fc2ブログ

ラスプーチンの庭*中山七里

  • 2021/05/30(日) 16:16:03


先進医療は、最愛の人を奪っていった。どんでん返しの社会派医療ミステリ!

中学生の娘・沙耶香を病院に見舞った警視庁捜査一課の犬養隼人は、沙耶香の友人の庄野祐樹という少年を知る。長い闘病生活を送っていた祐樹だったが、突如自宅療養に切り替え、退院することに。1カ月後、祐樹は急死。犬養は告別式に参列するが、そこで奇妙な痣があることに気が付く。同時期に同じ痣を持った女性の自殺遺体が見つかり、本格的に捜査が始まる。やがて〈ナチュラリー〉という民間医療団体に行き当たるが――。主宰の謎の男の正体と、団体設立に隠された真の狙い。民間療法の闇を描き、予想外の結末が待つシリーズ待望の最新作!


最初の章「黙示」がどこへどうつながるのか、わくわくしながら読み進んだ。先進医療と民間療法、そこに新興宗教が絡んでくるのだろうと想像はできたが、どんな絡め方をしてくるのか興味津々だった。真実は、終章まで明かされることはないのだが、正直に言うと、意外にあっけなかったな、という印象ではある。いつもの、だるま落としのようにスコンと落とされ、いままで見ているものが180度変わってしまう心地とまではいかず、著者にしては少し緩めの捻りだった気はしてしまう(どうしても期待値が高くなりすぎる)。とは言え、この教祖の弱さは初体験で、いままでにない操られ方だったので、充分愉しめる一冊だったことは間違いない。

週末は家族*桂望実

  • 2021/05/27(木) 16:33:27


シェイクスピアに心酔する小劇団主宰者の大輔と、その連れ合いで他人に愛を感じることができない無性愛者の瑞穂は、母親の育児放棄によって児童養護施設で暮らす演劇少女ひなたの週末里親になって、特殊な人材派遣業に起用することになるが―ワケあり3人が紡ぐ新しい“家族”の物語。


世間の目と自分の思いのはざまで揺れ動くのは、性別も年齢も関係なく、誰にでもあることである。思いこみに縛られ過ぎて、自分を型にはめ、自ら生き辛くしていることもあるのかもしれない。思いこみに囚われない、とはなかなか難しいことだと思うが、ほんの少し立ち止まって、想像してから行動を起こすことはできるかもしれない。家族の形もいろいろあっていい。大輔と瑞穂とひなた、この三人のチームが、この先もいいチームでいられるといいな、と思わされる一冊だった。

総選挙ホテル*桂望実

  • 2021/05/25(火) 16:22:06


いまいちやる気のない従業員で売り上げが落ちこむ中堅ホテル・フィデルホテル。
支配人の永野は悩みながらも改善策を打ち出せないでいた。
そんなある日、大学で社会心理学を教えていた変人教授が社長職に就くことに。
彼が打ち出した案は「従業員総選挙」。
落選すれば解雇もやむなしという崖っぷちの投票制度。
ざわつく従業員を尻目に、さらに管理職の投票も行われた。
混乱しつつもなんとか新体制が整い、徐々にそれぞれが新たなやりがいを見いだしていき……。
『県庁の星』の著者が描く、感動のエンタメ小説。


想像通りの展開ではあるが、その過程には悲喜こもごもさまざまあって興味深い。現実問題として、社員同士による総選挙でリストラされる身になると、納得のいかない部分は多々あるが、そこは小説、前向きに捉えて愉しむことにする。運良く残っても、腑に落ちなかったり、納得できないままに新しい部署で働き始めた者もいるが、次第に自分の適性とやりがいに目覚め、チームの一員としてホテルをより良くしようと、自然に考えるようになるのが頼もしい。このホテルのこれからをもっと見ていたくなる一冊である。

あおい*西加奈子

  • 2021/05/22(土) 13:26:50


二七才、スナック勤務のあたしは、おなかに「俺の国」と称した変な地図を彫っている三才年下のダメ学生・カザマ君と四か月前から同棲している。ある日、あたしは妊娠していることに気付き、なぜか長野のペンションで泊り込みバイトを始めることに。しかし、バイト初日、早くも脱走を図り、深夜、山の中で途方に暮れて道の真ん中で寝転んでしまう。その時、あたしの目に途方もなく美しい、あるものが飛び込んでくる―。表題作を含む三編を収録した、二五万部突破「さくら」著者の清冽なデビュー作。


