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99%の誘拐*岡嶋二人
- 2020/05/27(水) 19:04:06
末期ガンに冒された男が、病床で綴った手記を遺して生涯を終えた。そこには八年前、息子をさらわれた時の記憶が書かれていた。そして十二年後、かつての事件に端を発する新たな誘拐が行われる。その犯行はコンピュータによって制御され、前代未聞の完全犯罪が幕を開ける。第十回吉川英治文学新人賞受賞作。
時を隔てて起こった二件の誘拐事件。どちらも、犯人からの細かい指示によって、捜査が撹乱され、まんまと身代金を奪われてしまい、犯人逮捕にも至らないという共通点がある。しかも、どちらにもかかわりのある人物が複数いるのである。一件目は、フェリーを使い、二件目はコンピュータのプログラムを駆使して、捜査陣をけむに巻いている。初出はなんと1988年だという。当時の警察には、まだまだ不得意な領域だったのだろう。現代で起こったとしても、かなり厄介なことになりそうな印象である。次にどう出るか、という興味は尽きず、ハラハラドキドキしながら読み進むことができるのだが、誘拐事件という負の連鎖故か、読後にもやもやしたものが残るのは否めないのが残念ではある。それを置けば、愉しめる一冊だった。
終電の神様*阿川大樹
- 2020/05/24(日) 18:28:09
父危篤の報せに病院へ急ぐ会社員、納期が迫ったITエンジニア、背後から痴漢の手が忍び寄る美人―それぞれの場所へ向かう人々を乗せた夜の満員電車が、事故で運転を見合わせる。この「運転停止」が彼らの人生にとって思いがけないターニングポイントになり、そして…あたたかな涙と希望が湧いてくる、感動のヒューマン・ミステリー。
同じ状況下で起こっているさまざまな出来事、それぞれの人々の状況と影響、ドミノ倒しのように、ひとつの出来事がいろいろな連鎖を生むのが興味深い。ひとつひとつの短編は、一話完結の物語として読め、全体を通してみると、あちこちでリンクしたり循環したりしていて、ある種バタフライ効果のような面白さもある。次はどう繋がっていくのだろうという期待感もあって、愉しく読める一冊だった。
22年目の告白――私が殺人犯です――*浜口倫太郎
- 2020/05/22(金) 16:30:59
編集者・川北未南子の前に突如現れた美青年・曾根崎雅人。彼から預かった原稿は、時効となった連続殺人事件の犯行を告白したものだった。その残忍な犯行記録『私が殺人犯です』はたちまちベストセラーとなり、曾根崎は熱狂を煽るかのように世間を挑発し続ける。社会の禁忌に挑む小説版『22年目の告白』。
映画ありきの小説だとは知らずに読み始めたのだが、小説としても充分愉しめる。殺人にまだ時効があった時代だからこその、刑事たちの無念や無力感、犯人のスリルと自己主張、そしてラストのカタルシスが成立する物語である。途中から、薄々犯人はあの人物では、と思ってはいたが、動機が想像できず半信半疑でいたのだが、そういうことだったのか。とは言え、そこまで強い衝動に結び付くのかどうかは、いささか疑問に思わなくもなかった。全体を通しての緊迫感と、人の思いの強さがひしひしと伝わる一冊だった。
プリンセス・トヨトミ*万城目学
- 2020/05/19(火) 16:47:13
このことは誰も知らない―四百年の長きにわたる歴史の封印を解いたのは、東京から来た会計検査院の調査官三人と大阪下町育ちの少年少女だった。秘密の扉が開くとき、大阪が全停止する!?万城目ワールド真骨頂、驚天動地のエンターテインメント、ついに始動。特別エッセイ「なんだ坂、こんな坂、ときどき大阪」も巻末収録。
前半は、会計検査院の仕事が描かれていて、お仕事小説か、と思わされる。いつ万城目ワールドに連れて行ってくれるのか、と訝しみ始めるころ、やっとのことで雲行きが怪しく(正しく?)なってきて、そこからはぐんぐん思いもしない方向に物語が進んでいく。だが、荒唐無稽で想像もできない展開か、と聞かれれば、全面的に首肯することができるわけではなく、なんとはなしに、大阪でならあり得るかもしれない、とも思わされてしまう。大阪国民カッコイイ、とエールを送りたくもなってしまう。そしてさらには、会計検査院の面々、松平、鳥居、旭・ゲーンズブールの三人のキャラがそれぞれ立っていて魅力的なのである。それぞれに自分の役割を果たしている感じが、三人らしくていい。登場人物みんなに好感が持てて、愉しい読書タイムをくれる一冊だった。
屋上のテロリスト*知念実希人
- 2020/05/16(土) 16:34:08
一九四五年八月十五日、ポツダム宣言を受諾しなかった日本はその後、東西に分断された。そして七十数年後の今。「バイトする気ない?」学校の屋上で出会った不思議な少女・沙希の誘いに応え契約を結んだ彰人は、少女の仕組んだ壮大なテロ計画に巻き込まれていく!鮮やかな展開、待ち受ける衝撃と感動のラスト。世界をひっくり返す、超傑作エンターテインメント!
