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感染連鎖*北里紗月

  • 2021/12/31(金) 18:13:06


2019年、9月。千葉県にある神宮総合病院では重症患者が次々と運び込まれた。共通するのは、脱水症状を伴う激しい腹痛。抗生物質を投与し、落ち着きを取り戻したかと思った後に突然高熱を発し、命を落とすという悲惨な結末もまた同じだった……。これは人為的な病気=バイオテロなのか。未知のウィルスに対し、援軍も知見もないまま孤立した病院内で医師達の決死の治療が始まる。


バイオテロ、なんと恐ろしい響きだろう。しかも本作では、いつどこで感染させられたかも判らない菌が使われている。なおさら空恐ろしくなる。それが悪用されるかどうかは、科学者の良心によるというのだから、庶民は信じることしかできないということである。なんとも心もとない。コロナ禍の現在では、医療従事者の方々のご苦労は、数々目にする機会があるが、本作でも、最初の患者が運び込まれ、いままでにない感染症だとわかり、さらにはテロだと判明しても、院内の医療従事者たちのリアリティに富んだプロフェッショナルぶりに頭が下がる。ともすればパニックになりそうな心を抑え、患者と向き合う姿には、尊敬と感謝しかない。そんな緊迫した中で、部外者と言ってもいい大学院生の利根川由紀の、優秀だが、奔放な振る舞いに、ちょっぴりほっとさせられる。誰もが自分のできることを目いっぱい行い、命を助けるというただひとつのことに向かっている姿に感銘を受ける。由紀の活躍によって、テロの真相が解明され、有効な治療薬が超高速で生み出されたが、さまざまなプロの仕事と連携が不可欠で、自分の仕事をきっちりする人たちの格好良さに感動した。これからの戦争の在りようを垣間見た気もして、身体が震える一冊でもあった。

巴里マカロンの謎*米澤穂信

  • 2021/12/29(水) 18:01:34


11年ぶり、シリーズ最新刊!創元推理文庫オリジナル
そしていつか掴むんだ、あの小市民の星を。
謎に遭遇しがちな小佐内さんと、結局は謎解きに乗り出す小鳩君
手に手を取って小市民を目指すふたりの高校生が帰ってきました!

ここにあるべきではない四番目のマカロンの謎、マスタードが入った当たりのあげパンの行方。なぜかスイーツがらみの謎に巻き込まれがちな、小鳩君と小佐内さんの探偵行。「小佐内先輩が拉致されました! 」「えっ、また」?お待たせしました、日々つつましく小市民を目指す、あの互恵関係のふたりが帰ってきます。人気シリーズ11年ぶりの最新刊、書き下ろし「花府シュークリームの謎」を含めた番外短編集。四編収録。


結局謎があれば解いてしまう二人なのである。そして謎を引き寄せている節もある。これはもう避けては通れない宿命なので、抗わない方がいいと思う。秋桜ちゃんという、小山内さんの熱烈なファンも登場し、新たな謎解きの場も、贔屓のお店もできた。そして、小山内さんが拉致される事態も出現し、小鳩君宛てに残されたヒントによって、見事ひとりで謎を解いてみせたりもした。短い物語ながら、充分愉しめる充実ぶりの一冊だった。

三百六十六日の絵ことば歳時記 ひらがな暦*おーなり由子

  • 2021/12/27(月) 16:50:29


リビングにおく。大切な人と開く。
枕もとにおく。ひとりそっと開く。
何度でも。いつまでも。
----この日本で、一年366日を大切に暮らす喜び。

日本に暮らす
 しあわせ。

 春の花びら 夏の夕立
 秋の月あかり 冬のひだまり
 一日一ページ、三六六日。

 季節や日々のちいさな物語、
 『今日は何の日?』
 試したくなる旬のレシピ、
 行ってみたくなる各地のお祭、行事、
 身近な草花や、鳥、虫、星座。
 ページを開いたとたん、
 その季節の喜びで満たされていく──
 日々の暮らしが、いとおしくなる本。
 イラスト約1000点!
 
 付録 旧暦と新暦の話、祭事行事一覧、十年分の二十四節気表つき!


