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再雇用されたら一カ月で地獄へ堕とされました*愛川晶

  • 2020/12/30(水) 16:33:18


県立高校の地歴公民科教師として38年間の教職生活を終えた笹川。定年後は常勤講師として再雇用され、4月から再び教壇に立つことになったが、それからわずか一カ月後、校長から衝撃の宣告を受ける。さらに、定年後の生活を見据えて、退職金の大半をはたいて実家の大規模リフォームを実施したが、明らかな手抜き工事が見つかってしまう。同時に、妻が勤務する学童クラブには閉鎖の話が持ち上がり…。俺の「第二の人生」はいったいどうなる!?


前半は、ドキュメンタリーのようにリアルで、信じられない思いと理不尽さに胸が痛む。思わず、どうすりゃいいんだーーーー!?と叫びたくなるほどである。だが、後半は、前半の不運や不幸が、少しずつ回収され、腑に落ちなかった部分の謎も解けていって、ようやくひと息ついて、落ち着いて読み進められるようになる。主人公の笹川は、ちょうど制度の隙間に嵌まり込んだり、タイミングの悪さで損をしたり、という印象だが、救われるのは、大学生の息子を含めて家族の仲がいいことだろう。これで家族が崩壊していたら、まったくもって目も当てられないが、愚痴を吐ける場所があってほんとうによかったと思う。ラストにはそうだったのか、という胸が熱くなる展開も待っているので、人生悪いことばかりじゃないかも、と思える一冊だった。

谷根千ミステリ散歩 中途半端な逆さま問題*東川篤哉

  • 2020/12/28(月) 07:41:02


謎解きと下町散歩はよく似合う―下町情緒に満ちた東京の谷根千(谷中・根津・千駄木)で、ミステリアスな雑貨屋店主・竹田津と天然女子大生・つみれが怪事件を解く!


鰯専門の居酒屋・鰯の吾郎を営む岩篠なめ郎の妹で、女子大生のつみれの目線で語られる物語。ひょんなことから知り合った、兄の友人らしい開運グッズショップ「怪運堂」店主の三十男・竹田津が、つみれが持ち込んだちょっとした謎を、谷根千をぶらぶら散歩しながら解き明かすという趣向である。傍目には、ぶらぶらしているようにしか見えないかもしれないが、勘所はきっちり押さえて、見事に謎を解きほぐす竹田津のキャラがいい。なぜかすべてつみれのお手柄と評判が立っているようなのに、気にする様子がないのも竹田津らしくてなかなかいい。もっともっと見たくなる探偵コンビの一冊である。

白野真澄はしょうがない*奥田亜希子

  • 2020/12/25(金) 18:24:59


頼れる助産師の「白野真澄」には、美しい妹・佳織がいる。仲の良い姉妹で、東京でモデルをしている佳織は真澄の誇りだったが、真澄にはその妹にも言えない秘密があった…。駆け出しイラストレーター、夫に合わせて生きてきた主婦、二人の男性の間で揺れる女子大生、繊細な小学四年生。同姓同名の「白野真澄」の五者五様のわだかまりと秘密を描く。この世界に同じ名前を持つ人はたくさんいるけれど、どれひとつとして同じ悩みはない。少し頑固で、生きることに不器用な人たちを優しい眼差しで掬いあげる傑作短編集。


年齢も性別も立場も住んでいる場所も、何もかも違う五人の白野真澄の物語である。面白い切り取り方である。同じ名前であっても、当然それぞれが抱える問題はそれぞれに異なっており、自分の名前に対する思い入れもそれぞれなのだが、なんとはなしに、名前の印象による周りの反応には似通ったものがあるような気がするのである。「白野真澄」でなければ成り立たない物語なのだとも思われて、いささか不思議な納得感があったりもする。どの白野真澄さんも幸せになってほしいなと、つい願ってしまう一冊でもある。

千両かざり 女細工師お凛*西條奈加

  • 2020/12/24(木) 07:44:53


錺職の老舗「椋屋」の娘・お凜は、女だてらに密かに銀線細工の修行をしている。跡目争いでざわめくなか現れた謎の男・時蔵は、江戸では見られない技で簪をつくり、一門に波紋を呼ぶ。天保の改革で贅沢品が禁じられ商いが難渋する店に、驚天動地の大注文が入る。江戸の町に活気を与えたいと、時蔵とお凛はこころをひとつにするが―。職人世界の粋と人情を描く本格時代小説。


奢侈禁止のご時世と、そこに生きる錺職人たちの気概、店の跡取り問題、などなどさまざまな要素が織り込まれ、細工への情熱や恋心と言ったスパイスも加えて、一筋縄ではいかないなかせる物語である。病で早世した椋屋の四代目・宇一の深慮遠謀がなんとも見事としか言いようがない。時蔵のことは残念でたまらないが、その分お凛が輝く明日が待っているのだろう。江戸の世に迷い込んだような心地にさせてくれる一冊だった。

