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死にゆく者の祈り*中山七里

  • 2019/11/30(土) 19:11:32



囚人に仏道を説く教誨師の顕真。ある日、拘置所で一人の死刑囚が目に留まる。それは、大学時代に顕真を雪山の遭難事故から救った、無二の親友・関根だった。人格者として知られていた友は、なぜ見ず知らずのカップルを殺めたのか。裁判記録に浮かび上がる不可解な証言をもとに、担当刑事と遺族に聞き込みをはじめた顕真。一方、友として、教誨師として、自分にできることとは何か。答えの見出せぬまま、再び関根と対峙することとなる。想像を絶する、事件の真相とは。そして、死刑執行直前、顕真が下した決断は―。人間の「業」を徹底的に描く、渾身のミステリ長編!


重い題材の物語である。と同時に、熱い思いの物語でもある。教誨師として、僧侶として、友人として、そして一人の人間として、顕真の衝動と行動は、時として規範を外れてはいても、人の道は踏み外していないと思う。かつて命を助けられた友人の、まさに命の瀬戸際で、その真実を明らかにできたことは、奇跡と言っても言い過ぎではないが、さまざまなめぐりあわせと、顕真の熱意によって成し得たことであるのは間違いない。いろいろ考えさせられる一冊だった。

ひと喰い介護*安田依央

  • 2019/11/27(水) 19:03:56

ひと喰い介護

判断力が、体力が、財産が、奪われていく――。大手企業をリタイアし、妻を亡くして独り暮らしの72歳、武田清が嵌まった、介護業界の落とし穴とは!? 巧妙に仕組まれた罠に孤独な老人たちはどう立ち向かえばよいというのだろう。それは合法か、犯罪か。現代に潜む倫理観の闇に迫るサスペンス。


読み進めるほどに暗澹とした気分に支配される。人の欲望の果てしなさ、寂しさを抱えた人間の弱さ、などなど。年を取ることが恐ろしくなる。性善説では生きられないのだろうか、と希望を失いそうな物語である。だが、自らの欲望しか見えていない人間だけではないのが、ほんのわずかな救いでもある。微力ではあるが、何とかしようとする小さな力が確実にあるのである。いまのところはあまりにも微力すぎるが、この先なんとかなるのではないかという、かすかな希望は抱かせてくれる。自分の頭で考えることをやめてはいけない、と改めて自らを戒めずにはいられない一冊でもある。

小箱*小川洋子

  • 2019/11/26(火) 16:44:08

小箱
小箱
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小川 洋子
朝日新聞出版
売り上げランキング: 4,153

死んだ子どもたちの魂は、小箱の中で成長している。死者が運んでくれる幸せ。
世の淵で、冥福を祈る「おくりびと」を静謐に愛おしく描く傑作。


元幼稚園の園舎に住む主人公は、死んだ子供たちの未来を入れたガラスの小箱の管理人でもある。産院は爆破され、新しい子どもはもう生まれては来ない。子どもを失った親は、その未来を小箱の中に思い描いて祈るのである。元歯科医が削り出す竪琴に、元美容師によって遺髪の弦が張られ、耳飾りとして音楽を奏でる。誰もが思いを込めたやり方で、それぞれの祈りを祈っている。とても静かで濃やかで、この上なく穏やかな心持にさせられはするのだが、その実、奥底では胸をかきむしりたくなるような何かに掻き立てられ、居ても立ってもいられなくなりそうでもある。心を鎮めながら、狂おしく苛んでいる、そんな印象の一冊である。

彼方のゴールド*大崎梢

  • 2019/11/24(日) 16:26:54

彼方のゴールド
彼方のゴールド
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大崎 梢
文藝春秋
売り上げランキング: 16,745

野球もサッカーも知らずスポーツ雑誌に配属された明日香には、ある競技に纏わる苦い思い出が……。人気の出版社お仕事小説第三弾。


自分自身、スポーツには全くと言っていいほど疎いので、読み始めてすぐはどうなることかと思ったが、明日香がGold編集部やスポーツ選手への取材に慣れていくにつれて、一緒に歩むように集中できるようになっていくのが愉しかった。子どもの頃の体験や記憶も絡めて物語は進み、さまざまなスポーツ、さまざまな状況の選手に取材し、次第にスポーツに熱意を抱いていく明日香が輝いて見える。少しずつ自分の中に引き出しが増え、人脈も増えて、通り一遍ではない取材ができる帰社になれそうな兆しが見えて頼もしくもある。個人個人のスポーツとの関わり方もそれぞれで、その背景に思いを致すのもまた興味深い。何かに燃えてみたいと思わされる一冊でもあった。

