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アスクレピオスの断罪*北里紗月

  • 2022/02/27(日) 16:35:26


医師が殺された。被害者は三年前に起きた強姦事件の加害者の一人。殺された医師が拷問とも思える傷を受けていたことが分かり、捜査一課の陽山承と真壁剛は、解剖医である楠衣春の協力を得ながら事件の真相を追う……。


どうにも憤りが抑えられない物語である。唯一人体に傷をつけることを法的に認められている職業である医師が、犯罪を犯した自覚を持たないまま、あるいは、症状が進行していたので仕方がなかったと自分を納得させながら、患者の命を結果的に縮め、周りの医療関係者たちがそれに異を唱えられない組織の体制が揺らがないということに、どうしても承服しかねる。具合が悪くなっても病院にかかるのを躊躇してしまうくらい衝撃的でもあった。実際には、もっと早い段階で、誰かが食い止めてくれるだろうことを祈りたいが、どうなのだろう。法的に裁かれない医師たちに復讐したい遺族の気持ちは痛いほどよくわかる。だが、その手段は、短絡的にすぎ、大きすぎる影響を周囲に与えている。それもまた、苦しみ悲しみを増幅させるという意味では、医師たちと変わらない罪ではないだろうか。気持ちの持っていき場がないほど、やりきれなさすぎる一冊だった。

らんたん*柚木麻子

  • 2022/02/25(金) 18:20:52


大正最後の年。かの天璋院篤姫が名付け親だという一色乕児は、渡辺ゆりにプロポーズした。
彼女からの受諾の条件は、シスターフッドの契りを結ぶ河井道と3人で暮らす、という前代未聞のものだったーー。


現在、女性が当たり前に教育を受けられる環境にいられる礎を作った女性たちの物語である。ことに、その中心にいて、恵泉女学園の創立者でもある河合道の果たした役割と、時代に翻弄されながらも、絶やすことのなかったその熱意、そして、彼女を取り巻く、自立した女性たちとの関りが生き生きと描かれていて引き込まれる。史実に基づいた物語であり、女性たちの考え方に偏ったところがないとは言えないが、彼女たちがいてくれたからこそのいまなのだと思うと、よくぞあきらめずにいてくれたと思わずにはいられない。パワーを注入される心地の一冊である。

うらんぼんの夜*川瀬七緒

  • 2022/02/20(日) 18:27:08


片田舎での暮らしを厭う高校生の奈緒は、東京から越して来た亜矢子と親しくなる。しかし、それを境に村の空気は一変し、亜矢子の口数も少なくなる。疑念を抱く奈緒は、密かに彼女の自宅に忍び込もうとするが……。書き下ろしミステリー。


ホラーっぽいテイストではあるものの、読み進めるにつれ、ホラーでもなんでもなく、閉ざされた村社会に現実にありがちなことなのではないかと思わされることが多くあり、代々村を守り続けてきた年寄りたちの言い分にも一理あると思わされる。主人公の高校生・奈緒に代表される若者は、否応なく従わされるわけのわからないしきたりと閉塞感に、村から外へ出たいと思いがちだが、結局は村の人間関係に守られている部分も多々あって、失いそうになって初めてそれに気づくことになるのである。読み始めは、奈緒の立場で読んで、年寄りたちの理不尽に憤ったが、段々と、その理由に思いを馳せるにつれ、そうするしかなかった苦しさにも理解が及ぶようになる。一筋縄ではいかない一冊でもあった。

夜が明ける*西加奈子

  • 2022/02/18(金) 16:49:42


15歳の時、 高校で「俺」は身長191センチのアキと出会った。
普通の家 庭で育った「俺」と、 母親にネグレクトされていた吃音のアキは、 共有できる ことなんて何一つないのに、 互いにかけがえのない存在になっていった。 大学卒業後、 「俺」はテレビ制作会社に就職し、 アキは劇団に所属する。 しかし、 焦がれて飛び込んだ世界は理不尽に満ちていて、 俺たちは少しずつ、 心も身体 も、 壊していった......。
思春期から33歳になるまでの二人の友情と成長を描 きながら、 人間の哀しさや弱さ、 そして生きていくことの奇跡を描く。
本書は著者が初めて、 日本の若者の生きていく上でのしんどさに真正面から取り組んだ作品。


現代社会が目を背けるさまざまな問題に真っ直ぐに向き合って描かれた物語である。問題はひとつではなく、その原因も、対処法も、結果として現れる事々も、当事者の数だけあって、一概にどうすればいいと言えるものではない。ただ、そういう問題があるということを、共通認識としてそれぞれが心に持っているかどうかで、ほんのわずかでも光を当てられる可能性があるのかもしれないと思わされる。無関心でいることがいちばんの罪なのかもしれない。言葉通り身を削るようにもがきながら生きている人たちに、朝の光が差し込むことを、心の底から祈らずにはいられない一冊である。

変な家*雨穴

  • 2022/02/15(火) 18:02:49


話題騒然!!
2020年、ウェブサイトで166万PVを記録
YouTubeではなんと900万回以上再生!
あの「【不動産ミステリー】変な家」には
さらなる続きがあった!!