年の初めから読み進めていくのだけれど、自分はもちろん、家族や、友人知人の誕生日は、どんな日かしら、とより念入りに読み込んでみる。その人が生まれたときのことを想像して、ほのぼのした心持ちになる。毎日が何かの日で、なんにもない日が一日もないなんて、当たり前なのかもしれないけれど不思議な気がする。おーなり由子さんは、きょうはストーブで黒豆を煮ているかしら、なんて思ってみる。年の瀬だけれどゆったり気分になれる一冊。

いなくなった私へ*辻堂ゆめ

  • 2021/12/24(金) 07:04:09


人気シンガソングライターの上条梨乃は、渋谷のゴミ捨て場で目を覚ました。
そこに至るまでの記憶はない。
通行人に見られて慌てるが、誰も彼女の正体に気づく様子はなく、さらに街頭に流れるニュース
――梨乃の自殺を報じたニュース――に、梨乃は呆然とした。
自殺したなんて考えられない。本当に死んだのか? それなら、ここにいる自分は何者なのか?
そんな中、大学生の優斗だけが梨乃の正体に気づいて声をかけてきた。
梨乃は優斗と行動を共にするようになり、やがてもう一人、梨乃を梨乃だと認識できる少年・樹に出会う……。
自殺の意思などなかった梨乃が、死に至った経緯。
そして生きている梨乃の顔を見ても、わずかな者を除いて、誰も彼女だと気づかないという奇妙な現象を、梨乃と優斗、樹の三人が追う。


インドの奥地のとある村で、近寄ってはいけないと言われる湖をめぐる物語と、現代日本で起きた、摩訶不思議な現象から始まる物語が、ときどき交錯しながらストーリーが進む。インドの村では、無知と恐怖によって悲惨な事件が起こり、現代日本では、身勝手さと短慮によって、多くの人を巻きこむ事件が起こっている。絶望と希望が入り交じった日々を過ごしながら、真実に迫る三人の姿は、思わず応援したくなる。ところどころ言葉遣いに気になる点はあったし、解決策が見つかったわけではないが、生きなおせるという希望の光が見える一冊だった。

闇に香る嘘*下村敦史

  • 2021/12/21(火) 18:24:43


村上和久は孫に腎臓を移植しようとするが、検査の結果適さないことが分かる。和久は兄の竜彦に移植を頼むが、検査さえも頑なに拒絶する兄の態度に違和感を覚える。中国残留孤児の兄が永住帰国をした際、既に失明していた和久は兄の顔を確認していない。27年間、兄だと信じていた男は偽者なのではないか――。全盲の和久が、兄の正体に迫るべく真相を追う。有栖川有栖氏が「絶対評価でA」と絶賛した第60回江戸川乱歩賞受賞作!


全盲の主人公、中国残留孤児、小児の腎臓移植と、深刻な要素が多く盛り込まれているが、そのすべてが、この物語にとってはなくてはならないものだったように思う。戦争による悲惨で過酷な体験、引き上げ後の境遇、闇に閉ざされた絶望と焦燥、そして疑心暗鬼。心の在りようによって、物事の捉え方がこれほど変わるものかということも思い知らされる。種明かしされるまでは、真相にまったく思い至らなかった。それほどに自然なストーリー展開であったということである。読み応えのある一冊だった。

ヴィクトリアン・ホテル*下村敦史

  • 2021/12/19(日) 10:37:14


事件、誘惑、秘密の関係……すべてを見ているのは、このホテルだけ。
張り巡らされた伏線、交錯する善意と悪意に一気読み&二度読み必至!

伝統ある超高級ホテル「ヴィクトリアン・ホテル」は明日、その歴史にいったん幕を下ろす。ホテルを訪れた宿泊客それぞれの運命の行方は――?

『闇に香る嘘』『黙過』『同姓同名』など、話題作を次々発表する社会派ミステリの旗手がエンターテインメントを極めた、感動の長編ホテルミステリー! !

