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力士探偵 シャーロック山*田中啓文

  • 2019/03/31(日) 16:30:44

力士探偵シャーロック山 (実業之日本社文庫)
田中 啓文
実業之日本社 (2018-10-04)
売り上げランキング: 297,776

力士には向かない職業!?
角界に迷探偵現る!

銅煎部屋で唯一の三役力士・斜麓山(しゃろくやま)は
大のミステリー好きで稽古よりも本の続きが大事。
自分は相撲取りではなく探偵なのだと言いはり、
付け人の輪斗山(わとさん)は悩まされ通しだ。
しかし、彼らの周辺でなぜかシャーロック・ホームズの名作ばりの事件が続発。
はじめて本物の事件を解決しようと乗り出す斜麓山だが、思わず勇み足を!?
爆笑の本格ミステリー。

また相撲界激震!?
まわしを締めた名探偵ホームズ土俵入り?
得意技は猫だましとアリバイ崩し!?

【目次】
第一話 薄毛連盟
第二話 まだらのまわし
第三話 バスターミナル池の犬


あまりにもあり得ない設定過ぎて、かえって入り込みやすい。主人公の斜麓山は、相撲にまったく興味がないのになぜか力士になり、しかも稽古もあまりせずにミステリ小説ばかり読んでいるくせに、結構強いところがなんとも言えずうらやましい。とはいえ、これからはこれほど極端ではなくても、似たような力士が出てくるかもしれないなどと、思ってしまったりもする。親方と斜麓山の間でいちばん苦労させられる付け人の輪斗山には同情するが、この二人のコンビだからこそ面白くもあるのである。このコンビ、もっと見たいものである。文句なく愉しめる一冊だった。

殺人鬼がもう一人*若竹七海

  • 2019/03/30(土) 16:30:44

殺人鬼がもう一人
殺人鬼がもう一人
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若竹七海
光文社
売り上げランキング: 89,056

都心まで一時間半の寂れたベッドタウン・辛夷ヶ丘。20年ほど前に“ハッピーデー・キラー”と呼ばれた連続殺人事件があったきり、事件らしい事件もないのどかな町だ。それがどうしたことか二週間前に放火殺人が発生、空き巣被害の訴えも続いて、辛夷ヶ丘署はてんてこまい。そんななか町で一番の名家、箕作一族の最後の生き残り・箕作ハツエがひったくりにあうという町にとっての大事件が起き、生活安全課の捜査員・砂井三琴が捜査を命じられたのだが…。(「ゴブリンシャークの目」)アクの強い住人たちが暮らす町を舞台にした連作ミステリー。著者の真骨頂!!


ラストにどんでん返しが待ち構えている、と言えばそうなのだが、そのどんでん返しぶりが、ちょっと普通ではない。というか、予想の斜め上を行く感じで、はぐらかされたようでもあり、まんまとしてやられたようであり、病みつきになりそうである。ガラッと視点が変わってすっきりするかと言えばそうとも言い切れないこともあり、その辺りが絶妙で、もやもや感を残しつつ、次に惹き寄せられてしまうようで、妙な魅力がある一冊なのである。もっと読みたい。

つくもがみ笑います*畠中恵

  • 2019/03/26(火) 20:49:58

つくもがみ笑います
つくもがみ笑います
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畠中 恵
KADOKAWA (2019-01-10)
売り上げランキング: 68,183

人から百年以上大事にされた品物は、人ならぬ、つくもがみになるという。
江戸は深川で損料屋を営む出雲屋では、主人の清次と妻のお紅、跡取りの十夜とともに、
そんなつくもがみたちが仲良く賑やかに暮らしていた。ひょんなことから、大江戸屏風に迷い込み、二百年前にタイムスリップしたり、旗本屋敷の幽霊退治にかり出されたり。
退屈しらずのつくもがみたちが、今日も大奮闘!