落日*湊かなえ

  • 2019/11/23(土) 12:47:45

落日
落日
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湊 かなえ
角川春樹事務所 (2019-09-02)
売り上げランキング: 6,290

新人脚本家の甲斐千尋は、新進気鋭の映画監督長谷部香から、新作の相談を受けた。『笹塚町一家殺害事件』引きこもりの男性が高校生の妹を自宅で刺殺後、放火して両親も死に至らしめた。15年前に起きた、判決も確定しているこの事件を手がけたいという。笹塚町は千尋の生まれ故郷だった。この事件を、香は何故撮りたいのか。千尋はどう向き合うのか。“真実”とは、“救い”とは、そして、“表現する”ということは。絶望の深淵を見た人々の祈りと再生の物語。


笹塚町一家殺人事件を題材にした映画を企画している映画監督・長谷部香と、脚本を打診された甲斐千尋が主人公である。
笹塚町に縁のある二人、それぞれの視点で、事件にスポットが当てられ、それぞれの家庭の事情とも絡めて、当時の仔細が少しずつ明らかにされていく。割と早い段階からおそらく多くの読者が真相に近いところまで予想できるとは思うが、それをさらに超えるラストだったのではないだろうか。中盤、進みがゆっくりで、急かしたい気分にならなくもなかったが、そのもどかしさも含めて物語の雰囲気を盛り上げていたように思われる。近くにいても気づかないこと、近くだからこそ知ることができないこともあるのだと、思い知らされる気がする一冊でもあった。

老父よ帰れ*久坂部羊

  • 2019/11/20(水) 18:41:32

老父よ、帰れ
老父よ、帰れ
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久坂部羊
朝日新聞出版 (2019-08-07)
売り上げランキング: 33,555

45歳の矢部好太郎は有料老人ホームから認知症の父・茂一を、一念発起して、自宅マンションに引き取ることにした。
認知症専門クリニックの宗田医師の講演で、認知症介護の極意に心打たれたからだ。勤めるコンサルタント会社には介護休業を申請した。妻と娘を説得し、大阪にいる弟一家とも折にふれて相談する。好太郎は介護の基本方針をたててはりきって取り組むのだが……。
隣人からの認知症に対する過剰な心配、トイレ立て籠もり事件、女性用トイレ侵入騒動、食事、何より過酷な排泄介助……。ついにマンションでは「認知症対策」の臨時総会が開かれることになった。
いったい家族と隣人はどのように認知症の人に向き合ったらいいのか。
懸命に介護すればするほど空回りする、泣き笑い「認知症介護」小説。


認知症の親を自宅で介護する大変さの予備知識になる物語である。認知症を患う父親を家で看たいという長男、その家族、遠方に住む弟一家、マンションの住人たち、それぞれの立場や思いは、その立場になって考えれば、それなりにどれも納得できるものであり、だからこそ、いま自分がどの立場に立っているのかで見方が変わってくることもあるだろうと思われる。並々ならない苦労があることはよくわかるのだが、同居する家族の感じ方や、日々の不自由さがいまひとつ伝わってこなかったのが、いささかきれいごとめいて感じられる一因かもしれないとも思う。現実はとても書き尽くせないものであろうことは想像に難くないので、ある程度仕方のないことかもしれないが、認知症介護の表層をさらっと一通り描いた感が拭えないのも確かである。「自分の都合で考えず、患者本位で接すること」という心構えがわかっただけでも収穫かもしれないと思える一冊である。

あの日に帰りたい 駐在日記*小路幸也

  • 2019/11/18(月) 18:19:08

あの日に帰りたい-駐在日記 (単行本)
小路 幸也
中央公論新社
売り上げランキング: 80,475

1971年。元刑事・蓑島周平と元医者・花の夫婦の駐在生活も板についてきた頃。新たな仲間、柴犬のミルも加わりのんびりした生活……と思いきや、相変わらず事件の種はつきないようで――。平和(なはず)の田舎町を、駐在夫婦が駆け回る!


語り口が東京バンドワゴンと似てきているように感じるのはわたしだけだろうか。特に食事の支度をする場面で、色濃く出ているような気がする。それはともかく、雉子宮駐在所の日々は、大方はのんびりしているものの、いざ何か起こると、結構大事になったりするので気が抜けない。だが、どんな事件であれ、住人のことを第一に考え、この先もよりよく生きて行けるように配慮する簑島巡査や花さんの対応が素晴らしい。真相は、当事者と花さんの日記でしかわからないので、読者はお得である。雉子宮に観光客がたくさん来て、町が潤ってほしいと思いはするが、こののどかさは変わらずにいてほしいと願ってしまうシリーズである。

さよならの儀式*宮部みゆき

  • 2019/11/15(金) 19:07:56

さよならの儀式
さよならの儀式
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宮部みゆき
河出書房新社
売り上げランキング: 3,963

