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向こう側の、ヨーコ*真梨幸子

  • 2020/10/30(金) 16:47:29


独身を謳歌する陽子には幼い頃からよく見る夢があった。それは、もう一人の私、かわいそうなヨーコが出てくる夢。一方、夫と子供の世話に追われる陽子は愚痴ばかりこぼす毎日を送っていた。境遇の異なる二人の陽子の人生が絡み合う、イヤミスの傑作!


CHAPTERごとにA面とB面があって、その度に場面が転換する。A面は、独身を謳歌している小説家の陽子。B面は、結婚して子供もいる陽子。こちらは、A面の陽子の夢の中の世界らしいのだが、読み進めるうちに、存在感がものすごくリアルになってきて、どちらが現実なのか夢なのか、頭の中がぐるぐるしてくる。その理由のひとつは、関係性こそ違っているが、登場人物がほぼ同じだということだろう。さらには、関係性が違っても、その人物に対する陽子の感情が似通っているので、さらに境界が曖昧になっているのかもしれない。夢の中のはずの世界で起こったことが現実にも起こったり、どちらがどちらかめまいがしそうでもある。どちらの世界でも、陽子の周りで次々に起こる殺人事件。真犯人は、途中で予測できたが、最後の最後に現実に立ち戻らせてくれたのも、その犯人だったと言える。結局は、すべては自分の身から出たことなのではなかったのか。もどかしく、苛立たしく、厭な気分にさせられる一冊だった(誉め言葉であるのはもちろんだ)。

百年と一日*柴崎友香

  • 2020/10/27(火) 18:40:06

学校、島、家、映画館、喫茶店、地下街の噴水広場、空港…… さまざまな場所で、人と人は人生のひとコマを共有し、別れ、別々の時間を生きる。 大根のない町で大根を育て大根の物語を考える人、屋上にある部屋ばかり探して住む男、 周囲の開発がつづいても残り続ける「未来軒」というラーメン屋、 大型フェリーの発着がなくなり打ち捨てられた後リゾートホテルが建った埠頭で宇宙へ行く新型航空機を眺める人々…… この星にあった、だれも知らない、だれかの物語33篇。作家生活20周年の新境地物語集。


まず注目するのは目次である。ここだけで、すでに物語感満載で、ほとんどどんな物語なのか見当がつく。そして本編。見当をつけたとおりだったり、ちょっと予想を裏切られたりしながらも、そこでは人々が暮らし、出会い、別れ、再開したり、噂を耳にしたりしながら、時間が経過していく。ひとつずつは短い物語なのだが、その場所の歴史が濃密に詰まっているような充実感を味わえる。厳密にいえば違うのだが、ある意味定点観測のような、変わらなさと、変化の激しさのどちらもが、見事に両立している印象でもある。ただの記録のようでもあり、風景の写生のようでもあり、奥深い告白のようでもある。とても興味深い一冊である。

二百十番館にようこそ*加納朋子

  • 2020/10/24(土) 07:59:42


ネトゲ廃人で自宅警備員の俺は、親に追放されるように離島での暮らしを始める。金銭面の不安解消のためにニート仲間を集めてシェアハウスを営むうちに、ゲームの中だけにあった俺の人生は、少しずつ広がってゆき…。青い海と空のもと始まる、人生の夏休み!


ニートや落ちこぼれ、その家族、離れ小島の住民のお年寄りたち。それぞれの胸の裡の思いが、いい具合に作用して、若者たちが少しずつ自分に自信をつけてひとり立ちに向かって歩む物語。初めはどうなることかと思ったが、もともとの性格が真っ直ぐならば、環境と人間関係と、ほんの少しだけの勇気で、人はこんなにも充実した日々を送ることができるのだと、胸が熱くなる。親も子も島民も、みんなを応援したくなる一冊である。

高座のホームズ 芝浜の天女*愛川晶

  • 2020/10/21(水) 07:31:55


天女のように美しく、質素で健気な若い妻。その完璧な笑顔の裏に隠された秘密とは!?テレビやラジオで落語が大人気だった、賑やかなりし昭和五十年代。女に金に、そして芸の道に悩める噺家たちが、今日も探偵・林家正蔵(のちの彦六)の住む長屋へとやってくる。笑いと人情にあふれた無類の落語ミステリー第四弾。


