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うさぎパン*瀧羽麻子
- 2018/06/30(土) 17:04:22
メディアファクトリー
売り上げランキング: 398,988
第2回ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞作!
高校一年生の優子と、彼女をとりまく人々とのほっこりとした日常を描く、なごみ系の物語。
新しい友だち、初めてのボーイフレンド、義理の母親、家庭教師の美和ちゃん。
いろんな人たちとの出会いのなかで、恋について、家族について考え、少しずつ世界を広げていく優子。
そしてある日、死んだはずの実の母親・聡子が優子の前に現れて・・・。
平和で穏やかなのだが、どこかにほんの微かに緊張感をはらんだような関係性にドキドキさせられる。主人公の優子と周りの人たちとは、とてもうまくいっているのだが、安定しているというのとは少しだけ違っていて、意識に上るか上らないかくらいのハラハラ感が漂っているような印象である。そんな関係性のなかでの、とても穏やかな日常の物語だというところにとても惹かれる。初めての作家さんだが、細かいところの描写や言葉の選び方が好きな一冊である。
すずらん通りベルサイユ書房*七尾与史
- 2018/06/30(土) 12:24:43
光文社 (2015-04-09)
売り上げランキング: 262,664
ミステリ作家を目指す日比谷研介は神保町すずらん通りの「ベルサイユ書房」でアルバイトを始めた。そこは男装の麗人・剣崎瑠璃子店長、“カリスマポップ職人”の美月美玲など、濃いキャラの書店員ばかりが働いていた。しかも穏やかなバイト生活と思っていた研介の前で、次々と不可思議な事件が発生し…。気鋭のミステリ作家が贈る破天荒にして新たなる書店ミステリー!
ベルサイユ書房シリーズの一作目。キャラの濃すぎる店長のいるベルサイユ書房が舞台である。ベルサイユ書房は、店長のキャラだけではなく、美月美玲というポップ書きの天才がいて、そのポップを見ると、思わず手に取ってしまうと評判である。そして、本のセレクトにも独自性があり、書店の間でも注目されている店なのである。アルバイトしていた古書店が閉店したために、ここでアルバイトすることになった日比谷研介の目線で物語は進む。事件を呼ぶのか、事件に呼ばれるのか、ベルサイユ書房の周りではちょこちょこ事件が起きている。しかも、結構深刻な事件である。美月の目の付け所の鋭さは興味深いし、周りを固める登場人物たちも気になるところである。シリーズのこれからさらにキャラが定着していくと、ますます面白くなりそうな一冊である。
皇帝と拳銃と*倉知淳
- 2018/06/28(木) 09:11:03
計画は練りに練った。ミスなどあるはずがなかった。それなのに……いったいどこに落ち度があったというのだ!? 犯罪に手を染めた大学教授、推理作家、劇団演出家らの前に立ち塞がる、死神めいた風貌の警部の鋭利な推理。〈刑事コロンボ〉の衣鉢を継ぐ倉知淳初の倒叙シリーズ、4編を収録。
表題作のほか、「運命の銀輪」 「恋人たちの汀」 「吊られた男と語らぬ女」
まずは、刑事のコンビの風貌に目を惹かれる。まるで死神のような中年刑事と、現役モデルも真っ青なイケメン若手刑事なのである。しかもその名前は、乙姫と鈴木。出会った人は必ずと言っていいほどその風貌と名前のギャップに、一瞬志向が停止する。そしてこの死神乙姫は、感情の読めない立ち居振る舞いも死神にぴったりなのだが、事件現場における着眼点には目を瞠るものがある。一点のミスも犯していない自信を持つ犯人をじわじわと追い詰め、ついに退路を断った時、初めから疑っていたことを明かすのであるが、その際の犯人の驚きと虚脱感は想像に難くない。映像化にも向きそうな一冊で、愉しみなシリーズである。
