- | こんな一冊 トップへ |
復讐屋成海慶介の事件簿*原田ひ香
- 2018/08/30(木) 07:52:28
男に騙され、会社も辞める羽目になってしまった元OLの神戸美菜代は、凄腕の復讐屋がいるという噂を聞きつけ、その男、成海慶介の事務所を訪ねる。が、お金がないこと、社会的信用がないことを理由にけんもほろろに追い返されてしまう。諦めきれない美菜代は弟子入りを志願、押しかけ秘書として成海の事務所で働きだすが――。
本作の前に読んでいた桑潟幸一准教授(クワコー)のダメダメぶりに引きずられて、成海も同類のような先入観で読み始めてしまったことを、まずは成海氏に謝らなければならない。これといって働いていないようには見えるが、それにはちゃんと理由があり、結果として依頼人の心を安らかにする手助けになっている。なかなかやるではないか。ひょんな成り行きから実質の弟子になっている美菜代も思いのほか役立っているようで、好感の持てるコンビだと思う。ぜひ次の展開を見たいので、シリーズ化をお願いしたい一冊である。
桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活*奥泉光
- 2018/08/29(水) 10:10:36
日本一下流の大学教師は今日もまた自虐の詩をうたう。
まさに、上記内容紹介の一文の通りである。読んでいてイライラするほどの自虐と向上心のなさ、そのくせ、ひょんなところで自己評価の高さが垣間見られ、なおさらイライラさせられる。今回は、レータンからたらちねに移籍したクワコーの毎日である。どっちもどっちな底辺の大学で、文芸部の女子たちに囲まれる(教授室を乗っ取られる)クワコーだが、やはり着任早々あれこれと厄介事に巻き込まれている。文芸部の女子たちも、それぞれ個性的に過ぎるキャラだが、学校の裏の林の段ボールハウスで暮らしているホームレス女子大生のジンジンの洞察力と推理力で、何となくミステリチックな謎を解き明かしてしまうのが、今回の注目点だろう。ここだけもっと深く描いてくれたらいいのに、と思わなくもない。ジンジン以外の誰にも思い入れが湧かなかったので、次はもういいか、と思う一冊である。
無暁の鈴(むぎょうのりん)*西條奈加
- 2018/08/26(日) 18:56:15
武家の庶子でありながら、家族に疎まれ寒村の寺に預けられた久斎は、兄僧たちからも辛く当たられていた。そんななか、水汲みに出かける沢で出会う村の娘・しのとの時間だけが唯一の救いだったのだが…。手ひどい裏切りにあい、信じるものを見失って、久斎は寺を飛び出した。盗みで食い繋ぐ万吉と出会い、名をたずねられた久斎は“無暁”と名乗り、ともに江戸に向かう―波瀾万丈の人生の始まりだった。
まずは、この題材で物語を書こうと思った著者の目のつけ所に感心する。華やかなところもなく、ひたすら悩み、苦しみ、懺悔し、足りないものを求め続ける一人の男の一生である。初めは、己の置かれた立場を恨み、不遇を嘆くが、人の情けも知り、真心にも触れたが、そこでまた利用され、大切なものを失うことになる。激情に駆られて犯した殺生を悔いはしたが、そのことの真の意味を悟るのはまだ先のことである。己の生きる価値を問い続け、自らを苛め抜いた先に見えたものは何だったのか。最期に聴いた弟子の鈴(りん)の音色は、さぞや胸に沁みたであろうと思われる。心打たれる一冊だった。
福家警部補の考察*大倉崇裕
- 2018/08/24(金) 18:29:30
地位と愛情を天秤にかける医師の誤算(「是枝哲の敗北」)、夫の企みを察知し機先を制する料理好きな妻(「上品な魔女」)、身を挺して師匠の名誉を守ろうとするバーテンダー(「安息の場所」)、数年越しの計画で恋人の仇を討つ証券マン(「東京駅発6時00分 のぞみ1号博多行き」)――犯行に至るさまざまな事情と慮外の齟齬。透徹した眼力で犯人の思惑を見抜くシリーズ最新刊。
