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そこに工場があるかぎり*小川洋子

  • 2021/03/30(火) 18:33:34


作家小川洋子氏による、おとなの工場見学エッセイ。
あのベストセラー『科学の扉をノックする』の工場版ともいえる本です。
幼いころから変わらぬ小川さんの好奇心と工場愛がじわじわ心にしみて、
今、日本のものづくりに携わる人々と、繊細で正確な数々の製品のこと、
あなたもきっと、とても愛おしく思うようになるでしょう!
<目次>
細穴の奥は深い (エストロラボ<細穴屋>)
お菓子と秘密。その魅惑的な世界 (グリコピア神戸)
丘の上でボートを作る (桑野造船)
手の体温を伝える (五十畑工業)
瞬間の想像力 (山口硝子製作所)
身を削り奉仕する (北星鉛筆)


小川さんが作った本だなぁ、という感じである。見学する工場のチョイスから、見学中の目のつけ所まで、著者の知りたい欲求にあふれていて、まるで自分が工場内を歩いて見学しているような気分になる。物を作るみなさんの熱さも伝わってきて、出来上がったものが愛おしく思えるようにもなる。愉しい見学ができた一冊である。

国道食堂 2nd season*小路幸也

  • 2021/03/28(日) 18:33:00


小田原を抜けてしばらく経った頃、国道沿いに元プロレスラーが営む「ルート517」という店が見えてくる。
ドライブインというより、大衆食堂というのにピッタリなため、「国道食堂」という名もある。
この店の食事は、どれも美味しいが、ちょっと変わっているのは、プロレスのリングがあること。
さまざまな人々が集うこの店には、偶然か運命のいたずらか、とんでもないことが起きることがあって……。
好調シリーズの続篇刊行!


読み始めてしばらくは、前作の人間関係があやふやだったりもしたが、読み進めるうちに思い出してきて、そうだったそうだった、と懐かしい人たちに会えたような気分になった。山の中の田舎の学校の校舎を小さくしたような食堂で、こんなにも多彩な出会いと繋がりが生まれて、どんどん広がっているなんて、誰が思うだろうか。広いようで世間は狭い(都合よく狭すぎる気がしなくもないが、そこは敢えておいておく)。きっとそれは、十一さんを初めとして、国道食堂に集まってくる人たちが、お互いのことが好きで、それぞれに思いやっているからこそのことなのだろう。基本的に悪人が出てこない著者の物語だが、たまに心根の曲がった人が出てきたとしても、単純に排斥しないところが著者らしい。世界がこうだったら、どんなにか生きやすいだろうと思う。まだまだこの先を知りたくなるシリーズである。

ワンさぶ子の怠惰な冒険*宮下奈都

  • 2021/03/27(土) 07:46:52


北海道トムラウシの山村留学から福井に帰ってきた宮下家。当時、子供たちの妄想犬だった白い柴犬ワンさぶ子が家族の一員に。三人の子供たちは、大学生高校生中学生となり、思春期真っ只中。それぞれが自分の道を歩き始めていく。しなやかに自由を楽しむ、宮下家五人と一匹の三年間の記録。


「いいなぁ、宮下家」と随所で思わされる、ほのぼのと心温まるエッセイである。個人的に作家さんのエッセイはちょっと苦手なのだが、川上弘美さんと宮下奈都さんは別である。エッセイを読むとさらに小説作品が好きになる。ちょっとしたエピソードが素敵すぎて、折々に胸が熱くなり、目の前がぼやけるので、ちょっと困るほどである。読み終えるのがもったいなく、今後も折に触れ手続きをお願いしたいと切に願う一冊である。

スタッキング可能*松田青子

  • 2021/03/26(金) 07:29:10


“あなた”と“私”は入れ替え可能?小さかろうがなんだろうが希望は、希望。


いままで慣れ親しんできた小説とはひと味違うテイストである。表題作では、主人公がすべてアルファベットの匿名で、同じビルの別々の階で働く人々、という設定である。読み始めは、それぞれのつながりを探そうとしていたが、間もなくそれがまったく無駄なことであることに気づかされる。頭の中で映像化してはいけない物語である。読み続けると、なんだかそこにいるのが自分でなくても一向に構わない心地にさせられて、虚しささえ感じ、辛く投げやりな気持ちになる反面、ちょっぴり気が楽になったりもする。表題作以外も、なんというか、とても実験的な印象がある。不思議な読後感の一冊だった。