俳諧でぼろ儲け 浮世奉行と三悪人*田中啓文
- 2018/06/26(火) 16:28:38
集英社 (2017-12-14)
売り上げランキング: 158,931
芭蕉の辞世の句が見つかった。記念の発句大会で天に抜ければなんと100両!法外な賞金に欲深い連中はあわよくばと目の色を変えている。そんななか横町奉行の竹光屋雀丸は、大坂市中で子供の誘拐が増えていることを知る―(「俳諧でぼろ儲けの巻」)。ほか、思いもよらぬ嫌疑をかけられた廻船問屋・地雷屋蟇五郎のために奮闘する「抜け雀の巻」など、全3編収録の痛快娯楽時代小説、シリーズ第2弾。
横町奉行・竹光屋雀丸のシリーズ二作目である。成り行きで横町奉行の役目を担うことになってしまった雀丸だが、観念して本業の竹光作りの傍ら、町の人たちが持ち込む厄介事や困りごとを丸く収めるために奔走している。今回も、何やらお騒がせな事態の陰に、物騒な動きが見え隠れしていて、仲間たちの手も大いに借りながら、解決に導く。頼りない若造に見えるが、人の心がよくわかり、親身になって事に当たるところに好感が持てる。それゆえ、周りの人たちが助けてもくれるのだろう。次回作も愉しみなシリーズである。
私はあなたの記憶の中に*角田光代
- 2018/06/24(日) 16:18:15
角田ワールド全開!心震える待望の小説集
《「さがさないで。私はあなたの記憶のなかに消えます。夜行列車の窓の向こうに、墓地の桜の木の彼方に、夏の海のきらめく波間に、レストランの格子窓の向こうに。おはよう、そしてさようなら。」――姿を消した妻をさがして僕は記憶をさかのぼる旅に出た。》(表題作)のほか、《初子さんは扉のような人だった。小学生だった私に、扉の向こうの世界を教えてくれた。》(「父とガムと彼女」)、《K和田くんは消しゴムのような男の子だった。他人の弱さに共振して自分をすり減らす。》(「猫男」)、《イワナさんは母の恋人だった。私は、母にふられた彼と遊んであげることにした。》(「水曜日の恋人」)、《大学生・人妻・夫・元恋人。さまざまな男女の過去と現在が織りなす携帯メールの物語。》(「地上発、宇宙経由」)など八つの名短篇を初集成。
少女、大学生、青年、夫婦の目を通して、愛と記憶、過去と現在が交錯する多彩で技巧をこらした物語が始まる。角田光代の魅力があふれる魅惑の短篇小説集。
身近にありそうで、でも実際にはなさそうで、それでいて何とはなしに身に覚えのある感情を揺さぶられるような印象の物語たちである。実際に体験したわけではないのに、その場にいたことがあるような親しさを感じることがある。それは、人物にだったり、場所にだったり、あるいはその情景にだったりするのだが、振り返ってみても自分の人生の中にそんな場面はなかったはずなのである。そんな風にいつの間にか惹き込まれている一冊だった。
警視庁陰陽寮 オニマル 魔都の貴公子*田中啓文
- 2018/06/22(金) 20:36:29
KADOKAWA (2018-02-24)
売り上げランキング: 343,815
陰陽師と鬼の呉越同舟コンビが、怪異な事件を追う異形警察ミステリー、!
警視庁本部庁舎の廊下を優雅に闊歩する美貌の警部。漆黒の総髪、碧色の瞳、平安貴族を思わせるみやびなオーラをまとう若者の名は、ベニー芳垣。アメリカ帰りのスーパーエリートにして、安倍晴明ゆかりの凄腕の陰陽師でもある。そんな彼は率いる新組織「警視庁陰陽寮」が追う事件には、なぜかいつも怪異がつきまとう。最初の事件は、大相撲巡業中の土俵の中から「溺死した死体」が発見されるという怪事件。ありえない殺人事件の現場へ、急げベニー! 陰陽師の警部・ベニーと、陰陽師の敵である異形という素性を隠し刑事をしている、「鬼刑事」鬼丸三郎太のコンビが、怪奇事件の真相に迫る、新感覚警察エンタテインメント第1弾!
