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ぼくは朝日*朝倉かすみ

  • 2018/11/29(木) 20:17:51

ぼくは朝日
ぼくは朝日
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朝倉 かすみ
潮出版社 (2018-11-05)
売り上げランキング: 96,560

小学4年生の朝日を中心に、マイペースな父、母代わりのしっかり者の姉、愛猫のくろちゃん、そして家族を取り巻く個性豊かな人々。
ともに笑い、泣き、怒りながら家族の絆は強くなっていく。
アットホームな家族の予想外の結末!あなたの目頭はきっと熱くなる。


昭和の北海道の雰囲気が伝わってきて、なんだか懐かしい心地にさせられる。10歳の朝日は母を知らない。朝日を生んで亡くなったからだ。10歳違いの姉の夕日が母親代わりに家事を担って、一家は暮らしてきた。学校の友だちとの関わり、おばあちゃんの家へ行く愉しみ、「子猫あげます」の貼り紙を見てからの顛末。姉の胸の裡、朝日の心の動き。さまざまな事々が起こりながら、家族の日々は過ぎていく。なんとも言えず、鼻の奥がツンとする一冊である。

思い出が消えないうちに*川口俊和

  • 2018/11/29(木) 07:39:35

思い出が消えないうちに
川口俊和
サンマーク出版
売り上げランキング: 2,374

伝えなきゃいけない想いと、
どうしても聞きたい言葉がある。

心に閉じ込めた思い出を
もう一度輝かせるために、
不思議な喫茶店で過去に戻る4人の物語――。


不思議な力を持った時田ファミリーの営む、不思議な席のある喫茶店が舞台。これまでよりもさらに、ユカリさんの力が時間を超えて影響力を及ぼしている印象が強い。成り行きに任せるのではなく、操作できてしまうところに、いささかの違和感を抱かなくもない。それでうまくいっているので、物語的にはそうでなければならないのだろうが。たとえ過去に戻れたとしても、事実を変えることはできないが、心の持ちようはずいぶんと変わってくるものだと、改めて感じる。その時その時を後悔のないように暮らすのがいちばんなのだろうが、人間、なかなかそういうわけにはいかない。そんな風に抱え込んでしまった屈託が、過去に戻ることで晴らされ、あしたにつながることもあるのである。希望が持てるようになるシリーズである。

小説の神様 あなたを読む物語 上*相沢沙呼

  • 2018/11/27(火) 19:34:35

小説の神様 あなたを読む物語(上) (講談社タイガ)
相沢 沙呼
講談社
売り上げランキング: 147,673

もう続きは書かないかもしれない。合作小説の続編に挑んでいた売れない高校生作家の一也は、共作相手の小余綾が漏らした言葉の真意を測りかねていた。彼女が求める続刊の意義とは…。その頃、文芸部の後輩成瀬は、物語を綴るきっかけとなった友人と苦い再会を果たす。二人を結びつけた本の力は失われたのか。物語に価値はあるのか?本を愛するあなたのための青春小説。


読み始める前に、既読の『小説の神様』を上下巻に分けたのかと、ちょっと迷ったのだが、純然たる続編である(ちょっぴり紛らわしい)。時間もほとんど前作と地続きで、小余綾や千谷の抱える悩みもほぼそのままの状態からの続きなので、目新しさはほとんどない。人々にとって小説とは何か、という大きすぎる問題がいつも目の前にあり、自分がどういう姿勢でそれに向かうのかという葛藤から逃れることができずに、何もかもが混沌としているような印象である。この悩みから抜け出すことはできるのだろうか。抜け出せれば、合作小説も目覚ましく進捗するのだろうか。それは本作ではまだわからない。文芸部の成瀬の友人たちに対する心の持ちようにも少しずつ変化が現れ、こちらは少し明るいが、中学時代の友人真中との関係は、なかなか難しいままである。下巻では、これらがすべて解決されるのだろうか。不安要素はたくさんある気がする。ともかく下巻を早く読みたいシリーズである。

凛の弦音*我孫子武丸

  • 2018/11/24(土) 18:25:42

凜の弦音
凜の弦音
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我孫子武丸
光文社
売り上げランキング: 68,620