かわうそ堀怪談見習い*柴崎友香

  • 2020/12/20(日) 16:44:18

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善医の罪*久坂部羊

  • 2020/12/18(金) 19:02:36


意識不明の重体で運ばれた、横川達男。主治医の白石ルネは、延命治療は難しいと治療を中止。家族の同意のもと、尊厳死に導いた。三年後、カルテと看護記録の食い違いが告発される。白石は筋弛緩剤を静脈注射したというのだ。医療業界を揺るがす大問題へと発展し、検察は彼女を殺人罪で起訴した。保身に走る先輩医師、劣等感を感じる看護師、虚偽の報道を繰り返すマスコミ。様々な思惑が重なり合い、事態は思わぬ方向へと転がって―。


事実をモデルにしたフィクションということで、まさに医療の現場、上層部の思惑、医師同士の確執、出世欲、さらにはマスコミの実態、などなど、現場の空気感がリアルに伝わってくる物語である。ルネの誠心誠意の治療や患者家族への対応には頭が下がる思いがする。それなのに、主張が全く伝わらないもどかしさと無力感といったら、読んでいるこちらも、歯噛みしながら地団太を踏みたくなるほどである。人の命にかかわることでさえ、身勝手な思惑が事実を変えてしまうこともあるのか、とやりきれなさと憤りに包まれる。公正なはずの裁判でさえ然りである。孤立無援の戦いではなかったことがせめてもの救いだろう。死にゆく者と、送る者、その間に立つものなどのことを、さまざま考えさせられる一冊だった。

ハッピーライフ*北大路公子

  • 2020/12/17(木) 07:48:24


朝、夫は見知らぬ人になっていた――という第一話から、ページを繰る手が止まらなくなる本です。喜びも悲しみも絶望も希望もない〈穏やかで均された世界〉とはいったい何か? 北大路公子が描かずにはおれなかった〈もう一つの日常〉に心揺さぶられること請け合い。濃密な連作短編を堪能してください。


何気なく穏やかに語られる物語なのだが、描かれている内容はと言えば、わたしたちがよく知っている世界とは、ほんの少しずれていて、読み進めれば読み進むほど、胸の中に得体の知れないぞわぞわ感が根を張っていくようである。それでも物語のなかの日常は、それなりに穏やかに営まれており、それがさらに、どうすればいいのだろうという焦燥感のようなものを抱かせる。知らず知らずのうちに、制御の利かない何ものかに取り込まれていくような印象の一冊である。

ハグとナガラ*原田マハ

  • 2020/12/14(月) 16:35:54


どこでもいい。いつでもいい。 一緒に行こう。旅に出よう。 人生を、もっと足掻こうーー。
恋も仕事も失い、絶望していたハグ。突然「一緒に旅に出よう」と大学時代の親友ナガラからメールが届いた。以来、ふたりは季節ごとに旅に出ることに。
ともに秘湯に入り、名物を堪能し、 花や月を愛でに日本全国駆け巡る、 女ふたりの気ままな旅。 気がつけば、四十路になり、五十代も始まり……。
人生の成功者になれなくても、自分らしく人生の寄り道を楽しむのもいい。心に灯がともる六つの旅物語。 文庫オリジナル短編集です!


誰にでも当てはまるシチュエーションではないかもしれないが、心の通い合った友人との交流が、日々の疲れをしばし忘れさせてくれ、あしたを迎える活力になってくれるという物語である。二人にとってその手段は、メールであり、旅なのだ。歳を重ねるにつれ、自分自身にも親にも、若いころには想像もしなかった事態が現実のこととなり、日々何かに追い立てられるように走り続け、疲れ果ててへたり込みそうになる時、ふと届いた友からの何気ない便りが、ふっと緊張を和らげてくれることもあるだろう。読んでいるこちらまで、強張っていた肩の力が抜けて、ふと涙をこぼしてしまうような、胸に迫る一冊だった。

ドクターM 医療ミステリーアンソロジー

  • 2020/12/13(日) 16:25:44


非合法組織の歯科医師。相手の嘘を必ず見抜く内科医。深夜の病棟で魔女を探す看護師。老女に人格再編手術を施す脳外科医。医療現場で起きる事件や不思議な出来事を、様々な角度から紐解いていく―。8人の人気作家が描く、医療にまつわるミステリーアンソロジー。


「エナメルの証言」 海堂尊  「嘘はキライ」 久坂部羊  「第二病棟の魔女」 近藤史恵  「人格再編」 篠田節子  「人魂の原料」 知念実希人  「小医は病を医し」 長岡弘樹  「解剖実習」 新津きよみ  「厨子家の悪霊」 山田風太郎