土曜はカフェ・チボリで*内山純

  • 2021/03/24(水) 16:14:29


児童書の出版社に勤める香衣は、とあるきっかけで“カフェ・チボリ”を訪れ、常連客となる。美味しい料理とあたたかなもてなしに毎回すっかりくつろいで、常連客たちは、身の回りで起こった謎について語り始める。それらはいずれも『マッチ売りの少女』や『人魚姫』などアンデルセン童話を彷彿とさせる出来事で―。「皆さん、ヒュッゲの時間です」高校生店主のレンが優雅にマッチを擦ると、謎は瞬く間に解かれてゆく。土曜日だけ営業する不思議なカフェでの安楽椅子探偵譚。


「マッチ擦りの少女」  「きれいなあひるの子」  「アンデルセンのお姫様」  「カイと雪の女王」

登場人物たちの年齢や境遇、立場もさまざまで、出会い方もちょっと変わっている。そして、何よりいちばん変わっているのは、物語の舞台となるカフェ・チボリである。営業日然り、立地然り、店の設え然り、メニュー然り。何よりマスターが高校生の男の子なのである。そこに持ち込まれるちょっと変わった謎を、常連客達がそれぞれの立場で推理し、解き明かす。それがきっかけになって、ますますきずなが深まっていくのである。チボリのマスターレンの一族の経緯も興味深く、一話完結の連作ながら、すべて流れがつながったひとつの物語としても愉しめる。ぜひシリーズ化してほしい一冊である。

馬鹿と嘘の弓*森博嗣

  • 2021/03/21(日) 18:28:34


探偵は匿名の依頼を受け、ホームレス青年の調査を開始した。対象は穏やかで理知的。危険のない人物と判断し、嵐の夜、街を彷徨う彼に声をかけた。その生い立ちや暮らしぶりを知るにつれ、何のために彼の調査を続けるのか、探偵は疑問に感じ始める。青年と面識のあった老ホームレスが、路上で倒れ、死亡した。彼は、1年半まえまで大学で教鞭を執っていた元教授で、遺品からは青年の写真が見つかった。それは依頼人から送られたのと同じものだった。


久々の森作品なので、ほかの作品との相関関係は全くわからず、純粋に物語だけを愉しんだ。登場人物がそれぞれに、濃淡の差こそあれ、どう生きてきて、どう生きていくかを思いあぐね、自分と世の中のすり合わせ方を模索しているような印象である。理不尽さを抱きながら、歩み寄っていくのか、それともとことん理不尽と対峙するのか。正解のない問題を解き続けるような心持ちにさせられる。いつも何かが不安で、その原因を突き止めようとするほど、答えが遠のくようなもどかしさもある。誰が正しいのか、何が正解なのか、いつどの時点からやり直せばいいのか、それともそんなことはまったく無駄なのか。読めば読むほど迷宮に迷い込むような一冊である。

女神のサラダ*瀧羽麻子

  • 2021/03/19(金) 12:41:00


土の匂い、太陽の光、作物が繋ぐ人との絆。いいじゃない、農業。全国各地のさまざまな年代の農業に関わる女性を描いた八つの短編集。


お仕事ものがたり農業女子編。そして、それだけではない愛と慈しみにあふれた物語である。勘違いや思いこみ、偏見や無知。そんなあれこれに縛られて不自由だった自分が、人とコミュニケーションをとり、関わっていくことで、相手の思いと自分の思いを互いにやり取りできるようになっていく。ちょっとした誤解は、ほんとうにあちこちに転がっていて、放っておくかおかないかで、人生そのものの見え方までが変わってしまうこともある。殻を破れば道は開けるかもしれないと、勇気づけられる一冊でもある。

