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和菓子迷宮をぐるぐると*太田忠司

  • 2021/06/30(水) 16:25:21


ランチの煮魚を食べながら、その作り方を科学的に検証してしまうほどの理系大学生・涼太。ちょっと変わり者と言われる彼が出会ったのは、あまりに美しい「和菓子」だった。その「美味しさ」にも魅せられてしまい、すっかり和菓子の世界の虜に。勢いのあまり大学院に進まずに和菓子職人になることを決意し、製菓専門学校に入学してしまった。
個性豊かな学生たちとともに和菓子作りに精を出すが、和菓子はとにかく答えがない。なんとか自分の和菓子を作ろうと苦心するも、全てを1か0かで考えてしまう理系的思考が、数値だけでは測りにくい和菓子作りの邪魔をして――。


まず、カバーの和菓子の写真に目が釘付けになる。これは繊細で美し過ぎて食べるのに勇気が要りそうである。この物語は、そんな繊細にして美しく、しかもおいしい和菓子に出会ってしまった超理系男子・涼太と、製菓学校の友人たちの成長物語であるとともに、涼太自身のトラウマの克服の物語でもある。純粋にお仕事ものがたりというわけではないし、和菓子作りの物語というわけでもないので、割とどちら方面にも深くは掘り下げられてはおらず、いささか物足りなさはあるものの、若者たちの成長物語としては楽しく読めた一冊だった。

スープ屋しずくの謎解き朝ごはん 今日を迎えるためのポタージュ*友井羊

  • 2021/06/27(日) 16:39:37


シェフ・麻野が日替わりで作るスープが自慢のスープ屋「しずく」は、早朝にひっそり営業している。常連客のOL・理恵は、新婚の上司・布美子の新居へ遊びに行く。順調そうに見えたふたりだが、夫から布美子の様子がおかしいと相談を受け…(「モーニングタイム」)。ほか、狩猟中に奇妙な体験をする「山奥ガール」、ひきこもりの友人が抱える真相を探る「レンチェの秘密」など、心温まる全4話。


今回も、見るからにおいしそうなスープや料理がたくさん出てきて、垂涎である。そして、最終的には心温まる結果にはなるが、ほろ苦い思いになることも多い。人の心というのは、本当に扱いの難しいものであると、改めて感じさせられる。だが、しずくに集まる客たちは、どんなことがあっても捻じ曲がることがなく、真っ直ぐに考える人たちなので、最後にはうまいこといくのだろう。麻野の名探偵ぶりもさすがだが、露ちゃんの人を見る目の確かさにも舌を巻く。次はどんなスープでどんな謎だろうと愉しみになるシリーズである。

希望病棟*垣谷美雨

  • 2021/06/24(木) 16:10:33


神田川病院に赴任した女医の黒田摩周湖は、二人の末期癌の女性患者をみている。先輩のルミ子に促され、中庭で拾った聴診器を使うと患者の“心の声”が聞こえてきた。児童養護施設で育った桜子は、大人を信じていない。代議士の妻の貴子は、過去に子供を捨てたことがあるらしい。摩周湖の勧めで治験を受けた二人は快方に向かい、生き直すチャンスを得る。“従順な妻”として我慢を強いられてきた貴子は、驚きの行動に出て…!?孤独と生きづらさを抱えてきた二人はどのような道を歩むのか。共感の嵐を呼んだヒューマン・ドラマ『後悔病棟』に続く感動の長編。


神田川病院に赴任した医師の黒田摩周湖は、幼いころから両親が忙しかったせいで親との交流をほとんど知らずに育ったせいか、人とのコミュニケーションが苦手で、あれこれと考えすぎるせいで思ったことを言葉にできずに誤解されることが多かった。
ある日、中庭に落ちている聴診器を拾うと、先輩のルミ子に、自分で使えばいいと言われ、使い始める。すると、聴診器を患者の胸に当てた途端に患者の心の声が聞こえるようになったのだった。それから少しずつ自信を取り戻した摩周湖は、患者たちの気持ちに寄り添い、時にはちょっとしたアドバイスをして勇気を与えたりもするようになる。癌患者の高校生・桜子と、議員の妻の貴子は、それぞれ前向きに生きることができるようになる。
摩周湖自身も、心の持ちようが変化し、幼いころの母親の立場にも思いを致すことができるようになって、胸のなかが穏やかになるのだった。さらには、母の思わぬ告白によって、より理解し合うこともできた。気の持ちようの大切さと、自分の人生を切り拓く思いの強さを感じさせられる一冊だった。