謎の空間、二重扉、窓のない子供部屋——
間取りの謎をたどった先に見た、
「事実」とは!?

知人が購入を検討している都内の中古一軒家。
開放的で明るい内装の、ごくありふれた物件に思えたが、
間取り図に「謎の空間」が存在していた。

知り合いの設計士にその間取り図を見せると、
この家は、そこかしこに「奇妙な違和感」が
存在すると言う。

間取りの謎をたどった先に見たものとは……。

不可解な間取りの真相は!?
突如消えた「元住人」は一体何者!?

本書で全ての謎が解き明かされる!

<目次>
第一章 変な家
第二章 いびつな間取り図
第三章 記憶の中の間取り
第四章 縛られた家


YouTubeで人気だったとは全く知らず、間取りから謎を解くという趣向に興味を持って手に取った。想像していたのとはいささか趣気が違い、ホラーテイストのミステリではあったが、人間味や家族愛も感じられ、まあまあ愉しめた。筆者の友人である設計士の栗原さんの最後の妄想で、さらに背筋が寒くなる。この変な間取りの家の使い道を考えてみたくなる一冊だった。

博多さっぱそうらん記*三崎亜記

  • 2022/02/15(火) 16:36:59


博多VS.福岡、100年以上にわたる因縁の対決が令和の時代に再燃!?

生粋の博多っ子のかなめは、高校時代に片思いをしていた博と再会。しかし博はアンチ博多人間になっていた! ふたりは突然、「福岡」の文字がすべて「博多」に入れ替わった「羽片世界」に迷い込んでしまい!?


博多や福岡の名所や由来がいろいろ出てきて、時空を超えた観光案内のようでもある。古い言葉も織り交ぜた博多弁のリズムが絶妙で、しばらく福岡で暮らしたことがあるわたしとしては、個人的に懐かしくもある。あの駅前の陥没事故がこんな理由で起こったのか、とか、現代の実際の事象から過去の因縁に引き込まれると、より現実味を帯びて感じられてしまうから不思議である。著者らしいひねくれ方で(誉め言葉である)愉しめる一冊だった。

線は、僕を描く*砥上裕將

  • 2022/02/13(日) 16:28:41


水墨画という「線」の芸術が、深い悲しみの中に生きる「僕」を救う。第59回メフィスト賞受賞作。


深い悲しみから本能的に自分を守るために、ガラスの部屋(と認識する)場所にこもり切っていた主人公の青山が、ある日偶然に出会ったひとりの老人との関りから、水墨画にのめり込み、ほんの少しずつ悲しみと向き合う術を体得し、凍った心を解きほぐせるようになるまでの日々が描かれている。水墨画という紙と墨の世界を通して、自らの内側を深く知ることで、広い世界を見ることができるようになるとは、なんということだろう。ラスト近くの「自分自身の幸福で満たされているわけじゃない。誰かの幸福や思いが、窓から差し込む光のように僕自身の中に映り込んでいるからこそ、僕は幸福なのだと思った。」という言葉が印象的である。圧倒的な肯定感のゆりかごに揺られているような心地よさを、読んでいる間中感じられる一冊だった。

ポイズン 医療ミステリーアンソロジー ドクターM

  • 2022/02/11(金) 18:08:31


足の痒みに悩む水尾爽太は、訪れた薬局で毒島という女性薬剤師に出会う。誤診を見抜いた彼女に興味を抱き、伯父の病状について相談すると、話は予想外の方向へ──(「笑わない薬剤師の健康診断」)。医療ミステリーアンソロジー第2弾!