「母の法律」
虐待を受ける子供とその親を救済する奇蹟の法律「マザー法」。でも、救いきれないものはある。
「戦闘員」
孤独な老人の日常に迫る侵略者の影。覚醒の時が来た。
「わたしとワタシ」
45歳のわたしの前に、中学生のワタシが現れた。「やっぱり、タイムスリップしちゃってる! 」
「さよならの儀式」
長年一緒に暮らしてきたロボットと若い娘の、最後の挨拶。
「星に願いを」
妹が体調を崩したのも、駅の無差別殺傷事件も、みんな「おともだち」のせい?
「聖痕」
調査事務所を訪れた依頼人の話によれば----ネット上で元〈少年A〉は、人間を超えた存在になっていた。
「海神の裔」
明治日本の小さな漁村に、海の向こうから「屍者」のトムさんがやってきた。
「保安官の明日」
パトロール中、保安官の無線が鳴った。「誘拐事件発生です」なぜいつも道を間違ってしまうのか……


いつものようにボリュームのある一冊ではあるが、短編集なので、気軽に読み始められるのは確かである。物語のテイストは、完全にとは言わないが、かなりSFに傾いている。しかも、後半になるほどその度合いが増していくので、SFがあまり得意でないわたしは、個人的には前半の方が面白く読めた。ただ、設定が現実世界と違ってはいるものの、考えさせられる要素が盛り込まれているので、惹きこまれる部分もあるし、一歩間違えば身近にあってもおかしくない話でもあり、複雑な思いにもさせられる。読みやすい一冊ではある。

薬も過ぎれば毒となる 薬剤師・毒島花織の名推理*塔山郁

  • 2019/11/12(火) 09:37:16


ホテルマンの水尾爽太は、医者から処方された薬を丹念に塗るも足の痒みが治まらず、人知れず悩んでいた。
薬をもらいに薬局に行くと、毒島という女性薬剤師が症状についてあれこれ聞いてくる。
そして眉根を寄せて、医者の診断に疑問を持ち……。
ホテル客室の塗り薬紛失事件に、薬の数が足りないと訴える老人、
痩身剤を安く売る病院など、毒島は薬にまつわる事件や謎を華麗に解決していく!


お仕事小説、薬剤師編、である。しかも薬にまつわるミステリ仕立てで、とても興味深い。薬や薬剤師に関してはまったく知識はないが、それでも興味津々、物語に惹きこまれてしまう。薬剤師の毒島さんのキャラクタと、彼女と親しくなりたいのになかなか思いが伝わらない爽太のキャラクタとが、物語をさらに面白くしているのは間違いない。二人の関係のこれからは、まだまだ簡単には行きそうもないが、もっと続きを、と思わされる一冊である。

クジラアタマの王様*伊坂幸太郎

  • 2019/11/11(月) 16:56:25

クジラアタマの王様
クジラアタマの王様
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伊坂 幸太郎
NHK出版 (2019-07-09)
売り上げランキング: 18,077

製菓会社に寄せられた一本のクレーム電話。広報部員・岸はその事後対応をすればよい…はずだった。訪ねてきた男の存在によって、岸の日常は思いもよらない事態へと一気に加速していく。不可思議な感覚、人々の集まる広場、巨獣、投げる矢、動かない鳥。打ち勝つべき現実とは、いったい何か。巧みな仕掛けと、エンターテインメントの王道を貫いたストーリーによって、伊坂幸太郎の小説が新たな魅力を放つ。


途中に川口澄子氏のイラスト(と言うかマンガ)を挟みながら、不思議な物語が進むのだが、文字だけではうまく想像がつかない部分を、まさに過不足なくイラストが補完してくれていて、荒唐無稽とも言える物語をリアリティのあるものとして愉しめるようになっている。物語自体は、普段わたしたちが知っているのと似た日常――とは言い切れないが――の世界と、アクションゲームのようなパラレルワールドとを行き来して語られる。あちらがこちらで眠った時に見る夢なら、こちらはあちらで眠った時に見る夢のようでもある。どちらの世界が先にあったのかは、はっきりとは判らないが、あちらの三人の戦士とリンクする人物が、こちらの世界でも知り合いになり、普通とは言えない縁を結ぶことになる。ときどき、どちらも夢なのかもしれないという気分になるくらい、繋がり方が絶妙で、段々境目が曖昧になっているような気もしてしまう。あちこちに寄り道しているように見えて、読み終えてみれば、終始一貫した目的に向かっていたのかもしれないとも思わされる。とにかく、先が気になり続ける一冊だった。

楽園の真下*荻原浩

  • 2019/11/08(金) 18:43:06

楽園の真下
楽園の真下
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荻原 浩
文藝春秋
売り上げランキング: 30,412

