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ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人*東野圭吾
- 2021/04/29(木) 16:20:47
謎を解くためなら、手段を選ばない。コロナの時代に、とんでもないヒーローがあらわれた!
名もなき町。ほとんどの人が訪れたこともなく、訪れようともしない町。けれど、この町は寂れてはいても観光地で、再び客を呼ぶための華々しい計画が進行中だった。多くの住民の期待を集めていた計画はしかし、世界中を襲ったコロナウイルスの蔓延により頓挫。町は望みを絶たれてしまう。そんなタイミングで殺人事件が発生。犯人はもちろん、犯行の流れも謎だらけ。当然だが、警察は、被害者遺族にも関係者にも捜査過程を教えてくれない。いったい、何が起こったのか。「俺は自分の手で、警察より先に真相を突き止めたいと思っている」──。颯爽とあらわれた〝黒い魔術師〟が人を喰ったような知恵と仕掛けを駆使して、犯人と警察に挑む!
最新で普遍的。この男の小説は、ここまで凄くなる。東野圭吾、圧巻の離れ業。
なんというか、あれこれ盛り込み過ぎな印象が無きにしも非ずである。東野氏故に読者のハードルが高くなるのは仕方のないことだろうが、率直に言って、深みが足りない気がしてしまう。面白くないわけではない。次の展開が気になって、ページを繰る手が止まらなくなり、知りたい欲求はどんどん高まり、探偵役の叔父のマジシャン故の仕込みや洞察力や推理力の見事さには、目を瞠るものがあるのだが、何となくいろいろ並べ立てただけ感が拭えないのだ。小気味のいい「してやられた感覚」をもっと味わいたかったというのが本音である。マジックを見ているように楽しめる一冊ではある。
熱望*水生大海
- 2021/04/27(火) 16:27:52
清原春菜。31歳、独身、派遣OL。田舎暮らしを嫌い、実家を出て働いていた春菜は、男に金を騙し取られ、派遣先からも仕事を切られてしまいます。実家に援助を頼もうとするも、騙されたとは言い出せず、ついには毎日の食事にさえ困窮するように…。それでいて、彼女はどこか明るく、前向きなのです。―気がつけば、私たちは春菜の一挙手一投足から目が離せなくなっています。
ミステリというより、一人の女性の転落人生物語といった趣である。少しでも良くなるように、下を見ずに上を見て、と暮らしているうちに、実際にはどんどん堕ちていく。努力の方向がいささか間違っているせいで、他人に頼ることしかできない女に見えてしまうが、ほんの少し自分が変われば、とても魅力的な女性なのではないかと思う。結末まで救いがなくて、やりきれない思いでいっぱいの一冊である。
東京日記6 さよなら、ながいくん。*川上弘美
- 2021/04/25(日) 16:25:03
たんたんと、時にシュールに、そして深くリアルに。あなたの日常でも、不思議なこと、愉快なこと、実はいっぱい起きていませんか? 20年目を迎えたライフワーク日記、最新刊!
今回も、川上ワールド全開である。愉しく微笑ましく、勝手に身近に感じてしまう。そしてタイトルの意味に、ふふふ、と笑う。そういうことか。ずっとずっと続いてほしいシリーズである。
いわいごと*畠中恵
- 2021/04/24(土) 12:16:36
なかなか縁談がまとまらず、周囲をやきもきさせる麻之助。そんな彼の元に新たな縁談が三つも! 果たしてその行方は……!?
