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金曜日の本*吉田篤弘
- 2018/01/30(火) 16:54:38
仕事が終わった。今日は金曜日。明日あさっては休みで、特にこれといった用事もない。つまり今夜から日曜の夜まで、子どものころの「放課後」気分で心おきなく本が読める!
――小さなアパートで父と母と3人で暮らした幼少期の思い出を軸に、いつも傍らにあった本をめぐる断章と、読書のススメを綴った柔らかい手触りの書き下ろしエッセイ集。
小さいころの篤弘少年の姿が目に浮かぶようである。舞台の袖の黒い幕の間が好きだったり、端っこが好きだったりと、クラスの中では浮いていたかもしれない少年の、それでも自分の興味の赴くままに、目をキラキラさせて夢中になる姿が目の前に現れるようである。著者にこの少年時代があったからこそ、いまわたしたちは著者の物語世界を愉しむことができるのだと思わされる一冊である。
盤上の向日葵*柚月裕子
- 2018/01/30(火) 16:47:39
実業界の寵児で天才棋士。
本当にお前が殺人犯なのか!?
埼玉県天木山山中で発見された白骨死体。遺留品である初代菊水月作の名駒を頼りに、叩き上げの刑事・石破と、かつてプロ棋士を志していた新米刑事・佐野のコンビが調査を開始した。それから四ヶ月、二人は厳冬の山形県天童市に降り立つ。向かう先は、将棋界のみならず、日本中から注目を浴びる竜昇戦会場だ。世紀の対局の先に待っていた、壮絶な結末とは――!?
日本推理作家協会賞作家が描く、渾身の将棋ミステリー!
天木山の中で見つかった将棋の駒を胸に抱いた白骨死体の犯人の捜査に当たる、佐野と石破の章と、奨励会を経ずに、東大を卒業して実業家として名を馳せた後にプロ棋士となり、世間の注目を集めている上条圭介の生い立ちから現在までを追う章とが交互に描かれている。ひと癖もふた癖もある石破と、新米刑事の佐野との関係の推移も興味深く、圭介の恵まれない生い立ちとその後の立身出世の様子、将棋との関わり合い方なども、とても興味深いものである。それ故に、なぜ?と思ってしまうのである。最後の最後でやっと現在の捜査と過去からいままでの恵介の軌跡が合流するのだが、刑事たちは真相にはたどり着いたわけではないのである。この先どうなるのか、気になって仕方がないところで物語は幕を下ろす。読み応え充分で、しかも、先が気になる一冊である。
二年半待て*新津きよみ
- 2018/01/27(土) 18:26:59
婚姻届を出すのは待ってほしい──彼が結婚を決断しない理由は、思いもよらぬものだった(「二年半待て」)。このお味噌汁、変な味。忘れ物も多いし……まさか。手遅れになる前に私がなんとかしないと(「ダブルケア」)。死の目前、なぜか旧姓に戻していた祖母。“エンディングノート”からあぶりだされる驚きの真実とは(「お片づけ」)。人生の分かれ道を舞台にした、大人のどんでん返しミステリー。
就活・婚活・恋活・妊活・保活・離活・終活という、昨今よく使われる言葉にまつわるあれこれである。どの物語にも、なにがしかの裏の事情があり、すんなりハッピーな気持ちで読み終えられるものはほとんどない。そしてそれこそが魅力でもあるのである。胸の奥底がぞわりとする一冊だった。
あきない世傳金と銀 四 貫流編*高田郁
- 2018/01/25(木) 20:47:27
角川春樹事務所 (2017-08-09)
売り上げランキング: 3,383
江戸時代中期、長く続いた不況を脱し、景気にも明るい兆しが見え始めた。大坂天満の呉服商、五鈴屋でも、五代目店主の惣次とその女房幸が、力を合わせて順調に商いを広げていた。だが、徐々に幸の商才を疎むようになった惣次は、ある事件をきっかけに著しく誇りを傷つけられ、店主の地位を放り出して姿を消す。二度と戻らない、という惣次の決意を知ったお家さんの富久は、意外な決断を下す。果たしてその決断は五鈴屋を、そして幸を、どのような運命へと誘うのか。大人気シリーズ第四弾!