ホラーは基本的に好きではないのだが、本作は、リアルな禍々しさが少なくて、ミステリ要素が多かったせいか、拒否反応は起こらなかった。なにより、コンビのキャラクタが絶妙で、陰陽師と鬼という相容れないものでありながら、互いを尊重しているところが魅力的である。そして、その危うい関係性が物語自体のスリルを増す結果になっているように思う。この関係が壊れる日が来ないことを祈りたくなる。さらに、留守番役にされることが多い小麦早希が、意外に根気強く捜査に関わっているのが好感度を高くしている。ちょっと追いかけてみたくなるシリーズである。
わたしの忘れ物*乾ルカ
- 2018/06/20(水) 16:40:02
中辻恵麻がH大学生部から無理矢理に紹介された、大型複合商業施設の忘れ物センター―届けられる忘れ物を整理し、引き取りに来る人に対応する―でのアルバイト。引っ込み思案で目立たない、透明なセロファンのような存在の私に、この仕事を紹介したのはなぜ?なぜこんな他愛のない物を引き取りに来るの?忘れ物の品々とその持ち主との出会い、センターのスタッフとの交流の中で、少しずつ心の成長を遂げる恵麻だが―。六つの忘れ物を巡って描かれる、じんわりと心に染みる連作集。
妻、兄、家族、友、彼女、そして私、という六つの忘れ物の物語である。大型商業施設の喧騒から離れた先の、スタッフオンリーかと思ってしまうような通路を曲がったところにある忘れ物センターが物語の舞台である。中辻恵麻は、母の介護のために休職中の係長の穴埋めのために、成り行きで半ば無理やりにここでアルバイトすることになったのである。舞台や設定からは、何やら小川洋子めいた匂いがするし、ガラクタにしか見えない忘れ物たちに、見えない価値を見つけ出す水樹さんや橋野さんも、いささか謎めいていて、興味を惹かれる。忘れ物を取りに訪れる人たちにもそれぞれ生活があり、さまざまなものを抱え込んでいて、そんなその人だけの価値を知ることにも心惹かれる。だが、それだけでこの物語は終わらない。恵麻の忘れ物の物語が解き明かされるとき、いままでの不思議が氷解し、あたたかい涙とともに流れ出してくるのである。遅くなくてよかった、と恵麻に行ってあげたくなる一冊である。
スイート・ホーム*原田マハ
- 2018/06/18(月) 16:40:24
香田陽皆(こうだ・ひな)は、雑貨店に勤める引っ込み思案な二十八歳。
地元で愛される小さな洋菓子店「スイート・ホーム」を営む、腕利きだけれど不器用なパティシエの父、
明るい「看板娘」の母、華やかで積極的な性格の妹との四人暮らしだ。
ある男性に恋心を抱いている陽皆だが、なかなか想いを告げられず……。(「スイート・ホーム」)
料理研究家の未来と年下のスイーツ男子・辰野との切ない恋の行方(「あしたのレシピ」)、
香田一家といっしょに暮らしはじめた〝いっこおばちゃん〟が見舞われた思いがけない出来事(「希望のギフト」)など、
稀代のストーリーテラーが紡ぎあげる心温まる連作短編集。
タイトルそのままの物語である。あまりにも理想的すぎると言われればその通りではあるが、素直な気持ちで読めば、心の奥から洗われる心地になること請け合いである。故郷の町を、そこに住む人たちを、そして何より我が家を大切にいとおしく思う気持ちにあふれていて、こちらまであたたかい気持ちになる。とはいえ、暮らしていく中には、いろいろと悩みも出てくるのだが、それさえも、周りの人たちのひと言や、ちょっとしたおせっかいで解決していく。人と人との程よい距離感がたまらない。やさしい気持ちになれる一冊である。
僕と彼女の左手*辻堂ゆめ
- 2018/06/16(土) 19:28:15
「明日から私の家庭教師をしてください」幼い頃遭遇した事故のトラウマで、医者の夢が断たれた僕。そんな時に出会ったのは、左手でピアノを奏でる不思議な子・さやこだった。天真爛漫な彼女にいつしか僕は恋心を抱くようになるが、同じ時間を過ごせば過ごすほど、彼女の表情は暗くなっていく。彼女はいったいどんな事情を抱え、僕のところへきたのだろうか。その謎が解けたとき、僕らはようやく最初の一歩を踏み出すことができる―。繊細な心理描写&精密なミステリを融合した、辻堂ゆめの傑作!