つくもがみシリーズ第三弾だそうである。第二弾をまだ読んでいなかったのは迂闊だった。出雲屋の跡取り息子・十夜とつくもがみたちは、今作でもあちこちに貸し出され、あるいは勝手に着いてきて、厄介事に巻き込まれることになる。だが、それ以上に、その厄介事の大本を探り当て、解きほぐして丸く収める役に立っている。さすがつくもがみ、お八つが何より好きだと言っても存外誇り高いのである。十夜の人脈も少しずつ広がり、跡取りとしての頼もしさも増してきたと言えるかもしれない。長く続いてほしいシリーズである。

DRY*原田ひ香

  • 2019/03/24(日) 16:34:07

DRY
DRY
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原田ひ香
光文社
売り上げランキング: 25,802

北沢藍は職場の上司と不倫して、二人の子供を置いて家を出た。十年ぶりに実家に戻ると、男にだらしない母と、お金にがめつい祖母がうら寂しく暮らしていた。隣に住む幼馴染の馬場美代子は家族を見送り、今は祖父をひとりで看ている。介護に尽くす彼女は、孝行娘とあがめられているが、介護が終わったその先はどうやって生きていくのだろうか。実は、彼女の暮らす家には、世間を震撼させるおぞましい秘密が隠されていた。注目の作家初のクライムノベル。


タイトルに込められたいろいろな意味を知るにつれ、やるせない思いがどんどん募る。負のスパイラルにはまり込むと、無意識のうちに思考回路の一部が切断されたようになり、これほどまでに選択肢が狭められるのだろうか、と気が重くなる。だが、読み進めていくうちに、だんだん藍や美代子の心の動きがわかってくると、その時選ぶ道はそれが最善のような気がしてきてしまうから恐ろしい。罪に手を染めるきっかけなんて、ほんの一回の歯車のずれだけなのかもしれないとさえ思えてくる。胸の中を冷たい風が吹き抜けるような一冊だった。

定年オヤジ改造計画*垣谷美雨

  • 2019/03/20(水) 16:26:24

定年オヤジ改造計画
定年オヤジ改造計画
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垣谷美雨
祥伝社
売り上げランキング: 30,553

女たちのリアルな叫びに共感必至、旦那にも読ませたい本No.1!?

女は生まれつき母性を持っている? 家事育児は女の仕事? 女は家を守るべき……?
“都合のいい常識"に毒された男たちに、最後通告!

大手石油会社を定年退職した庄司常雄。
夢にまで見た定年生活のはずが、良妻賢母だった妻は「夫源病」を患い、娘からは「アンタ」呼ばわり。
気が付けば、暇と孤独だけが友達に。
そんなある日、息子夫婦から孫二人の保育園のお迎えを頼まれて……。
定年化石男、離婚回避&家族再生を目指して人生最後のリベンジマッチに挑む!


この年代の男性にこれを読ませて、自らを省みる人であるなら、見どころがあると言えるのかもしれない。多くの男たちは、それのどこが悪い、と開き直るのではないだろうか。だとしたらもう、やってられないわ、と女たちに見限られても何も言えないだろう。常雄の元同僚の荒木がまさにそんな男の代表として描かれていて、哀れにすら思えてくる。長い年月の刷り込みというのはほんとうに恐ろしいものだと痛感させられる。そして、共働きが当然のこととされるにもかかわらず、女性の置かれる状況が何ら改善されていない現代において、男性が家事や育児を「手伝う」というのがそもそもの間違いなのだろう。自ら率先して関わってもらわなくては、一家は立ち行かなくなるのである。多分に啓蒙的ではあるが、お説教めいていなくて愉しく読める一冊だった。

そこにいるのに*似鳥鶏

  • 2019/03/18(月) 16:29:06

そこにいるのに
そこにいるのに
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似鳥 鶏
河出書房新社
売り上げランキング: 321,722

曲がってはいけないY字路、見てはいけないURL、剥がしてはいけないシール……読み進めるほど後悔する、13の恐怖と怪異の物語。


ホラーテイストの短編集である。どれもじわりじわりと恐怖が這い上がってくる感じ。いるのに認識されない、いるのにいないものとされる、いるのに自分だけにしか見えない、いるのに他人に認識されない、などなど、存在するのかしないのかという怖さのあれこれが描かれていて面白い。決定的なところまで描き切らない寸止め感も、恐怖を増す効果になっていると思う。ホラー苦手な私でも愉しめるレベルのホラー度の一冊だった。