いつもながら、安定して面白い。今回は、鏡楽師匠の飼い猫・黒兵衛に絡む騒動と、鏡治の美しすぎる妻に絡む謎とき物語である。さらっと読み流していた要素が、巡り巡って謎を解くカギになったりしていて、うかうかしてはいられない感じである。もちろん、どれも落語と密接にかかわっていて、お見事としか言いようがない。神楽坂界隈の雰囲気とも合わせ、粋を感じられる一冊でもある。

十字架のカルテ*知念実希人

  • 2020/10/17(土) 16:38:55


正確な鑑定のためにはあらゆる手を尽くす――日本有数の精神鑑定医・影山司の助手に志願した新人医師・弓削凛は、犯罪者の心の闇に対峙していく。究極の頭脳戦の果てに、影山が見据える未来とは。そして凛が精神鑑定を学ばねばならない理由とは……。


 第一話 闇を覗く
 第二話 母の罪
 第三話 傷の証言
 第四話 時の浸食
 第五話 闇の貌

五人の被疑者の精神鑑定の顛末の物語である。個々に事情も状況も異なり、出現している症状も違うが、それぞれに、真摯に真剣に向かい合う影山医師の姿勢が素晴らしい。志願して助手に着いた新人医師・弓削凛は、影山の後姿を見て研鑽を積むが、彼女の胸の裡には実は隠された強い意志があるのだった。影山のアプローチの仕方や、凛の、未熟だからこその視点が相まって、被疑者のほんとうの症状を見定めていく過程は、とても興味深いものである。人間対人間として、心の闇にどこまで踏み込めるのか、それを明らかにできるのかは、まだまだ分からないことが多いが、常に最善を目指して患者と向き合う姿勢のすばらしさは伝わってくる。それとともに、人の心の闇の深さの並々ならなさをも感じさせられる一冊だった。

こんぱるいろ、彼方*椰月美智子

  • 2020/10/14(水) 18:33:31


サラリーマンの夫と二人の子どもと暮らす真依子は、近所のスーパーの総菜売り場で働く主婦だ。職場でのいじめに腹を立てたり、思春期の息子・賢人に手を焼いたりしながらも、日々は慌ただしく過ぎていく。
大学生の娘・奈月が、夏休みに友人と海外旅行へ行くと言い出した。真依子は戸惑った。子どもたちに伝えていないことがあった。真依子は幼いころ、両親や兄姉とともにボートピープルとして日本に来た、ファン・レ・マイという名前のベトナム人だった。
真依子の母・春恵(スアン)は、ベトナム南部ニャチャンの比較的豊かな家庭に育ち、結婚をした。夫・義雄(フン)が南ベトナム側の将校だったため、戦後に体制の変わった国で生活することが難しくなったのだ。
奈月は、偶然にも一族の故郷ベトナムへ向かう。戦争の残酷さや人々の哀しみ、いまだに残る戦争の跡に触れ、その国で暮らす遠い親戚に出会う。自分のルーツである国に深く関心を持つようになった奈月の変化が、真依子たち家族に与えたものとは――?


思ってもみなかった題材を扱った物語である。冒頭は、ごくごく平凡な日本の家庭の日常が描かれていて、思春期の姉弟と、その家族のあれやこれやの日々がつづられていくのだろうと思って読み進めると、大学生の娘・奈月が友人たちとベトナム旅行をすることになったあたりから、にわかに様相が変わってくる。母の真依子がいままで隠していた、自分がベトナム人だということを奈月に話したことから、奈月は困惑し、混乱し、ベトナムのことを知りたいと思い、知らなかったいろいろを知っていく。ベトナムで母の出生地を訪れ、さらに衝撃と感動を体験し、自分の中で消化していく。友人たちや恋人との関係、弟やいとこたちとの関わり、さまざまなことを、自分の頭で考え、自分のものとして蓄えていく。そんな奈月を見て、真依子自身も少しずつ変わっていくのを自分でも感じている。最後には、本の表紙の金春色(ターコイズブルー)のような開放感ともいうようなさわやかな風を感じられる一冊だった。

縄紋*真梨幸子

  • 2020/10/13(火) 16:07:47


フリーの校正者・興梠に届いた自費出版小説『縄紋黙示録』の校正紙。それは“縄「紋」時代”に関する記述から始まる不可思議なものだった。読み進めていくうち、貝塚で発見された人骨など、現在にも繋がる共通点が幾つも現れて…。この著者の正体は誰?『縄紋黙示録』に隠されているメッセージとは。やがて興梠たちの身辺でも異変が起こり始め―。多くの文豪たちが暮らし、今も有名学校が犇めく東京・文京区を舞台に、過去と現代、そして未来が絡み合う驚天動地の大長編。