あとからあとから厄介事が持ち上がる五鈴屋であるが、今回は、惣次が失踪したり、お家さんが亡くなったりと、別れが多い。だが、三男・智蔵が戻って五鈴屋を継ぐことになり、幸の運命もまたまた大きく変わることになる。初めからこうなることになっていたのだとも思えるが、これまでのあれこれがなければ、こうなることもなかったのだろう。壁が立ちはだかる度に、妙案を思いつく幸であり、それがことごとく当たってきたが、最後の最後にまたしても難題が。ただ、今回の難題は、五鈴屋にとっていいことになりそうな予感もあるので、次作が愉しみである。長く続いてほしいシリーズである。
京都で考えた*吉田篤弘
- 2018/01/23(火) 16:25:28
答えはいつもふたつある。京都の街を歩きながら「本当にそうか?」と考えたこと―。
著者が京都の街を歩きながら考えたつれづれである。ここにいながら、そこを想うような、ここに存在しながら、心はここではない場所を旅するような、そんな物語を編み出す著者の思考回路の一端に触れられた思いがして、思わず頬が緩んでしまう。境界が好きだという著者が生み出す物語だからこそ、読者を旅する心地に誘ってくれるのだとわかる。とても興味深い一冊だった。
さよなら僕らのスツールハウス*岡崎琢磨
- 2018/01/23(火) 06:49:53
KADOKAWA (2017-10-26)
売り上げランキング: 348,695
関東某所、切り立った崖に建つシェアハウス、「スツールハウス」。
その名の通り、若者たちが腰をかけるように住み、旅立って行く場所。
同じ屋根の下、笑い、ときめき、時間を共有するものたちは、やがて懐かしく思い出す。
日常の謎に満ちた、何気ない生活を。
そしてそこには確かに、青春があったのだと……。
~何気なくも愛おしい青春の謎たち~
第一話 「メッセージ・イン・ア・フォト」弁護士の直之が、元彼女・あゆみの結婚式の動画用に送った写真の謎とは。
第二話 「シャワールームの亡霊」無人のシャワールームから聞こえるシャワーの水音に隠された、ある事件。
第三話 「陰の花」フラワーショップで働く白石は、かつての同居人で既婚の花織から、ある花の写真を見せられ……。
第四話 「感傷用」16年間住み続け、「スツールハウスの主」と呼ばれた女性、鶴屋素子。彼女がそこを去った訳とは。
第五話 「さよなら私のスツールハウス」人気作家となった素子は、「スツールハウス」を訪れるが……。
偶然同じ時期にシェアハウスで暮らすことになった人たちの間で起こった出来事の中に潜む日常の謎が描かれている。謎と言っても、ほのぼのとするものもあれば、心の闇を描くものもあり、テイストはさまざまである。それぞれの事情に絡む謎もあって、飽きさせない。スツールハウスの主と呼ばれる鶴屋素子の事情が明らかにされたときには、腑に落ちることがいくつもあった。腰掛の暮らしが彼らに与えた影響の大きさをも思わされる一冊である。
花歌は、うたう*小路幸也
- 2018/01/22(月) 07:29:58
天才的ミュージシャンだった父の失踪から9年。秘められた音楽の才能が花開くとき、止まっていた時が動き始める―。幼なじみの勧めで歌をうたうことに真剣に向き合い始めた花歌は、父親譲りの天才的な音楽の才能を花開かせていく。そんな中、父・ハルオの目撃情報が届き…。祖母・母・娘、三世代女子家庭の再生の物語―。
ストーリーはかなり劇的ではあるものの、物語自体は割と淡々とよくある日常のひとコマを切り取ったように描かれている。主人公の花歌がいちばんのほほんとして見えるのは、祖母のうたや母の花子を始めとする周りの大人たちや、親友のむっちゃんやリョーチのおかげなのだろう。そして、無自覚な才能を引き出せるということは、それもまた才能なのだろう。伝説のミュージシャンで花歌の父・ハルオの失踪に至る心の闇には、さらりと触れるだけだったので、そこももっと知りたい気はしたが、それはまた別の物語になってしまいそうではある。花歌の歌を実際に聴いてみたくなる一冊である。
きっと嫌われてしまうのに*松久淳+田中渉
- 2018/01/18(木) 16:48:38
高校入学後、充はユキちゃんにひとめぼれした。それまで遊び人キャラだったが、
人が変わったように彼女を前にするとまともに話すことも出来なくなってしまう。
しかし、周りから「ストーカー」扱いされるほどの猛アタックの末、二人は付き合うことになった。
しかし、ふとした瞬間ユキちゃんは寂しそうな無気力なような表情を見せる。
彼女にはある秘密があった――。高校生にふりかかる残酷な現実。
最終章で世界が一転する二度読み必至のどんでん返し!