篠崎凜―翠星学園高校一年生。中学から弓道を始め、現在弓道弐段。ひたすら弓道に打ち込む少女。そんな凛が師匠、棚橋先生の家で、ありえない矢で男が殺された事件に巻き込まれ、見事に解決した。『弓道名人は名探偵』と校内新聞で取り上げられ、凛の動画はいつの間にかネットで『天才弓道美少女』と評判になるが…。友達に悩み、自分に悩み、弓道に悩む青春真っ只中―。ひとりの少女の成長を活き活きと描く傑作長編。


高校の弓道部が舞台の青春物語。弓の世界を極めたいと、懸命に稽古をし、心を、身体を整えて、より良い「射」を目指す少女・凛が主役である。これだけでも充分に魅力的な世界なのだが、そこにミステリ要素が加わり、その探偵役が主人公の凛なのだから、魅力はさらに増すというものである。ちょっとした違和感から、事の真相を導き出す凛だが、その後のさばき方がまた好ましいのである。無闇に明るみに出すだけではなく、その理由まで慮って、関係者に相対する姿勢には、凛の人柄がにじみ出ている。登場するキャラクタがみな魅力的で、それにも惹かれる。続編をぜひ読みたいと思わされる一冊である。

だから見るなといったのに

  • 2018/11/23(金) 09:27:20

だから見るなといったのに: 九つの奇妙な物語 (新潮文庫nex)
恩田 陸 芦沢 央 海猫沢 めろん 織守 きょうや 小林 泰三 澤村 伊智 前川 知大 北村 薫 さやか
新潮社 (2018-07-28)
売り上げランキング: 10,841

色とりどりの恐怖をどうぞ召し上がれ。あのとき、目をそらしていたら。でも、もはや手遅れ。あなたはもとの世界には二度と戻れない。恐怖へ誘うのは、親切な顔をした隣人、奇妙な思い出を語り出す友人、おぞましい秘密を隠した恋人、身の毛もよだつ告白を始める旅の道連れ、そして、自分自身……。背筋が凍りつく怪談から、不思議と魅惑に満ちた奇譚まで。作家たちそれぞれの個性が妖しく溶け合った、戦慄のアンソロジー。


既読のものもあったが、それでも、この並びのなかにあるとまた違った怖さを感じられた。ことさら怖がらせようとしているわけではないのに、じわりじわりと足元から恐ろしさが這い登ってきて、気づいたらがんじがらめにされている心地である。怖さのテイストが作家さんごとに違っているのも、飽きずに愉しめる(恐がれる)要因のひとつだろう。つい身体がこわばってしまう一冊である。

僕は金(きん)になる*桂望実

  • 2018/11/21(水) 18:47:13

僕は金(きん)になる
僕は金(きん)になる
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桂望実
祥伝社
売り上げランキング: 236,729

僕が小学六年生の春、両親が離婚した。家を出たギャンブル好きの父ちゃんは、将棋の天才の姉ちゃんに賭け将棋をやらせて暮らしている。父ちゃんが「ご立派」と呼ぶ母ちゃんの元に残された「普通」の僕は、非常識で破天荒で、将棋以外何にもできないくせに、楽しそうに生きる二人を軽蔑しながらも、どこか羨ましい――読む人の心を激しくゆさぶる、おかしな家族の四十年。


傍から見ると、母と僕=守はきちんとした親子、父と姉=りか子はいい加減でだらしない親子、に見えることだろう。実際、現象としてはその通りなのである。だが、家族というのは、それほど簡単に割り切れるものでもないのだ。父と姉のことを他人に紹介するのを恥ずかしいと思っても、だからと言って彼らのことが嫌いなわけではない。そして守は、普通以外の何者でもない自分のことを、なかなか認められない。昭和54年(守:小学六年生)から、平成29年までの38年間の父や姉と守とのかかわり方の移り変わりが、変化しているようであり、何も変わらないようでもあって、切ないやら、ほほえましいやらで、よくわからなくなる。しっかりしなさいと、はっぱをかけるのは簡単だが、そういう風にしか生きられない人もいるのかもしれないと、ちょっと立ち止まって考えたくもなる一冊である。

緑のなかで*椰月美智子

  • 2018/11/20(火) 18:40:40

緑のなかで
緑のなかで
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椰月美智子
光文社
売り上げランキング: 21,279