デビュー作と知ると、うなずけるところがある。技巧を凝らさず、素のままを描いているように見せる腕は、すでに確かである。読み手の性質によって、好き嫌いがわかれるかもしれないとも思う。だらだらと日々を垂れ流しているように見えなくもないが、裡にはある種のいら立ちと背筋を伸ばしてすっくと立ちたい思いが凝っているような気がする。なんとも言えず愛情深い一冊である。

相棒に気をつけろ*逢坂剛

  • 2021/05/20(木) 16:12:26


世間師“せけんし”―世情に通じて、巧みに世渡りする人。世なれて悪賢い人。(「広辞苑」第六版)
訪問販売の傍らで、あくどい商売人から金を掠め取る“世間師”の男。名前の数は仕事の数。あるとき彼が出会った美形の女性、四面堂遙は一筋縄ではいかない食わせ者だった!?ひょんなことからコンビを組んだ二人は、痴漢や地上げ屋を相手に罠を仕掛ける!コン・ゲーム小説の金字塔。


語り手は、本名不詳だが、数々の名前がある世間師の男だが、このゲーム、どう見てもいつの間にか相棒になった四面堂遥が首謀者である。計画の芯をほとんど知らされていない男は、損な役回りな気はするが、彼なくしては成立しない計画でもあるところが、かえって成功の秘訣なのかもしれない。なかなか愉しませてもらった一冊である。

天久鷹央の推理カルテⅡ ファントムの病棟*知念実希人

  • 2021/05/18(火) 18:31:37


その病気(ナゾ)、命にかかわるぞ?
炭酸飲料に毒が混入された、と訴えるトラック運転手。夜な夜な吸血鬼が現れる、と泣きつく看護師。病室に天使がいる、と語る少年。問題患者の巣窟たる統括診断部には、今日も今日とて不思議な症例が舞い込んでくる。だが、荒唐無稽な事件の裏側、その“真犯人”は思いもよらぬ病気で……。
破天荒な天才女医・天久鷹央(あめくたかお)が“診断”で解決する新感覚メディカル・ミステリー第2弾。


相変わらずのマイペースの天久鷹央とその部下・小鳥こと小鳥遊優の名コンビ、と思いきや、研修医の鴻ノ池舞も含めて、息が合っているのかいないのかよくわからないコンビといったところだろうか。天医会総合病院、曰くつきの患者が多すぎないか、という気もするが、だからこそ鷹央先生の活躍の場があるというものだろう。今回も、あの手この手で鷹央先生を愉しませる患者ばかりであり、小鳥先生は、振り回されっぱなしなのであった。ただ、鷹央先生、診断技術は誰にも負けないが、それ以外の医者としての技量は心もとなさすぎ、患者との距離感にも問題がある。患者にとって良かったので、今回は何とかなったが、これで少しは成長したのだろうか、そうあってほしいようなほしくないような、複雑な心持でもある。次も愉しみなシリーズである。

三人屋*原田ひ香

  • 2021/05/16(日) 18:34:27


朝は三女・朝日の喫茶店、昼は次女。まひるのうどん屋、夜は長女。夜月のスナック――
可笑しくて、ホロリとしみる、商店街の人情ドラマ

お年寄りの多いラプンツェル商店街で、「ル・ジュール」が再開店した。
時間帯によって出すものが変わるその店は、街の人に「三人屋」と
呼ばれているが、店を営む三姉妹は、そのことを知らない。
近所に住むサラリーマンは三女にひと目ぼれ、
常連の鶏肉店店主は出戻りの幼なじみにプロポーズ、
スーパーのイケメン店長の新しい恋人はキャバ嬢で!?
ひとくせも、ふたくせもある常連客たちが、今日も飽かずにやって来る……。
心も胃袋もつかむ、おいしい人情エンターテインメント!


シリーズ二作目を先に読んでしまったので、個人的にはそうは思わないが、初めに本作を手にしたとしたら、仲好し三姉妹がおいしい料理を出すお店をめぐるほのぼのとした物語だと想像したことだろう。だが実際は、三姉妹は仲が悪いというか、関係性が薄く、接点も乏しく、互いに距離を置いているような印象で、決して仲好し三姉妹ではないのだった。おいしいものを出す店をやってはいるが、三人三様、業態も時間帯もばらばらで、唯一の共通点は、両親が残した店という「場」だけなのである。とは言え、三姉妹はそれぞれ持ち味は違うが魅力的なのだが、三人屋に集まってくる男たちは、揃いも揃ってろくでもないのが不思議である。登場人物全員に共通するのは、誰もが何らかの欠落感を抱えており、少しでもそれを埋めることを求めているということかもしれない。そして、家出を繰り返して、ラプンツェル商店街にいることが少ない長女夜月が、いちばんこの町や志野原家での存在感がありそうなのが、不思議なのだが、当然でもあるような気がする。ともかく、夜月が帰ってきてよかったと思うシリーズ一作目である。