ストラングラー*佐藤青南

  • 2021/03/16(火) 16:27:00


警視庁捜査一課の箕島朗は、小菅の東京拘置所に向かった。面会相手は死刑囚・明石陽一郎。十四年前に四件の殺人を犯したとされる男である。事件当時大学生だった箕島は、恋人の久保真生子を殺されていた。最近発生した“ストラングラー”と呼ばれる犯人による連続殺人は、明石の事件と共通項が多い。懸命に感情を押し殺して尋問する箕島に、明石は驚くべき発言をする。「十四年前の事件は冤罪だ。あんたに、おれの無実を証明する手助けをしてほしい」―。


元警察官で、四人の殺人で死刑判決を受けた明石は、裁判中から終始無罪を主張している。彼の信奉者とでもいう人物たちは、冤罪を証明しようと動いている。明石に恋人を殺されたことで刑事になった簑島は、憎み続けた明石と面会し、葛藤しつつも、少しずつ人間としての明石に心を動かされていく。警察の闇と、一人の刑事の正義感。やりきれない思いの持っていき場がないままラストを迎えてしまった。背筋が凍るような終わり方だが、次に続くのだろうか。真実を知りたい一冊である。

神様には負けられない*山本幸久

  • 2021/03/14(日) 06:44:54


内装会社でバリアフリー店舗を手がけたのをきっかけに、25歳で義肢装具士の専門学校に飛び込んだ二階堂さえ子。苦手の製作実習を助けてくれたクラスのはぐれ者2人の熱にあてられ、芸者やカメラマン、人力車夫など多彩な義肢ユーザーと出会い、少しずつ見え始める「ほんとのバリアフリー」。そして、未来の自分。


義肢装具士のお仕事小説で、知らなかったことをさまざま知ることができて、とても興味深かったが、決してそれだけではない。主人公のさえ子と仲間たちの奮闘と成長の物語でもあって、三人の関係性の変化や、それぞれが補い合って高め合っていく過程を応援したくもなる。さえ子のキャラは、初めはもっと消極的でいじいじしているように見えたが、次第に芯が固まっていくような印象だった。ただ、前職ではかなり手腕を発揮していたようなので、単に、装具士としての自信が持てなかったからだったのだろう。読み進めるほどに先を知りたい欲求が増していく一冊だった。

もう、聞こえない*誉田哲也

  • 2021/03/12(金) 07:20:27


「女の人の声が聞こえるんです」。
殺人の罪を認め、素直に聴取に応じていた被疑者が呟いた。
これは要精神鑑定案件か、それともーー。

身元不明の男性が殺害された。
加害者が自ら一一〇番通報し、自首に近い形で逮捕される。
これで、一件落着。
自分の出る幕はない、と警部補・武脇元は思っていたが……。

事件の真相に、あなたは辿り着くことができるか。
伏線に次ぐ伏線が織りなす衝撃のミステリー。


純粋なミステリとは言えないのではないかと思うが、新鮮な切り口で面白かった。初盤は、殺されたみんみと友人のゆったんのエピソードと、編集者の雪美との関係が判らず、どうつながるのかと思っていたら、そうきたか、という感じでつながっていく。警察ものとしては、到底成り立ちそうにない展開なのだが、その捜査が容認された理由にも、そうだったのか、と思わされて、ちょっと嬉しくもなってしまった。雪美と真由、最強コンビではないか。シリーズ化を期待してしまう一冊だった。

ぼくたちの答え*椰月美智子

  • 2021/03/09(火) 16:20:57


UFOに興味のある陽羽吾。寺の子で幽霊が見える臣。量子科学に関心のある眞琴。それぞれ理由があって不登校になった三人は、フリースクール「みかん」で出会い、仲良くなる。やがてお互いの興味が実は繋がっているように感じ、それぞれの興味の対象を調べるチームを結成した。その名も「コスモボーイズ」。やがて彼らは活動の中で、自分たちが世の中に感じる生きづらさの理由を悟ってゆき―、迷い戸惑うあなたに贈る、勇気の出る一冊!


