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アンソロジー 隠す*アミの会(仮)

  • 2020/07/28(火) 16:26:13


誰しも、自分だけの隠しごとを心の奥底に秘めているもの―。実力と人気を兼ね備えた11人の女性作家たちがSNS上で語り合い、「隠す」をテーマに挑んだエンターテインメントの傑作!多彩な物語全てに、共通の“なにか”が隠されています。(答え掲載の「あとがき」は、最後にお読みください)これが、本物の短編小説集。


作家のみなさんご自身が、愉しんで原稿用紙に向かわれているのが伝わってくるので、読者も、構えることなく物語に迎えるように思う。そして、裏切られることなく愉しみとおすことができるのである。「隠す」、タイトルだけで魅惑的な響きである。隠されれば覗きたくなるのが人情だろう。その欲求を見事に満たしてくれる一冊である。

妖の掟*誉田哲也

  • 2020/07/25(土) 07:36:00


人の世の日陰で数百年を共に生きてきた紅鈴と欣治の運命が、ヤクザの抗争によって動きだす。『妖の華』に続く最強ヒロイン登場!


シリーズものと知らず、前作『妖の華』を読まずに本作を読んでしまったが、別に問題なく愉しめた。いろいろと改修されないままの要素もあるにはあるが、それを超える大きな出来事が古来から脈々と続いていて、少しずつ形を変えながら、この後も続いていくのだろうという、何やら背筋がぞくっとするような心地に包まれる。ただ、本作は、紅鈴のほんのひとときの幸福な時間が描かれてもいて、読み終えると、、その寂しさが際立ったように思われる。前作を読めば、さらに前提が理解できそうなので、ぜひ読んでみようと思う。壮絶で幸福で哀しい一冊である。

宝の山*水生大海

  • 2020/07/21(火) 16:28:24


かつては温泉客で賑わっていた岐阜県宝幢村。十六年前の地震で温泉が涸れ、村は衰退する一方だ。この村で生まれ育った希子は、地震で家族を亡くし、伯父夫婦と暮らしている。年金で生活を支えながら伯父の介護に明け暮れる日々だが、村役場の課長・竜哉との結婚が決まり、伯母は誇らしそうに嫁入り道具を披露している。希子が暮らす家と空き家を挟んだ隣家に住むのは、七年前にIターンしてきた長谷川一家。家にはいつも頑丈に鍵が掛けられ、高校生の長男・耀は奇声を上げて自転車で走り回るなど、村人から不審がられていた。ある日、村おこしのために雇われたブロガー・茗が突如消えてしまう。希子は、村長の妻であり、農園や工場を手広く商う来宝ファームの社長・麗美に、茗の代役を強引に依頼されるが…


過疎の町で起こる土地の名士一族に関わる禍々しい物語、というイメージで読み始めたが、もう少し現代的なストーリーではあった。だが、あながち外れというわけでもなく、二大名家の諍いの果てにもたらされた凶事の様相もある。そして、介護という苦労をしてはいるが、外の世界を知らない、いわゆる箱入り娘だった希子の成長物語でもあり、唯一希望があるとしたら、そこかもしれない。耀一家がもっと大きなカギになるのかと思ったが、その辺りはいささか肩透かしを食わされた感もある。桜がきれいに咲き誇るほど、禍々しさが増すような気がする一冊でもある。

さよなら願いごと*大崎梢

  • 2020/07/17(金) 16:33:45


夏休み。琴美の家に、子供たちの謎を解決してくれる青年がやってきた。祥子は想い人から、思いもよらぬ相談を持ちかけられる。沙也香は、それとは知らず、大人たちの「不都合な真実」を掘り起こす。それぞれの謎を追いかけた、それぞれの夏休み。悪意が自分に向けられるとは、想像もしていなかった。意外なつながり、意外な真相。鮮やかに紡がれた長編ミステリ!