夫を殺してゴミ置き場に埋め、娘の頭を鍋で煮込んだ殺人犯・五十部靖子(筆名:黒澤セイ)が書いた小説の校正を、興梠が引き受けたところからこの物語は始まる。だが、実は、そのはるか昔に、物語はとっくに始まっていて、あらゆるものが巻きこまれながら、どこまでも延々と繋がっていく印象である。夢か現かも判然とせず、正気なのか狂気なのか、実際に目で見たものなのか幻影なのかも曖昧で、読み進めるごとに頭の中がぐるぐる回るような心地にさせられる。いますぐ先を知りたいような、ある一線から先へ進んではいけないような、恐ろしさも内包している。いま自分が目にしているのが、縄文時代なのか、現在なのか、はたまた遠い未来なのか、読めば読むほど謎が深まり、絡めとられるような一冊だった。

テロリストの家*中山七里

  • 2020/10/10(土) 07:37:03


国際テロを担当する警視庁公安部のエリート刑事・幣原は、イスラム国関連の極秘捜査から突然外された。間もなく、息子の秀樹がテロリストに志願したとして逮捕された。妻や娘からは仕事のために息子を売ったと疑われ、組織や世間には身内から犯罪者を出したと非難される。公安刑事として正義を貫くか、父としてかけがえのない家族を守るか、幣原の選択とは―。衝撃の社会派長編ミステリー!


警察官者に暮らす公安部のエリート刑事・幣原一家に起こった出来事の顛末である。テロリスト志願という衝撃的な題材ではあるが、テロリストの物語ではなく、家族の物語と言った方がいいだろう。刑事として生きるか、父親や夫として生きるかという究極の選択を迫られもし、その時々で揺れ動く幣原の胸の裡が切なく、迫ってくるものがある。家族もそれぞれが、ばらばらのようでいて互いを思いやっており、家族だからこそ起こった哀しい出来事でもあったのかもしれない。誰もが、自分で処理しきれない理不尽な悲しみや憤怒を、どこにぶつければいいのか思いあぐね、長年にわたって地下で溜まり続けたマグマがある日突然噴火とともに流れ出すように、胸の裡のものが噴出したような事件なのかもしれない。登場人物の誰もが哀しく切なくやりきれなさにまみれているが、幣原一家にも、ひとすじの救いはあるような気がする。なんともやりきれなくもどかしい一冊だった。

チョコレートゲーム*岡嶋二人

  • 2020/10/08(木) 18:24:36


名門秋川学園大付属中学3年A組の生徒が次々殺された。犯人とされたのは作家・近内の息子の省吾。なぜ事件は起きたのか?なぜ息子は何も言わなかったのか。そこに「チョコレートゲーム」という謎のゲームが浮かび上がる。中学生の生態と親の苦悩も見事に描かれた名作サスペンス。日本推理作家協会賞受賞作。


ほとんど息子とかかわってこなかった作家の近内は、ある日、妻から、中学生の息子の様子がおかしいと聞かされ、さらに、担任教師からも、ここ二週間で何人かの生徒の欠席や早退が急に増えていると知らされる。そのさなかに、同級生のひとりが殺されたことがわかり、当日息子がひと晩中帰ってこなかったこともあって、不安が頭をよぎる。その後の展開は、さらにひどいことになり、結局、息子が逃げられないと思って自殺した、ということで終結する。だが、何か腑に落ちないものを感じた近内の執拗とも言える調査によって、真実があらわにされると、にわかには信じられない思いにとらわれる。親子の葛藤や、友人間の抜き差しならない関係、ほんのひとときの心のよりどころなど、ミステリ要素のほかにも、人間関係について思いを馳せる一冊だった。

ふたり狂い*真梨幸子

  • 2020/10/07(水) 18:37:29


「自分のことが書かれてる」小説の主人公と同姓同名の男が妄想に囚われ、作家を刺した。それに端を発し起こるデパ地下総菜売場異物混入騒ぎ、企業中傷ネット祭り、郊外マンション連続殺人。事件の陰には意外な“ふたり"の存在が。クレーマー、ストーカー、ヒステリー。私は違うと信じる人を震撼させる、一瞬で狂気に転じた人々の「あるある」ミステリ。


