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霧をはらう*雫井脩介
- 2021/10/28(木) 07:18:52
『火の粉』で裁判官の葛藤を、『検察側の罪人』で検事の正義を描いた
雫井脩介が問う、弁護士の信念とは? 作家デビュー20周年を迎えた著者の渾身作!
病院で起きた点滴死傷事件。
入院中の4人の幼い子どもたちにインスリンが混入され、2人が殺された。
逮捕されたのは、生き残った女児の母親。
人権派の大物弁護士らと共に、若手弁護士の伊豆原は勝算のない裁判に挑む!
500ページ超えのボリュームを感じさせない面白さである。人物描写がまず素晴らしい。どの人物も、実際の姿をたやすく想像できるので、その行動がとてもリアルに感じられる。折々に挿みこまれる違和感も、後半にはすべて解消され、すべて腑に落ちる。考えさせられる要素が盛りだくさんだが、そのどれもが、いつ自分に降りかかってもおかしくないことばかりで、我がこととして深く思いを致すことで、さらに物語の面白さが深まる印象である。ラストの事実には驚かされたが、人間の弱さがもたらす罪を思い知らされる心地である。物語としての着地点のそのあとに、さらに別の深い闇と、それを解きほぐす日々が待っているのかと思うと気が重くなるが、少しでも救いのある方向に進んでくれることを願うばかりである。充実感と共に読み応えのある一冊だった。
マイ・ダディ*山本幸久
- 2021/10/26(火) 11:17:12
確かめようのない過去。それでも愛する娘を救いたい――。
娘を救うため必死に奔走する父親の姿を描くヒューマンドラマを完全小説化
御堂一男(ムロツヨシ)は、中学生の娘・ひかり(中田乃愛)と2人暮らし。
最愛の妻・江津子(奈緒)は8年前に他界。一男は小さな教会の牧師をしながら、
ガソリンスタンドでアルバイトに励みつつ、ひかりを男手ひとつで育てている。
思春期に突入したひかりはちょっぴり反抗的な時もあるが、優しくて面白い
お父さんのことが大好き。
牧師として多くの人に慕われ、たまに娘と些細な喧嘩をしながらも、
2人の穏やかで幸せな日々は続いていくと思っていた。
ある日、突然ひかりが倒れる。病院で下された診断は“白血病"。
混乱し事実が受け入れられない一男だったが、なんとか自らの口で病名をひかりに伝える。
「私……頑張るね」覚悟を決めたかのようにつぶやくひかりに、
「あぁ。頑張ろう」と力強く応える一男。
つらい闘病生活をなんとか乗り越え、退院できることになったひかり。
喜びでいっぱいの一男だったが、担当医師からある衝撃的な事実を告げられ――。
映画のノベライズのようである。妻を交通事故で亡くし、娘と二人で暮らす、町の小さな教会の牧師・御堂一男が主人公。ガソリンスタンドでアルバイトをしながら、懸命に生きているが、彼にも娘のひかりにも次から次へと試練が降りかかる。一瞬疑いそうになることはあっても、根本では常に神を信じ、その思し召しに従って乗り越えようと心を尽くす一男の姿と、それを見て自分たちの善意を差し出す周りの人たちの関係に胸を打たれる。大切なのは、やはり人間性なのだと、改めて生きる姿勢の大切さを教えられる思いである。神様は、乗り越えられない試練を与えないという言葉を、心から信じたいと思わされる一冊である。
グランドシャトー*高殿円
- 2021/10/24(日) 18:44:18
昭和38年、大阪京橋のキャバレー「グランドシャトー」に流れ着いた家出少女ルーは、ナンバーワンの真珠の家に転がり込む。下町の長屋に住み、ささやかな日常を大切にして暮らす真珠を家族のように慕いながらも、彼女に秘密の多いことが気になるルー。そんな中、人を楽しませる才によって店の人気者となったルーのアイデアが苦境のグランドシャトーに人を呼ぶが―。導かれるように出会ったルーと真珠。昭和から平成へ、30年の物語。