読み始めてしばらくは、子ども探偵団にやさしいお兄さんが協力してくれて謎を解くような物語かとおもったが、扱われている題材はかなりシビアなもので、章ごとに、別の場所で違う人たちが、同じ出来事に疑問を抱き、それぞれが調べを進めていく中で、章を追うごとに少しずつすべての人や調査の結果がつながり、さまざまな角度からひとつの事実を明らかにするのである。登場人物が多いので、後半で再度登場する人物がどういう人だったか、時々思い出せなくなることもあったが、物語の流れで、何とか思い出せたりもした。物事の表と裏や、同じ出来事でも、立場や見る角度によってあまりに違って見えることの恐ろしさなど、考えさせられることもいろいろあった。さまざまな誤解も解けたし、新しいつながりも生まれて、まずはよかったと言える後味の一冊だった。

明日町こんぺいとう商店街--心においしい七つの物語

  • 2020/07/14(火) 18:33:44


ようこそ!すこし不思議で、どこかなつかしい「明日町こんぺいとう商店街」の世界へ―。マスコットの「招きうさぎ」が目印の商店街を舞台に、七名の人気作家が描く、ほっこりおいしい物語。人気アンソロジー、待望の第4弾!


 一軒目――「サクマ手芸店」 寺地はるな
 二軒目――「ツルマキ履物店」 蛭田亜紗子
 三軒目――「川平金物店」 綾瀬まる
 四軒目――「~中古レコードの買取・販売~しゑなん堂」 芦原すなお
 五軒目――「インドカレー ママレード」 前川ほまれ
 六軒目――「カフェ スルス」 大島真寿美
 七軒目――「おもちゃ屋「うさぎ屋」」 山本幸久


シリーズ一冊目の後、二作目三作目が出ているのに気づかず、読まないままで四作目である。でも、まったく違和感なく、すんなりとこんぺいとう商店街を散策している気分に浸れる。一作目でも書いたが、アンソロジーとは思えないような統一感のある物語集なので、どのお店にも入ってみたい気持ちになりながら愉しむことができる。若い人たちがどんどん新しいことを始めていきそうな気配もあり、これからも愉しみなシリーズである。

<あの絵>の前で*原田マハ

  • 2020/07/12(日) 19:10:57


どこかの街の美術館で小さな奇跡が今日も、きっと起こっている。人生の脇道に佇む人々が“あの絵”と出会い再び歩き出す姿を描く。アート小説の名手による極上の小説集。


 「ハッピー・バースデー」 <ドービニーの庭> ゴッホ ひろしま美術館
 「窓辺の小鳥たち」 <鳥籠> ピカソ 大原美術館
 「檸檬」 <砂糖壺、梨とテーブルクロス> セザンヌ ポーラ美術館
 「豊穣」 <オイゲニア・プリマフェージの肖像>  クリムト 豊田市美術館
 「聖夜」 <> 東山魁夷 白馬の森 長野県信濃美術館
 「さざなみ」 <睡蓮> モネ 地中美術館

もっと絵が前面に出た物語かと思ったが、さにあらず。絵がなければ始まらない物語ではあるのだが、美術に疎い人でも、美術館に行ったことがない人でも、思わず美術館に足を運んで、その絵のまえに立ってみたくなるような、心の奥底にほんのりと明かりがともるような、満ち足りて穏やかでしあわせにしてくれるような、やさしいストーリーなので、いつの間にか惹きこまれている自分に気づくのである。何度も熱いものがこみ上げてくる。心が豊かになるような一冊だった。 

夜がどれほど暗くても*中山七里

  • 2020/07/09(木) 18:34:18


人間の不幸に底はないのか?水に落ちた犬は叩かれ続けるのか?息子の殺人疑惑で崩れ去った幸せ―。スキャンダルとネットの噂に奪われた家族。だが男は諦めなかった―。


息子が殺人を犯し、しかもその場で命を絶ったと、警察から知らされた、大手出版社の雑誌の副編集長・志賀の目線で描かれた物語である。息子・健輔は、大学のゼミの教授の家に押しかけ、教授とその夫を殺したあげく自殺したという。仕事にかまけて、ひとり息子と向き合わずに来た志賀は、健輔のことを何も知らないことに愕然とする。妻の鞠子との関係も壊れ、その後の志賀がどう行動するのか興味深かったが、まず不思議に思ったのは、健輔の犯行を思いのほかあっさりと認めてしまったように見えることである。いくら最近の彼のことを知らないとはいえ、そこまでの状況に陥った理由を突き詰め、息子の無実の可能性を探ろうとしなかったのが、いささか腑に落ちないところではある。そこを於けば、犯罪加害者家族に向けられる世間のバッシングや、ひとり残された被害者の中学生の娘のその後など、興味深く惹きつけられる要素は多かった。最終的にはよかったと言えるのかもしれないが、失った命が帰らない限り、後味の悪さは残る一冊ではある。