【主な登場人物】
佐倉優美――悩める人気女優
三木本貴志――自暴自棄なスリ
高見光彦――新人賞受賞作家
森沢祐一郎――軟派な宣伝マン
林志津子――人生の最期をホテルで…


映像化には向かない趣向である。登場人物それぞれの視点がひとつの章として描かれているので、読者は、同じ場面を複数の角度から見ることもあるのが興味深い。そして、しばらく読み進めると、細かい描写に些細な違和感を覚えることが増えてくる。違和感の正体を探ろうとさらに読み進めると、後半にそれは明きらかになるのだが、もう少し後まで、素直に読ませてほしかった気は少しする。とは言え、全体を通して描かれているのは、人間のやさしさであり、善意が悪意に負けてはいけないというメッセージなのではないかと思えた。ホテルの設えなどは、映像化されたところを見てみたいが、無理な願いだろう。著者のほかの作品も読んでみたいと思わされる一冊だった。

インドラネット*桐野夏生

  • 2021/12/17(金) 07:27:48


この旅で、おまえのために死んでもいい

平凡な顔、運動神経は鈍く、勉強も得意ではない――何の取り柄もないことに強いコンプレックスを抱いて生きてきた八目晃は、非正規雇用で給与も安く、ゲームしか夢中になれない無為な生活を送っていた。唯一の誇りは、高校の同級生で、カリスマ性を持つ野々宮空知と、美貌の姉妹と親しく付き合ったこと。だがその空知が、カンボジアで消息を絶ったという。空知の行方を追い、東南アジアの混沌の中に飛び込んだ晃。そこで待っていたのは、美貌の三きょうだいの凄絶な過去だった……


読みながらまず思ったのは、こんなに劣等感まみれで打たれ弱い青年が、カンボジアという混迷の国へ、なんの予備知識もなく放り込まれて、これほど順応できるのか、ということだった。何もかもが嫌になっている時期に、親友(と思っていた)の父親の死を知り、葬儀に参列したところから、もう巻き込まれていたのだ。遭遇しただれもかれもが、晃をだまし、空知を探させようと企てていようとは、まるで狐につままれたようではあるが、感情が負に向かっているときには、アリジゴクにつかまるように、巻きこまれていくのかもしれない。空知の状況も、晃の気持ちも、純粋で切ないものではあるが、辿り着くまでの過程に比べて、ラストが拍子抜けの感が否めない。壮絶な目に遭ってきたのは判るが、ハッピーエンドは望めなくとも、もっと他の結末はなかったのだろうか。思いはさまざまあるが、異国の空気を感じられるような一冊でもあった。

365日のスプーン*おーなり由子

  • 2021/12/15(水) 13:36:45


一日ひとさじのことば。毎日にスプーン一杯の魔法をかける本。365日分の幸福な計画。


365日、毎日違う何気ない気づきや体験、体感、思いなどが、短い言葉で綴られている。それらの言葉の向こう側を、いつの間にか想像しながら、著者の目になって一緒に見つめていることに気づかされる。知らず知らずのうちに、やさしい気持ちになっている。出会ってよかった一冊である。
ちなみに、自分の誕生日は、黄色や赤の紅葉を湯船に浮かべて入浴する日だった。

リボルバー*原田マハ

  • 2021/12/14(火) 16:24:07


誰が引き金を引いたのか?
「ゴッホの死」。アート史上最大の謎に迫る、著者渾身の傑作ミステリ。

パリ大学で美術史の修士号を取得した高遠冴(たかとおさえ)は、小さなオークション会社CDC(キャビネ・ド・キュリオジテ)に勤務している。週一回のオークションで扱うのは、どこかのクローゼットに眠っていた誰かにとっての「お宝」ばかり。
高額の絵画取引に携わりたいと願っていた冴の元にある日、錆びついた一丁のリボルバーが持ち込まれる。
それはフィンセント・ファン・ゴッホの自殺に使われたものだという。

「ファン・ゴッホは、ほんとうにピストル自殺をしたのか? 」 「――殺されたんじゃないのか? ……あのリボルバーで、撃ち抜かれて。」
ゴッホとゴーギャン。
生前顧みられることのなかった孤高の画家たちの、真実の物語。