ドラマを観たときには、福家警部補は檀れいさんじゃないよなぁ、と思っていたのだが、映像の強さなのだろうか、ずっと檀れいさんに引きずられて読んでしまった。実際の(会ったことはないが)福家警部補は、もっと見た目は地味でキャラの立たない人だと思っているので、そんな彼女にぴったりと張り付かれると、心に疚しいところのある人にとっては、なんとも座りの悪い感じなのではないだろうか。今回も、事件発覚直後から、並々ならぬ観察眼と洞察力によって、真犯人に目星をつけ、すっと近寄ってピタッと張り付いている。その後のやり取りも、隙だらけな風でありながら、一分の隙なく論理的に追い詰めていくのが見事である。犯人は、彼女の姿を見た時点で自白したほうがいいと思うが、それでは読者が詰まらないので、これからも最後までじたばたしてほしいものである。次も愉しみなシリーズである。
三千円の使いかた*原田ひ香
- 2018/08/23(木) 16:09:58
24歳、社会人2年目の美帆。貯金に目覚める。29歳、子育て中の専業主婦、真帆。プチ稼ぎに夢中。55歳、美帆・真帆の母親、智子。体調不良に悩む。73歳、美帆・真帆の祖母、琴子。パートを始める。御厨家の人々が直面する、将来への不安や人生のピンチ。前向きに乗り越えたいからこそ、一円単位で大事に考えたい。これは、一生懸命生きるあなたのための家族小説。「8×12」で100万円貯まる?楽しい節約アイデアも満載!
御厨家の主に女三世代の生き方術あれこれである。節約術が多くを占めるが、人生の岐路における選択術や、人間の価値の見極め方、自分の人生への責任の持ち方、などなど、琴子さんの年の功的アドバイスが腑に落ちるし、格好いい。三世代、それぞれ置かれた状況や立場は違うが、誰もが一生懸命に日々を生きているのが何より好感が持てる。愉しい読書タイムを過ごせた一冊である。
モーダルな事象 桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活*奥泉光
- 2018/08/21(火) 16:56:12
文藝春秋
売り上げランキング: 309,832
大阪のしがない短大助教授・桑潟のもとに、ある童話作家の遺稿が持ち込まれた。出版されるや瞬く間にベストセラーとなるが、関わった編集者たちは次々殺される。遺稿の謎を追う北川アキは「アトランチィスのコイン」と呼ばれる超物質の存在に行き着く…。ミステリをこよなく愛する芥川賞作家渾身の大作。
600ページ近いボリュームである。しかもみっしりと活字が詰まっている。さらには、導入部は、愚にもつかない桑潟幸一准教授の暮らしぶりが延々と続き、思わず本を閉じそうになること多々。だが、次第に、何が何だか判らない、いつ、どんなわけで巻き込まれたのかも判然としない、不可思議な事件の渦中に呑み込まれ、これを解き明かすのかと思えばさにあらず、クワコー自身はただならぬものを感じながらも、相変わらず愚にもつかない生活を送っていて、北川アキと諸橋倫敦という元夫婦がコンビとなって、なぜか調査に乗り出すのである。いまが一体いつなのか、どれが本当にあったことで、どれが妄想なのか、何もかもが混沌としていて、めまいがしそうなのであるが、後半は、なぜか次の展開を早く知りたくなるから不思議なものである。軽く読める物語とは言えないし、クワコーに肩入れしたくもならないのだが、なぜか惹きつけられる一冊でもあった。
夫の彼女*垣谷美雨
- 2018/08/18(土) 07:42:19
夫の浮気を疑った妻が、彼の部下である相手の女性に会いに行く。言い争っていると、突然現れた老婆が「物事は相手の立場になって考えることが大切。つまらない喧嘩ばかりしていると、本当の敵を見失う」と言い、ふたりにとんでもないことをする。そのおかげで、確かに相手の立場はわかったけど、これから先、どうやって生きていけばいいの!? 想像もつかない展開と、ラストは思わず納得!の書き下ろし長編小説。
ドラマになったのを知らずに読んだので、予想外の展開にびっくりである。小説ならではの愉しみとも言える。導入部は、夫の浮気を疑う妻の、なんとも言えない心情と行動が描かれているので、この先泥沼の展開になるのかと思いきや、謎の老婆が現れてからの展開は、思わず目が点になってしまう。だが、その後のストーリーは、身につまされる部分もあり、考えさせられる要素もたくさんあって興味深かった。ラストは、無理やり無難にまとめた印象がなくもないが、それはそれで、心の安定を得られる気もして、嫌いではない。やきもきしながらも愉しく読める一冊だった。
