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人形姫*山本幸久
- 2022/01/31(月) 16:51:00
後継者不足に悩む老舗人形店に、外国人の若い女性が弟子入り志願!?
お人好しな若社長は、仕事に恋に大奮闘!
亡き父のあとを受け、森岡恭平が社長を務める森岡人形は、低迷する売上、高齢化した職人の後継ぎ不在と、問題が山積。さらに恭平自身の婚活問題も難航しており……。
そんなある日、職人たちが足繁く通うパブで働くクリシアというフィリピン人女性が、社屋を訪ねてきた。職人の一人が、酔った勢いで「俺の弟子にしてやる」と、彼女に約束したと言うのだが……。
笑って、泣いて。読みどころ満載のハートフル・ストーリー。
森岡人形店の八代目若社長・森岡恭平を取り巻く物語。伝統を受け継ぐ職人技の見事さと、後継者不足に悩みながらも、特段の手を打ってこなかった業界の問題。外国人の弟子入り志願者に対する職人の反応、そして職人の高齢化、と山積する問題を、周りの人たちや同業者を巻きこみながら、右往左往するうちに、ひとつひとつ解決されていく様子に、声援を送りたくなる。町ぐるみで明るい方向に進みそうな気配が色濃く漂うラストに、胸が熱くなる一冊である。
7.5グラムの奇跡*砥上裕將
- 2022/01/29(土) 16:34:43
国家試験に合格し、視能訓練士の資格を手にしたにもかかわらず、野宮恭一の就職先は決まらなかった。
後がない状態で面接を受けたのは、北見眼科医院という街の小さな眼科医院。
人の良い院長に拾われた恭一は、凄腕の視能訓練士・広瀬真織、マッチョな男性看護師・剛田剣、カメラが趣味の女性看護師・丘本真衣らと、視機能を守るために働きはじめる。
精緻な機能を持つ「目」を巡る、心温まる連作短編集。
『線は、僕を描く』で第59回メフィスト賞を受賞しデビュー。
同作でブランチBOOK大賞2019受賞、2020年本屋大賞第3位に選出された作者のデビュー後第1作。
緑内障・白内障・ドライアイと、眼科にはお世話になりっぱなしのわたしとしては、とても興味深い物語である。受診のたびに受ける検査が、ここまで精緻で芸術的とさえ思えるようなものであったことに、いまさらながらに驚き、視能訓練士のみなさんに対する感謝の思いを新たにした。次回の受信の時には、おそらくいままで以上に熱のこもった視線を送ってしまうことだろう。
いささか不器用とも言える新米視能訓練士の野宮が、勤務先の眼科の先生や同僚、そこに通ってくる患者たちとの関りで、一歩ずつ視能訓練士として独り立ちしていく日々の姿を見守っていると、周りのやさしさと、野宮の、ひとつのことを突き詰める熱意に、知らず知らず応援している自分に気づく。胸のなかがあたたかくやさしくなる一冊だった。
エレジーは流れない*三浦しをん
- 2022/01/28(金) 06:57:07
海と山に囲まれた餅湯温泉。団体旅行客で賑わっていたかつての面影はとうにない。
のどかでさびれた町に暮らす高校2年生の怜は、複雑な家庭の事情、迫りくる進路選択、
自由奔放な友人たちに振りまわされ、悩み多き日々を送っている。
そんななか、餅湯博物館から縄文式土器が盗まれたとのニュースが……。
どこにでもあるような、かつてはにぎわった観光地に暮らす、ごくごく普通の人々のあれこれが描かれている。ことに、高校生たちの、何気ないおバカな日常や、気負ったところのない頭の中の描写が、絶妙である。何か特別なことがなくても、夢や希望にあふれていなくても、人は成長するし生きていける。そして、複雑な事情があろうとなかろうと、愛と思いやりに包まれているのだと、信じさせてくれる。それぞれが、その人にしかないものを持っていて、人と比べることなど何もないのだと、肯定感に包まれる一冊でもある。
民王 シベリアの陰謀*池井戸潤
- 2022/01/26(水) 07:16:38
謎のウイルスをぶっ飛ばせ!!