日本が東と西に分断され、社会主義国家と自由主義国家に分かれて敵対している、という状況で、近未来のことかと思えば、なんと出版されたのと同時代(2017年)の物語なのだった。荒唐無稽な設定ではある者の、細菌テロとか、地域の分断とか、現在の状況を思い起こさせる要素もあり、なんとなく重ね合わせて読んでしまったりもしたので、著者の意図とは外れた読み方になったかもしれないが、鬱陶しい気分を吹き飛ばしてくれる一冊になった気がする。
青天の霹靂*劇団ひとり
- 2020/05/14(木) 18:53:32
学歴もなければ、金もなく、恋人もいない三十五歳の晴夫。一流マジシャンを目指したはずが、十七年間場末のマジックバーから抜け出すことができない。そんなある日、テレビ番組のオーディションではじめて将来への希望を抱く。だが、警察からの思いもかけない電話で、晴夫の運命が、突如、大きく舵を切る―。人生の奇跡を瑞々しく描く長編小説。
負け続きでいいことなどなにもないと、拗ねた気持ちで日々を過ごしている35歳の売れないマジシャン・轟晴夫の物語である。これから自分が勝ち組になれる可能性など無きに等しいと、わが身に起こる負の要素に言い訳ばかり繰り返してきた。そんなとき、警察から電話があり、久々に、捨ててきた父親に思いを馳せる。そこからがこの物語のクライマックスである。荒唐無稽な設定ではあるが、思わず惹き込まれ、晴夫の気持ちに寄り添って一緒に感動してしまった。いい話だった、と思わせてくれる一冊である。
サマー・キャンプ*長野まゆみ
- 2020/05/13(水) 16:30:51
「愛情など、断じて求めない、はずだった」 体外受精で生まれた温は出生の秘密を自らの手で明かそうと決意するのだが…。近未来を舞台に、人間が種として背負うべき未来への責任を問う書き下ろし長編小説。
近未来の物語だが、人間が自らの遺伝子を操作することに高いレベルで熟達すれば、現実問題としてこんな状況が決して珍しいことではない世の中になるのかもしれない、と戦慄さえ覚える。自然な営みや、本能としての愛の探求。そんなものが、懐かしい過去の話になってしまう日が来るかもしれないというのは、恐ろしさもあり、寂しさもある。そして、彼らが抱える葛藤は、決して彼ら自身が望んだことではないのであり、その理不尽さには胸が痛む。もがきながら懸命に自分を探して生きている彼らが、愛おしくもあり哀しくもある。この世界に幸福はあるのだろうか、と考えさせられる一冊でもある。
リレキショ*中村航
- 2020/05/12(火) 07:48:13
大切なのは意志と勇気。それだけでね、大抵のことは上手くいくのよ―“姉さん”に拾われて“半沢良”になった僕。ある日届いた一通の招待状をきっかけに、いつもと少しだけ違う世界が、ひっそりと動き始める。深夜のガソリンスタンドが世界を照らし出す、都会の青春ファンタジー。第三九回文藝賞受賞作。
半沢良は誰なのか。読み進んでいけば謎が解けるのかと思ったが、そういうわけでもなく、物語は、半沢良を日々創り上げる過程が淡々と描かれている。そしてその結果が「リレキショ」に書き加えられ、さらに半沢良になっていく。名前や生年月日、生い立ちやさまざまなことは、生きていく上での必須条件ではなく、いまをどう生き、周りとどう関係性を築いていくかが大切なのだと思わされる。半沢良が本当は誰なのか、とてもとても知りたくなるが、それはたぶん知らぬが花でもあるのだろう。遠くて近く、とても寂しくてあたたかい。胸の奥がきゅんとする一冊だった。
第一級殺人弁護*中嶋博行
- 2020/05/09(土) 18:20:42