タイトルからして、麻之助にやっと春が来るのかと思いきや、なかなかすんなりとは事は運ばない。相変わらず支配町の厄介事は押し寄せてくるし、今回は、支配町以外の厄介事まで飛び込んできて、珍しくまじめに働く日々なのである。さらには、その副産物とでもいう縁談が三つもやってきて、しかもそれがどれも問題がありそうな話で、その調べまで自分でしなければならないことに。踏んだり蹴ったりのようだが、そのおかげで、やっと最後には本当に嫁を取ることができたので、めでたしめでたしではあった。これからの麻之助夫婦の活躍に期待ができるシリーズである。
アンと愛情*坂木司
- 2021/04/20(火) 18:36:17
成人式を迎えるアンちゃん。大人になるには、まだ早い気がするけど、それでも時間は進むし、世の中は待ってくれません。おいしいおやつを食べて、前を向いて。さあいきましょう。デパ地下から着物売り場、催事場に金沢旅行。少しずつ拡がる世界。さらに深くなる和菓子の謎。お待たせいたしました。たっぷりお召し上がりください。
アンちゃんはもちろんのこと、みつ屋の面々や周りの人たちがみんな、一生懸命で、愛おしすぎて泣ける。お客さまに喜んでいただこうという一心で接客するアンちゃんの成長ぶりや、ちょっとした疑問を放っておかないところが健気でほのぼのしながら泣ける。珍しく友人たちとの金沢の旅の物語もあって、数年前に訪れたところと(和菓子屋さん以外)ほぼ同じだったので懐かく思い出しながら読んだ。ただ、アンちゃんたちが路線バスで回ったところを、わたしたちはすべて徒歩で回ったなぁ、なんて思ったり。比較的のんびりしているみつ屋ではあるけれど、それでも日々いろんなお客が訪れ、いろんなことが起こる。そのひとつひとつを、未熟ながら着実にこなして、少しずつ成長していくアンちゃんを見ていると、応援せずにはいられないのである。もちろん登場するお菓子はどれもみなおいしそうで、目の前にないのが恨めしくなる。早く次を読みたくなるシリーズである。
代理母、はじめました*垣谷美雨
- 2021/04/18(日) 07:29:20
義父の策略で、違法な代理母出産をさせられた17才のユキ。命がけで出産したにもかかわらず、報酬はすべて義父の手に。再び代理母をさせ稼ごうとする義父の手から逃げだし、ユキは自らの経験を逆手に取り、自分のような貧しい女性を救う大胆な〈代理母ビジネス〉を思いつく。ユキを支えるのは医師の静子&芽衣子のタッグと、ゲイのミチオ&一路。さまざまな事情を抱えた「子どもを持ちたい」人々が、最後の砦としてユキたちを頼ってやってくるが……日本の生殖医療の闇、貧困層の増大、妊娠・出産をめぐる負担など、現代日本が放置した社会問題を明るみにしながら、「代理母」ビジネスのタブーに切り込んだ問題作。
表紙からは、もっと軽くコミカルな感じの物語を想像したのだが、いきなり悲惨な現状が目の前に展開していて驚いた。主人公のユキの年齢に比しての無知さも気になる。義父に都合のいいように言いくるめられて代理母を引き受けてしまうなんて、16歳としてはあまりにも自分のことも世間のことも知らなすぎるのではないか。題材はとても興味深く、知らないことも多かったが、いささか都合よく進み過ぎの感が否めず、しかも結局、代理母たちは実情を偽っていたりするのが腑に落ちないところもある。社会においての女性の立場を少しでも良くしたいという思いはとても伝わってくるので、疑問符も浮かびながら共感する点もたくさんあった一冊である。
短編宇宙
- 2021/04/16(金) 16:24:32
最近、夜空を見上げていますか? 個性豊かな人気作家陣が「宇宙」をテーマに描くのは、無限の想像力がきらめく七つの物語。石垣島を旅する父娘に、コロナ禍でステイホーム中の天文学者。銀河を舞台に戦う殺し屋に、恋する惑星!? じんわり泣ける家族小説から、前衛的SF作品まで、未知との遭遇を約束する傑作アンソロジー。鬱屈した日々に息苦しさを覚えたら、この一冊とともに、いざ宇宙へ!
加納朋子「南の十字に会いに行く」 寺地はるな「惑星マスコ」 深緑野分「空へ昇る」 西島伝法「惑い星」 雪舟えま「アンテュルディエン」 宮澤伊織「キリング・ベクトル」 川端裕人「小さな家と生きものの木」
宇宙が主題の物語たちなのだが、扱い方はそれぞれで興味深い。割と普通のストーリーだと思っていると、唐突に宇宙感が出てきたり、まるっきり宇宙が舞台なのにも関わらず人間の営みのようだったり、遠い宇宙と自分の身の回りを知識と想像力とで行ったり来たりしていたり。さまざまな宇宙を愉しめる一冊だった。
日没*桐野夏生
- 2021/04/14(水) 16:13:58
小説家・マッツ夢井のもとに届いた一通の手紙。それは「文化文芸倫理向上委員会」と名乗る政府組織からの召喚状だった。出頭先に向かった彼女は、断崖に建つ海辺の療養所へと収容される。「社会に適応した小説」を書けと命ずる所長。終わりの見えない軟禁の悪夢。「更生」との孤独な闘いの行く末は――。
これ以上ないと思われる絶望の果てには、信じられないがさらなる絶望が待っている。そんな気鬱に苛まれながら読み進んだ。日常の些細な悩みや葛藤と、何とかつき合いながら、普通に暮らしている小説家のマッツ夢井のもとにある日届いたブンリンからの召喚状。不審に思いながらも、ちょっと行ってくるか程度の心構えで出向いた先は、療養所跡に作られた矯正施設だった。理不尽に塗れ、抗い、打ちのめされ、考え、想像をめぐらし、何とか生き延びようと抵抗を試みる姿に、きっとどこかから手が差し伸べられるはず、とわずかな希望を抱きながらなおも読み進む。だが――。ここまで極端でなくても、現代社会において、その兆しが全くないかと問われたら、自信をもってないとは答えられない。それが、得体の知れない怖さを助長している。叫び出したくなるような一冊である。
スープやしずくの謎解き朝ごはん 心をつなぐスープカレー*友井羊
- 2021/04/12(月) 13:36:10
「スープ屋しずく」のシェフ・麻野がこしらえるスープにかかれば、お客の心も不思議な謎もあっという間にほぐれます!