ショートショート美術館 名作絵画の光と闇

  • 2019/03/17(日) 16:26:35

ショートショート美術館 名作絵画の光と闇
太田 忠司 田丸 雅智
文藝春秋
売り上げランキング: 451,579

ショートショートから作家としてのキャリアをスタートした太田忠司と
新世代ショートショート作家として人気を集める田丸雅智の二人が
ゴッホ、ムンク、マグリットなどの名画をテーマに競作。
絵画の世界に引き込まれる一作です。


10の絵画作品を題材に、田丸雅智氏と太田忠司氏がそれぞれの感性で物語を創っている。同じ絵を見ても、それぞれ受け取るものが微妙に違っているのが興味深く、その表し方もそれぞれで愉しめる。太田氏の方が、どちらかというと想像力を遠くまで飛ばしているような印象であるが、それも含めて愉しめる一冊になっている。

バベル九朔*万城目学

  • 2019/03/16(土) 09:14:39

バベル九朔
バベル九朔
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万城目 学
KADOKAWA/角川書店 (2016-03-19)
売り上げランキング: 223,034

万城目ワールド10周年。新たな幕開けを告げる、最強の「奇書」が誕生! !

俺を追ってくるのは、夢か? カラスか?
作家志望の雑居ビル管理人が巻き込まれた、世界の一大事とは――。

作家志望の「夢」を抱き、 雑居ビル「バベル九朔」の管理人を務めている俺の前に、ある日、全身黒ずくめの「カラス女」が現われ問うてきた……「扉は、どこ? バベルは壊れかけている」。巨大ネズミの徘徊、空き巣事件発生、店子の家賃滞納、小説新人賞への挑戦――心が安まる暇もない俺がうっかり触れた一枚の絵。その瞬間、俺はなぜか湖で溺れていた。そこで出会った見知らぬ少女から、「鍵」を受け取った俺の前に出現したのは――雲をも貫く、巨大な塔だった。
万城目学、初の「自伝的?」青春エンタメ!


夢なのか現なのか、いつもながらに曖昧過ぎてめまいがしそうである。ここにいる自分が現実だと思っている世界とは軸がずれたパラレルワールドが存在し、そこには現実世界の影が溜め込まれ、バベルと呼ばれる塔がどんどん成長していく。その大本は、現実世界のバベル九朔という雑居ビルの管理人である俺の祖父であり、バベル九朔を建てた「大九朔」が造ったものらしい。カラス女に襲われたり、異世界に迷い込んだりと、存在の危機に脅かされながら、何とか生き延びたらしい九朔だったが、そのすべてが夢か、あるいは自身の小説の中の出来事なのかもしれないとも思わされて、読者はなおさら迷路に迷い込まされたような気分になる。自分がいる場所を見失いそうになる一冊だった。

下町ロケット ヤタガラス*池井戸潤

  • 2019/03/13(水) 11:27:23

下町ロケット ヤタガラス
池井戸 潤
小学館 (2018-09-28)
売り上げランキング: 5,171

社長・佃航平の閃きにより、トランスミッションの開発に乗り出した佃製作所。果たしてその挑戦はうまくいくのか――。
ベンチャー企業「ギアゴースト」や、ライバル企業「ダイダロス」との“戦い"の行方は――。
帝国重工の財前道生が立ち上げた新たなプロジェクトとは一体――。
そして、実家の危機に直面した番頭・殿村直弘のその後は――。

大きな挫折を経験した者たちの熱き思いとプライドが大激突!
準天頂衛星「ヤタガラス」が導く、壮大な物語の結末や如何に! ?
待望の国民的人気シリーズ第4弾! !