青木啓太は、しまなみ海道の壮大な「橋」に心惹かれ、土木工学を学ぶため、家から遠く離れた北の大地にあるH大に入学する。自治寮に入り、大学紹介の活動、フィールドワークのサークルなど、友人たちと青春を謳歌している彼のもとに、母が失踪したと双子の弟、絢太から連絡が入る。あの、どこか抜けていて感受性豊かな母が、なぜ突然消えてしまったのか…。自然豊かな美しいキャンパスで大学三年生となった青年の成長と苦悩を描く。


奔放な中にもある種の規律がある寮生活の描写が、いかにも青春でほほえましい。いかにも溶け込めそうにない印象の啓太だったが、何事にも慣れるもので、大学三年のいまではすっかり緑旺寮の寮生である。そんな寮生活と、サークル活動を軸に、啓太と友人たちが互いに影響しあい刺激しあって若い時代を過ごしている様子が興味深い。そして、兄弟間で差のある母からの愛情の注がれ方に悩むのは、一卵性双生児であればなおさらで、それを口に出せないばかりになおさら、自分の思っているのとは違う方向に向かってしまうのは皮肉なものである。そんな母に好きな人ができて家を出た。そしてさらに、無念さに叫びだしたくなる出来事が……。読者も泣かずにはいられない。なぜ?どうして?自分を責めることしかできない気持ちが、手に取るように伝わってきて、胸が痛くなる。後半の「おれたちの架け橋」には、自死した寿を含めた、啓太の高校時代の日々が描かれている。いまの啓太を作った光あふれる高校生活である。同じ屈託を抱えてはいるが、これから自分で自分の道を切り開こうとする時代である。何より寿が生きている。先のことを知っているだけに、切なさやりきれなさが募る。一見非の打ちどころがなく、うらやましいばかりに見える人にも、その人なりの悩みがあり、押しつぶされそうになることもあるのだと、わかるだけでも人生はずいぶん生きやすくなるのではないだろうか。啓太には、悩みつつも受け容れて、いつの日か立派な橋を作ってもらいたいものである。両手でひさしを作ってまぶしすぎる光を和らげたくなるような一冊である。

死神刑事*大倉崇裕

  • 2018/11/17(土) 16:59:31

死神刑事
死神刑事
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大倉 崇裕
幻冬舎 (2018-09-20)
売り上げランキング: 165,738

警視庁に死神あらわる!? 強盗殺人、偽装殺人、痴漢冤罪、誘拐……。無罪となった事件を再捜査する男がいた!! その常識破りの捜査からは、誰も逃げられない――。「福家警部補」シリーズで話題の著者が放つ、新感覚警察小説


どこの部署にも属さず、無罪となった事件を当時担当した警察官を相棒に指名し、独自の再捜査をする、儀藤堅忍は、死神と呼ばれている。だが、その風貌は小太りの冴えない中年男。そのギャップにまず驚かされる。では、さぞや厳しい捜査をするのだろうと思えば、一見そうは思えない。とは言え、なんだかんだで最後には真実を暴き出し、真犯人を追い詰めてしまうのだから、なんとも不思議な刑事である。相棒に指名された者は、初めこそ薄気味悪い心地にさせられるが、最後には、なんともあたたかい気持ちになるのである。不思議なキャラクタである。無罪事件がない時には何をしているのか、いささか気になってしまう。死神・儀藤、もっと見たいと思わされる一冊である。

愛なき世界*三浦しをん

  • 2018/11/15(木) 07:54:39

愛なき世界 (単行本)
愛なき世界 (単行本)
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三浦 しをん
中央公論新社
売り上げランキング: 1,789

恋のライバルが人間だとは限らない!
洋食屋の青年・藤丸が慕うのは〝植物〟の研究に一途な大学院生・本村さん。殺し屋のごとき風貌の教授やイモを愛する老教授、サボテンを栽培しまくる「緑の手」をもつ同級生など、個性の強い大学の仲間たちがひしめき合い、植物と人間たちが豊かに交差する――
本村さんに恋をして、どんどん植物の世界に分け入る藤丸青年。小さな生きものたちの姿に、人間の心の不思議もあふれ出し……風変りな理系の人々とお料理男子が紡ぐ、美味しくて温かな青春小説。