あること、ないこと*吉田篤弘
- 2018/08/16(木) 08:54:09
世界を繙く事典、探偵譚、他の惑星から来た友人、思い出深い食堂や音盤、長い置き手紙──虚実の出会う場所を描く美しい物語の数々。
タイトルの通り、まさしくあること、ないことがぎっしりと敷き詰められた、一枚の美しい絨毯のような印象である。あることとないこととの境も曖昧で、すべてが詩のようでもあり、心象風景のようでもある。著者の作品に触れるたびに思うことだが、一瞬で遠くへ旅して戻ってくるような心地の一冊である。
あの夏、二人のルカ*誉田哲也
- 2018/08/13(月) 16:13:55
KADOKAWA (2018-04-27)
売り上げランキング: 214,913
14年前、わたしは親友と歌を失った
名古屋での結婚生活に終止符を打ち、東京・谷中に戻ってきた沢口遥は、【ルーカス・ギタークラフト】という店に興味を持つ。店主の乾滉一はギターの修理だけでなく、日用品の修理もするらしい。滉一との交流の中で、遥は高校時代の夏を思い出していた。
一方、高校生でドラマーの久美子は、クラスメイトの翔子、実悠、瑠香とともにバンドをを始動させる。そこに転校生のヨウが入ってくるのだが、彼女の非凡な才能に久美子は衝撃を受ける。ある日、彼女たちのバンド「RUCAS」にプロデビューの話が持ち上がるが――。
14年前の高校三年生のひと夏と、現在とが交互に語られる。しかも、その視点は同一人物のものではない。初めのうちは、現在と過去がどうつながるのかわからないので、もどかしさ半分、早く知りたい気持ち半分で、あれこれ想像しながら読み進めることになる。途中で、現在を語る人物の謎が解けてからは、あの夏があって、どうしてこの現在があるのかという興味でぐいぐい引っ張られる。最後の最後がこの終わり方でほっとした。未来に光が灯った心地にしてくれた一冊である。
逢魔が時に会いましょう*荻原浩
- 2018/08/12(日) 08:39:13
集英社 (2018-04-20)
売り上げランキング: 12,778
大学4年生の高橋真矢は、映画研究会在籍の実力を買われ、アルバイトで民俗学者・布目准教授の助手となった。布目の現地調査に同行して遠野へ。“座敷わらし”を撮影するため、子どもが8人いる家庭を訪問。スイカを食べる子どもを数えると、ひとり多い!?座敷わらし、河童、天狗と日本人の心に棲むあやしいものの正体を求めての珍道中。笑いと涙のなかに郷愁を誘うもののけ物語。オリジナル文庫。
「座敷わらしの右手」 「河童沼の水底から」 「天狗の」来た道」 メーキング
妖怪、民俗学のフィールドワーク、変人の若き准教授、やりたいことはあるのだが進路に悩む女子学生。これらの要素が、なぜかタイミングよくかみ合ってしまい、布目、真矢コンビが誕生したのである。読者にとっては喜ばしいことだが、初めのうち、真矢には納得がいかないことが多々あったようでもある。布目准教授はといえば、研究者としては別としても、男性としては、まだいまひとつつかみどころがなく、このコンビのこれからは、そうすんなりとはいきそうにない気はするのである。真矢がどうやら引き寄せ体質ということもあり、フィールドワークに行った先々で、頻繁にこの世ならぬ者たちかもしれない者たちに出会ってしまうのだが、それを確実に実感していないところがまた面白みを増しているところかもしれない。ぜひシリーズ化していただいて、今後の二人を見守りたいと思わされる一冊だった。
5時過ぎランチ*羽田圭介
- 2018/08/10(金) 18:28:39
ガソリンスタンドのアルバイト、アレルギー持ちの殺し屋、写真週刊誌の女性記者。日々過酷な仕事に臨む三人が遭遇した、しびれるほどの“時間外労働”!芥川賞作家・羽田圭介だから書ける、限りなく危険なお仕事&犯罪小説!
