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花咲小路三丁目北角のすばるちゃん*小路幸也
- 2018/12/31(月) 20:27:08
たくさんのユニークな人々が暮らし、日々さまざまな事件が起きる花咲小路商店街。
にぎやか商店街の裏には、真っ赤なシトロエンが看板代わりの駐車場<カーポート・ウィート>があるのです。
若社長・すばるちゃんが営むカーポートを訪れるのはいろんな車。ときには厄介ごとも乗せてきて――
花咲小路シリーズ、今回は、三丁目北角の赤いシトロエンが目印の駐車場の若き経営者・すばるちゃんが主人公。母は、すばるちゃんが生まれてすぐに出ていき、父は病気で亡くなり、その後育ててくれた祖父も亡くなって、ひとりになってしまったが、花咲小路商店街の人たちに見守られて、恙なく暮らしている。赤いシトロエンは、すばるちゃんの住まいであるとともに、亡くなった父の魂が宿り、カーラジオを通じて話ができる、という秘密も載せているのだった。花咲小路のエピソードはこれまでにもさまざまな人たちを主役に繰り広げられてきたが、その度に、花咲小路商店街の絵地図に色をつけていくような気持になった。今回もまた違う一角に新しい色を塗れて、絵地図がどんどん生き生きしてくるようでうれしくなる。人は、ひとりで生きているようでも、周りの人たちに見守られているのだと実感する一冊でもある。
アリバイ崩し承ります*大山誠一郎
- 2018/12/30(日) 16:30:52
美谷時計店には、「時計修理承ります」だけでなく「アリバイ崩し承ります」という貼り紙がある。「時計にまつわるご依頼は何でも承る」のだという。難事件に頭を悩ませる捜査一課の新米刑事は、アリバイ崩しを依頼する。ストーカーと化した元夫のアリバイ、郵便ポストに投函された拳銃のアリバイ、山荘の時計台で起きた殺人のアリバイ…7つの事件や謎に、店主の美谷時乃が挑む。あなたはこの謎を解き明かせるか?
捜査一課の新米刑事の僕は、腕時計の電池を交換してもらおうと、商店街の時計店に入った。そこには、時計修理や、電池交換のほかに、「アリバイ崩し承ります」という貼り紙が。若い女性店主・時乃が、成功報酬五千円でアリバイを崩してくれるという。ちょうど担当している事件のアリバイ崩しに行き詰っていた僕は、アリバイ崩しを頼んでみることにする。頼りない男性としっかり者の女性という組み合わせには、特に目新しさはない。しかも、キャラクタがいささか弱い印象でもある。シリーズ化されて練れてくると違ってくるのかもしれないとも思う。アリバイはあっけなく崩れるが、その後の謎解きは面白く読んだ。次があることを期待したい一冊ではある。
ブロードキャスト*湊かなえ
- 2018/12/28(金) 16:54:05
KADOKAWA (2018-08-23)
売り上げランキング: 5,965
町田圭祐は中学時代、陸上部に所属し、駅伝で全国大会を目指していたが、3年生の最後の県大会、わずかの差で出場を逃してしまう。その後、陸上の強豪校、青海学院高校に入学した圭祐だったが、ある理由から陸上部に入ることを諦め、同じ中学出身の正也から誘われてなんとなく放送部に入部することに。陸上への未練を感じつつも、正也や同級生の咲楽、先輩女子たちの熱意に触れながら、その面白さに目覚めていく。目標はラジオドラマ部門で全国高校放送コンテストに参加することだったが、制作の方向性を巡って部内で対立が勃発してしまう。果たして圭祐は、新たな「夢」を見つけられるか―。
なんと学園ドラマである。陸上部の描写という、タイトルから想像したのとは全く違う始まり方をしたが、信じがたい出来事のせいで、タイトルの流れに戻ってきた。圭祐は、正也に放送部に誘われなければ、ひき逃げ事故で足を怪我するという自分の不運を呪い続け、高校三年間ずっと立ち直れなかったかもしれないと思うと、中学時代から圭祐の声の良さに目をつけてくれていた正也には、いくら感謝してもし足りないかもしれない。放送部という、一見地味な文化部の実際の活動を知ることができたのも興味深い。みんな、それぞれの場所で熱意をもって日々を過ごしているのだと、改めてじんとする。熱意を持ち続けて、若者たち、と思わず応援したくなる一冊でもある。
夫婦で行く東南アジアの国々*清水義範
- 2018/12/27(木) 16:56:26
集英社 (2018-01-19)
売り上げランキング: 219,400
熟年夫婦の旅行の楽しみ方を知り尽くしている清水夫妻。舞台は、大人気の東南アジア! 歴史あり、夫婦のほんわかエピソードなど、根強い人気を誇る旅エッセイシリーズ最新作。
これはもう純然たる旅行記である。著者流の捻った視点からの感想などを期待したのだが、それはなく、真っ直ぐな旅行記である。東南アジアの国々のさまざまな場所でさまざまな文化に触れ、それが紹介されているのだが、なんと最も印象に残ったのは、食べるものが口に合わなかったということである。自分もアジア系の料理が得意ではないので、苦笑しつつ読んだ。期待とはいささか違った一冊だった。
ドッペルゲンガーの銃*倉知淳
- 2018/12/25(火) 19:22:08
女子高生ミステリ作家(の卵)灯里は、小説のネタを探すため、
警視監である父と、キャリア刑事である兄の威光を使って事件現場に潜入する。
彼女が遭遇した奇妙奇天烈な三つの事件とは――?