すでにどっぷりとドラマの映像に浸かってしまったので、頭に浮かぶ映像は、ドラマの通りである。だが、本作は、それで全く問題がないのではないかと思う。ストーリーも、キャラ設定も、ほぼ原作そのままで違和感がない。原作を変える余地がないほど面白かったということなのかもしれない。度重なる試練に見舞われるものの、必ず勧善懲悪の展開になるのも、読んでいて胸がすく。現実にはこうはいかないかもしれないが、小説世界でくらいすっとしたいものである。佃製作所はずっとこのままでいてほしいと願ってしまうシリーズである。

永田町小町バトル*西條奈加

  • 2019/03/11(月) 19:34:29

永田町 小町バトル
永田町 小町バトル
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西條 奈加
実業之日本社
売り上げランキング: 190,827

「法律を変えて、予算を勝ち取る―それができるのは、国会議員だけなのよ」。野党・民衛党から出馬し、初当選した芹沢小町は、「現役キャバクラ嬢」にしてシングルマザー。夜の銀座で働く親専門の託児施設を立ち上げた行動力と、物怖じしないキャラクターがメディアで話題となり、働く母親たちから熱い支持を集めたのだ。待機児童、保活、賃金格差、貧困…課題山積みの“子育て後進国”ニッポンに、男社会・永田町に、小町のパワーは風穴を開けられるのか!?吉川英治文学新人賞作家が挑む、新たな地平!


働く母親と子どもたちにまつわる問題が、具体的に描かれていて、問題点がよくわかる。さらに、国会議員としての駆け引きや、議員として生き抜いて初心を貫く難しさなど、国会議員としてのサバイバルのすさまじさもよくわかる。そんななか、現役キャバ嬢という色物としてのキャラクタを逆手にとって、荒波を渡っていく小町のしたたかさと、良い意味での計算高さがカッコいい。無責任なマスコミや、敵対する与党の女性議員との関わり方も、格好良すぎる。こんな志の高い議員が増えてくれれば、暮らしやすい国になるのになぁ、と思わされる一冊だった。

静かおばあちゃんと要介護探偵*中山七里

  • 2019/03/09(土) 16:35:54

静おばあちゃんと要介護探偵
中山 七里
文藝春秋
売り上げランキング: 213,320

大学でオブジェが爆発し、中から遺体を発見。詐欺師を懲らしめるため2人は立ち上がった。
父が認知症で悩む男性の相談に乗ったら…。同級生が密室で死亡。事故か、他殺か、自殺か。
高層ビルから鉄骨が落下、外国人労働者が被害に。
『さよならドビュッシー』でおなじみ、玄太郎おじいちゃん登場。介護、投資詐欺、外国人労働者…難事件を老老コンビがズバッと解決!日本で20番目の女性裁判官で、80歳となった今も信望が厚い高遠寺静。お上や権威が大嫌いな中部経済界の怪物、香月玄太郎。2人が挑む5つの事件。


一風変わった探偵コンビの誕生である。方や、下半身不随で、車椅子が必須にもかかわらず、アクが強くて上から目線であちこちに口出しするが、自分のなかには確固たる信念を持つ中部経済界のドン・香月玄太郎。方や、優秀な女性判事として名を馳せ、80歳になったいまも、望まれて講演やら大学の非常勤講師やらを務める、正義の人・高遠寺静。なんとも相性の悪そうな二人であり、実際、静はできることなら付き合いたくないと思っているのだが、どうしたわけか、玄太郎に見込まれてしまい、二人で探偵まがいのことをする羽目になったのである。だがこれが面白い。無理難題とわかって吹っ掛ける玄太郎と、それを戒めながらも事件の解明に興味を持って向かう静が、ちょうどいいバランスで成り立っているように見える。これからもこのコンビの活躍を観たいと思わされる一冊である。

あやかし草子 三島屋変調百物語 伍之続*宮部みゆき

  • 2019/03/07(木) 07:53:48

あやかし草紙 三島屋変調百物語伍之続
宮部 みゆき
KADOKAWA (2018-04-27)
売り上げランキング: 24,452

人間の愚かさ、残酷さ、哀しみ、業――これぞ江戸怪談の最高峰!