「マドンナ・ウイルス? なんじゃそりゃ」第二次内閣を発足させたばかりの武藤泰山を絶体絶命のピンチが襲う。目玉として指名したマドンナこと高西麗子・環境大臣が、発症すると凶暴化する謎のウイルスに冒され、急速に感染が拡がっているのだ。緊急事態宣言を発令し、終息を図る泰山に、世論の逆風が吹き荒れる。一方、泰山のバカ息子・翔は、仕事で訪れた大学の研究室で「狼男化」した教授に襲われる。マドンナと教授には共通点が……!? 泰山は、翔と秘書の貝原らとともに、ウイルスの謎に迫る!!
現実社会と絶妙にリンクさせつつ、時間的にも空間的にも壮大なスケールのファンタジー要素も盛り込み、政策と民意の乖離や、洗脳されやすい民衆の弱さ、政治家や科学者や先導者の熱意と無力などに対する皮肉も練り込んだ物語である。著者特有の勧善懲悪的要素はそのままだが、ままならない事実も描いて、前途多難な中にもかすかな希望を残した一冊である。
探偵少女アリサの事件簿 さらば南武線*東川篤哉
- 2022/01/24(月) 16:30:42
勤め先のスーパーをクビになり、地元・武蔵新庄で「なんでもタチバナ」をはじめた橘良太。最近は名探偵一家の主である綾羅木孝三郎の娘・有紗のお守役を仰せつかっている。しかしこの有紗が曲者で、幼いながら名探偵気取り。
実際、推理力は父親をしのぎ、数々の難事件を解決してきた。
そんなある日、依頼先に出かけた良太が密室殺人に遭遇してしまい……。
溝ノ口&南武線を舞台に凸凹コンビが大活躍!
王道のユーモアミステリー、堂々の完結
完結編ということである。だが、最後のやり取りからすると、イギリスで世界的名探偵の母と共に謎を解き、さらにパワーアップして帰ってきたアリサと良太は、きっとまた溝口で出会うと信じたい。しばらく間をおいても、ぜひまたその後を見守りたいものである。今回は、アリサの父・孝三郎も、少しだけ名探偵としての片鱗を見せてくれて、ちょっとほっとしたり。愉しませてもらったシリーズである。
御坊日々*畠中恵
- 2022/01/21(金) 18:35:24
明治20年。僧冬伯のもとへは困り事の相談に日々客人が訪れる。本日は店の経営不振に悩む料理屋の女将で……。僧侶兼相場師の型破りな僧侶と弟子の名コンビが、檀家たちの悩みを解決しながら、師僧の死の真相を追う。連作短編エンターテイメント!
僧侶が主人公の物語なのだが、説教臭さは全くなく、かえって人間臭い印象である。江戸から明治に移り変わり、時代の流れに遅れないように生きる人々の懸命さや、乗り切れなかった人たちの苦悩もわかりやすく、寺の師弟の信頼関係も微笑ましい。悟りすましていない師僧・冬伯と、生真面目な弟子・玄泉のやり取りも心温まるものである。檀家がどんどん増えて、寺の運営が楽になってほしいと思う反面、このまま貧乏寺で、自由に動き回り謎を解く状態が続いてほしいとも思ってしまう。もっと東春寺界隈のことを知りたくなる一冊である。
ばにらさま*山本文緒
- 2022/01/19(水) 06:58:58
冴えない僕の初めての恋人は、バニラアイスみたいに白くて冷たい
日常の風景が一転! 思わず二度読み!
痛くて、切なくて、引きずり込まれる……。
6つの物語が照らしだす光と闇
島清恋愛文学賞、本屋大賞ノミネート『自転しながら公転する』の山本文緒最新作!
伝説の直木賞受賞さく『プラナリア』に匹敵るす吸引力! これぞ短編の醍醐味!