・密閉空間に忽然と出現した他殺死体について「文豪の蔵」
・二つの地点で同時に事件を起こす分身した殺人者について「ドッペルゲンガ-の銃」
・痕跡を一切残さずに空中飛翔した犯人について「翼の生えた殺意」
手練れのミステリ作家、倉知淳の技が冴えわたる!
あなたにはこの謎が解けるか?
謎解きよりも何よりも、まず設定に目を惹かれる。警視監の息子で警部補だが、陽だまりのタンポポのようにのほほんとしている大介と、高校生ながらミステリ作家の卵の灯里(あかり)のコンビが、不可解で不思議で謎に満ちた事件現場に赴き、関係者から事情を聴いて謎解きをするのである。だがそれだけではなく、実際謎解きをするのは、また別の人物(?)であり、あまりにも無理やり感満載であるにもかかわらず、なんかあるかも、と思わせてしまうのが著者のキャラクタづくりの妙なのかもしれない。ともかく、不可思議な事件の謎は解かれ、警視庁での大介の株は上がるのだから、文句はない。愉しく読める一冊である。
夏を取り戻す*岡崎琢磨
- 2018/12/23(日) 10:53:24
これは、もうすぐ二十一世紀がやってくる、というころに起きた、愛すべき子供たちの闘いの物語。―不可能状況下で煙のように消え去ってみせる子供たちと、そのトリックの解明に挑む大人の知恵比べ。単なる家出か悪ふざけと思われた子供たちの連続失踪事件は、やがて意外な展開を辿り始める。地域全体を巻き込んだ大騒ぎの末に、雑誌編集者の猿渡の前に現れた真実とは?いま最も将来を嘱望される俊英が新境地を切り拓く、渾身の力作長編。ミステリ・フロンティア百冊到達記念特別書き下ろし作品、遂に刊行!
小学4年生の子どもたちが考えたこととは思えない出来事の連続だった。初めは単純に、子どもらしい動機からだと思って読み始めたが、ほどなく、なにかもっと深い理由が隠されているのではないかと思い始めた。城野原団地の内と外(傘外)との確執や、雑誌記者の佐々木と城野原との関わり、キャンプで起きた哀しい出来事、などなどが絶妙に絡み合い、事実が単純には見えてこないのも興味をそそられる。当事者の子どもたちが、意外過ぎるほど深刻にいろんなことを考えていることにも驚かされ、また、大人もその気持ちをないがしろにはできないと思い知らされる。ラストは、明るい未来を感じさせられるものになっていて、ほっとした。ほんの短い期間の出来事とは思えないほど濃密な内容の一冊だった。
書店ガール 7*碧野圭
- 2018/12/20(木) 18:42:18
中学の読書クラブの顧問として、生徒たちのビブリオバトル開催を手伝う愛奈。故郷の沼津に戻り、ブックカフェの開業に挑む彩加。仙台の歴史ある書店の閉店騒動の渦中にいる理子。そして亜紀は吉祥寺に戻り…。それでも本と本屋が好きだから、四人の「書店ガール」たちは、今日も特別な一冊を手渡し続ける。すべての働く人に送る、書店を舞台としたお仕事エンタテインメント、ついに完結!