江戸は神田の筋違御門先にある袋物屋の三島屋で、風変わりな百物語を続けるおちか。 塩断ちが元凶で行き逢い神を呼び込んでしまい、家族が次々と不幸に見舞われる「開けずの間」。 亡者を起こすという“もんも声”を持った女中が、大名家のもの言わぬ姫の付き人になってその理由を突き止める「だんまり姫」。屋敷の奥に封じられた面の監視役として雇われた女中の告白「面の家」。百両という破格で写本を請け負った男の数奇な運命が語られる表題作に、三島屋の長男・伊一郎が幼い頃に遭遇した椿事「金目の猫」を加えた選りぬき珠玉の全五篇。人の弱さ苦しさに寄り添い、心の澱を浄め流す極上の物語、シリーズ第一期完結篇!


565ページというボリュームだが、読み始めてしまえば、あっという間にのめり込んでしまう。ただ、重い。連作でありながら、全体としてひとつの物語になっているので、黒白の間での語りが聴き手のおちかたちに及ぼす影響が、後の一歩につながっていくのが目に見えて興味深い。本作では、三島屋関連のさまざまなことがほどけ、明日につながる礎になったように思う。惹きこまれる読書タイムを味わえる一冊である。

本と鍵の季節*米澤穂信

  • 2019/03/03(日) 16:38:59

本と鍵の季節 (単行本)
米澤 穂信
集英社
売り上げランキング: 2,672

堀川次郎は高校二年の図書委員。利用者のほとんどいない放課後の図書室で、同じく図書委員の松倉詩門(しもん)と当番を務めている。背が高く顔もいい松倉は目立つ存在で、快活でよく笑う一方、ほどよく皮肉屋ないいやつだ。
そんなある日、図書委員を引退した先輩女子が訪ねてきた。亡くなった祖父が遺した開かずの金庫、その鍵の番号を探り当ててほしいというのだが……。

放課後の図書室に持ち込まれる謎に、男子高校生ふたりが挑む全六編。
爽やかでほんのりビターな米澤穂信の図書室ミステリ、開幕!


「913」 「ロックオンロッカー」 「金曜に彼は何をしたのか」 「ない本」 「昔話を聞かせておくれよ」 「友よ知るなかれ」

高校生の図書委員男子二人が探偵コンビとなって、図書室に持ち込まれる謎を解き明かしていく物語である。どれもいささかほろ苦く、完全なるめでたしめでたしというわけではないのだが、その余韻が好ましくもある。探偵コンビにいまはまだある溝のようなものの正体が何なのか、そして、それが埋まる日が来るのか。次作が愉しみな一冊になった。

花だより みをつくし料理帖特別巻*高田郁

  • 2019/03/01(金) 16:32:29

花だより みをつくし料理帖 特別巻
髙田郁
角川春樹事務所 (2018-09-02)
売り上げランキング: 1,800

澪が大坂に戻ったのち、文政五年(一八二二年)春から翌年初午にかけての物語。
店主・種市とつる家の面々を廻る、表題作「花だより」。
澪のかつての想いびと、御膳奉行の小野寺数馬と一風変わった妻・乙緒との暮らしを綴った「涼風あり」。
あさひ太夫の名を捨て、生家の再建を果たしてのちの野江を描いた「秋(しゅう)燕(えん)」。
澪と源斉夫婦が危機を乗り越えて絆を深めていく「月の船を漕ぐ」。
シリーズ完結から四年、登場人物たちのその後の奮闘と幸せとを料理がつなぐ特別巻、満を持して登場です!


どの物語も、人の心情の機微が、さりげないながらも濃やかに描かれていて、しばしば熱いものがこみ上げてきた。平穏無事とは言えないかもしれないが、これまでの波乱万丈さに比べれば、さまざまなことに目途が立ち、苦難があっても立ち向かっていけるだろうと、ある程度安心してみていられる気がする。なにより、人との縁を大切にして、日々を丁寧に暮らしていけば、ほかのことは何とでもなりそうである。本当にこれで最後かと思うと寂しくて仕方がないが、充分に愉しませていただいたシリーズである。