幕間のモノローグ*長岡弘樹

  • 2021/06/23(水) 13:33:24


名演技に潜む「罪」と「罰」――

ドラマや映画の撮影中、舞台の演技中に起こるさまざまな事件やトラブルを鮮やかに解決するベテラン俳優の南雲。――そこにはある秘密が隠されていた。
『教場』の著者が、芸能界に生きるものたちの‟業“を描いた連作短編ミステリー。
「辞めたい」という俳優に、自信を取り戻させた不思議な練習方法。
「斬られ役」の俳優が、なぜかカメラに背を向けて倒れた理由とは。
俳優のマネージャーが「わざと」自動車事故に遭ったのはなぜか。
脚本家に「下手だ」と思われていた俳優を、なぜ南雲は主役に抜擢したのか。

南雲の狙いは何だったのか。彼にはなぜ真実が見えたのか――。


胸の裡に昏いものがある人間にとっては、南雲の存在は脅威かもしれない。だが、表立って何かをすることはなく、さりげなく本人の心に直接訴えかける行動が、さらに身に堪えるだろうと想像できる。ただ、それによって最悪の選択を免れることも多く、救いの神のようでもある。とは言え、南雲自身も爆弾を抱えるような日々であり、それを思うとなんとも言えない気持ちになる。映像化されたら見てみたいと思わされる一冊だった。

お電話変わりました 名探偵です*佐藤青南

  • 2021/06/21(月) 16:39:45


「事件ですか。事故ですか。そこに謎はありますか?」

Z県警本部の通信指令室。その中に電話の情報のみで事件を解決に導く凄腕の指令課員がいる。千里眼を上回る洞察力ゆえにその人物は<万里眼>と呼ばれている――。ある日の深夜、通報に応答していた早乙女廉は『イエが盗まれた』という一報を受ける。思いもよらぬ訴えに動揺していると、割り込んでくる声が。その声の主こそ、<万里眼>こと君野いぶきだった。果たして事件の真相は? 電話越しに謎に迫る、新感覚警察ミステリ!


安楽椅子探偵的ミステリと言っていいだろう。県警の通信指令室、いわゆる110番を受け付ける部署が謎解きの舞台である。
こんなに長い間、ひとつの回線を塞いだままでいいのだろうかという疑問はあるが、ここは一旦おくとする。探偵役は、慌てふためいて電話をしてきた通報者の声と説明に違和感を持ち、現場に行かないままで謎を解き明かしてしまう千里眼ならぬ「万里眼」と呼ばれるいぶき先輩であり、語り手は、名前と声だけはイケメンだが、気が弱くコミュ障の気のある僕・早乙女廉である。しかも、厄介な事件を引き寄せる才能があるらしい。脇を固めるキャラたちもそれぞれ個性的なので、人間関係にも興味がいくが、何となくまだこなれていない感があるので、シリーズ化してくれたら、どんどん生き生きしてくるのではないだろうか。愉しく読める一冊だった。

白鳥とコウモリ*東野圭吾

  • 2021/06/19(土) 19:44:40


遺体で発見された善良な弁護士。
一人の男が殺害を自供し事件は解決――のはずだった。
「すべて、私がやりました。すべての事件の犯人は私です」
2017年東京、1984年愛知を繋ぐ、ある男の"告白"、その絶望――そして希望。
「罪と罰の問題はとても難しくて、簡単に答えを出せるものじゃない」
私たちは未知なる迷宮に引き込まれる――。