幼いころ列車の脱線事故に遭い、壮絶な体験をし、さらに父を亡くしたことがトラウマになっている医大生の時田習と、清家さやこが出会う場面で、既にさやこの思惑は想像がついたが、それからのことは、思いもよらないことが多かった。事実がひとつずつ明らかにされるたびに、ひとつずつ腑に落ち、さらに二人を応援したくなる。ひとりではだめでも、二人なら乗り越えられることもあるだろう。哀しい過去の記憶を上回るくらいたくさんの幸せが二人にあることを祈りたくなる一冊である。
つながりの蔵*椰月美智子
- 2018/06/15(金) 09:54:29
KADOKAWA (2018-04-27)
売り上げランキング: 177,937
祖母から母、そして娘へ。悩める少女たちに伝えたい感動の命の物語。
41歳の夏、同窓会に誘われた遼子。その同窓会には、蔵のあるお屋敷に住むの憧れの少女・四葉が来るという。30年ぶりに会える四葉ちゃん。このタイミングで再会できるのは自分にとって大きな一歩になるはず――。
小学校5年生のある夏。放課後、遼子と美音は四葉の家でよく遊ぶようになった。広大な敷地に庭園、隠居部屋や縁側、裏には祠、そして古い蔵。実は四葉の家は幽霊屋敷と噂されていた。最初は怖かったものの、徐々に三人は仲良くなり、ある日、四葉が好きだというおばあちゃんの歌を聞きに美音と遼子は遊びに行くと、御詠歌というどこまでも悲しげな音調だった。その調べは美音の封印していた亡くなった弟との過去を蘇らせた。四葉は、取り乱した美音の腕を取り蔵に導いて――。
少女たちは、それぞれが人に言えない闇を秘めていた。果たしてその心の傷は癒えるのか―。輝く少女たちの物語。
41歳の遼子の現在から物語は始まり、同窓会に誘われたことで、小学校5年生の頃の遼子と美音、四葉の日々へとつながっていく。彼女たちにとって、その先の人生の見え方が変わるような、かけがえのない時だったことが伝わってくる。三人それぞれが抱える苦悩や試練も、あの日があったからこそ乗り越えてこられたのかもしれない。そして、同窓会当日、三人が再開したところで物語は幕を閉じる。その先の彼女たちのおしゃべりを聞いてみたい気がするが、そこは読者それぞれが、物語を想像するための余白なのだろう。ちょっぴり怖くて、清らかで、じんわりあたたかい一冊だった。
玉村警部補の巡礼*海堂尊
- 2018/06/14(木) 16:36:14
累計1000万部突破『チーム・バチスタの栄光』シリーズに登場する“加納&玉村"コンビが、お遍路道中で難事件を解決!