タイトルから、もっとほのぼのとした物語かと思いきや、なんとも過酷なお仕事ものがたりだった。とはいえ、ただのお仕事ものがたりと思ったら大間違い。過重労働、時間外労働、など、危ない仕事の現場がぎっしりと詰まっているのだった。GSを舞台にした『グリーンゾーン』では、著者が三か月くらい実際にバイトでもしたのではないかと思わせるような、詳細な業内容が描かれていて、車のことは全くわからないながら、その忙しさは充分すぎるほど伝わってきた。さらに、『内なる殺人者』と『誰が為の昼食』は全く別の物語かと思ったのだが、緩やかにつながっていて、最後の最後でそういう落ちになるのか、と納得させられる構成になっていて、二度おいしい気分になれる一冊でもある。
ポスドク*高殿円
- 2018/08/09(木) 07:24:11
新潮社 (2017-12-23)
売り上げランキング: 279,823
瓶子貴宣は、月収10万円の私大非常勤講師。博士号を持ち実力も抜群なのに、指導教官の不祥事で出世の道を閉ざされた。しかも姉が育児放棄した甥、誉を養ってもいる。貧乏でも正規雇用を諦めない貴宣の前に、千載一遇のチャンスが。だが誉を引き取りに姉が現れ、家庭問題まで勃発─。奮闘するポスドクの未来はどうなる! ? 痛快かつ心温まる、極上のエンタテインメント。『マル合の下僕』改題。
ポスドクの現状にリアリティがあるかどうかは、門外漢なので判断できないが、その大変さはしっかりと伝わってくる。加えて、姉である母親にネグレクトされた小学生の甥・誉を養育するという難題も抱え込むことになる。とはいえ、誉のいい子ちゃんぶりが半端ではないので、生活面ではかえって助かっているとも言えるし、心のオアシスであるとも言える。周りを固めるキャラクタの濃さも一興である。みんなどこか変わり者たちで、それなりにみんなあたたかい。まったくいろんなことが降りかかってくるものだと呆れながらも、ついつい貴宣を応援したくなる一冊である。
豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ事件*倉知淳
- 2018/08/07(火) 18:17:06
戦争末期、帝國陸軍の研究所で、若い兵士が倒れていた。屍体の周りの床には、なぜか豆腐の欠片が散らばっていた。どう見ても、兵士は豆腐の角に頭をぶつけて死んだ様にしか見えなかったが―?驚天動地&前代未聞&空前絶後の密室ミステリの真相は!?ユーモア&本格満載。猫丸先輩シリーズ最新作収録のミステリ・バラエティ!
表題作のほか、「変奏曲・ABCの殺人」 「社内偏愛」 「薬味と甘未の殺人現場」 「夜を見る猫」 「猫丸先輩の出張」
猫丸先輩は、相変わらずユニークでとらえどころがなく、そのくせちゃ~んと事件の真相を解き明かしてしまう。すばらしいのだが、なんだかそうは思えないところも相変わらずである。猫丸先輩はこうでなくっちゃ。それ以外の物語は、まじめに考えていいものか、いささか迷ってしまうような意表を突く愉しさ満載である。ワクワクする一冊だった。
水中翼船炎上中*穂村弘
- 2018/08/05(日) 20:11:58
当代きっての人気歌人として短歌の魅力を若い世代に広めるとともに、エッセイ、評論、翻訳、絵本など幅広い分野で活躍する著者が、2001年刊行の第三歌集(『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』)以来、実に17年ぶりに世に送り出す最新歌集。短歌研究賞を受賞した連作「楽しい一日」ほか、昭和から現在へと大きく変容していく世界を独自の言語感覚でとらえた魅力の一冊!