モデルになった店があるようだが、そんなことを知らずに読んでも充分惹きつけられる物語である。個人的には、読後に知って切なさが増した。キャバレーという偽りのまばゆさの中で、懸命に自分をしゃんとさせて生き抜いてきた女たちの気概を感じる。寂しい者たちが集まってくる誘蛾灯のような場所とも言えるキャバレーという舞台があればこそ、日々を暮らせる女たちがいて、また過酷な明日に向かっていける男たちがいる。ひとりひとりが何かしらの事情を抱え、さまざまな思いを秘めて、きらびやかに着飾り、にぎやかに過ごすひとときは、空しく儚いが、凝縮した人生でもある。そんな中で、終始一貫自らの姿勢を貫いているように見える真珠のすっと伸びた背筋が、尊く見えると同時に哀しくもある。矜持という言葉を思い起こさせる人である。時代は移ろい、昭和のキャバレーは成り立たなくなっても、受け継がれていく魂は確かにあるのだろう。涙にぬれて目覚めるが、内容を覚えていない夢のような切ないやるせなさと、確かな充実感で満たされる一冊である。
あなたのいない記憶*辻堂ゆめ
- 2021/10/22(金) 13:33:08
絵画教室をやめて以来、大学で約十年ぶりに再会した優希と淳之介。
旧交を温める二人だったが、絵の講師の息子だった「タケシ」という人物について、
それぞれ記憶が書き換わっていることに気づく。
タケシのことを架空の人物と思っていた優希と、有名スポーツ選手と勘違いしていた淳之介は、
タケシの幼馴染・京香に連れられ、心理学の専門家・晴川あかりのもとを訪れる。
「虚偽記憶」現象の原因究明を始めた四人が辿りつく真相とは――。
進化を続ける新鋭・辻堂ゆめが放つ渾身の一作!
久しぶりに出会った故郷の幼馴染。良く知っているはずのある人物に関する記憶だけが、まったく食い違っていた。冒頭からぐいぐい興味を惹かれる。現実として、素人にここまでできるかどうかは於くとしても、記憶の曖昧さに関しては、思い当たることも多々あり、魅力的なテーマである。そして、そこに至るストーリーも、切なくやりきれなく愛おしさにあふれたものではあるが、だからといって、記憶を改ざんされた方はたまったものじゃないよなぁ、というもやもや感もある。予想よりもはるかに読み応えのある一冊だった。晴川あかり先生のことをもっと知りたくなった。
屋根裏のチェリー*吉田篤弘
- 2021/10/20(水) 16:29:42
もういちど会いたいです
都会のはずれのガケの上にある古いアパート。
その屋根裏にひっそり暮らしている元オーボエ奏者のサユリ。
唯一の友だちは、頭の中にいる小さなチェリー。
「流星新聞」の太郎、定食屋〈あおい〉の娘のミユキさん、鯨オーケストラの元メンバーたち……
と個性的で魅力的な登場人物が織りなす待望の長編小説――。
『流星シネマ』と響き合う、愛おしい小さな奇跡の物語。
ここにいない人のことばかり考えてしまう。屋根裏部屋に引きこもっているサユリさんは、自分にしか見えないチェリーの声を友として、日々をやり過ごしている。忘れられないこと、忘れたいこと、思い出せないこと、忘れてしまったこと。過去に置き去りにしきれないそれらの事々で、サユリさんは飽和状態だったように見える。そこに舞い込んだ、二百年前に川をさかのぼってきたクジラの骨が見つかり、復元作業が始まっているというニュース。そして、サユリさんがオーボエを吹いていた鯨オーケストラの名前の由来を知るために、長谷川さんに会いに行ったり、オーケストラ時代にインタビューされた、流星新聞の太郎さんとまた出会ったり。新しい風が、少しずつ吹き込んで、気持ちを前に向かせていく。時間や空間をまたいで、遥か彼方の想いがつながっていく。いま目の前にいる人のことも、考えられるようになっていく。極目の前のことが描かれているのに、遥かな旅をしてきたような読後感の一冊である。
薔薇のなかの蛇*恩田陸
- 2021/10/18(月) 07:06:08
変貌する少女。呪われた館の謎。
「理瀬」シリーズ、17年ぶりの最新長編!