本シリーズも完結か、と思って読むと、ほんとうにいろいろなことがあったものだなぁという感慨が押し寄せてくる。ただひとつ、最初から最後まで変わらないのは、書店員たちの本に対する愛情である。ただ、活字離れが叫ばれ、紙の本の需要も減り、さらにはネット書店の台頭で、町の本屋さんの閉店が相次ぐ昨今、経営者サイドからすれば、本への愛情だけでやっていけるものでもないという事情もよくわかる。それでもやはり、最後の最後まで、お客様と共にある空間のために、情熱を注ぐのも書店員なのだろう。愛奈、彩加、理子、亜紀それぞれにスポットが当てられてはいるが、やはり理子の章の読み応えが群を抜いている。「ネットで買うのは作業だけど、本屋で買うのは体験」という言葉が印象に残る一冊だった。
ボーダレス*誉田哲也
- 2018/12/19(水) 07:30:11
なんてことのない夏の一日。でもこの日、人生の意味が、確かに変わる。教室の片隅で、密かに小説を書き続けているクラスメイト。事故で失明した妹と、彼女を気遣う姉。音大入試に失敗して目的を見失い、実家の喫茶店を手伝う姉と、彼女との会話を拒む妹。年上の彼女。暴力の気配をまとい、執拗に何者かを追う男。繋がるはずのない縁が繋がったとき、最悪の事態は避けられないところまで来ていた―。
著者の作品で、このタイトルなので、もっと凄惨な場面が多く出てくる物語なのかと思ったが、思ったほどではなかった。とはいえ、登場人物たちが恐ろしい思いをしたことは確かである。初めは、なんの関係もなさそうな四組の物語が交互に語られ、それぞれに興味深いのだが、どうつながっていくのかと思い始めたころ、ドミナンという喫茶店に登場人物たちが偶然に引きき寄せられるように集まってきて、わくわくどきどきする。その後の展開は、ややこじつけ感がなくもないが、それぞれにお互いの大切さを再認識し、きずなを深める結果になったのはよかったと言える。お嬢さまはどうなったのだろう。何気ない日常の一歩先にも、何が待ち構えているかわからない、と思わされる一冊でもあった。
ビブリア古書堂の事件手帖~扉子と不思議な客人たち~*三上延
- 2018/12/16(日) 19:03:50
KADOKAWA (2018-09-22)
売り上げランキング: 1,919
ある夫婦が営む古書店がある。鎌倉の片隅にひっそりと佇む「ビブリア古書堂」。その店主は古本屋のイメージに合わない、きれいな女性だ。そしてその傍らには、女店主にそっくりな少女の姿があった―。女店主は少女へ、静かに語り聞かせる。一冊の古書から紐解かれる不思議な客人たちの話を。古い本に詰まっている、絆と秘密の物語を。人から人へと受け継がれる本の記憶。その扉が今再び開かれる。
栞子さんと大輔くんが結婚し、生まれた子ども・扉子が6歳の時のお話である。外見は母親似だが、はきはきしていて、本が大好き。でも、人とかかわるのは少々苦手のようである。そんな扉子が興味を持った過去の出来事を、栞子が話して聞かせるという趣向の本作である。これまで出てきたさまざまな事件を、別の角度から眺めているような感もあり、なるほどそうだったのか、と思わせられることもある。扉子にとっては、面白かったり面白くなかったりそれぞれのようだが、いまのところまだ何を思っているのかはよくわからない。これからどんな風に育っていくのか、栞子の才能を受け継いでいくのか、ますます愉しみなシリーズである。
ドアを開けたら*大崎梢
- 2018/12/15(土) 18:38:30
鶴川佑作は横須賀のマンションに住む、独身の五十四歳。借りた雑誌を返すため、同じ階の住人・串本を訪ねた。だが、インターフォンを押しても返事がなく、鍵もかかっていない。心配になり家に上がると、来客があった痕跡を残して串本が事切れていた。翌日いっぱいまで遺体が発見されては困る事情を抱える佑作は、通報もせずに逃げ出すが、その様子を佐々木紘人と名乗る高校生に撮影され、脅迫を受けることに。翌朝、考えを改め、通報する覚悟を決めた佑作が紘人とともに部屋を訪れると、今度は遺体が消えていた…… 知人を訪ねただけなのに……最悪の五日間の幕が開く! 著者渾身の本格長編ミステリー!