高校生の熱烈純愛物語かと思わせて、実は複雑な問題を潜ませている物語である。素直な読者はあっという間に騙され、最終章でがらっと世界が様相を変えることになる。その快感は味わえるのだが、内包している問題についての嫌悪感は強く、二度の大震災の扱われ方にも共感できなかった。何とも後味の悪い一冊だった。
樹海警察*大倉崇裕
- 2018/01/17(水) 18:26:43
初任幹部科教育を終え、警部補になった柿崎努は、山梨県警上吉田署という辺鄙な場所、しかも聞いたこともない部署へ配属となった。署長に挨拶も行かず署員からおもむろに渡されたのは、カーキグリーンの軍用ベストやズボン、そして登山靴―。さらに連れて行かれた場所はなんと樹海…!?栗柄巡査、桃園巡査、そして事務方の明日野巡査長と共に、樹海で見つかった遺体専門の部署・地域課特別室に勤務することに…!腐乱死体から事件の匂いをかぎ取る!!書き下ろし樹海警察小説登場。
左遷された自覚がなく、あくまでも正論を貫く警部補・柿崎が着任したのは、樹海専門の特別室。課員は栗柄、桃園、そして事務方の明日野の三人。すべて訳ありでここにいる面々であり、それぞれにキャラが濃いが、各自のやり方で確実に捜査を進めていく様子は、強引で違法ぎりぎりの場合もあるが、頼もしくすらある。樹海で見つかる遺体を見て、事件の匂いを嗅ぎつける嗅覚はもちろん、真相を暴き出す手腕も見事である。いろいろ明らかになっていない点もあるので、シリーズ化されるのだろうか。このメンバーのはちゃめちゃぶりをもっと見てみたいと思わされる一冊である。
手がかりは「平林」*愛川晶
- 2018/01/15(月) 18:49:24
原書房
売り上げランキング: 121,345
落語を聞いていた児童たちのたわいない言葉遊びがお伝さん襲撃事件に意外なかたちでむすびつく(「手がかりは『平林』」)、お伝さんのテレビ出演から血縁問題がもちあがり大金が絡んで遺産騒動に!そこで犯人あぶり出しになんと「立体落語」を持ち出す(「カイロウドウケツ」)。落語好きからミステリマニアまで楽しめるシリーズ最新刊!
シリーズとは知らずに最新刊から読んでしまったが、物語自体は、問題なく愉しめる。別のシリーズの神楽坂倶楽部の関係者もちらっと登場し、行き来のあるシリーズになっているようなのが、愉しくもある。謎解き自体も、それぞれ違った趣向で、お伝の生い立ちに絡む複雑な事情と相まって、嫌でも興味をそそられる構成である。これから先も愉しみだが、遡って読んでみたいシリーズである。
ミステリークロック*貴志祐介
- 2018/01/13(土) 18:19:21
KADOKAWA (2017-10-20)
売り上げランキング: 7,341
犯人を白日のもとにさらすために――防犯探偵・榎本と犯人たちとの頭脳戦。
様々な種類の時計が時を刻む晩餐会。主催者の女流作家の怪死は、「完璧な事故」で終わるはずだった。そう、居あわせた榎本径が、異議をとなえなければ……。表題作ほか、斜め上を行くトリックに彩られた4つの事件。
表題作のほか、「ゆるやかな自殺」 「鏡の国の殺人」 「コロッサスの鉤爪」
防犯探偵・榎本と弁護士の青砥純子が凸凹コンビのようで、榎本の身になってつい笑ってしまう。女性弁護士でこのキャラはなかなか珍しいのではないだろうか。物語は、トリックがかなり高度で、図解されていてもなかなか理解しにくい部分もあるのだが、なんとなくの理解でも充分愉しめるので、ところどころ突き詰めずに読み進めた。謎解きをされた当事者たちは、しっかり理解できているのだろうか。それを於いても、ハラハラドキドキさせられるものばかりで、榎本の目のつけどころが、常人とはいささか違うところも興味深い。難解な部分はあるにしても、500ページ越えを感じさせない愉しい読書タイムを過ごさせてくれる一冊である。
銀杏手ならい*西條奈加
- 2018/01/09(火) 16:34:45
小日向水道町にある、いちょうの大樹が看板の『銀杏堂』は、嶋村夫婦が二十五年に亘って切り盛りしてきた手習指南所。子を生せず、その家に出戻ることになった一人娘の萌は、隠居を決め込む父・承仙の跡を継ぎ、母・美津の手助けを得ながら筆子たちに読み書き算盤を教えることに。だが、親たちは女師匠と侮り、子供たちは反抗を繰り返す。彼らのことを思って為すことも、願い通りに届かない。そんなある日、手習所の前に捨てられていた赤ん坊をその胸に抱いた時、萌はその子を引き取る決心を固めるが……。子供たちに一対一で向き合い、寄り添う若き手習師匠の格闘の日々を、濃やかな筆致で鮮やかに描き出す珠玉の時代小説!