読み進めるほどに、目が開かれるような心持ちになる。フリースクール「みかん」で出会った三人が、お互いの違いを認めつつ、それぞれの興味を持ち寄って、そこにシンクロニシティを見出し、互いに尊敬しあいながらさらに高め合っている。新しいことをみつけ、何かに気づくことによって、いままでの知識や体験とそれらを結びつけ、さらに新しい世界をひらいていく三人が、自由で頼もしくて、とても輝いている。親や周りの大人たちも、彼らを矯めることなく、丸ごと受け容れて愛してくれているのがわかって、好ましい。彼らが出会ったのが、一般的な教育現場に馴染めずに通い始めたフリースクールだったのが、とても皮肉に思われる。そしてそのスクールの名前「みかん」はもしかすると「未完」とも通じるのかもしれないと、秘かに思ってしまったりもするのである。彼らの成長も、開眼も、まだまだこれからなのだから。般若心経を読んでみたくなる一冊でもある。

コロナと潜水服*奥田英朗

  • 2021/03/06(土) 18:22:56


ある理由で家を出た小説家が、葉山の古民家に一時避難。生活を満喫するも、そこで出会ったのは・・・・・・「海の家」
早期退職の勧告に応じず、追い出し部屋に追いやられた男性が、新たに始めたこととは・・・・・・「ファイトクラブ」
人気プロ野球選手と付き合うフリー女性アナウンサー。恋愛相談に訪れた先でのアドバイスとは・・・・・・「占い師」
五歳の息子には、新型コロナウイルスが感知できる?パパがとった究極の対応策とは(「コロナと潜水服」
ずっと欲しかった古いイタリア車を手に入れ乗り出すと、不思議なことが次々に起こって・・・・・・「パンダに乗って」
以上の表題作を含む五編の作品が 〈巣ごもり苦〉 からも、きっとあなたを救ってくれるでしょう。


どの物語にも超常現象が描かれているのだが、日常の中にさらっと溶け込んでいるので、必要以上にそれを感じさせずに心温まるストーリーになっている。どれもじんわりと胸に沁みて、凝っているものを溶かしてくれるような作用がある。なんでかわからないが、ああこれでいいんだ、と思わせてくれる一冊なのである。

半沢直樹 アルルカンと道化師*池井戸潤

  • 2021/03/05(金) 07:25:45


東京中央銀行大阪西支店の融資課長・半沢直樹のもとに、とある案件が持ち込まれる。大手IT企業ジャッカルが、業績低迷中の美術系出版舎・仙波工藝社を買収したいというのだ。大阪営業本部による強引な買収工作に抵抗する半沢だったが、やがて背後にひそむ秘密の存在に気づく。有名な絵に隠された「謎」を解いたとき、半沢がたどりついた驚愕の真実とは―。


理不尽を許さない半沢直樹らしいストーリーである。私利私欲のために顧客をないがしろにする東京中央銀行内部のお偉い方々にも、臆すことなく自らの正義を貫く姿勢は一貫していてすがすがしいほどである。だが、そこにはしっかりとした情報収集と、想像力、調査力が大いに役立っていることは言うまでもない。今回も、同期の渡真利の情報収集能力があってこその対策であり、周りの人たちにどれほど助けられているかに改めて思いいたる。また半沢シンパが増えたのは間違いない。読み応えのある一冊だった。

クスノキの番人*東野圭吾

  • 2021/03/02(火) 18:40:47


その木に祈れば、願いが叶うと言われているクスノキ。 その番人を任された青年と、クスノキのもとへ祈念に訪れる人々の織りなす物語。


謎解き要素は、佐治親子の辺りにほんの少しあるだけで、ミステリというのは当たらないような気はするが、不思議な力を持つクスノキを巡る人間ドラマという感じだろうか。職場のものを盗んで捕まった、ほぼ交流のなかった義妹の息子を、大切なクスノキの番人にしようとするのも無謀だし、何の説明もなく大役につけるのもリスクが大きいように思うが、まあ何かの力が働いたのだと思うことにしよう。その後の千舟と玲斗の関係性の変化や、玲斗の行動の変化(こんなにうまくいくものだろうかという思いはあるが)には、興味を惹かれる。クスノキの祈念のことを知るにつれ、玲斗の心構えも次第に変わってきて、自覚が出てくるのが目に見えて、応援したくもなる。自分で念を預けようとは思わないが、それを受けて救われる人もいるのだと、あたたかい気持ちにもなる。重くはあるが、未来のある一冊だと思った。