なんと十七年ぶりの歌集なのだそうである。だが、著者の場合、短歌もそのほかの文章も、そこから立ち上ってくる匂いは全くといっていいほど変わらない。ほむほむは、いつでもどこでもなにをしてもほむほむなのである。一首のどこかに、必ず彼自身が潜んでいて、隠し切れない個性を放っているのだ。小学生、中学生時代の穂村少年の後をつけてみたくなる。とても雄弁な一冊だった気がする。
道具箱はささやく*長岡弘樹
- 2018/08/05(日) 20:03:30
資産家の娘・早百合に意中の相手がいるのか。調査を依頼された探偵の木暮と菜々は、最後の候補者と早百合がスクランブル交差点ですれ違うよう仕向ける。だが、その寸前に、なぜか木暮は早百合に電話を入れた…(「意中の交差点」)。借金苦から、休暇を利用して質屋に押し入った刑事の角垣。逃走中に電柱に衝突するも目撃者はなく、無事逃げおおせた。だが、なぜか上司の南谷は、角垣が犯人だと見抜くのだった…(「ある冬のジョーク」)。とっておきのアイデアを注ぎ込み、ストイックに紡がれた贅沢な作品集。
ひとつひとつの物語はほんの短いものなのだが、その中に、必ず一度は、「ほほぅ」と思わされる要素が埋め込まれている。それはときに、はっとするようなことだったり、なるほどと合点するようなことだったり、ちょっぴり笑ってしまうようなことだったりとさまざまなのだが、それらのスパイスによって、物語が格段に魅力的になっているのは間違いない。ちょっぴり洒脱な印象もある一冊である。
悲体*連城三紀彦
- 2018/08/04(土) 18:45:51
40年前に消えた母を探し韓国へ来た男の物語は、それを書きつつある作者自身の記憶と次第に混じり合う…出生の秘密をめぐるミステリと私小説的メタフィクションを融合させた、著者晩年の問題作にして最大の実験長篇、遂に書籍化。
いま自分は物語を読んでいるのか、著者の語りを聴いているのか、時々判然としなくなり、夢とうつつの間を行きつ戻りつしている心地にさせられる。父と母、そして自分。さらには母といい仲になった男。彼らの胸の芯にあっただろうものに思いを馳せ、捕まえかけたと思えばまたするりと逃げられる。自分の身体の中を巡る血は、誰と誰のものなのか、そして、どこの国のものなのか。あの時の彼、彼女の思惑はどんなことだったのか。自分は本当はどうしたかったのか。そんな取り返しのつかないあれこれが、不意に押し寄せてきて、それに駆り立てられるように韓国へ飛ぶ。謎が謎を呼び、手掛かりが見えたと思えば、またつかみ損ねるようなもどかしさと、いっそのこと知らずにいた方が幸せでいられると、わざと追わずにいたりもする。自分探しは、傷つくことを恐れていてはできないのかもしれない。もどかしく、哀しく、やるせない一冊である。
琴乃木山荘の不思議事件簿*大倉崇裕
- 2018/08/01(水) 18:26:26
山と渓谷社 (2018-06-16)
売り上げランキング: 147,628
棚木絵里は、標高2200mにある山小屋「琴乃木山荘」で働くアルバイト。山荘の目の前には標高2750mの竜頭岳が聳える。生真面目で繊細なオーナーの琴乃木正美。年齢不詳・正体不明なベテランアルバイトの石飛匠。絵里は彼らと、山で起こる「不思議なできごと」の真相に挑む。「この小屋、出るでしょう?幽霊」アルバイトの斎藤まゆみは、テント場の先の林の中で人魂を見かけ、さらに男の登山者の幽霊に取り憑かれていると言う。人魂、そして幽霊は本物なのか。絵里はその正体を見破れるか―。(第一話「彷徨う幽霊と消えた登山者」)ほか、わずかな手がかりから真実を導き出す全七話を収録。気鋭のミステリ作家が挑む「山岳×日常の謎」の新機軸!
琴乃木山荘の周りで起こる七つの事件の物語である。山に登る人、山小屋を訪れる人、山小屋で働く人、それぞれに理由があり、下界に置いてきた何かがあるのかもしれない。山の日常は、愉しいが、真剣で、些細なことが命にかかわることもあるのを思い知らされる。山の知識や洞察力で目の前の謎を解き明かしてしまう石飛が、格好いい。そんな彼もまた、下界でのことは多くを語らない。アルバイトで入った絵里もまた、下界に屈託を置いてきたのだが、それさえも解き明かされることになる。この先ももっと見ていたい一冊である。ぜひシリーズ化してほしい。
- | こんな一冊 トップへ |