三年子をなせず、婚家から出された萌は、父の手習指南所を任されたが、心の痛みから、なかなか一心に打ち込むことができずにいた。だが、ひとりひとりの筆子の事情や、懸命に生きている彼らに近しく接するうちに、次第に自らも力を得ることができ、子どもたちと真正面から向き合うようになっていく。それには、我が子として育てることにした、自分と同じ境遇の捨て子・美弥の存在がことのほか大きいようである。初めは胡散臭く思っていた師匠仲間の椎葉たちとの会話の中からヒントを得て、子どもたちの抱える問題を解決に向かわせる様子も、機転と知恵と思いやりの気持ちが伝わってきて好ましい。心温まる一冊である。
GOSICK BLUE*桜庭一樹
- 2018/01/07(日) 16:42:35
遠い海を越え、ついに辿り着いた新大陸で巻き込まれたのは、新世界の成功を象徴する高層タワーで起きた爆破事件! そのとき、タワー最上階のヴィクトリカと、地下の一弥は――! ?大人気ミステリ新シリーズ、第二弾!
シリーズ第二弾だが、時はいささか遡り、ヴィクトリカと一弥が新大陸に移民としてやって来た当日に巻き込まれた顛末の物語である。どうやら、ここがすべての出発点ということになりそうである。先行きが案じられる一日目であるが、貴重な人間関係が結べたということもできるのかもしれない。三作目からは落ち着くところに落ち着くのだろうか。気になるシリーズである。
GOSICK RED*桜庭一樹
- 2018/01/05(金) 16:33:08
KADOKAWA/角川書店
売り上げランキング: 59,355
時は1930年代初頭、ニューヨーク。超頭脳“知恵の泉”を持つ少女ヴィクトリカは探偵事務所を構え、久城一弥は新聞社で働いている。街は好景気に沸き、禁酒法下の退廃が人々を闇へと誘う。ある日、闇社会からの依頼人がヴィクトリカを訪れ、奇怪な連続殺人の解決を依頼する。一方、一弥は「心の科学で人々の精神的外傷を癒やす」という精神分析医のもとに取材に向かっていた。やがてすべての謎はひとつに繋がり、恐るべき陰謀が姿を現す―。新シリーズスタート!!
アメリカ、しかもまだ混沌としているような時代が舞台なので、いささか敬遠していたのだが、積読本が心細くなって手にしてみた。ファンタジーのようでもあり、コメディのようでもあり、シリアスな事件を扱う探偵ものでもあり、とさまざまな愉しみ方ができるのだが、ヴィクトリカと九城一弥の関係性が、いまひとつすとんと腑に落ち切らないので、のめり込むところまではもう一歩と言った感じである。だが、彼らのことをもっと知りたいという気持ちにはさせられるので、引き続き読んでみようと思わされるシリーズではある。
駐在日記*小路幸也
- 2018/01/03(水) 07:29:19
昭和五十年。横浜で刑事をしていた蓑島周平は、皆柄下郡・雉子宮駐在所に赴任した。ある事件で心身に傷を負った妻の花と穏やかな暮らしをするため、自ら希望した人事だった。しかし、優しくて元気な人ばかりのこの雉子宮にも、事件の種は尽きないようで……。平和な田舎の村を守るため、駐在夫婦が駆け回る! 「東京バンドワゴン」シリーズの著者が贈る、どこか懐かしい警察連作短編。
横浜の捜査一課の刑事から、田舎町の駐在さんになった簑島周平の新婚の妻・花さんの駐在所の日々の覚え書きのような日記がベースになった物語である。花さん目線で描かれているので、警官の物語で、平和な土地柄ながらときおり起こる事件も、殺伐とした印象はなく、関係者の動向や心情が柔らかく描かれているので、どこかほのぼのとした空気感が漂っている。近所の人たちからお裾分けで届く野菜などを使った食卓の様子も、東京バンドワゴンにどこか通じるところがあって、気分が和む。外科医だった花さんの怪我の理由が明らかにされていないので、これはシリーズになるということですよね。これからの雉子宮駐在所が愉しみな一冊である。
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