天久鷹央の推理カルテ*知念実希人

  • 2021/05/14(金) 16:38:47


統括診断部。天医会総合病院に設立されたこの特別部門には、各科で「診断困難」と判断された患者が集められる。河童に会った、と語る少年。人魂を見た、と怯える看護師。突然赤ちゃんを身籠った、と叫ぶ女子高生。だが、そんな摩訶不思議な“事件”には思いもよらぬ“病”が隠されていた…?頭脳明晰、博覧強記の天才女医・天久鷹央が解き明かす新感覚メディカル・ミステリー。


アンソロジーで既読のものもあったので、キャラクタにはなじみがあり、すんなり設定に乗ることができたので、初めからわくわくする時間を過ごすことができた。世渡りには難がありすぎるが、診断の腕は確かで、他の科で手に負えない症例(のみならず、患者の事情まで)を、ことごとく解決に導いてしまう実力が、まずはいちばんの魅力である。見かけとのギャップにも萌える。素直でないことこの上ないが、小鳥先生こと小鳥遊との今後も愉しみである。早く次を読みたいと思わせるシリーズである。

サンドの女 三人屋*原田ひ香

  • 2021/05/13(木) 07:08:06


朝は三女・朝日の喫茶店、昼は次女・まひるの讃岐うどん屋、夜は長女・夜月のスナック――志野原家の美人三姉妹が営む「三人屋」は、朝日の就職を機に、朝の店を終了、業態を転換することになった。
朝日が出勤前に焼いたパンを使い、まひるが朝からランチ時まで売る自家製の玉子サンドイッチが、見映えも良くおいしいと大評判に。
かたや長女のスナックは、ラプンツェル商店街で働き、暮らす人々のサロンとしてにぎわっている。
ゲイの青年、売れない作家、女泣かせのスーパー店長など、ワケあり常連客たちが夜ごと来店、三姉妹の色恋沙汰を肴に、互いの悩みを打ち明けあったり、くだを巻いたり…
悲喜こもごも、味わい深い人間模様を描く大ヒット小説『三人屋』待望の続編! 心も体もくたくたな日は「三人屋」の新名物「玉子サンド」を召し上がれ!


シリーズものと知らずに二作目から読み始めてしまった。下地がないので、登場人物の関係性や舞台の空気感をつかむまでは、物語に入り込み難かったが、次第に把握できてくると、朝、昼、夜、それぞれのラプンツェル商店街の貌が見えてきて、この町に暮らす人たちの気質のようなものも感じられるようになってくる。いつも端っこにいる脇役のような印象だった人にも、その人だけの人生があり、他人のこと自分のこと、さまざま考えながらそこで役割を果たしているのだと、登場人物すべてに愛おしささえ感じられるようになる。きのうと同じ明日は来ないが、少しずつ貌を変えながら、三人屋が続いていくことを願いたくなる一冊である。

ひとつむぎの手*知念実希人

  • 2021/05/11(火) 07:19:26


大学病院で過酷な勤務に耐えている平良祐介は、医局の最高権力者・赤石教授に、三人の研修医の指導を指示される。彼らを入局させれば、念願の心臓外科医への道が開けるが、失敗すれば…。さらに、赤石が論文データを捏造したと告発する怪文書が出回り、祐介は「犯人探し」を命じられる。個性的な研修医達の指導をし、告発の真相を探るなか、怪文書が巻き起こした騒動は、やがて予想もしなかった事態へと発展していく―。


大学病院での中堅外科医の過酷な状況が伝わってきて、何とかならないものかともどかしい思いにも駆られる。主人公である平良祐介の人柄の良さが魅力のひとつなのは間違いないが、聖人君子すぎない人間臭いところも、さらに好感度を上げていると思う。祐介自身より、周囲の人たちの方が、彼のことをよくわかっている印象である。登場人物すべてが一筋縄ではいかない個性的な面々だが、赤石教授の格好良さにも主義のすばらしさにも、目を奪われる。祐介の決断には拍手を送りたいが、柳沢教授の医局改革も応援したい。読み応えのある一冊だった。

処方箋のないクリニック*仙川環

  • 2021/05/09(日) 13:32:00


先端医療では治せない人生を再建します!