銀行狐*池井戸潤

  • 2020/07/06(月) 18:24:43


銀行には金と秘密と謎がある。いや時には、頭取宛てに「狐」から脅迫状が届いたり、金庫室から老婆の頭部が見つかることも―怨みを買うことは日常茶飯事、となれば犯人像もまた多岐にわたる。動機は金の怨みか、憎しみか、悲しみか。日常に亀裂が走り、平凡な人間に魔が差すときを描いた、ミステリー短編集全5編。


表題作のほか、「金庫室の死体」 「現金その場かぎり」 「口座相違」 「ローンカウンター」

一般には知られざる銀行内部の事情や実情、からくりなどがうかがい知れて、興味深くもあり、恐ろしくもある。個人情報がここまで細かくさらされていると思うと、銀行員のモラルは徹底的に管理してもらわなければ怖くて銀行を利用できなくなりそうでもある。物語は、どれも思ってもいない展開を見せ、狸と狐の化かし合い的なものから、ストーカー的なものまで幅広く、そのどれもが恐ろしが、惹きこまれる。銀行内部を知っている著者ならではの一冊である。

礼儀正しい空き巣の死*樋口有介

  • 2020/07/04(土) 16:19:31


東京・国分寺市の閑静な住宅街で、盗みに入ったホームレスが風呂を拝借してそのまま死んだ。靴を揃えて服を畳み、割れたガラスを補修して、やけに礼儀正しい空き巣の最期だった。死因は持病の心疾患で事件性はなく、刑事課の管掌外。だが臨場した金本刑事課長は、そこが三十年前の美少女殺害事件の隣家であることに気づいた。これは単なる偶然か、何かの因縁なのか?金本から相談を受けた卯月枝衣子警部補は、二つの死の繋がりを探るべく、極秘に捜査を継続する。三十年越しの“視線”にゾッとする、新感覚ミステリー!


「礼儀正しい空き巣の死」から、芋づる式に暴かれていく未解決事件の真相が、どれもこれもおぞましくて身震いする。だが、現場を踏んだ刑事の勘や、なんだか嫌な感じ、という違和感のようなものは、存外侮れないというのは、小説の中だけではなく、現実にもあるのではないだろうか。そこに拘るか、通り過ぎてしまうかが、その後の捜査の重要なポイントになったりすることもあるだろう。本作は、拘りぬいた刑事の勝利である。さまざまな要素を盛り込み過ぎた感は否めないが、あっちもこっちも展開が気になって、興味深く読める一冊だった。

天国旅行*三浦しをん

  • 2020/07/01(水) 16:32:54


現実に絶望し、道閉ざされたとき、人はどこを目指すのだろうか。すべてを捨てて行き着く果てに、救いはあるのだろうか。富士の樹海で出会った男の導き、命懸けで結ばれた相手へしたためた遺言、前世の縁を信じる女が囚われた黒い夢、一家心中で生き残った男の決意―。出口のない日々に閉じ込められた想いが、生と死の狭間で溶け出していく。すべての心に希望が灯る傑作短編集。


タイトルの軽快さとは裏腹に、「心中」が題材の物語である。ひと口に心中と言っても、そこに辿り着くまでの道筋は、千差万別。心中の数だけわけがあり、心中の数だけ憂いがあり、心中の数だけ葛藤がある。そんな一筋縄ではいかない心中に至る心の闇と、決意してからのあれこれが淡々と描かれている。ただどの物語も、人生に見放されました、ここで終わりにします。などという簡単なものではなく、心中その後があるのがミソなのかもしれない。生きていくとは何かを考えてみたくなる一冊である。