登場人物がリアルに浮かび上がってくるような物語たちである。そして、先の展開に興味津々で読み進めていると、さらりとまったく別の世界に連れて行かれる。数ミリの段差もなく、滑るように視点が変わるので、ぞくっとさせられる。人間の思い込みの怖さをも思い知らされて、うなるしかない。人間の本質まで透けて見えてきそうな一冊である。
小説の惑星 オーシャンラズベリー篇*伊坂幸太郎編
- 2022/01/17(月) 18:50:57
小説のドリームチーム、誕生。伊坂幸太郎選・至上の短編アンソロジー、赤いカバーのオーシャンラズベリー篇!
編者による書き下ろしまえがき(シリーズ共通)&各作品へのあとがき付き。
子供のころから今まで読んできた小説の中で、本当に面白いと思ったものを集めてみ ました。見栄や知ったかぶり、忖度なく、「とびきり良い! 」「とてつもなく好き」と感 じたものばかりです。
十代で読んだものもあれば、デビュー後に知った作家の作品もあります。ミステリー小説と純文学が好きだったために、そのいずれかに分類される短編が自然と多くなりましたが、そういった偏りも含め、僕自身が大好きな小説たちです。
(まえがき 小説の惑星について 伊坂幸太郎 より抜粋)
さすが伊坂さんの選である。凡人にはいささかわかりにくい作品も多い(誉め言葉である)。だが、後の小説家・伊坂幸太郎を作ったエッセンスの一部になったのかもしれないと思うと、親しみがわいてくる気がして、その良さを解ろうと読み込んでみたりもさせられる。独特のチョイスではあると思うが、それも含めて愉しめる一冊だった。
ラストツアー 佳代のキッチン*原宏一
- 2022/01/16(日) 06:35:34
会いにいこう。
味の思い出でつながっている、なつかしいあの人に。
コロナ禍で、みんな苦しい。
でも、おいしい料理は人をきっと笑顔にさせる。
キッチンカーで北へ南へ、調理屋佳代のおもてなしの旅!
「食事って、生きる糧だけじゃなく、心の糧でもあるものね」
厨房車に手書きの木札一枚下げて、日本全国ふらりふらりと、移動調理屋“佳代のキッチン"を営む佳代。
ところが新型コロナウイルスの蔓延で、営業休止を余儀なくされた。
そんな折、佳代は函館の食堂『自由海亭』閉店の報を耳にする。調理屋名物“魚介めし"に深いゆかりがある食堂だ。
佳代が探し続けている両親との懸け橋になってくれた恩もある。居ても立ってもいられなくなった佳代は、厨房車に飛び乗って函館へ。こうして、コロナに喘ぐ人々を訪ねる、佳代の長い旅が始まった――。
フットワークも軽く、関わった人たちを放っておけない佳代は、ともすればただのお節介になりそうなことも、それぞれに寄り添って考えるので、結果的にはうまく収まる。今回改めて思ったのは、佳代の奮闘が実る陰には、弟和馬夫婦の支えがどれだけ大きいかということである。放浪しているように見える佳代だが、帰れる場所があるということがどれだけ心を強くしていることだろう。そして今回は、自分のことを考えるという新しい思いも生まれ、この先に大きな展望が開けてきた。これからの佳代を応援したいと思わされる一冊だった。
あんのまごころ お勝手のあん*柴田よしき
- 2022/01/13(木) 18:36:36
品川宿の宿屋「紅屋」では、おやすが見習いから、台所付きの女中として正式に雇われることとなり、わずかばかりだがお給金ももらえるようになった。
最近は煮物も教えてもらえるようになり、また「十草屋」に嫁いだ仲良しのお小夜さまが、みずから料理して旦那さまに食べてもらえる献立など、毎日料理のことを考えている。
そんななか、おしげさんからおちよの腹にやや子がいることを聞いていたおやすは、日に日に元気がなくなっていくおちよの本音に気づきはじめて──。
大好評「お勝手のあん」シリーズ、待望の第四弾!