『感染』で第1回小学館文庫小説賞を受賞。医療ミステリーの第一人者仙川環が贈る新境地。
月刊『本の窓』連載中から「我が家の事のよう」と話題を呼んだ作品待望の単行本化。
東京郊外にある古びた洋館。そこには先端科学では治せない患者と家族の「人生」を治療する名医がいる。凄腕、イケメンだけど、ちょっと変わり者の医師青島倫太郎。目が悪くなったのに車の運転をやめない父。怪しげなサプリにはまる母。仕事のストレスで血圧が上がった息子。民間治療に心酔した妻……。そんな患者を持つ家族たちはどうしたらいいのか。マドレーヌと紅茶の香る古い洋館の診察室を訪れた患者と家族は、青島と話をするうちに、隠していた心の内を打ち明けてしまう……。現代の赤ひげ先生が、鮮やかに患者と家族のトラブルを解決するハートウォーミングお医者さん小説。


近年とみに評判がよくなっている設備の充実した中核病院の長男でありながら、病院から出て、敷地の隅の廃屋でよろず相談所のような総合心療内科を開いた青島倫太郎の物語である。立派な権威をもちながら、ひけらかさず、患者(=相談者)に寄り添って、その悩みを解決に導く姿勢は、よりどころを探しあぐねていた人たちにとってのこの上ない救いだとおもう。顔を見て、話を聞くところから治療が始まるのだという、医療の根源が示されたような気がして、胸がすっとする。倫太郎先生とミカちゃんの奮闘をもっと見たくなる一冊である。

新米ベルガールの事件録 チェックインは謎のにおい*岡崎琢磨

  • 2021/05/06(木) 06:51:36


「あのトイレ、呪われてます!」。経営難で廃業の噂が絶えない崖っぷちホテルで、次々に起こる不可解な事件。おっちょこちょいの新入社員・落合千代子は、なぜか毎回その渦中に巻き込まれることに。イケメンの教育係・二宮のドSな指導に耐えながらも、千代子が事件の真相に迫るとき、宿泊客たちの切ない事情が明らかになる。本格お仕事ミステリ!


お仕事ミステリと呼ぶには、ベルガールの仕事に当てる焦点が緩すぎるのではないかとは思う。新米ベルガール・千代子が崖っぷちホテルを訪れる客や、彼らが抱える事情に巻き込まれてじたばたしながらも、いつの間にか何となく一件落着にもっていっている、という奮闘物語と言った方が当たっているだろう。そこに、素直ではない恋愛エッセンスも加わって、読みやすい一冊になっている。

きたきた捕物帖*宮部みゆき

  • 2021/05/03(月) 18:47:03


宮部みゆき、久々の新シリーズ始動! 謎解き×怪異×人情が味わえて、著者が「生涯、書き続けたい」という捕物帖であり、宮部ワールドの要となるシリーズだ。
舞台は江戸深川。いまだ下っ端で、岡っ引きの見習いでしかない北一(16歳)は、亡くなった千吉親分の本業だった文庫売り(本や小間物を入れる箱を売る商売)で生計を立てている。やがて自前の文庫をつくり、売ることができる日を夢見て……。
本書は、ちょっと気弱な主人公・北一が、やがて相棒となる喜多次と出逢い、親分のおかみさんや周りの人たちの協力を得て、事件や不思議な出来事を解き明かしつつ、成長していく物語。
北一が住んでいるのは、『桜ほうさら』の主人公・笙之介が住んでいた富勘長屋。さらに『<完本>初ものがたり』に登場する謎の稲荷寿司屋の正体も明らかになるなど、宮部ファンにとってはたまらない仕掛けが散りばめられているのだ。
今の社会に漂う閉塞感を吹き飛ばしてくれる、痛快で読み応えのある時代ミステリー。


新シリーズの始まりである。人望のある岡っ引き・千吉親分が、シリーズが始まったとたんにあの世の人になってしまい、どうなることかと思っていたら、幼いころに拾われて世話になっていた北一が、千吉親分のおかみさんである盲目の松葉の知恵を借り、その手足となって、尊敬する親分の後を継いでいく物語になりそうで、愉しみである。相棒になりそうな喜多次とも出会って、北一がどんどん頼もしくなっていきそうな予感である。これからますます愉しみなシリーズである。