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ひと*小野寺史宜
- 2019/10/28(月) 16:42:41
母の故郷の鳥取で店を開くも失敗、交通事故死した調理師の父。女手ひとつ、学食で働きながら一人っ子の
僕を東京の大学に進ませてくれた母。――その母が急死した。柏木聖輔は二十歳の秋、たった一人になった。
全財産は百五十万円、奨学金を返せる自信はなく、大学は中退。仕事を探さなければと思いつつ、動き出せ
ない日々が続いた。そんなある日の午後、空腹に負けて吸い寄せられた商店街の総菜屋で、買おうとしていた
最後に残った五十円コロッケを見知らぬお婆さんに譲った。それが運命を変えるとも知らずに……。
そんな君を見ている人が、きっといる――。
主人公・聖輔の境遇は、劇的だが、それを除いて、物語は淡々と描かれている。人の縁に恵まれ、自らの判断にも助けられながら、さまざまなものを捨てながらも、それ以上のものを得て生きている聖輔の日々が愛おしくなる。誰かに見せるためでなくても、自分を律し、他人のことを慮って生きている姿に、とても好感が持てる。日々は淡々と過ぎていくように見えるが、確実に何かが積み重ねられているのだと感じられる。もっと他人に頼ればいいのに、と思ってしまうが、それができないところが聖輔であり、それだからこそ今、そしてこれからがあるのかもしれない。頼り合え、支えあえる存在がずっと一緒にいてくれることを願いたくなる一冊である。
ひよっこ社労士のヒナコ*水生大海
- 2019/10/26(土) 12:32:57
パワハラ、産休育休、残業代、裁量労働制、労災、解雇、ブラックバイト…。新米社労士の朝倉雛子(26歳、恋人なし)が、6つの事件を解決。
ひよっこ社労士の朝倉雛子が、さまざまなクライアントのもとへ駆けつけ、各社の問題点を提起し、改善策をアドバイスしながら、人間関係を観察したり、しがらみに絡めとられそうになったりしながらも奮闘し、成長していく物語である。ヒナコの葛藤を、読者も無理なく共有できるので、同じ目線で共感したり憤ったりする愉しみもある。今後の成長も愉しみな一冊である。
いつかの岸辺に跳ねていく*加納朋子
- 2019/10/24(木) 07:21:14
幻冬舎 (2019-06-26)
売り上げランキング: 137,594
あの頃のわたしに伝えたい。明日を、未来をあきらめないでくれて、ありがとう。生きることに不器用な徹子と、彼女の幼なじみ・護。二人の物語が重なったとき、温かな真実が明らかになる。
前半の「フラット」では護の目線で、後半の「」レリーフ」では徹子の目線で語られている。護目線の物語は、ちょっと変わった幼馴染の徹子を、つかず離れず見守り続ける護が見たものが描かれていて、ごく普通の青春物語といった趣である。だが、徹子の語りに入ると間もなく、それまで見てきたものごとの本質がみるみる立ち現われ、腑に落ちるとともに、徹子の健気さに切なくもなる。徹子の人生に思いをいたす時、徹子の健気さに切なくなり、知らずに涙があふれてくる。だが、ラストでその涙は、あたたかいものに変わるのである。徹子がまいた種は、さまざまな場所で実をつけていると確信できる。切ないが、愛情深い一冊だった。
妻のトリセツ*黒川伊保子
- 2019/10/22(火) 16:37:56
いつも不機嫌、理由もなく怒り出す、突然10年前のことを蒸し返す、など、耐え難い妻の言動…。ベストセラー『夫婦脳』『恋愛脳』の脳科学者が教える、理不尽な妻との上手な付き合い方。
本来は夫に読ませるために書かれたもののようであるが、妻であるわたしが読んでもうなずける部分が多くある。だが、男性諸氏からは反発も多いだろうな、とは想像できる。あまりにも、妻中心の家庭の在り方なのである。夫のトリセツもあれば、両方を比べてそれぞれに歩み寄れることはあるかもしれない、とも思う。ともあれ、わたし自身、女性なので、納得できることが大部分ではあるのだが、男性脳の部分も結構あることがわかって興味深かった。まあ、ある意味女性を機嫌よくさせておけば、家内安全と言える、ということではあるだろう、という感じの一冊である。
いけない*道尾秀介
- 2019/10/21(月) 07:34:03
騙されては、いけない。けれど絶対、あなたも騙される。
『向日葵の咲かない夏』の原点に回帰しつつ、驚愕度・完成度を大幅更新する衝撃のミステリー!