二作目・三作目を飛ばして四作目を読んだので、時折事情が呑み込めないこともあったが、おやすの成長と、新しい料理ができる過程は、充分に愉しめる。おやすの周りでは、さまざまな厄介事が起こるが、おやすの人柄や、紅屋の人たちとの気持ちの通い合いが、ひとつずつ解決してくれる。最後はどうなるかと思ったが、命だけは何とか無事だったので、紅屋の再建もきっと何とかなるだろう。一人前の女料理人になる道が、どんどん開けることを祈りたくなるシリーズである。
妻の罪状*新津きよみ
- 2022/01/11(火) 18:30:09
バナナの皮で、あの人殺せますか……?
家族関係はどんでん返しの連続!
夫と義母を殺した罪で、懲役10年の判決を受けた茅野春子。
「多重介護殺人事件」として知られるこの悲劇に意外すぎる真相が?(「妻の罪状」)
介護、遺産相続、8050問題、終活、夫婦別姓など、
今日的な7つの問題をテーマに名手があざやかに描く、心揺さぶるミステリ短編集。
変転する家族それぞれの心の機微が行きつく先にあるものとは……。
第1話 半身半疑
第2話 ガラスの絆
第3話 殻の同居人
第4話 君の名は?
第5話 あなたが遺したもの
第6話 罪の比重
第7話 妻の罪状
どの物語も、そこはかとなく恐ろしい。狂気めいたところもありながら、実際に起こらないとは言い切れない。どこかで一歩踏み出す方向を間違ったら、もしかすると自分も……、と思わされる怖さを秘めている。それでも、先を読まずにはいられない興味をそそられてしまうのである。怖いもの見たさだろうか。そしてさらには、人間の弱さと誘導されやすさも思い知らされる一冊である。
遠慮深いうたた寝*小川洋子
- 2022/01/08(土) 17:55:00
作家の日常が垣間見られる9年ぶりのエッセイ集!
どのエッセイも結局は
文学のない世界では生きられない
ことを告白している――小川洋子
日々の出来事、思い出、創作、手芸、ミュージカル……
温かな眼で日常を掬い取り、物語の向こう側を描く。
2012年から現在まで続く「神戸新聞」好評連載エッセイ「遠慮深いうたた寝」を中心に、約10年間に発表されたエッセイの中から厳選し、「手芸と始球式」「物語の向こう側」「読書と本と」の4章で構成する珠玉のエッセイ集。
*美しい装丁 九谷焼による陶板画・上出惠悟/デザイン・名久井直子
ときどきエッセイだということを忘れさせられるような、物語めいた世界に連れて行かれる。著者の日常が描かれてはいるのだが、著者の目を通してみた世界は、きっと細部がことにクローズアップされ、奥深くを顕微鏡で覗いたような景色なのかもしれないと、ちょっぴり思ってみたりする。同じ景色を見ても、わたしとは全く別のものが視えているのではないかという気がする。そんな著者の目を、ほんの少しだけ体験できた心地になれて、得したような気分になる。装丁の陶板画のような、滑らかな手触りも感じられる一冊だった。
元彼の遺言状*新川帆立
- 2022/01/03(月) 06:45:34
第19回『このミステリーがすごい! 』大賞 大賞受賞作
「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」――奇妙な遺言状をめぐる遺産相続ミステリー!
(あらすじ)
「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」。元彼の森川栄治が残した奇妙な遺言状に導かれ、
弁護士の剣持麗子は「犯人選考会」に代理人として参加することになった。
数百億円ともいわれる遺産の分け前を勝ち取るべく、麗子は自らの依頼人を犯人に仕立て上げようと奔走する。
ところが、件の遺書が保管されていた金庫が盗まれ、さらには栄治の顧問弁護士が何者かによって殺害され……。
主人公のキャラが強く、設定はいままでにないもので、登場人物たちも癖が強く、誰もが身勝手な印象ではある。映像化されたら、それなりの娯楽番組になるのではないだろうか、と思わされる。ただ、道具立てが派手な割には、ミステリとしては物足りなさもあって、やはり、活字で読むよりは映像で見た方が楽しめそうな一冊かもしれない。
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