522ページという分量を感じさせられずに一気に読んだ。第一段階は、あっという間に事件が片付いてしまい、はて、連作短編だったか、と一瞬思ってしまったが、本当の事件の始まりはそこからだった。警察も、検察も弁護士も、被疑者の自白があるので、殺人事件の事実を争うつもりは初めからなく、そのままならば、すんなりと判決が出てしまうような流れである。自白というものがどれほど重要視されているかを思い知らされるようである。だが、被害者、加害者双方の身内が違和感を抱き、行動を起こした。それによってあぶりだされた真実とは。想像もしなかった事実を目の当たりにして、何をどう考えていいか戸惑うが、真犯人の真の動機が明らかになった時には、さらにどう反応していいか判らなくなった。現代的(という言葉が即しているかは自信がないが)な精神性の象徴なのかもしれないが、こうしなくてもよかったような気がしなくもない。正直ショックであり、悩ましい。ただひとつ言えるのは、最悪なのは、一連の事件の大本である灰谷社長なのは間違いないということである。そして、真実が明らかになった後の、物語の終わらせ方は、いささか散漫な印象がなくもない。とはいえ、一気に読ませる面白さであることは間違いない一冊である。

教室が、ひとりになるまで*浅倉秋成

  • 2021/06/18(金) 16:44:05


本格ミステリ大賞&日本推理作家協会賞Wノミネート!新世代の青春ミステリ

北楓高校で起きた生徒の連続自殺。ひとりは学校のトイレで首を吊り、ふたりは校舎から飛び降りた。「全員が仲のいい最高のクラス」で、なぜ――。垣内友弘は、幼馴染みの同級生・白瀬美月から信じがたい話を打ち明けられる。「自殺なんかじゃない。みんなあいつに殺されたの」“他人を自殺させる力”を使った証明不可能な罪。犯人を裁く1度きりのチャンスを得た友弘は、異質で孤独な謎解きに身を投じる。新時代の傑作青春ミステリ。


垣内の目線で描かれている。途中まで、垣内こそが怪しいのではないか、あるいは、何か関わっているのではないかと思っていたが、どうやら当たっていなかったようだ。とは言え、最後の彼の思いを聞かされると、さもありなんとすんなり腑に落ちるのである。無意識の支配、善意の束縛、独りよがりの価値観。人は、生きていく上でさまざまなものと日々戦っている。タイトルの意味が判った時、「これだ」と思った。天辺にいる一握りの人にはわからない生き辛さがひしひしと伝わってきて胸のなかがひりひりするような一冊だった。

書店員と二つの罪*碧野圭

  • 2021/06/16(水) 18:28:30


ベストセラー「書店ガール」シリーズの著者が描く、慟哭のミステリー
書店員の椎野正和は、ある朝届いた積荷の中に、少年犯罪者の告白本があるのを知って驚く。それは、女子中学生が惨殺され、通っている中学に放置された事件で、正和の同級生の友人が起こしたものだった。しかも正和は、犯人の共犯と疑われてしまい、無実が証明された後も、いわれなき中傷を受けたことがあったのだ。書店業界が「売るべきか売らないべきか」と騒然とする中、その本を読んだ正和は、ある違和感を覚えるのだが……。
出版・書店業界の裏事情を巧みに盛り込んだ、著者渾身の長編小説。


書店とその周辺で起こる事件の謎解き物語かと思って読み始めたのだが、まったく違うショッキングな事件をめぐるシリアスな物語だった。殺人事件を起こした者の身近にいた人たちの、事件後の苦しみや葛藤、事件のことは聞きたくないが、真相を知りたいという欲求のはざまで揺れ動く心を制御できなくなる辛さ。真につらいことを封印する脳の働きと、封印が解けたときの衝撃など、胸に迫る場面が数多くあり、考えさせられることだらけで、正義と信義のバランスをどうすればいいのかに悩み、自分だったらどうするかと考えるも、答えを出すのは難しすぎて、思わずうなってしまう。スカッとはしないが、遥か先に光が見えた気がして、ほんの少しほっとした一冊である。

つまらない住宅地のすべての家*津村記久子

  • 2021/06/14(月) 18:25:03


とある町の、路地を挟んで十軒の家が立ち並ぶ住宅地。
そこに、女性受刑者が刑務所から脱走したとのニュースが入る。
自治会長の提案で、住民は交代で見張りをはじめるが……。