第1章「弓投げの崖を見てはいけない」
自殺の名所付近のトンネルで起きた交通事故が、殺人の連鎖を招く。
第2章その話を聞かせてはいけない」
友達のいない少年が目撃した殺人現場は本物か? 偽物か?
第3章「絵の謎に気づいてはいけない」
宗教団体の幹部女性が死体で発見された。先輩刑事は後輩を導き捜査を進めるが。
どの章にも、最後の1ページを捲ると物語ががらりと変貌するトリックが……!
ラストページの後に再読すると物語に隠された〝本当の真相〟が浮かび上がる超絶技巧。
さらに終章「街の平和を信じてはいけない」を読み終えると、これまでの物語すべてがが絡み合い、さらなる〝真実〟に辿り着く大仕掛けが待ち受ける。感戦したくなること必至の、体験型ミステリー小説。
連作短編として読んでも、それぞれに想像を裏切られる展開が盛り込まれているが、長編として読むと、さらに驚きの結末が待っている。ラストを踏まえて思い返せば、あちこちに穴があることに気づくことができるが、初読では全く想像もしていなかった。だが、すんなりすべての仕掛けに気づけたかと言えば、いまだに気づけていないひっかけが潜んでいるのかもしれないという危惧も抱く。どこまで深読みすればいいのか悩ましくもある一冊である。
無実の君が裁かれる理由*友井羊
- 2019/10/19(土) 16:38:18
私が疑いを晴らしてあげる―突然、同級生へのストーカー行為を告発された大学生の牟田幸司。身に覚えはないが、“証拠”を盾に周囲は犯人扱いだ。追い詰められた幸司を救ったのは、冤罪を研究する先輩・紗雪の一言だった。幸司を陥れた“証拠”とは何なのか?調べを進めると、目撃証言や記憶など人間の認知が驚くほど曖昧なものだったことが判明。幸司の疑いは晴れた。真犯人は別にいる、それは誰だ?謎を追う二人の前に、さらなる事件が待ち受けていた!(「無意識は別の顔」)。なぜ冤罪は生まれるのか?人間心理の深奥を暴く!青春&新社会派ミステリー!!
冤罪事件は、身近なところでも案外起こっているのだな、というのがまず初めの印象である。そんな、身の回りで起こる冤罪から、実際に裁かれて刑が確定してしまった冤罪まで、大学生の主人公・牟田が巻きこまれながら、先輩・紗雪のアシスタント的な立ち位置で解き明かしつつ、彼女の抱える屈託をもほぐしていくことになる。人の記憶の不確かさや、思い込みの恐ろしさにも、改めて気づかされる。興味深い一冊だった。
窓の外を見てください*片岡義男
- 2019/10/16(水) 18:45:29
デビューしたばかりの青年作家・日高は、勝負の2冊目執筆のため、かつて親しかった3人の美女を訪ねようと思い立つ。その間にも、創作の素材となる出会いが次々に舞い込んできて…。小説はどのように発生し、形になるのか。めぐり逢いから生まれる創造の過程を愉しく描く。瑞々しい感性を持つ80歳の“永遠の青年”片岡義男、4年ぶりの最新長篇。
いま自分は、小説を読んでいるのか、それとも作中の小説を読んでいるのか、はたまた、作中作の中の小説を読んでいるのか……。ふと判らなくなって、元来た道を引き返して、角から来し方をのぞいてみたくなるような物語である。どこまでが現実であり事実であるのか、どこからが物語であり虚構であるのか。裏の裏は表ではなく、めくればめくるほど別の地平に立っていることに気づくような。きわめて日常的であるにもかかわらず重層的で、なんとも不可思議な一冊である。
てんげんつう*畠中恵
- 2019/10/13(日) 18:32:22
若だんなと長崎屋の妖(あやかし)たちが、不幸のどん底に!? 大人気「しゃばけ」シリーズ最新刊! 病弱若だんなの許嫁・於りんの実家から人がいなくなっちゃったってぇ! まさか一家で夜逃げ……? こんな一大事に、兄やの仁吉は嫁取りを強要され、しかもお相手は天狗の姫!? さらに、突然現れた千里眼を持つ男は、若だんなに「救ってくれないと不幸にする」と宣言するし……。剣呑な風が吹き乱れるシリーズ第18弾!