植物の研究をしている、大学の研究室が主な舞台なので、専門的な用語や描写が多数登場する。苦手分野なのだが、そんなことを忘れさせるほど、物語の世界に吸い込まれていく心地になる。この一冊のなかには、さまざまな愛が詰まっている。もちろん恋愛もあるのだが、それだけではなく、料理や食材に対する愛、師弟間の愛や、同僚たちに対する愛、そして研究対象である植物へのとめどない愛。読むごとに満たされていく感覚に包まれる。タイトルとは裏腹に、温かな愛にあふれた一冊である。

静かに ねぇ、静かに、*本谷有希子

  • 2018/11/13(火) 18:22:42

静かに、ねぇ、静かに
本谷 有希子
講談社
売り上げランキング: 17,457

海外旅行でインスタにアップする写真で“本当”を実感する僕たち、ネットショッピング依存症から抜け出せず夫に携帯を取り上げられた妻、自分たちだけの印を世界に見せるために動画撮影をする夫婦―。SNSに頼り、翻弄され、救われる私たちの空騒ぎ。


読みながら、どういう気持ちになればいいのか戸惑うような物語たちである。登場人物たちは、SNSによって、世界とつながっているような気になっているが、その実、ものすごく閉じた世界にいるように思われる。生身の自分では生きている実感を持てず、外に向けて発信したものを見ることでしか、その実感を得られないとしたら、生きている、とはどういうことなのだろう。何かに違和感を覚えながらも、そのことを深く掘り下げようとはせずに、表層を滑るように日々を過ごしているように見える。なんだかものすごくもどかしい心地にさせられる一冊である。

とりあえずウミガメのスープを仕込もう。*宮下奈都

  • 2018/11/12(月) 16:36:21

とりあえずウミガメのスープを仕込もう。
宮下 奈都
扶桑社 (2018-05-25)
売り上げランキング: 44,975

「毎月一回食べもののことを書く。食べることと書くことが、拠りどころだった気がする。」(「まえがき」より)

月刊誌『ESSE』の人気連載が、待望の書籍化!
北海道のトムラウシに1年間移住したり、本屋大賞を受賞したり……。さまざまな変化があった6年半の月日を、「食」をとおして温かく描き出す。
ふっと笑えて、ちょっと泣けて、最後にはおなかが空く。やさしく背中を押してくれるエッセイ78編に、書き下ろし短編1編を収録。全編イラストつき


基本的に作家の書くエッセイがあまり得意ではないのだが、宮下さんのエッセイは何度でも読みたくなる。気負わず、高ぶらず、ポジティブ過ぎず、かといってネガティブとは程遠く、あしたも大切に生きようと思わせてくれる。家族を大切に思い、自分もないがしろにせず、着かず離れずの距離感で、日々を慈しむさまが、食を大切にする姿勢からもよくわかって、胸の奥がぽっとあたたかくなる心地である。お腹のなかが温もれば、あしたもきっと大丈夫、と思える一冊である。

下町ロケット ゴースト*池井戸潤

  • 2018/11/10(土) 16:55:10

下町ロケット ゴースト
池井戸 潤
小学館 (2018-07-20)
売り上げランキング: 658

宇宙から人体へ。次なる部隊は大地。佃製作所の新たな戦いの幕が上がる。倒産の危機や幾多の困難を、社長の佃航平や社員たちの、熱き思いと諦めない姿勢で切り抜けてきた大田区の町工場「佃製作所」。高い技術に支えられ経営は安定していたかに思えたが、主力であるロケットエンジン用バルブシステムの納入先である帝国重工の業績悪化、大口取引先からの非情な通告、そして、番頭・殿村の父が倒れ、一気に危機に直面する。ある日、父の代わりに栃木で農作業する殿村のもとを訪れた佃。その光景を眺めているうちに、佃はひとつの秘策を見出だす。それは、意外な部品の開発だった。ノウハウを求めて伝手を探すうち、佃はベンチャー企業にたどり着く。彼らは佃にとって敵か味方か。大きな挫折を味わってもなお、前に進もうとする者たちの不屈の闘志とプライドが胸を打つ!大人気シリーズ第三弾!!