休暇を利用して八十八箇所を巡拝する四国遍路に出た玉村警部補。
しかし、なぜか同行してきた警察庁の加納警視正と、行く先々で出くわす不可解な事件に振り回され……。
軽やかに跳躍する海堂ワールド、珠玉のミステリー四編。
「阿波 発心のアリバイ」お遍路の道中に遭遇した賽銭泥棒事件。加納警視正は容疑者となった女の無実を証明できるのか。
「土佐 修行のハーフ・ムーン」十年前に起きた政治家秘書不審死事件の容疑者には、鉄壁のアリバイが存在した――。
「伊予 菩提のヘレシー」蚊を信仰する寺で発見された不審死体。事件性はないかに思われたが、加納はAiの実施を主張する。
「讃岐 涅槃のアクアリウム」讃岐のひょうげ祭りに爆破テロ予告が! しかし、その背後には巨大な闇組織の暗躍があった……。
玉村・加納コンビふたたび、である。リフレッシュ休暇でお遍路の旅に出たはずのタマちゃんこと玉村警部補であるが、どういうわけか、もれなく警察庁のハウンド・ドッグの異名を持つ加納警視正と同道することになる。タマちゃんのお遍路計画は台無しであり、加納に無理難題を突き付けられ、反論するたびに、妙に納得してしまう屁理屈でやりこめられるのだった。というのも、加納はただタマちゃんに着いて歩いているわけではなく、しっかり仕事をしているのである。しかも、予定になかった事件まで抱え込んだりする始末。そしてそれらをことごとく解決してしまうのである。恐るべし加納警視正。と書くと、やたらと格好よさそうだが、本人の強引すぎるキャラクタがそう感じさせないところがミソである。ともあれ、でこぼこコンビの珍道中を再び見られて満足な一冊である。
引き抜き屋2 鹿子小穂の帰還*雫井脩介
- 2018/06/11(月) 18:11:45
「いい加減で質の悪いヘッドハンターも跋扈(ばつこ)しておりましてね」
父がヘッドハンターの紹介で会社に招き入れた大槻(おおつき)の手によって、会社を追われた鹿子小穂(かのこ・さほ)は、再就職先でヘッドハンターとして働き始めた。各業界の経営者との交流を深め、ヘッドハンターとしての実績を積んでいく小穂の下に、父の会社が経営危機に陥っているとの報せが届く。父との確執を乗り越え、ヘッドハンターとして小穂が打った、父の会社を救う起死回生の一手とは?
ビジネスという戦場で最後に立っているのは――。
予測不能、そして感涙の人間ドラマ。ヘッドハンターは会社を救えるのか!?
仕事と人生に真正面から取り組むすべての人に勇気を与える、一気読み必至のエンターテインメント。
前作のラストで井納が言った通り、今作では小穂の挫折が描かれるかと思いきや、そんなこともなく、相変わらず手強いがやりがいのある仕事に励む小穂である。花織里に連れていかれた夜のアルバイトのおかげもあって、人脈も随分と広がり、条件を並べられても、即座に候補が頭に浮かぶようにもなってきた。この上なくやりがいのある案件に取り組んでいるさなか、実家であるアウトドアメーカー・フォーンの不穏な噂を耳にする。本作の半分は、フォーンがらみの物語である。とはいえ、単純に小穂が古巣に戻って会社を再建するということではなく、ここでもヘッドハンターとして腕を振るうことにあるのである。点と点だった人とのつながりが、少しずつ重なって線になり、まわりまわって自分を助けることになる、ということを思わされる一冊でもある。面白かった。
引き抜き屋1 鹿子小穂の冒険*雫井脩介
- 2018/06/10(日) 18:18:34
会社を潰すのはヘッドハンターか!?
父が創業したアウトドア用品メーカーに勤める鹿子小穂(かのこ・さほ)は、創業者一族ということもあり、若くして本部長、取締役となった。しかし父がヘッドハンターを介して招聘した大槻(おおつき)と意見が合わず、取締役会での評決を機に、会社を追い出されてしまう。そんな小穂を拾ったのが、奇しくもヘッドハンティング会社の経営者の並木(なみき)で……。新米ヘッドハンターとして新たな一歩を踏み出した小穂は、プロ経営者らに接触し、彼らに次の就職先を斡旋する仕事のなかで、経営とは、仕事とは何か、そして人情の機微を学んでいく――。
かけひき、裏切り、騙し合い――。
『犯人に告ぐ』『検察側の罪人』の著者、渾身の新境地。