英国へ留学中のリセ・ミズノは、友人のアリスから「ブラックローズハウス」と呼ばれる薔薇をかたどった館のパーティに招かれる。そこには国家の経済や政治に大きな影響力を持つ貴族・レミントン一家が住んでいた。美貌の長兄・アーサーや、闊達な次兄・デイヴらアリスの家族と交流を深めるリセ。折しもその近くでは、首と胴体が切断された遺体が見つかり「祭壇殺人事件」と名付けられた謎めいた事件が起きていた。このパーティで屋敷の主、オズワルドが一族に伝わる秘宝を披露するのでは、とまことしやかに招待客が囁く中、悲劇が訪れる。屋敷の敷地内で、真っ二つに切られた人間の死体が見つかったのだ。さながら、あの凄惨な事件をなぞらえたかのごとく。
可憐な「百合」から、妖美な「薔薇」へ。
正統派ゴシック・ミステリの到達点!
英国・ストラットフォードのブラックローズハウスが舞台だが、海外ものにありがちな不自然さは全くなく、ミステリアスな空気の中で物語は始まる。今回、主役は理瀬ではなく、ブラックローズハウスの主・レミントン一家なので、理瀬目線で描かれることは多くはないが、その存在感は見逃せない。事件は凄惨で、スプラッタ映画かと思わされるような目を覆いたくなる場面もあり、思い出したくはないが、それ以外は、起きていることとは裏腹に、いたって静かに時間が流れる。人間の裏側と、事実の陰に隠された真実の奥深さが、まだまだ解き明かされないことがありそうな疑心暗鬼に苛まれる。このままでは絶対に終わらない予感が立ちこめる一冊である。
異常心理犯罪捜査官・氷膳莉花 剝皮の獣*久住四季
- 2021/10/16(土) 16:10:25
首から上の皮を持ち去る殺人鬼の正体は!? 大人気シリーズ、待望の第2巻
奥多摩署勤務となった莉花は地域課から刑事課へ復帰を果たす。時同じくして、潜伏中の強盗犯が廃屋で殺害される事件が発生。なぜか被害者の首から上の皮膚は剥がされ、持ち去られていた。
この異様な事件は複雑な様相を呈していく。なぜ逃走中の強盗犯を狙ったのか。そして首から上の皮膚を剥ぎ取ったのは一体? 解決にこだわる莉花は禁じ手に打って出る。それは悪魔の犯罪心理学者、阿良谷と取引することだった。
すべてが明らかになったとき、貴方は震撼する!
今回も初っ端からグロテスクで、思わず本を閉じようかと思う。読み進めても、別の意味で感情を逆なでされる描写が多い。雪女こと氷膳莉花でも、いい加減うんざりするだろう。警察が男社会だということは端からわかっているが、それを於いても、莉花の行動は、組織として許しがたいものなのだろう。とは言え、刑事課にもどされたからには、目の前の事件を解決すべく捜査するしかない。事件すら滅多にないような奥多摩の地で起こった凄惨な殺人事件は、池袋の強盗殺人事件と絡み、さらに調べていくと、過去に起こった行方不明事件にもつながっていたのである。莉花の覚悟と、本庁の仙波警部補との間に築かれつつある信頼関係と、収監中の未決死刑囚・阿良谷のプロファイリングの助けで、また莉花が無茶をする。事件が解決されても気分はスキっとはしないが、阿良谷のこれからも気になるし、さらなる展開が愉しみなシリーズである。
お探し物は図書室まで*青山美智子
- 2021/10/14(木) 16:17:36
お探し物は、本ですか? 仕事ですか? 人生ですか?