馴染みのキャラクタが登場する物語もあり、嬉しく懐かしく愉しんだ。ひと口に医療ミステリと言っても、取り上げる要素は様々で、スポットライトが当たる人物も、切り口もさまざまなので、どの物語も新鮮に愉しめる一冊である。

カラット探偵事務所の事件簿1*乾くるみ

  • 2020/12/09(水) 16:31:41


あなたの頭を悩ます謎を、カラッと解決いたします! 高校の同級生・古谷(ふるや)が探偵事務所を開くことになった。体調を崩していた俺は、その誘いを受け新聞記者から転職して、古谷の探偵事務所に勤めることにした。探偵事務所といっても、浮気調査や信用調査などは苦手としているようだ。出不精の所長・古谷を除けば、実質的な調査員は俺だけになってしまうので、張り込みや尾行などといった業務もろくにこなせないのだ。ではいったい何ができるのかというと――実は≪謎解き≫なのだ。 作家とファンのメールのやりとりの中から、隠された真実を明らかにしていく「卵消失事件」、屋敷に打ち込まれた矢の謎を解く「三本の矢」など、技巧の限りを尽くして描いた6つの事件を収録。


高校の同級生だった古谷が半分道楽のように始めた探偵事務所に雇われた俺・井上の目線で語られる物語である。古谷がホームズで、井上がワトソンと言ったところか。実家に余裕があるおかげか、カリカリお金儲けをしようとするわけでもなく、気に入った依頼だけを受けて謎解きをする、といったゆるい探偵事務所ではあったが、古谷の謎解き力は見事であると言ってもいい。開所間もないということで、依頼の方向性は、まだまだ定まらず、簡単なものから本格的なものまでさまざまだが、物語が進むにつれて、依頼も増えているようなので、これからも愉しみである。ラスト間近で思わぬ種明かしがあったものの、これからの物語の展開にどう影響してくるのかはまだよくわからない。次作も愉しみなシリーズである。

焦茶色のパステル*岡嶋二人

  • 2020/12/06(日) 07:19:41


競馬評論家・大友隆一が東北の牧場で銃殺された。ともに撃たれたのは、牧場長とサラブレッドの母子・モンパレットとパステル。隆一の妻の香苗は競馬について無知だったが、夫の死に疑問を抱き、怪事件に巻き込まれる。裏にある恐るべき秘密とは?ミステリー界の至宝・岡嶋二人のデビュー作&江戸川乱歩賞受賞作。


デビュー作とは思えないほどの充実した内容である。殺人事件が起こったことにより、競馬、牧場、それらを取り巻く人間関係に、汚職まで絡み、さらには思ってもいなかったような現実にまで広がりを見せる。物語の展開のスリルと、あることの発見で様相を変える事件の真相が、読者にとっては嬉しい裏切りでもあって興味深い。ただ、被害者の妻・香苗の友人の芙美子の推理力が優秀過ぎるのが、いささか現実離れしている印象かもしれない。とは言え、ハラハラドキドキさせられる一冊だった。

政略結婚*高殿円

  • 2020/12/03(木) 18:35:24


加賀藩主前田斉広の三女・勇は、加賀大聖寺藩主前田利之の次男・利極と結婚。やがて家を支える存在になる勇だが―(「てんさいの君」)。
加賀藩の分家・小松藩の子孫である万里子。日本で初めてサンフランシスコ万博の華族出身コンパニオン・ガールになった女性は、文明開化後をどう生きるのか―(「プリンセス・クタニ」)。
瀟洒豪壮な洋館に生まれ育った花音子の生活は、昭和恐慌によって激変。新宿のレビュー劇場に立つことになった花音子は一躍スターダムにのし上がるが―(「華族女優」)。
不思議な縁でつながる、三つの時代を生き抜いた女性たち。聡明さとしなやかさを兼ね備え、自然体で激動の時代を生き抜く彼女らをドラマチックに描き出した、壮大な大河ロマン!


江戸時代の加賀藩の姫君から始まり、明治大正、昭和と続く、系譜が、大きな流れとして大元にあり、そこにまつわる女性たちの生きざまが描かれている。時代ごとに常識や価値観も変化し、しあわせの形や、女たちの在りようも変わってくるが、彼女たちの芯にある強さは、時代が流れても変わらないという印象である。降りかかる運命に、打ちひしがれることなく、一歩でも前へ、と進んでいく姿は、置かれた状況が違っても、共通している。ストーリーは、タイトルから想像するのとはいささか異なってはいたが、どの時代の主人公も思わず応援したくなる物語である。それにしても、なんとも波乱万丈な一生を送られた女性たちだこと、と思わされる一冊ではある。