今回の雫井氏はヘッドハンターである。半ば偶然のような形でヘッドハンターの道を進むことになった小穂だが、いまのところ何となくうまいこといっている。ボスである並木も、ただ口がうまく要領のいい人物のように見えて、実は根回しが徹底しているという、なかなか興味を惹かれるキャラクタであり、ファーム(ヘッドハント会社)のほかのメンバーも、癖が強い面々がそろっているのが、また魅力的でもある。最後の飲み会で、井納が指摘した通り、小穂にとって、これまでのところはビギナーズラックのようなものかもしれない。続編でどんな展開になるのかが愉しみである。興味深いシリーズである。
春の旅人*村山早紀+げみ
- 2018/06/09(土) 07:49:58
大人気作家・村山早紀の未発表作品を含む3つの短編を数多くの装幀で知られるイラストレーター・げみの世界観に寄り添うやさしいイラストが彩る、華麗な1冊。「花ゲリラの夜」さゆりさんは、いつもポケットに花の種や小さな球根を隠し持っている。散歩のふりをして、町中に種をまくのだけれど…。「春の旅人」夜のゆうえんち。そこで出会ったおじいさんから、ぼくは星をみながらとあるお話を聞くことになった。「ドロップロップ」ドロップロップかんをふるところん―。大人も子どもも楽しめる、カラフルなお話。
前回の読書(『連続殺人鬼カエル男』)とは打って変わって、心が穏やかになるやさしくあたたかい物語である。短いお話だが、想像力を掻き立てられ、別の世界に入り込んだような心地になる。イラストと物語がやさしく寄り添う一冊である。
連続殺人鬼 カエル男*中山七里
- 2018/06/09(土) 07:44:08
宝島社 (2011-02-04)
売り上げランキング: 2,240
口にフックをかけられ、マンションの13階からぶら下げられた女性の全裸死体。傍らには子供が書いたような稚拙な犯行声明文。街を恐怖と混乱の渦に陥れる殺人鬼「カエル男」による最初の犯行だった。警察の捜査が進展しないなか、第二、第三と殺人事件が発生し、街中はパニックに…。無秩序に猟奇的な殺人を続けるカエル男の目的とは?正体とは?警察は犯人をとめることができるのか。
あまりにも凄惨な場面が多そうなので、ずっと敬遠していたのだが、続編が出たのをきっかけに、やはり手に取らずにはいられなくなってしまった。危惧した通りの凄惨さで、読み進めるのがつらくなることもあったが、真犯人に対する興味がそれを上回り、途中からはページを繰る手が止まらなくなった。遅々として進まない操作の果てに、やっと一筋の光が見えたと思えば、あっさりと裏切られ、さらにそれも裏切られ、とんでもないところまで行きついたころには、残りページはわずかで、このまま終わってしまうのかと不安にさせられた挙句のあのラストである。これは続編を楽しみにせざるを得ない。絶対にあってほしくない犯罪ではあるが、興味深い一冊だった。
卵を買いに*小川糸
- 2018/06/06(水) 16:35:48
幻冬舎 (2018-02-07)
売り上げランキング: 99,957
取材で訪れたラトビアに、恋してしまいました。手作りの黒パンや採れたての苺が並ぶ素朴だけれど洗練された食卓、代々受け継がれる色鮮やかなミトン、森と湖に囲まれて暮らす人々の底抜けに明るい笑顔。キラキラ輝くラトビアという小さな国が教えてくれた、生きるために本当に大切なもの。新たな出会いと気づきの日々を綴った人気日記エッセイ。
著者のエッセイを読むのはやめようと思っていたのに、うっかり読み始めてしまった。前回ほどではないが、やはり個人的には好きになれない。自分が知らないとき、体験したことがないときには、それに関係する他人を批判したりもするのに、いざ自分が体験して、その物事のことを知ったりすると、がらりと評価を変え――それ自体は悪いことではないのだが――、あっさりと前言を翻すあたりが、なんとも腑に落ちないのである。それなら、自分が知らないことにのめりこむ人を批判しなければいいのに、と思ってしまう。今回も、著者の身勝手さばかりが鼻についてしまった感じの一冊である。
向こう側の、ヨーコ*真梨幸子
- 2018/06/05(火) 16:52:39
独身を謳歌する陽子には幼い頃からよく見る夢があった。それは、もう一人の私、かわいそうなヨーコが出てくる夢。一方、夫と子供の世話に追われる陽子は愚痴ばかりこぼす毎日を送っていた。境遇の異なる二人の陽子の人生が絡み合う、イヤミスの傑作!