人生に悩む人々が、ふとしたきっかけで訪れた小さな図書室。
彼らの背中を、不愛想だけど聞き上手な司書さんが、思いもよらない本のセレクトと可愛い付録で、後押しします。
仕事や人生に行き詰まりを感じている5人が訪れた、町の小さな図書室。「本を探している」と申し出ると「レファレンスは司書さんにどうぞ」と案内してくれます。
狭いレファレンスカウンターの中に体を埋めこみ、ちまちまと毛糸に針を刺して何かを作っている司書さん。本の相談をすると司書さんはレファレンスを始めます。不愛想なのにどうしてだか聞き上手で、相談者は誰にも言えなかった本音や願望を司書さんに話してしまいます。
話を聞いた司書さんは、一風変わった選書をしてくれます。図鑑、絵本、詩集......。
そして選書が終わると、カウンターの下にたくさんある引き出しの中から、小さな毛糸玉のようなものをひとつだけ取り出します。本のリストを印刷した紙と一緒に渡されたのは、羊毛フェルト。「これはなんですか」と相談者が訊ねると、司書さんはぶっきらぼうに答えます。 「本の付録」と――。
自分が本当に「探している物」に気がつき、
明日への活力が満ちていくハートウォーミング小説。
何度胸が熱くなり、目の前が霞んでページが見えなくなったことだろう。文章の端々のちょっとしたひとことに、真心が宿り、愛おしさや慈しみ、切なさや不甲斐なさ、はたまた愛や感謝や希望や意欲、と言った、いままでどこに仕舞われていたのだろう、と思うようなさまざまな感情が刺激されて、どんどん物語に惹きこまれていく。読み進めるごとに、心の澱が洗い流され浄化されていくような清々しさと、ほんのり灯るぬくもりを感じられる一冊である。
婿どの相逢席*西條奈加
- 2021/10/13(水) 07:00:47
小さな楊枝屋の四男坊・鈴之助は、相思相愛のお千瀬の生家、大店の仕出屋『逢見屋』にめでたく婿入り。誰もが羨む逆玉婚のつもりが……
「鈴之助、今日からはおまえも、立場上は逢見屋の若主人です。ですが、それはあくまで建前のみ。何事も、最初が肝心ですからね。婿どのにも、しかと伝えておきます」
鈴之助の物問いたげな表情に応えてくれたのは、上座にいる義母のお寿佐であった。
「この逢見屋は代々、女が家を継ぎ、女将として店を差配してきました。つまり、ここにいる大女将と、女将の私、そして若女将のお千瀬が、いわばこの家の主人です」(本文より)
与えられた境遇を受け入れ、商いの切り盛りに思い悩むお千瀬を陰で支える鈴之助。
“婿どの"の秘めた矜持と揺るぎない家族愛は、やがて『逢見屋』に奇跡を呼び起こす……。
江戸の世に、代々娘が女将を受け継ぐ大店は異例と言えるのではないだろうか。それゆえに起こる理不尽や懊悩もまたあり、ひとりの人間の一生を変えてしまうことにもなりかねない。とは言え、そこを守り通そうとする矜持もまた大切なのである。板挟みになることも多々あり、悩ましい。そんな大店の仕出し屋「逢見屋」に婿入りした鈴之助の日々の物語である。自ら認める頼りない男でありながら、最愛の妻・千勢や家族のことを思い、僅かずつではあるが自らができることを積み重ねるうちに、新しい風となり、逢見屋にも変化が現れているように思われる。夫婦仲好く労わりあっていれば、この先も何とかなると心強くさせてくれる一冊でもある。
Day to Day
- 2021/10/10(日) 16:29:44
コロナ禍の奇跡ーー2020年4月1日以降の日本を舞台にした連載企画Day to Day。100人の作家による物語とエッセイが一冊にまとまった、珠玉の1冊!