若だんな・一太郎は、本作ではいままでに増して頻繁に寝込んでいるように見受けられる。だが、そんな自分にほとほと嫌気もさしていて、何とか役に立ってひとり立ちできるようになりたいと願っている。それで無理をして、さらに寝込むことになるのだが……。しばらく前に、そろそろ一太郎もひとり立ちできそうな気配が見えてきたような気がしたのだが、気のせいだったのだろうか。一太郎のためにも、周りの人たちのためにも、丈夫な身体を手に入れられるように願うばかりである。それはさておき、今回も、妖がらみの厄介なあれこれが長崎屋の離れに持ち込まれる。一太郎も、いささか無理をして、あるいは、抱えられるようにして、現場に出向いたり、調べ事をしたりもし、悪夢の中にまで入って、事を収めようと頑張るのである。そしていつものように、妖たちや周りの人々の知恵と力を借りて、何とか丸く収めるのである。次回こそは一太郎が元気に活躍する姿を見たいものだと思わされるシリーズでもある。
ノーサイド・ゲーム*池井戸潤
- 2019/10/10(木) 17:01:41
ダイヤモンド社 (2019-06-13)
売り上げランキング: 1,327
未来につながる、パスがある。大手自動車メーカー・トキワ自動車のエリート社員だった君嶋隼人は、とある大型買収案件に異を唱えた結果、横浜工場の総務部長に左遷させられ、同社ラグビー部アストロズのゼネラルマネージャーを兼務することに。かつて強豪として鳴らしたアストロズも、いまは成績不振に喘ぎ、鳴かず飛ばず。巨額の赤字を垂れ流していた。アストロズを再生せよ―。ラグビーに関して何の知識も経験もない、ズブの素人である君嶋が、お荷物社会人ラグビーの再建に挑む。
発売から間を置かずにドラマ化されたので、どうしても、ドラマのインパクトに引きずられるが、著者の作品のドラマ化は、ほぼ原作通りなので、場面ごとにくっきりと映像が頭に浮かんで、より強い印象で読み進めることができたように思う。ラグビーに関しては、まったく無知なので、文字だけでは想像できなかったと思われる部分も、ドラマで視覚的に見ているので、充分楽しめ、ゲームの臨場感も味わうことができた気がする。映像が先だとがっかりすることの方が多いが、本作は、それを全く感じさせられなかった。ラグビーに興味を持つきっかけにもなる一冊である。
絶声*下村敦史
- 2019/10/08(火) 16:23:08
親父が死んでくれるまであと一時間半――。
もう少しで巨額の遺産が手に入る。大崎正好はその瞬間を待ち望んでいた。
突如、本人名義のブログが更新されるまでは……。
『私はまだ生きている』
父しか知り得ない事実、悔恨、罪などが次々と明かされていく。
その声が導くのは、真実か、破滅か。
驚愕のラスト&圧倒的リーダビリティの極上ミステリー!
すい臓がんを患い、余命いくばくもない時期に突然疾走し、生死不明のまま時が経ち、遺産目当ての子どもたちの動きが慌ただしくなった折も折、父のブログが更新される。失踪宣告は一旦棚上げされ、一日も早く遺産を手に入れるためだけに、子どもたちはあれこれ調べ始めるのだが……。先妻の子どもと後妻の子ども、後妻が離縁された経緯、遺産のために仕組まれたあれこれ、父本人の後悔、などなど、複雑な要因が絡み合い、さらには、父本人によって仕組まれた仕掛けによって、思ってもみない結末を迎えることになる。面白く読んだのだが、登場人物の誰もが、私利私欲のためにしか動いておらず、個人的には誰にも肩入れすることができなかったことが、もうひとつのめり込めなかった一因かもしれない。自らの生き方が招いたこととはいえ、父親の哀れが思われてならない一冊ではあった。
教室の灯りは謎の色*水生大海
- 2019/10/07(月) 16:40:50
KADOKAWA/角川書店 (2016-08-27)
売り上げランキング: 954,112
塾には通いながらも不登校を続ける、高校生の遥。遥には母親が教師をしている学校へ行けない理由があった。ある日、塾の近くのレンタルショップで事件が起き、遥は犯人だと疑われる。窮地を救ってくれたのは、居合わせた塾講師の黒澤だった。寡黙ながら救いの手を差し伸べてくれる黒澤に、遥の心は少しずつ解きほぐされていく。レンタルショップの事件は、遥が不登校になるきっかけとなった出来事にもつながっていき、やがて、黒澤の言葉が彼女の世界を変える――。