いままさにドラマの放映中なので、読み進める間中映像が頭の中に浮かんで、まるで再放送を観ているような心地だった。だが、それもまた面白い体験ではあった。佃製作所には、内部から、外部から、次々と困難が立ちはだかるが、下町の中小企業だからこその心意気が、解決に至る過程のそこここに現れていて、つい肩入れしたくなる。ラストはいささか肩透かしを食った感もあるが、すでに続編が出ていることもあり、次へと続く布石なのだろうと、愉しみになる。いつまでも挑戦し続ける佃製作所を見守り続けたいと思わせるシリーズである。

信長の原理*垣根涼介

  • 2018/11/09(金) 12:58:21

信長の原理
信長の原理
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垣根 涼介
KADOKAWA (2018-08-31)
売り上げランキング: 4,500

吉法師は母の愛情に恵まれず、いつも独り外で遊んでいた。長じて信長となった彼は、破竹の勢いで織田家の勢力を広げてゆく。だが、信長には幼少期から不思議に思い、苛立っていることがあった―どんなに兵団を鍛え上げても、能力を落とす者が必ず出てくる。そんな中、蟻の行列を見かけた信長は、ある試みを行う。結果、恐れていたことが実証された。神仏などいるはずもないが、確かに“この世を支配する何事かの原理”は存在する。やがて案の定、家臣で働きが鈍る者、織田家を裏切る者までが続出し始める。天下統一を目前にして、信長は改めて気づいた。いま最も良い働きを見せる羽柴秀吉、明智光秀、丹羽長秀、柴田勝家、滝川一益。あの法則によれば、最後にはこの五人からも一人、おれを裏切る者が出るはずだ―。


歴史小説であって歴史小説ではない、壮大な人間観察と分析の書である。信長という不世出の人間が、愛されたいという思いを深奥に抱えながらも、いたって合理的に癖の強い者たちを束ねてのし上がってきたかが、手に取るようにわかって興味深い。奇行の奥に隠れた冷徹な観察眼と、洞察力、そして物事の心理を見極め、そのことについて考え続ける集中力こそが、信長を天下統一の一歩手前までに至らしめた原動力ではないだろうか。そばにいる者はたまったものではないが、ある意味魅力的な人物であることも間違いない。普遍的な命題が語られている一冊のようにも思われる

TAS特別師弟捜査員*中山七里

  • 2018/11/06(火) 13:43:47

TAS 特別師弟捜査員 (単行本)
中山 七里
集英社
売り上げランキング: 205,470

「ねえ。慎也くん、放課後ヒマだったりする?」楓から突然声をかけられた慎也は驚いた。楓は学園のアイドルで、自分とは何の接点もないからだ。用件を言わず立ち去る楓を不審に思いながらも、声をかけられたことで慎也の胸は高鳴っていた。彼女が校舎の3階から転落死するまでは―。学校は騒然となり、さらに楓が麻薬常習者だったという噂が流れる。警察の聞き取り調査が始まった。そこに現れたのは、慎也の従兄弟で刑事の公彦。公彦は、転落死の真相を探るため、教育実習生として学園に潜入することを決める。一方の慎也も、楓が所属していた演劇部に入部し、楓の周辺人物に接触を図る。なぜ楓は、慎也を呼び出したのか―。慎也と公彦は、真相解明に挑む。“どんでん返しの帝王”が新たに仕掛けるバディ×学園ミステリ!


設定には、小説ならではの部分もあるが、興味をそそられるストーリーである。舞台は学園、同級生たちには内緒の潜入捜査、従兄弟の刑事も教育実習生として潜入。そして、演劇部に情熱をかける仲間たち。きゅんとくる要素が盛りだくさんである。だが、生徒の、しかも演劇部員の不審な死が二件も続いているのである。誰が、どんな理由で。いやでも展開が気になって先を急ぎたくなる。しかも、捜査の進捗状況だけではなく、合間には、演劇部の存続をかけた熱いやり取りがぎっしり詰め込まれているのだからなおさらである。明らかになった真実は、いかにもありそうと言えばそうなのだが、溜まりたまったものが、瞬時に爆発するような凶暴な衝動によって、人はあっけなく一線を越えてしまうのかもしれないという驚愕に、身が凍る心地にもなる。慎也・公彦コンビの活躍をまた見てみたいとは思うが、この先の生徒たちことが思わず心配になってしまう一冊でもある。

アンドロメダの猫*朱川湊人

  • 2018/11/04(日) 16:24:27

アンドロメダの猫
アンドロメダの猫
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朱川 湊人
双葉社
売り上げランキング: 359,039