相沢沙呼 青柳碧人 赤川次郎 秋川滝美 秋吉理香子 朱野帰子 朝井まかて 朝井リョウ 朝倉かすみ 浅田次郎 あさのあつこ 麻見和史 芦沢央 我孫子武丸 有川ひろ 有栖川有栖 彩瀬まる 五十嵐律人 石黒正数 伊集院静 市川拓司 五木寛之 井上真偽 井上夢人 内館牧子 宇山佳佑 榎田ユウリ 榎本憲男 大崎梢 尾崎世界観 恩田陸 海堂尊 垣谷美雨 垣根涼介 川越宗一 神林長平 木内一裕 木内昇 北方謙三 京極夏彦 黒澤いづみ ごとうしのぶ 近藤史恵 今野敏 佐藤青南 澤村伊智 塩田武士 志駕晃 重松清 島田荘司 周木律 春原いずみ 瀬名秀明 高岡ミズミ 高橋克彦 竹本健治 田中芳樹 田丸雅智 知念実希人 月村了衛 辻真先 辻村深月 砥上裕將 長岡弘樹 中山七里 凪良ゆう 西尾維新 西村京太郎 似鳥鶏 貫井徳郎 法月綸太郎 原田マハ 早坂吝 林真理子 伴名練 東川篤哉 東野圭吾 東山彰良 蛭田亜紗子 深水黎一郎 椹野道流 真下みこと 真梨幸子 麻耶雄嵩 三秋縋 皆川博子 湊かなえ 宮内悠介 宮城谷昌光 宮澤伊織 森絵都 森博嗣 森村誠一 薬丸岳 横関大 吉川トリコ 米澤穂信 友麻碧 夢枕獏 輪渡颯介
日々のあれこれが、一人当たり3ページほどで綴られている。形式は様々で、日記風のものあり、感想風のものあり、掌編小説風のものありと、読み続けても飽きさせない趣向になっている。ついつい次も次もと、読み進めてしまい、あっという間に最後までたどり着いてしまった。もっとじっくり読めばよかったかもしれない。どの作品も、新型コロナウィルスに翻弄される日々がキーになっているのだが、あしたは必ず来ると、未来を信じられる気持ちになるのはなぜだろう。愉しい読書タイムをもたらしてくれた一冊である。
硝子の塔の殺人*知念実希人
- 2021/10/08(金) 16:19:45
作家デビュー10年 実業之日本社創業125年 記念作品
雪深き森で、燦然と輝く、硝子の塔。
地上11階、地下1階、唯一無二の美しく巨大な尖塔だ。
ミステリを愛する大富豪の呼びかけで、
刑事、霊能力者、小説家、料理人など、
一癖も二癖もあるゲストたちが招かれた。
この館で次々と惨劇が起こる。
館の主人が毒殺され、
ダイニングでは火事が起き血塗れの遺体が。
さらに、血文字で記された十三年前の事件……。
謎を追うのは名探偵・碧月夜と医師・一条遊馬。
散りばめられた伏線、読者への挑戦状、
圧倒的リーダビリティ、そして、驚愕のラスト。
著者初の本格ミステリ長編、大本命!
設定も舞台も現実離れしているが、それこそが新本格、といったところだろうか。まさにそのために用意された舞台設定ということなのだろう。けれど、これに賭けたにしては、館の主の力不足が目につきすぎ、だからこそのこの事件、とも言える。二重になっていなければ面白さが半減しただろうことを考えると、主の才能のなさもまた重要なファクターだったということだろう。余談だが、名指しこそされていないが、かの鷹央先生もご招待を受けていたようなのだが、事件で忙しいとかで参加していない。このメンバーに加わっていたとしたら、どんな展開になったのかにも興味が湧く。事件を知って、参加しなかったことを歯噛みして悔しがったことだろう。本筋に戻るが、割と早い段階から、引っかかる個所がいくつもあり、真犯人の見当はついていたのだが、その動機を理解できる者は滅多にいないだろうと思われる。病んでいるとしか言いようがない。いちばん犯人にしたくない人物ではある。関係者たちの心の傷になるに違いないと、物語の登場人物であるが同情する。ボリュームの割にはサクサク読めたが、読後感がいいとは決して言えない一冊ではある。
異常心理犯罪捜査官・氷膳莉花 怪物のささやき*久住四季
- 2021/10/06(水) 16:21:29
猟奇犯罪を追うのは、 異端の若き犯罪心理学者×冷静すぎる新人女性刑事!