言ってみれば、塾講師とその生徒のコンビ探偵物語と言えるだろうか。塾講師の黒澤は、身体に合わないおじさんぽい背広に、実はきれいな顔を隠すようなメガネをかけた、寡黙で一見冷たい先生なのだが、事に当たった際の着眼点と洞察力には、優れたものがある。一方の塾生・遥は、そんな先生を慕って、探偵の助手よろしく、事件にかかわるさまざまな調査を買って出る。それが解決につながることもなくはない。なので、コンビと言っていいかは微妙なところではあるのだが。黒澤の個人の事情に踏み込み過ぎないスタンスは好ましく、遥の一生懸命さも微笑ましい。もっと二人のコンビを見たい一冊である。
うしろから歩いてくる微笑*樋口有介
- 2019/10/06(日) 07:24:30
売り上げランキング: 20,498
鎌倉在住の薬膳研究家と知り合った俺・柚木草平。10年前に失踪した同級生の目撃情報が鎌倉周辺で増えているので調べてほしいと、彼女はいう。早速鎌倉の〈探す会〉事務局を訪ねるが、これといった話は聞けなかった。ところがその晩、事務局で会った女性が殺害されてしまう。急遽、失踪事件から殺人事件に調査を切り替えた柚木が見つけた真実とは? 月刊EYESの小高直海らおなじみのキャラクターに加え、神奈川県警の女性刑事など今回の事件も美女づくし。『彼女はたぶん魔法を使う』からおよそ30年、円熟の〈柚木草平〉シリーズ第12弾。
相変わらず、女性にだらしなく、ふらふらちゃらちゃらしているように見える柚木草平ではある。いい加減この性癖は何とかならないものかとは思いながらも、それが時にはうまい具合に潤滑剤になって、調査が進展することもあることから思えば、ある意味柚木の戦法とも言えるのかもしれないので、まあ一応は容認することにする。見かけとは違って、仕事はきっちりこなし、些細な端緒から事実を導き出す能力には相変わらず長けている。そして、元刑事とは言え、必ずしも真実を法に照らし合わせて罰することを第一義とはしないところも、独特である。罪は罪であろうが、今後の関係者の幸福をいちばんに考えているのだろうことが、(警察的には異論があろうが)好ましくもある。それにしても、「B」に対する嫌悪感はどうしたものだろう。物語に詳細は描かれていないが、二度と立ち直れない仕置きをしてほしいものである。いささか進展にまどろっこしさは感じたが、最後はすっと腑に落ちた一冊である。
三匹の子豚*真梨幸子
- 2019/10/01(火) 16:37:29
『三匹の子豚』が朝ドラで大ヒットした斉川亜樹。鳴かず飛ばずの時代からようやく抜け出し、忙しくも穏やかな生活を送っていた。そんなある日、彼女のもとに武蔵野市役所から一通の封書が届く。その内容は、会った覚えもない、叔母の赤松三代子なる人物の扶養が可能かどうかという照会だった。亜樹はパニックに陥る。見ず知らずの叔母の面倒を本当にみる義務があるのか――と。混乱しつつも役所からの問い合わせは放置していると、急に固定電話が鳴る。電話を取ると、相手は開口一番、赤松三代子のことで話があるという。問い合わせの回答をしていなかったので、役所からの電話かと思いきや、『NPO法人 ありがとうの里』の菊村藍子という人物からだったとわかる。彼女は、会って三代子の話がしたいと言う。仕方なく会う約束をした亜樹だったのだが――。
真梨ワールド炸裂! 衝撃の結末にページをめくる手が止められない!
初めはばらばらだった登場人物たちが、物語が進むにつれてどんどんその関係を明らかにしていくのだが、時間軸が一定ではないせいか、時々あまりに唐突に感じられる場面がある。そこもおそらく著者の意図するところなのだろう。ドキドキが止まらない感じである。そして、誰の言っていることにもどこかに嘘がある印象で、何を信じればいいのか判らなくなることもたびたびである。そしてこのラスト。そこに落としたかと、驚くばかりである。著者らしく厭な後味の一冊である。
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