ゴッホとゴーギャンの物語というだけで、興味をそそられる。彼らの真の関係性とはどんなものだったのだろうか、そして、ゴッホの最期は、本当に巷で語られるとおりだったのか。ある日、パリの小さなオークション会社に持ち込まれた、錆びだらけのリボルバーから物語が始まった。物語が進むにつれ、自分自身が、ゴッホやゴーギャンとともに生き、黄金に光る麦畑や、太陽を追いかけるヒマワリの花を見、同じ空気を吸っている心地にさせられる。時に胸を焦がし、時に胸をかきむしり、焦り、恍惚とし、幸福感に包まれ、そして絶望する。心の動きの激しさに振り回されるように読み進むと、そこには驚愕の独白が待っている。人の胸の裡をはかり知ることはできないが、二人の画家が幸福だったことを祈りたくなる一冊だった。

レゾンデートル*知念実希人

  • 2021/12/12(日) 16:15:35


幻のデビュー作!
サスペンス×ミステリー

私がジャックです――
殺人者の〈存在理由〉とは?
末期癌を宣告された医師・岬雄貴は、酒浸りの日々を送っていた。
ある日、不良から暴行を受けた岬は、復讐を果たすが、現場には一枚のトランプが――。
そのカードは、連続殺人鬼「切り裂きジャック」のものと同じだった。
その後、ジャックと岬の奇妙な関係が始まり……。
最注目作家、幻のデビュー作!
2年連続本屋大賞ノミネート、知念実希人の魅力が凝縮!
(『誰がための刃 レゾンデートル』改題・改稿)


末期がんを宣告された医師・岬雄貴は、絶望し、無為無気力な日々を送っていたが、ふとした偶然から切り裂きジャックの共犯者になる。ジャックと名乗る連続殺人犯の存在理由と、その後の展開で守るべきものを得た雄貴の存在理由とが、交錯する。残されたわずかな時間をどう使うか。守りたいものは守り切れるのか。病魔と殺人鬼と、執念との戦いである。テンポよく進んでページをめくる手が止まらなくなるのだが、想像すると凄惨で悲惨な場面が多いので、なるべくリアルに想像しないように読んだ一冊でもあった。

共犯者*三羽省吾

  • 2021/12/09(木) 16:25:11


デビュー20年、著者最高到達点となる、衝撃ミステリーサスペンス。

お前は、誰を守ろうとしてるんだ?

迷走する警察。暴走する世論。壊れゆく家族。
ひとつの殺人事件が、隠された過去の真相を炙り出していく。
その罪は赦されるか。愛と憎しみの衝撃サスペンスミステリー。

岐阜県の山中で顔面を激しく損壊された男性の遺体が発見された。取材に赴いた週刊誌記者の宮治は、警察が何かを隠していると疑う。隣県にはひとつ歳下の弟・夏樹が住んでいた。久々に弟の部屋に立ち寄った宮治は、その言動に不信感を抱く。弟が事件になんらか関わっているのかもしれない。報道の使命を貫くか、家族を守るか、宮治は揺れ動くが……。


家族とは何だろう。血縁であるということだけで、そうとは言えない。積み重ねてきた日々の事々のひとつひとつが、家族という共同体を築き上げていくのかもしれない。そこに、信頼や安心感が生まれ、互いを認め合い尊重し合う関係性が作られていくのだろう。とは言え、ただ血縁であるというそのことが、後の人生に大きな影響を与えることもある。難しいものである。読んでいる間も、読後も、切なさやるせなさが胸を満たす。虐待、報道の在り方など、考えさせられることも多い一冊だった。

レフトハンド・ブラザーフッド*知念実希人

  • 2021/12/07(火) 10:40:30


左手に宿る“兄”と俺。奇妙な2人の逃避行が始まる―ある事故以来、左手から死んだ兄・海斗の声が聞こえるようになった岳士。家出した2人は殺人事件に巻き込まれ、容疑者として追われるはめに。濡れ衣を晴らそうと奔走する岳士と海斗だが、怪しいドラッグ「サファイヤ」、そして美しい彩夏との出会いで“兄弟”の思惑はすれ違いだす…予想不可能のラスト、切ない衝撃に涙があふれる。