自白した被疑者がなぜ無罪に!?救済されるべき被害者に法はいったい何ができるのだろうか。金融犯罪、中国系マフィア、そして快楽殺人。イリーガルに挑む刑事当番弁護士・京森英二が直面した事件は、日本の社会病理と深く係わっていた。現役弁護士ならではの精密な筆致で描く傑作リーガル・サスペンス。
なんだかやる気のなさそうな、おざなりな感じの冴えない弁護士・京森英二が主人公。当番弁護を何とか免れようとするが、いつも捕まってしまい、無難に切り上げようとするも、ちょっとした違和感や、些細な引っ掛かりを放っておけず、首を突っ込むうちに、事件の真相を暴き出してしまう。結果的に見ると見事なのだが、優秀という印象にはどうにも程遠い。なぜかと言えば、物語の最後に、何かしら間抜けな結果が待ち構えていたりするのである。だがそれが、人間臭くて魅力にもなっているのかもしれない。憎めない京森なのである。次第に京森に期待しはじめてしまう一冊である。
見えない貌*夏木静子
- 2020/05/06(水) 16:31:27
最愛の娘が行方不明の末、惨殺死体で発見された!母親の朔子は、携帯メールから娘の孤独を知り、愕然とする。そこで彼女は、娘の携帯に残された「メル友に会いに行く」という言葉から、ある男に辿り着くが…。思いもかけぬ、第二の事件が起きる。わが子を思う究極の愛とは!?―著者が綿密な取材と法廷小説の手法を駆使して、読者を驚愕の真相へと導く推理巨編。
初出は2004年である。スマホなどまだなく、二つ折りの携帯の小さな画面で、パケ代を気にしながら、初めて体験するネットの世界を興味津々で泳ぎ回っているころである。日常に小さな鬱屈を抱いている人々が、小さな画面の中で見知らぬ誰かと出会い、一時の夢を見ようとしたばかりに、いざ現実に引き戻されると、痛ましい事件に発展してしまう。あの時代のネットのわくわく感と危うさが絶妙に描かれていると思う。そして、二組の親子が大きなうねりに巻き込まれている。母と娘、父と息子。わが子を守ろうとする親の思いの執着があまりに強すぎたために、第一の事件とは別の次元に進んでいく。前段は、殺された晴菜の母・朔子の目線で、後段は、加害者弁護士のタマミの視点で物語を見ることになる。どちらにしろ、救いはどこにもない。目の前に示されたものから推測されることと、事実との乖離。一度思い込まされたものを覆すことの難しさ。さまざまなことを考えさせられる一冊でもあった。
憑神*浅田次郎
- 2020/05/02(土) 13:34:40
時は幕末、処は江戸。貧乏御家人の別所彦四郎は、文武に秀でながら出世の道をしくじり、夜鳴き蕎麦一杯の小遣いもままならない。ある夜、酔いにまかせて小さな祠に神頼みをしてみると、霊験あらたかにも神様があらわれた。だが、この神様は、神は神でも、なんと貧乏神だった!とことん運に見放されながらも懸命に生きる男の姿は、抱腹絶倒にして、やがては感涙必至。傑作時代長篇。
文武両道に秀でており、人柄も申し分ないのに、不運につきまとわれているような彦四郎だが、ある日、河原で朽ちかけていた祠に手を合わせたばかりに、さらに厄介なものに憑かれてしまう。貧乏神、疫病神、死神、という何とも豪華な(?)ラインナップであるが、これがなんとも人情味があって微笑ましかったりもしてしまうのだが、災厄はしっかり身に降りかかり、難儀する。ただ、宿替えなどという奥の手を使い、なんとかかんとか乗り越えていくのもまた一興。彦四郎のキャラクタの魅力と、周りの人たちの魅力、そして、時代の変化と武士の葛藤。さまざまなものが織り込まれて充実した一冊になった。
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