレルの世界の人なのかは判然としない。そしてそれは大した問題でもないのかもしれないとも思われる。それぞれの人生は、良くも悪くもありそうな人生であり、誰もが自身に引き寄せて考えることのできるエピソードが満載であり、何ら突出したことはないのだが、ほんの些細な選択の違いによって、少しずつ様相を異にしていく人生の道筋がたいそう興味深くて、のめり込む。語り口も至って淡々としているのだが、すっかりとりこになってしまう一冊である。
風味さんのカメラ日和*柴田よしき
- 2017/12/02(土) 07:53:27
文藝春秋 (2017-08-04)
売り上げランキング: 204,752
あなたのワケあり写真は、あなたの心の有りようを写している――。
東京を離れ洋菓子店を営む実家に戻った風味は、幼馴染の頼みでカメラ講座に通うことに。
いつも写真がボケてしまう老人、寂しくない写真を撮りたい中年女性などが集うなか、講師の知念大輔は、カメラマンを挫折した天然なイケメン。
だが、彼はレンズを通して受講生の心を癒していく。
カメラ撮影用語解説もついた文庫書き下ろし。
写真好きな著者ならではの物語である。プリントされたり、パソコン画面に映し出されたりした写真から、撮った人の心のうちに凝った思いを解きほぐし、前向きにさせるのは、蛍山市の無料の初心者向けカメラ講座の講師・知念大輔である。心に響く写真を撮るのに、売れっ子にはなれず、甥の伝手でこの講師の職を得たという、なんとも頼りない感じなのだが、カメラや写真撮影に関するアドバイスは的確で、読んでいてそうだったのかと納得させられることもある。お役立ち情報付きの軽いミステリ、といった感じだろうか。いままで大雑把に撮っていた写真を、もっと丁寧に撮ってみたいと思わされる一冊でもある。
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