もっとほのぼのとした物語かと思ったら、ドアを開けたら死体があって……、という目を覆いたくなる始まりだった。同じマンションの串本が倒れており、テーブルには飲みかけの紅茶が入った花柄のティーカップが二客。だが、発見者の祐作は、ごくごく個人的な思惑から見て見ないふりをしてしまった。しかし、高校生の少年・紘人に、部屋の出入りを動画に撮られ、なりゆきで、一緒に探偵まがいの行動をとることになるのだった。病死なのか、殺人なのか。殺人だとしたら犯人は誰なのか。探っていくうちに、さまざまな要因が絡んできて、どんどん話がややこしくなる。とはいえ、祐作と紘人が諦めずに調べ回らなければ、串本の汚名は雪がれることがなかったのだと思うと、何やら運命めいたものも感じられる。たった五日間の出来事とは思えないほど、たくさんの事々が詰まっているが、最後はほっと息がつけてよかった。無闇にドアを開けるのが怖くなる一冊かもしれない。
ある女の証明*まさきとしか
- 2018/12/13(木) 18:31:53
幻冬舎 (2018-10-10)
売り上げランキング: 134,939
主婦の小浜芳美は、新宿でかつての同級生、一柳貴和子に再会する。中学時代、憧れの男子を奪われた芳美だったが、今は不幸そうな彼女を前に自分の勝利を嚙み締めずにはいられない。しかし――。二十年後、ふと盗み見た夫の携帯に貴和子の写真が……。「全部私にちょうだいよ」。あの頃、そう言った女の顔が蘇り、芳美は恐怖と怒りに震える。
貴和子というひとりの女を、さまざまな年代に彼女とかかわった人々の目で見せられているような印象の物語である。貴和子が本当はどんな女性だったのか、いい人だったのか、悪女だったのか、幸せだったのか不幸だったのか。貴和子自身の言葉で語られることは全くないので、実際のところは判らないが、わたしには、貴和子自身は、その時その時で、自分に正直に生きているように見受けられる。ただ、どの年代でも、確固とした居場所を見つけることはできなかったように見えるのが、切なすぎる。物語全体を通して、もの悲しさが漂っている気がして、やりきれない気持ちにさせられる一冊である。
ののはな通信*三浦しをん
- 2018/12/12(水) 18:59:01
KADOKAWA (2018-05-26)
売り上げランキング: 15,776
最高に甘美で残酷な女子大河小説の最高峰。三浦しをん、小説最新作。
横浜で、ミッション系のお嬢様学校に通う、野々原茜(のの)と牧田はな。
庶民的な家庭で育ち、頭脳明晰、クールで毒舌なののと、
外交官の家に生まれ、天真爛漫で甘え上手のはな。
二人はなぜか気が合い、かけがえのない親友同士となる。
しかし、ののには秘密があった。いつしかはなに抱いた、友情以上の気持ち。
それを強烈に自覚し、ののは玉砕覚悟ではなに告白する。
不器用にはじまった、密やかな恋。
けれどある裏切りによって、少女たちの楽園は、音を立てて崩れはじめ……。
運命の恋を経て、少女たちは大人になる。
女子の生き方を描いた傑作小説。
昭和59年、ののとはなのミッション系の女子高時代の手紙やメモのやり取りから始まる往復書簡形式の物語である。文章のやり取りだけで、彼女たちの日々がくっきりと浮かび上がってくるのは不思議な感覚である。女子高独特の人間関係や異性間、そこにはまり切れない彼女たちの甘酸っぱく秘めやかな思いの数々。強いようで傷つきやすい少女時代の心と身体。そんなあれこれが、赤裸々につづられていく。そして別れ。大人になった彼女たちの立場や生き方はそれぞれでも、少女時代に共有した時間と感情は、何物にも代えがたいものだったのである。まさに、お互いにお互いを作りあった印象である。キラキラふわふわとした少女時代はそれとして、大人になるということは、わが身だけでなく、周囲の状況や、もっと広く世界の状況にも思いを致さなければならなくなるということでもあるだろう。心の芯に持った誇りに恥じない生き方ができる人はそう多くはないと思うが、自分で考えることを辞めなかった彼女たちなら、きっと毅然と生きていくことだろう。はなの消息も心配だが、信じるしかない。さまざまな要素がぎゅうっと詰まった一冊だった。
インド倶楽部の謎*有栖川有栖
- 2018/12/10(月) 07:30:30
前世から自分が死ぬ日まで―すべての運命が予言され記されているというインドに伝わる「アガスティアの葉」。この神秘に触れようと、神戸の異人館街の外れにある屋敷に“インド倶楽部”のメンバー七人が集まった。その数日後、イベントに立ち会った者が相次いで殺される。まさかその死は予言されていたのか!?捜査をはじめた臨床犯罪学者の火村英生と推理作家の有栖川有栖は、謎に包まれた例会と連続殺人事件の関係に迫っていく!