あまりに過酷な兄弟の物語である。身体本体は弟の岳士、事故で亡くなった双子の兄の海斗は左手に宿り、互いに会話ができるという設定。海斗の存在を消す治療から逃げるために家出し、たまたま起きた殺人事件の犯人として追われることになり、真犯人を探し出すために合成麻薬サファイヤの密売組織を探るうちに、自らもサファイヤの奴隷になり、やっとのことで呪縛から逃れたと思ったら、密売組織からも追われることになる。こんな過酷な目に合う高校生がいるだろうか。とは言え、身体はひとりだが、いつも頼りになる海斗が一緒だから乗り越えられたことばかりである。そしてラスト近く、海斗の本心が明らかになったと思いきや、というところからの大展開。終始、ドキドキハラハラし通しの一冊だった。

月夜の羊*吉永南央

  • 2021/12/05(日) 16:25:27


コーヒー豆と和食器の店「小蔵屋」を営む杉浦草は、秋のある日、道端で「たすけて」と書かれたメモを拾う。
折しも紅雲町では女子中学生が行方不明中。メモと関連づけ、誘拐・監禁を視野に警察も動き出すが、直後に少女は家出とわかる。そして、無関係なメモの件は放置される。
腑に落ちないお草は周辺をあたり、独居の老女が自宅で倒れているのを発見、救助する。ところが数日後、留守のはずの老女宅に人の気配を感じて――。
親の介護や「8050問題」に悩む人びとに、お草さんの甘いだけではなく厳しさも伴う言動は響くのか。
人気シリーズ第9弾!


今回も、あれやこれや深刻な問題が舞い込んできたり、行き当たってしまったりする。要らないおせっかいかと思いはするが、どうにも気になって首を突っ込み、あれこれ世話を焼き、気をもむことになる。登場人物がみな、丸ごと善人というわけでなく、悪い心がちらりと覗いたりするのも、人間臭くて好感が持てる。お草さんにしてからが、もちろん基本的に善人ではあるが、打算的であったりもするので、そこがまた魅力的である。カップルの問題、家族の問題、学校の問題、引きこもりの問題、介護の問題、などなど、誰にとっても無関係ではいられない問題のあれこれが、描かれていて、考えさせられる一冊でもある。

コロナ狂騒録*海堂尊

  • 2021/12/03(金) 18:26:08


あれから1年。浪速では医療が崩壊し、東京には聖火がやってきた――

ワクチンをめぐる厚生労働省技官・白鳥の奔走。そして、ついに東城大学医学部付属病院で院内クラスターが……。田口医師はこの難局をどう乗り越えるか!?

混迷を極める日本の2020—2021を描き尽くす、最新コロナウイルス小説!

『コロナ黙示録』に続く、現代ニッポンの“その後"。
累計1000万部突破『チーム・バチスタの栄光』シリーズ、書き下ろし最新作

(あらすじ)
2020年9月、新型コロナウイルスは第二波が収まりつつあった。安保宰三は体調不良を理由に首相を辞任、後継の酸ヶ湯政権がGotoキャンペーンに励み、五輪の開催に向けて邁進していた。
そんな中、日本に新型コロナウイルスの変異株が上陸する。それまで目先を誤魔化しながら感染対策を自画自賛していた浪速府知事・鵜飼の統治下、浪速の医療が崩壊し始め……。
浪速を再生するべく、政策集団「梁山泊」の盟主・村雨元浪速府知事が、大ボラ吹きと呼ばれるフリー病理医の彦根医師や、ニューヨーク帰りの天馬医師とともに行動を開始する。


いささか肩透かしを食った印象ではある。一応、バチスタシリーズの登場人物を動かして、事を起こそうとはしているが、ほとんどは、このところのコロナ騒動の備忘録のようなものである。大方、すでにわかっていることで、その合間にちょこちょこと、田口先生や白鳥さんたちが画策し、政府の動きの裏側がちらっと描かれているという感じで、小説としては物足りない。ただ、作中でも触れられているが、政府のほとんど黒塗りの公文書と違い、削除されることがない小説という形で記録を残した買ったという意図なら、理解はできる。とは言え、あくまでも、一私人の私見でしかないという点では、正確な記録かどうかという点にも疑問は残る。いささか読むのに苦労した一冊ではあった。