日本でいちばん天国に近い島といわれる「志手島」は、本土からは船で19時間、イルカやクジラの泳ぐコーラルブルーの海に囲まれ、亜熱帯の緑深い森に包まれている。
そんな楽園で、ギネス級かもしれない17センチの巨大カマキリが発見された。『びっくりな動物図鑑』を執筆中だったフリーライターの藤間達海は、取材のため現地を訪れるが、 志手島には楽園とは別の姿があった。
2年間で12人が、自殺と思しき水死体で発見されており、ネットでは「自殺の新名所」と話題になって「死出島」と呼ばれていたのだ。
かつて妻を自殺で失った藤間は、なぜ人間は自ら命を絶とうとするのかを考え続けており、志手島にはその取材も兼ねて赴いていた。
やがて島で取材を続ける藤間の身の回りでも不審死が……。


タイトルからは想像できない凄まじさである。ゆるりゆるりとした島時間で過ごす島の人たちだが、ここ二年で12人もの自殺者が出るというのは尋常ではない。しかも、涙人湖(るにんこ)という沼のような湖が、決まってその現場なのである。フリーライターの藤間は、17㎝の大カマキリの情報を追って、志手島にやってきたのだが、志手島野生生物研究センターの秋村准教授とともに調査するうちに、とんでもないことが起こっている気配に、調査にも本腰が入る。次々に明らかになる知られざる事実に愕然とし、そんな暇もないほど緊迫した状況になる。島民のゆるりゆるり体質が恨めしくも感じられる。後半は、アクションホラーと言ってもいいような様相を呈し、頭がなかなか起こっていることを受け入れてくれないが、死と隣り合わせであることだけは確信できる。ラストは、一件落着でめでたしめでたし、かと思いきや、またまた不安の種が蒔かれてしまった。実写化されたとしても見たくない一冊である。

臨床真理*柚木裕子

  • 2019/11/05(火) 16:42:03

臨床真理 (このミス大賞受賞作)
柚月 裕子
宝島社
売り上げランキング: 169,012

第7回『このミス』大賞は大紛糾! 選考委員がまっぷたつに分かれ、喧々諤々の議論の末、大賞ダブルの受賞となりました。本作は、臨床心理士と共感覚を持つ青年が、失語症の少女の自殺の真相を追う、一級のサスペンス!「書きたいものを持ち、それを伝えたいという、内なるパトスを感じさせる。醜悪なテーマを正統派のサスペンスに仕立て上げた手腕を、高く評価したい」茶木則雄(書評家)「文章、会話、冒頭のつかみや中盤の展開など、新人とは思えぬ素晴らしい筆力だ。とりわけ人物に危機の迫るサスペンス・シーンが秀逸」吉野仁(書評家)


障碍者施設、さらにはその中の精神障害を持つと診断された青年と少女を取り巻く物語で、素人がなかなかうかがい知ることができない内部が描き出されている印象である。主人公は、自死して搬送される救急車の中で事件を起こした青年・藤木司と、彼を担当する臨床心理士の佐久間美帆。手に負えないと思った司の内面に心から共感するようになるにつれて、障碍者施設で起こっている悪事に気づいていく。真相に近いものは早くから想像がつくが、真実はさらにおぞましく、思わず目をそむけたくなる。これぞイヤミスである。胸の底にどんどん滓がよどんでいくような心地にもなるが、信頼関係の確かさも感じさせられ、厭なばかりではない気分を味わえる一冊でもある。

わずか一しずくの血*連城三紀彦

  • 2019/11/03(日) 13:33:00

わずか一しずくの血
わずか一しずくの血
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連城 三紀彦
文藝春秋
売り上げランキング: 558,773

薬指に結婚指輪をはめた左脚の白骨死体が山中で見つかり、
石室敬三とその娘は、その脚が失踪した妻のものだと確信する。

この事件をきっかけに、日本各地で女性の身体の一部が発見される。
伊万里で左腕、支笏湖で頭部、佐渡島で右手……それぞれが別の人間のものだった。
犯人は、一体何人の女性を殺し、なんのために遠く離れた場所に一部を残しているのか?
壮大な意図が、次第に明らかになっていく。


流れる空気は全体を通して暗く重いものである。時代の負った罪とでもいうようなものを、全身で憎み恨んでしまったひとりの男と、彼の周りで、知ってか知らずかに関わらずその空気に呑み込まれた人たちの復讐劇というような印象である。まるで、日本という国の負の記憶を一身に背負ってしまったかのような悲壮感と、ある種使命感のようなものが、彼を突き動かす原動力になっているとしか思えない。哀しく重苦しく、切なく澱んだものが折り重なったような一冊だった。