リモート会議中に同僚がつぶやいた「人参がワープした……」という言葉の謎や、閉店を決めた洋食店「えんとつ軒」店主の真意など、
思わずスープが食べたくなる、美味しくて優しい書き下ろし連作短編全5話収録。
なんとシリーズ六6作目だという。1作目以降読んでいなかったのだが、時間の流れはあるものの、一話完結なので、愉しむのには何の支障もない。見た目にはシンプルだが、丁寧な下ごしらえによって、地味深く奥行きのある味わいのさまざまなスープが文字で味わえるのも変わらない魅力である。麻野の謎の解きほぐし方と相まって、お腹の底が温まる心地になれる一冊でもある。
パリ警察1768*真梨幸子
- 2021/04/10(土) 18:38:52
人に潜む闇を、どぎついまでに見せつけ さらに待ち受ける衝撃の結末。 あなたの知らない真実。 革命直前のパリを舞台にした 繊細で大胆なミステリー。
1768年のパリで起きた騒動は、18年前に起きた事件を思い起こさせ、どちらの渦中にも登場するサド侯爵と彼の周りの人々のことが改めて思い起こされる。それらをめぐるあれこれを探る、マレー警部やほかの警察官の出自や育ちにまで物語は及ぶ。現在からは全く想像ができない18世紀のパリの風物も興味深く、眉を顰めたくなるようではあるが、犯罪も、その環境に影響される部分も多くあったのかもしれないと思ったりもする。現代のミステリとは全く別の読み解き方を示された一冊でもあるかもしれない。
カラット探偵事務所の事件簿3*乾くるみ
- 2021/04/07(水) 16:25:09
「謎解き専門」を謳うカラット探偵事務所。父親の墓に人知れず花を供える怪しい墓参者の正体を追う「秘密は墓場まで」事件、「謎を〝作ってほしい″」という不思議な依頼に挑む「遊園地に謎解きを」事件など、日常に潜む些細な謎や奇妙な謎を、所長の古谷と助手の井上が鋭い推理で解き明かす! ミステリの名手による大人気シリーズ、8年振りの最新作にして待望の第三弾。
最後までこの設定は貫き通すのか、とは思ったが、それがあればこその面白さもまたあるので、良しとする。でも、完結してしまいそうな感じの終わり方なのがいささか残念である。カルテットで探偵事務所をやってくれてもいいのに。謎解きは、例によって、ふとしたきっかけによる閃きがヒントになり、何度見ても見事だが、謎解き専門の探偵事務所にやってくる依頼者のバラエティにも驚かされる。いたるところに謎はあるのだ。そして、ホームズとワトソンばりに、事件の記録を小説にまとめている助手の井上だが、かなり年月を要しており、それがまた妙な具合に本作を面白くしているのだから困ってしまう。もっと二人を見ていたいシリーズである。
ノゾミくん、こっちにおいで*水生大海
- 2021/04/05(月) 12:25:16
「ノゾミくん、こっちにおいで」海のそばで合わせ鏡を作り、そう唱えるとノゾミくんがやってきて願いを叶えてくれるのです――。そんな都市伝説が、若者たちの間で流れていた。 高校教師の遠山逸子は、教え子である古滝克己と恋愛関係にある。ある日、克己の妹の美咲とその友人の由夢がノゾミくんに願いを掛けにいく。だが、願いが叶ったかに思われていた由夢が、「のぞみくんにころされる」というメッセージを残し、屋上から落下。さらなる犠牲者も増えていき……。 ノゾミくんの正体は何なのか、連鎖する呪いは解けるのか――。 衝撃のラストが待ち受けるホラーミステリ―。
前半はミステリ風味が強かったのだが、次第に人もたくさん死に、ホラーテイストが増してきて、読むのをちょっぴり躊躇したりもした。都市伝説が生まれる現場に立ち会うことなど滅多にないと思うが、それがどうやって生まれ、巷に広まっていくのかということの一端を垣間見たような気分である。もともと悪意のあるものではなくても、人の口に乗るたびに少しずつ都合のいいように意訳され、大元の願いとは全くかけ離れたものになることもある。「友だちの友だちから聞いたんだけど」というたぐいの話を、無闇に広めることの恐ろしさが胸に迫ってくるようである。合わせ鏡が怖くなる一冊でもある。
悪の芽*貫井徳郎
- 2021/04/04(日) 16:24:05
犯人は自殺。無差別大量殺人はなぜ起こったのか?