あの時、違う選択肢を選んでいたらこうなっていただろう、というパラレルワールドを生きる自分を夢に見るA面の陽子と、B面のパラレルワールドのなかの陽子の物語が、交互に描かれている。初めはその違いははっきりしているのだが、物語が進むにつれて互いに浸食しあい、影響しあってくる印象である。なので、いまどちらの面にいるのか、ふと判らなくなり、めまいに似た気分になることが時々あって混乱させられる。分岐した世界であるはずなのに、人間関係も時としてもつれ合っていて、夢遊病のように、あちらとこちらの世界を行き来しているのではないかと思わされることも、ことに後半ではたびたびある。陽子がどんどん追い詰められていき、深みにはまっていく様は、見ていて痛々しく、どのエピソードも胸がささくれるようなものである。ラストの後味の悪さは格別で、自業自得ともいえるが、やりきれなさすぎる。登場人物の誰にも親近感を抱けない一冊である。
かがみの孤城*辻村深月
- 2018/06/04(月) 07:08:54
あなたを、助けたい。
学校での居場所をなくし、閉じこもっていたこころの目の前で、ある日突然部屋の鏡が光り始めた。輝く鏡をくぐり抜けた先にあったのは、城のような不思議な建物。そこにはちょうどこころと似た境遇の7人が集められていた――
なぜこの7人が、なぜこの場所に。すべてが明らかになるとき、驚きとともに大きな感動に包まれる。
生きづらさを感じているすべての人に贈る物語。一気読み必至の著者最高傑作。
学校でいじめられている中学生を励ます物語かと思って読み始めたが、想像よりもはるかに深く温かく胸の奥までしみ込んでくる。お城のナビゲーター役のオオカミさまとは誰なのか、なぜこの七人が選ばれたのか、願いの部屋の鍵を見つけるのは誰で、どんな願い事をし、その後はどうなるのか。などなど、さまざまな興味がを掻き立てられながら読み進むことになる。いじめの陰湿さや、傷ついて、殺されるとまで思い詰める被害者の心の動きと、学校側の認識との激しすぎるずれにいらだったり、母の心配や焦りや不安のリアルさと、それにさえ反発してしまう娘の苦しさ。それぞれに苦しみを抱えて城にやってくる仲間たちとのやりとりも、初めは手探りで、全面的には心を許すことができない。それほどに傷ついていることのやりきれなさにも胸が痛む。そして、少しずつ、ひとつずつ、さまざまな事情が明らかになっていくにつれ、さらに涙を誘われる場面が多くなり、最終的にすべてがつながったときには、さらなる驚きと納得、そして安心感に包まれるのである。城に呼ばれる子どもなどいないほうがいいが、彼らはここに呼ばれて、まさに人生を生き抜く力を得たのだと思う。子どもだけでなく、すべての人が勇気づけられる一冊である。
ウチのセンセーは今日も失踪中*山本幸久
- 2018/06/01(金) 18:13:18
幻冬舎 (2018-03-15)
売り上げランキング: 593,761
富山から東京の出版社に漫画の持ち込みに行った宏彦は、失踪癖のある大御所漫画家のアシスタントになるハメに。クセのある仲間や編集者とセンセーの連載を落とさないよう必死に頑張る宏彦。実は、陸上の有望選手だったが、高三の秋のある事件で進学を諦め、病弱な妹の言葉で漫画家を目指すことになったのだ。カッコ悪くも沁みる、痛快エンタメ。
漫画家の仕事場やアシスタントの仕事ぶり、という点では、現在放映中の朝ドラと重なる部分もあり、興味深くはある。急遽アシスタントとして重用されることになる豊泉宏彦の奮闘ぶりや、デビューに向かっての奮戦ぶりも応援したくなる。――のだが、著者のお仕事ものがたりにしては、いささかピントが散漫になっている印象である。シリーズ化されるのだとすれば、次作以降でぎゅっと詰まっていくのかもしれないとは思いつつ、本作のみに限れば、何となく物足りない感は否めない。面白くないわけではないのだが、これまでの山本幸久ワールドとはちょっぴり違うかもしれない。シリーズ化されて、凝縮されることを願いたい一冊である。
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