前世が犯行の動機に絡んでくるというのは、いささか現実離れしている感がなくもないが、関係者たちがかたくなに信じ込んでいるとなれば、これも致し方ないのかもしれない。さらに今作では、火村とアリスが刑事(時にはそれ以上)のような役割をしていて、宿敵・野上とのやりとりも、ちょっぴりいつもと違って、ある意味拍子抜けする場面もある。その野上の着眼と行動力も見るべき点のひとつだろう。以外にも最後はあっさり犯人に行きついてしまったが、ラストの描写を読むと、「もしかしたら?」とほんのわずかな疑念が湧かないでもない。腑に落ちたような落ちないような事件ではある。アリスの活躍は少なめの一冊である。
殺人鬼にまつわる備忘録*小林泰三
- 2018/12/04(火) 07:46:44
幻冬舎 (2018-10-10)
売り上げランキング: 48,943
見覚えのない部屋で目覚めた田村二吉。目の前に置かれたノートには、「記憶が数十分しかもたない」「今、自分は殺人鬼と戦っている」と記されていた。近所の老人や元恋人を名乗る女性が現れるも、信じられるのはノートだけ。過去の自分からの助言を手掛かりに、記憶がもたない男は殺人鬼を捕まえられるのか。衝撃のラストに二度騙されるミステリー。
短期記憶が定着しない田村二吉が主人公なので、チャプターが変わるたびに記憶がまっさらになり、改めて現在の状況を、自らが記したノートで確認するところから始まる。読者はもちろん経緯をすべてわかっているのに、主人公だけが、新たな気持ちで事に当たるのが、新鮮でもありもどかしくもある。経験則が役に立たないというのは、どういうものだろうか、と想像するだけで絶望的になるが、二吉はそんなことすら考える余裕なく、日々を生きている。しかも、触れた人物の記憶を自由に書き換えられる殺人鬼と対峙しているのだから、本人以外の周囲の危機感はさらに増す。ラストは、一見うまくいったように見えるが、いささかもやもやとする気分が残る。本当は何が真実なのだろうか。気になって仕方がない一冊ではある。
30センチの冒険*三崎亜紀
- 2018/12/02(日) 07:27:41
僕が迷い込んだのは、「大地の秩序」が乱れた世界――
三崎亜記のすべてが詰まった傑作ファンタジー!
故郷に帰るバスに乗ったユーリが迷い込んだのは、
遠近の概念が狂った世界だった。
ここでは、目の前に見えるものがそばにあるとは限らず、
屋外に出ればたちまち道に迷ってしまう。
街の人々に教えられ、ユーリはこの世界のことを少しずつ知っていく。
私生活のすべてを犠牲にして、この世界の道筋を記憶する女性「ネハリ」。
不死の「渡来人」。砂漠の先にある「分断線」。
人間と決別し、野生に戻った本たちと「本を統べる者」。
そして、通り過ぎる街の人々を連れ去っていく「鼓笛隊」。
全滅の危機に瀕した街のために、ユーリは立ち上がる。
この世界にあるはずのない「30センチのものさし」を持って。
時空を超えた冒険物語である。ここと、どこかとの境は、ものすごく曖昧で、さまざまな要素が重なり合わないと超えることができないようだが、選ばれ、運命づけられ、時間も空間もあっさり超えて、宿命を果たすために行き来することがある。現実に戻ってみれば、すべてが夢物語のようだが、実際のところはどうなのだろう。不思議な夢をみた夜は、もしかすると本当にその世界へ行っているのかもしれない。なんて思ってしまう一冊だった。
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