住宅地で暮らす人間それぞれの生活と心の中を描く長編小説。


冒頭に住宅地の見取り図と家族構成の一覧がのせられているが、初めのうちは、誰かが登場するたびに、どこの家の誰なのか覚えられずに、最初に戻って確かめながら読んでいたので、多少の面倒くささはあったが、次第に把握できてくると、家族や人物それぞれの特徴が起ち上がってきて、ただの一覧から、生きて生活する人々になり、ストーリーに入り込めるようになった。外側から見れば、どこにでもあるつまらない住宅地に見えるかもしれないが、実情はまったくつまらなくなどなく、さまざまな問題を抱え込む人々の集まりなのがわかる。お互いに詮索しあわなければ、つまらない住宅地のなかの一軒一軒でしかないものが、一人の逃亡犯の存在によって、互いのことを少しずつ知ることになり、それが存外厭ではないことにも気づかされるのが、読んでいても不思議な感覚である。俄かに「実(じつ)」を持ち始めたような感覚とでも言ったらよいのか。ものすごく濃いコーヒーを飲んだ後のような読後感でもある。濃密な読書時間をくれた一冊だった。

天久鷹央の推理カルテ Ⅴ 神秘のセラピスト*知念実希人

  • 2021/06/12(土) 18:35:15


白血病が再発し、骨髄移植でしか助かる見込みがない少女・羽村里奈。だが、複数回に及ぶ化学療法を経ても病気が完治しなかったことで医療不信に陥った彼女の母親は、移植を拒否し、左手に聖痕を持つ預言者の言葉に縋るようになってしまう…。少女を救えるのは、医療か、奇蹟か。神秘的な現象を引き起こす“病気”の正体とは。天医会総合病院の天才女医・天久鷹央が奇蹟の解明に挑む。


鷹央先生のダメっぷりも、成長ぶりも堪能できた今作である。小鳥先生の立ち回りもまたまたお見事。ボディガードっぽい立ち位置が定着しつつある?だが、今回は、命を狙われる事態にまで発展し、この先どうなるかとひやひやさせられもした。とはいえ、怪しい信仰は、真実がわかれば醒めるのも早い。さらには、ひょんなことから知り合った女詐欺師が、助けになったりもして、これからも役に立ってくれるのか、という期待もちょっぴり抱く。また次を愉しみにしたいシリーズである。

天久鷹央の推理カルテ Ⅳ 悲恋のシンドローム*知念実希人

  • 2021/06/11(金) 18:48:55


小鳥。この事件は、お前が解決するんだ。天医会総合病院の看護師、相馬若菜から友人の殺害事件について相談をうけた天久鷹央(あめくたかお)と小鳥遊(たかなし)優。喜び勇んで謎の解明にあたる鷹央だったが、その過程で“事件から手を引く”と宣言する。なぜ、彼女ではこの謎を解けないのか。そして、死の現場から“瞬間移動”した遺体に隠された真実とは――。驚きのどんでん返しと胸を打つクライマックスが待つ、メディカル・ミステリー第4弾。


今回は、小鳥遊先生大活躍である。だが、その裏にはしっかりと鷹央先生の思し召しがあるのはもちろんなのである。さらに、今回は、予想外の展開にパニックになる鷹央先生を見られる確率が高かったようにも思う。その分、小鳥先生がちょっぴり頼もしくも見えたりする(大立ち回りも確かに多かった)。それにしても、本当に不可思議な症例(というか謎?)が持ち込まれ過ぎではないだろうか。まだまだ次が愉しみなシリーズである。

天久鷹央の推理カルテ Ⅲ 密室のパラノイア*知念実希人

  • 2021/06/10(木) 16:15:37


呪いの動画によって自殺を図った女子高生。男性に触れられた瞬間、肌に異常をきたす女性。そして、密室で溺死した病院理事長の息子…。常識的な診断や捜査では決して真相にたどり着けない不可解な事件。解決できるのは、怜悧な頭脳と厖大な知識を持つ変人女医・天久鷹央、ただ一人。日常に潜む驚くべき“病”と事件の繋がりを解明する、新感覚メディカル・ミステリー第3弾。