都内で女性の連続殺人事件が発生。異様なことに死体の腹部は切り裂かれ、臓器が丸ごと欠損していた。
捜査は難航。指揮を執る皆川管理官は、所轄の新人刑事・氷膳莉花に密命を下す。それはある青年の助言を得ること。阿良谷静──異名は怪物。犯罪心理学の若き准教授として教鞭を執る傍ら、数々の凶悪犯罪を計画。死刑判決を受けたいわくつきの人物だ。
阿良谷の鋭い分析と莉花の大胆な行動力で、二人は不気味な犯人へと迫る。最後にたどり着く驚愕の真相とは?
非情に猟奇的な殺人事件である。それだけで読むのをやめたくなるが、どうやってアプローチしていくかには興味が湧く。しかも、イレギュラー過ぎる捜査法であり、捜査官は若い女性(氷膳莉花)。彼女にも心の深いところに抱えているものがあり、そのことが、過酷とも言える捜査と、その結果見えてくるものに立ち向かう原動力でもあるように見える。登場人物の多くが、ある意味大き過ぎるとも言える屈託を自らの裡に抱え込んでおり、それ故に起きた事件であり、捜査の過程であったとも思われる。やわな人間ならとっくに壊れているだろう。氷膳莉花がこの先どうなっていくのか、興味を惹かれる一冊である。
朝倉かすみリクエスト! スカートのアンソロジー
- 2021/10/03(日) 18:52:19
読書家にして、市井の名もなき男女の機微を自在に描く朝倉かすみが、今いちばん読みたいテーマで、いちばん読みたい作家たちに「お願い」して、一筋縄ではいかないアンソロジーができました。もちろん、「女性の物語」とは限りません。
「明けの明星商会」 朝倉かすみ
「そういうことなら」 佐原ひかり
「くるくる回る」 北大路公子
「スカートを穿いた男たち」 佐藤亜紀
「スカート・デンタータ」 藤野可織
「ススキの丘を走れ(無重力で)」 高山羽根子
「I、Amabie」 津原泰水
「半身」 吉川トリコ
「本校規定により」 中島京子
一見すると軽やかなようであって、その実深くて重いテーマなのだと、読んでみて今更ながら実感したのだった。たかがスカート、されどスカートである。編者の朝倉かすみ氏は、なんと絶妙なテーマを提起したことだろう。これを差し出された作家のみなさんの頭の中には、まず最初にどんな閃きがあったのだろうか、興味深いところである。いろんな仕立て方があるだろうな、と想像はしたのだが、圧倒的に軽やかな肯定感は見受けられず、どこかジェンダーがらみの屈託を抱えるものとして描かれるものが多い印象である。スカートというものは、今やこういう存在なのか、と再認識させられもした。深い。何事にも是もあり非もあり、疑問に思うことから何かが始まるのだと考えさせられる一冊でもあった。
ゾウに魅かれた容疑者 警視庁いきもの係*大倉崇裕
- 2021/10/02(土) 13:30:50
連ドラ化もされた大人気「警視庁いきもの係」シリーズ2回目の長編!
警視庁「いきもの係」のオアシス、田丸弘子が行方不明になった。弘子の自宅を捜索した須藤は、動物園のチケットを発見し、それが弘子からのメッセージだと確信する。薄に連れられ動物園に向かうと、弘子は休日にゾウを見に来ていたことがわかった。どうやら動物園で親しくなった女性に間違われて拉致されたらしい。偽造パスポートまで使って連れ去られた先は東南アジアのラオス。薄と須藤は弘子を救うべく、現地へ向かう。
登場人物は、脳内ではすっかりドラマ仕様である。薄圭子はもう橋本環奈さん以外に考えられない。そして、今回も、薄大活躍である。日本語こそ覚束ないが、それ以外ではお見事としか言えない能力を発揮し(しかも気負うことなく)、これぞ本物の猛者、とさえ思わされる。見た目とのギャップがはなはだしい。須藤とのコンビも、回を追うごとにぴったり息が合い、すでに阿吽の呼吸とも言える。些細な引っ掛かりをそのままにしない須藤の刑事の勘もさすがである。おふざけがパワーアップしている感はあるが、今後も愉しみなシリーズである。
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