世間を震撼させた無差別大量殺傷事件。事件後、犯人は自らに火をつけ、絶叫しながら死んでいった――。元同級生が辿り着いた、衝撃の真実とは。現代の“悪”を活写した、貫井ミステリの最高峰。
アニメコンベンション・通称アニコンの会場で火炎瓶や刃物による無差別殺人事件が起こり、犯人はその場で焼身自殺した。ニュースを見た安達は、犯人が小学校の同級生ではないかと思う。しかも、自分が身勝手な意趣返しで、悪意のあるあだ名をつけたばかりに、その後虐められて不登校になった同級生である。悔恨の念と罪悪感から逃れたい思いがせめぎ合うなかで、安達はパニック障害を起こし休職することになる。そして、犯人・斉木のことを調べ始める。斉木のしたことは、どんな理由があっても許されることではないが、安達の行動も、どちらかといえば保身のようにも見えてしまい、もやもやした思いは拭い去れない。登場人物それぞれが、結局は自分のことしか考えていないようで、(人間なんてそんなものかもしれないが)誰にも感情移入はできない。斉木を犯行に駆り立てたものの正体を、突き止めたようでありながら、本当のところはたぶん本人にもはっきり判ってはいなかったのではないだろうか。悪の芽がいつ芽生えたかよりも、その芽をどう育ててしまったかを考えなければならないような気がする。最後には小さな善の芽も芽生える兆しを見せたが、それですべて良しとはならない一冊である。
麦本三歩の好きなもの 第二集*住野よる
- 2021/04/03(土) 07:26:18
後輩、お隣さん、合コン相手ーー 三歩に訪れる色んな出会い 図書館勤務の20代女子・麦本三歩の あいかわらずだけどちょっと新しい日々 住野よるが贈る、心温まる日常小説シリーズ 待望の最新刊!
相変わらずの三歩である。身近にいたらイラっとさせられることが多そうだが、これほどでなくても、実際にありそうなこともたくさんあって、共感できるところもあり、職場の図書館では、なんだかんだ言っても愛されキャラである。先輩や、今回できた後輩に守られながら、それに甘んじることなく、自分の失敗に落ち込み、(次に生かされるかどうかは別として)反省し、前向きに努力しようとする姿勢には好感が持てる。その頑張りは、他人から見ればまだまだ足りないかもしれないが、三歩にとっては死に物狂いなのだということも伝わってきて、応援したくなる。少しずつ大人になっていく三歩をもっと見たいシリーズである。
毒をもって毒を制す 薬剤師・毒島花織の名推理*塔山郁
- 2021/04/01(木) 07:23:13
薬剤師の毒島さんは、薬にまつわる不思議な出来事をまるで名探偵かのように鮮やかに解決する。アルコール依存症の男性が急に「酒がまずくなった」と言い出したのはなぜ? 赤ん坊のための様々な薬を、あまりにも頻繁に薬局に取りに来る若い母親。彼女の真の目的は? いつものように鮮やかな推理を見せる毒島さんだったが、しかし彼女のもとにも新型コロナウイルスの影が忍び寄っていた。毒島さんに憧れるホテルマン・爽太が、仕事中高熱を出した同僚と濃厚接触したとして、ホテルに隔離されたのである。そして、それを機にホテル従業員が相次いで高熱を出し……。
今回も毒島さんの知識と熱意のおかげで、いくつもの事案が解決される。2021年1月に出版されているので、まさに、全世界がコロナ禍に騒然とし始めたころに書きはじめられたものと思われ、まだ未知の恐ろしさに満ちていて、対処法が模索されつつあるころを想起させられる舞台設定でもあるので、ストーリーの本筋とは別の興味もある。とはいえ、毒島さんと爽太の関係は、ほぼ進展せず、毒島さんの気持ちがなかなか読めないのがもどかしくもある。次作では少しは進展してほしい気もするが、どうなることだろう。さらなる毒島さんの活躍が愉しみなシリーズである。
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