もはやすっかりコンビ化している鷹央と小鳥こと小鳥遊だが、今回は、小鳥遊が大学病院の医局に呼び戻されることになる、という一大事が、鷹央の推理力にかかっているので、いつも以上にどきどきする。しかもこの謎が、滅法わけがわからず、あわやタイムアウト、というところまで行ってしまうのだから、ハラハラ度合いも急上昇である。相変わらず鋭い着眼と、見かけに似合わぬ不遜な態度が魅力的な鷹央であるが、今回ばかりは、彼女がいちばんハラハラしていたのではないだろうか。早く次を読みたいシリーズである。

物語のなかとそと*江國香織

  • 2021/06/08(火) 16:15:44


読むことと、書くことにあけくれて暮らす著者の日常は、現実を生きている時間より、物語のなかにいつ時間のほうがはるかにながい。散歩も、旅も、お風呂も、その延長のなかにある。

掌編小説と 全身で拾い集めた世界じゅうの瑣末なものものについて書かれた文章たち。著者の創作と生活の「秘密」がひもとかれるスリリングな散文集。

「すばらしい本を一冊読んだときの、いま自分のいる世界まで読む前とは違ってしまう力、架空の世界から現実にはみだしてくる、あの途方もない力。それについて、つまり私はこの散文集のなかで、言いたかったのだと思います」(あとがきより)


短いエッセイや物語が次から次へと表れて、どきどきしてしまう。しかも、もちろんそのどれもに著者がいて、江國香織という人の目を通して世界を見ているような心地にさせられる。子どものころは「世界に直接手を触れていた」なんて、本当にそう思うし、他にも、うなずかされる箇所がいくつもいくつもある。タイトルのつけ方も秀逸で、これ以外ではありえない。素敵な一冊。

4ページミステリー*蒼井上鷹

  • 2021/06/06(日) 18:25:02


傑作ショートショートミステリー集「4ページミステリー」シリーズ第三弾。飛行機の手荷物検査で、鞄のなかにピストルが入っていると係員に呼び止められてしまう。それは人から預かったチョコレート菓子だと言い張るが、私にはある目的が…。「あまい検査」など全61編を収録。原稿用紙5枚に込められたどんでん返しは、予測不可能!


ひとつの話が4ページに納まっているので、ちょっとした隙間時間にも少しずつ愉しめる。中には、もっと長かったら、より深く突っ込めるのに、と残念に思うものもなくはなかったが、ほとんどは、お見事である。しかも、そうきたか、と裏をかかれた気分にさせられるものもあり、盲点を突かれるものあり、こちらの想像に任されるものありと、バラエティに富んでいて飽きさせない。気軽に愉しめる一冊である。

あきない世傳金と銀 十 合流篇*高田郁

  • 2021/06/03(木) 18:34:45


呉服太物商でありながら、呉服仲間を追われ、呉服商いを断念することになった五鈴屋江戸本店。
だが、主人公幸や奉公人たちは、新たな盛運の芽生えを信じ、職人たちと知恵を寄せ合って、これまでにない浴衣地の開発に挑む。
男女の違いを越え、身分を越えて、江戸の街に木綿の橋を架けたい──そんな切なる願いを胸に、試行錯誤を続け、懸命に精進を重ねていく。
両国の川開きの日に狙いを定め、勝負に打って出るのだが……。
果たして最大の危機は最高の好機になり得るのか。
五鈴屋の快進撃に胸躍る、シリーズ第十弾! !


なんともう十作目である。毎度毎度、気をもみ、理不尽さに歯噛みし、いわれのない仕打ちに地団太を踏みながら、それでも必ず希望の光がはっきりと見えて、胸をなでおろしてきたのだが、今作では珍しく、余計な横やりは入らず、その日をひたすら心待ちにしながら読み進むことができた。とはいえ、五鈴屋にとって、幸にとっては、一大転機であり、主従の絆やお客との信頼関係もさらに堅固なものになった印象である。今作が穏やかだっただけに、次作での波乱がいまから心配ではあるが、引き続き楽しみに待ちたいシリーズである。