ひとつひとつの物語も、それだけで完結していて、充分不気味で背筋がぞくっとする心地を味わえるのだが、それが、ゆるく繋がり、全体としてひとつの流れの物語としても読めるので、さらに恐ろしさは何倍にも増している。しかも、その恐ろしさは、普通の考え方では御しがたく、一筋縄ではいかない種類のものなので、なんとも言えない不協和音が絶えず響いているような気持の悪さに支配されてしまうのである。なんとも後味の悪い(もちろん誉め言葉である)一冊だった。

結婚させる家*桂望実

  • 2020/10/05(月) 07:34:45


40歳以上限定の結婚情報サービス会社「ブルーパール」で働く桐生恭子は、婚活界のレジェンドと崇められている。担当する会員のカップリング率一位のカリスマ相談員なのだ。恭子の発案で、大邸宅「M屋敷」に交際中の会員を泊まらせ、一緒に暮らしてみるという「プレ夫婦生活」プランがスタートした。中高年の彼らは、深刻な過去、家族の存在、健康不安と、様々な問題を抱えているが…。人生のパートナーを求める50代男女の滋味あふれる婚活物語。


40歳代以上にターゲットを絞った結婚情報サービス会社が舞台の物語である。もちろん、パーティーや紹介で出会った男女が、どういう過程を経、どんな葛藤をしながら最終的な決断を下すのかという、婚活物語ではあるのだが、カリスマ担当者の50歳代独身の桐生恭子さんの人生の物語でもあるのが、興味を倍増させている。さまざまな婚活カップルに関わるなかで、恭子さんも、悩み、考え、気持ちを切り替えながら成長していく姿を、陰ながら応援したくなってしまう。いろいろ考えさせられながらも、愉しく読める一冊だった。

純喫茶パオーン*椰月美智子

  • 2020/10/03(土) 18:19:22


創業50年(おおよそ)の喫茶店「純喫茶パオーン」。トレイを持つ手がいつも小刻みに震えているのに、グラスにたっぷり、表面張力ギリギリで運ぶ「おじいちゃんの特製ミルクセーキ」と、どんなにお腹がいっぱいでも食べたくなっちゃう「おばあちゃんの魔法のナポリタン」が看板メニューだ。その店主の孫である「ぼく」が小学5年・中学1年・大学1年の頃にそれぞれ出会う不思議な事件と、人生のちょっとした真実。


純喫茶パオーンの孫・来人が語る、パオーンのオーナーである祖父母と、そこに集まる人たちと、来人とその友人たちの日々の物語である。来人の成長とともに、さまざまな出来事があり、周りの人たちとの関係も少しずつ変わっていったりして、時々に悩ましくもある。それとともに、祖父母も歳を取り、純喫茶パオーンの行く末も気になってきたりもする。そんな日常に、ちょっとした謎が現れたりもして、ミステリ風味でもある。時には胸をチクリと刺されながらも、ほのぼのと愉しめる一冊である。

デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士*丸山正樹

  • 2020/10/01(木) 16:20:24


今度は私があなたたちの“言葉"をおぼえる 荒井尚人は生活のため手話通訳士に。あるろう者の法廷通訳を引き受け、過去の事件に対峙することに。弱き人々の声なき声が聴こえてくる、感動の社会派ミステリー。 仕事と結婚に失敗した中年男・荒井尚人。今の恋人にも半ば心を閉ざしているが、やがて唯一つの技能を活かして手話通訳士となる。彼は両親がろう者、兄もろう者という家庭で育ち、ただ一人の聴者(ろう者の両親を持つ聴者の子供を"コーダ"という)として家族の「通訳者」であり続けてきたのだ。ろう者の法廷通訳を務めていたら若いボランティア女性が接近してきた。現在と過去、二つの事件の謎が交錯を始め…。マイノリティーの静かな叫びが胸を打つ。衝撃のラスト!


両親と兄がろう者で、家族の中で唯一の聴者である荒井は、ろう者と同じように日本手話を話せる。警察事務官だったころに、そのことを知った刑事に、取り調べの通訳を頼まれたことが、そもそもの始まりだった。その後、警察を敵に回すような行いで退職し、ふとしたきっかけで手話通訳を頼まれることになり、法廷手話通訳士をすることになった。そんな巡りあわせで、警察時代の事件と再び向き合うことになり、段々と深くかかわっていくのである。知らなかったろう者の事情や、手話を含む対話方法のことなどを知ることができるだけでなく、ストーリー自体もミステリ仕立てで、興味深く読める一冊である。