コールセンターで派遣社員として働く瑠璃はある日、少女・ジュラと出会う。不思議な雰囲気を持つジュラがなんとなく気になる瑠璃。やがて“事件”が起き、追われる身となった二人は、住む街を出る。そして、行きついた先で平穏なひと時を迎えるが…。


パッとはしなくて平凡だが、それなりにやりがいを感じることもなくはない、そんな日々を送っていた瑠璃だが、ある日コンビニで少女が万引きするところを見かけ、なにか惹きつけられるものを感じてつい助け舟を出してしまう。それが物語の発端である。その少女・ジュラは不思議な魅力を持っており、どうしても気になってしまうのだった。偶然に再びであったことで、物語は動き、瑠璃は自ら厄介で危険な流れに飛び込むことになるである。瑠璃とジュラの逃避行は、鬼気迫るものではあるのだが、一方でいままでにない安らぎと幸福感に包まれたものでもあり、この先のことを考えると切なくもやるせない。ラストは、あまりにも哀しく、胸が締めつけられる。何をどうすればよかったのだろうと考えさせられる一冊である。

ウツボカズラの甘い息*柚月裕子

  • 2018/11/03(土) 12:55:29

ウツボカズラの甘い息
柚月 裕子
幻冬舎
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容疑者は、ごく平凡な主婦――のはずだった。
殺人と巨額詐欺。交錯する二つの事件は人の狂気を炙り出す。戦慄の犯罪小説。

大藪春彦賞作家が描く、戦慄の犯罪小説!!
家事と育児に追われ、かつての美貌を失った高村文絵。彼女はある日、趣味の懸賞でデイナーショーのチケットを手にした。参加した会場で、サングラスをかけた見覚えのない美女に声をかけられる。女は『加奈子』と名乗り、文絵と同じ中学で同級生だというのだ。そして、文絵に恩返しがしたいとある話を持ちかけるが――。一方、鎌倉に建つ豪邸で、殺人事件が発生。被害者男性は、頭部を強打され凄惨な姿で発見された。神奈川県警捜査一課の刑事・秦圭介は鎌倉署の美人刑事・中川菜月と捜査にあたっていた。聞き込みで、サングラスをかけた女が現場を頻繁に出入りしていたという情報が入る……。日常生活の危うさ、人間の心の脆さを圧倒的なリアリティーで描く、ミステリー長篇。


中学時代は美少女で、友人たちの憧れの的だった文絵だが、ストレスがあるたびに激太りし、ハリのない日々を送っていた。そんなある日、懸賞で当たったディナーショーで偶然出会ったかつての同級生、加奈子の頼みで、高級化粧品の販売に手を染めることになる。やりがいを見つけ、美しさを取り戻し、収入も得て、充実した日々を送っていたはずだったのだが……。ある日をきっかけに、それまで積み重ねてきた事々がガラガラと崩れ始め、殺人事件の容疑者になってしまう。警察が捜査すればするほど、思ってもいなかった事実が次々にあぶりだされ、驚かされる。事件は解決するが、文絵がどうなってしまうのか、いささか気になるところである。一気に読まされる一冊だった。

火のないところに煙は*芦沢央

  • 2018/11/01(木) 13:37:32

火のないところに煙は
芦沢 央
新潮社
売り上げランキング: 20,824

本年度ミステリ・ランキングの大本命! この面白さ、《決して疑ってはいけない》……。「神楽坂を舞台に怪談を書きませんか」。突然の依頼に、かつての凄惨な体験が作家の脳裏に浮かぶ。解けない謎、救えなかった友人、そこから逃げ出した自分。作家は、事件を小説にすることで解決を目論むが――。驚愕の展開とどんでん返しの波状攻撃、そして導かれる最恐の真実。読み始めたら引き返せない、戦慄の暗黒ミステリ!


普段怪談など書かない作家が依頼を受け、過去の体験を思い出して小説にするが、それに紐づけられるように、次々と不思議な話が舞い込んでくる。論理的な考えをめぐらし、解決策を探ってみたりするが、知らず知らずのうちに、形のない流れに取り込まれていくのだった。どれもがまったく別個の出来事だと信じて疑わなかった作家が、ある共通点に気づいたとき、それまでの恐ろしさが倍増する。不安と恐怖の連鎖の物語でもある。物語が終わっても、恐怖は何も終わっていないと、さらに恐ろしくなる一冊である。