「片翼の折鶴」 浅ノ宮遼
「老人と犬」 五十嵐貴久
「是枝哲の敗北」 大倉崇裕
「ガンコロリン」 海堂尊
「笑わない薬剤師の健康診断」 塔山郁
「リビング・ウィル」 葉真中顕
「夜光の唇」 連城三紀彦

誰もが関わらずにはすまない医療を題材にしたミステリだが、切り口はそれぞれにまったく異なり、飽きることなく愉しめる。たださすがに医療にかかわるミステリなので、そのまま命を左右する分、恐ろしさもひとしおである。ことに、リビング・ウィルの難しさには、改めて唸らされた。自分のこととして、しっかり考えなければと思わされる。怖さを含めて愉しめる一冊だった。

教え子殺し 倉西美波最後の事件*愛川晶・谷原秋桜子

  • 2022/02/10(木) 07:18:19


学園では何が起きていたのか。殺害「自白」メール、教師・生徒たちの昏い過去、復讐、そして新たな悲劇……。『天使が開けた密室』の倉西美波におとずれた「最後にして最大」の事件。読者も翻弄する渾身の書き下ろし長編本格。


時間軸に錯誤があるだろうとは、早い時期に想像がついたが、それがどんな風に物語に組み込まれているのかは全くわからず、わかった後でも、何となくすっきりと腑に落ちた感じは得られなかった。その局面で、そんな単純なミスを犯すだろうか、という疑問が、すっきりできない一因だと思う。シリーズものとは知らずに読み始めたので、把握しきれない人間関係もあるのかとは思うが、本作単独でも充分に成り立つ物語ではある。物語に入り込むまでにいささか時間がかかった一冊でもある。

N*道尾秀介

  • 2022/02/07(月) 06:47:34


全六章。読む順番で、世界が変わる。
あなた自身がつくる720通りの物語。

すべての始まりは何だったのか。
結末はいったいどこにあるのか。

「魔法の鼻を持つ犬」とともに教え子の秘密を探る理科教師。
「死んでくれない?」鳥がしゃべった言葉の謎を解く高校生。
定年を迎えた英語教師だけが知る、少女を殺害した真犯人。
殺した恋人の遺体を消し去ってくれた、正体不明の侵入者。
ターミナルケアを通じて、生まれて初めて奇跡を見た看護師。
殺人事件の真実を掴むべく、ペット探偵を尾行する女性刑事。

道尾秀介が「一冊の本」の概念を変える。


いままで見たことのない本である。どの章から読み始め、どんな順番で読んでも物語が成り立つというのももちろん、章ごとに、本を物理的に反転させて読む、という作り方も斬新である。次の物語に移るまでにワンクッション置くことで、時空を切り替える効果もあるような気がする。物語はゆるく繋がり、人物も出来事も、シンクロしていて、あの時あの出来事の裏では、この人がこんなことをしていたのかと、あとになって納得させられることも多い。その感覚が新鮮であり興味深い。象徴的な存在である天使の梯子が作る花が、切なさとあたたかさを同時に感じさせてくれる一冊だった。

監禁*秋吉理香子

  • 2022/02/05(土) 16:47:58


幼い娘の育児と仕事の両立に限界を覚えた由紀恵にとって、今日が勤務の最終日。
夜勤の間は、夫の雅之が自宅で娘を見ている。
だが、ラインのメッセージに返事はない。電話をかけても繋がらない。
由紀恵は自分に執着していた不気味な患者の存在を思いだし、胸騒ぎを覚える。
家族の絶望と狂気、そして再生を描いた戦慄のサスペンス。


ストーカーによる監禁、自宅での監禁など、さまざまな監禁の形が描かれているが、勤務する病院で、娘の無事を心配しながらも連絡がつかず、帰ることもできないというのも、ある種の監禁と言えるかもしれない。だが、いちばん怖かったのは、由紀恵が自宅であの男に監禁される場面である。最終日の勤務を終えて、ほっとして自宅に戻ったところ、何がなんだかわからない状況で、娘を人質に取られたような状況で逃げるに逃げられず、どうすることもできないというのは、精神的にも身体的にもダメージが大きすぎる。吊り橋効果というのか、ラストは何となくハッピーに終わったが、そこはもうひとひねり欲しかったような気はする。著者にしては、素直過ぎる結末だったかもしれない。とはいえ、充分すぎる恐怖は味わえた一冊である。

あきない世傳金と銀 十一 風待ち篇*高田郁

  • 2022/02/04(金) 16:34:34


湯上りの身拭いにすぎなかった「湯帷子」を、夕涼みや寛ぎ着としての「浴衣」に
──そんな思いから売り出した五鈴屋の藍染め浴衣地は、江戸中の支持を集めた。
店主の幸は「一時の流行りで終らせないためにはどうすべきか」を考え続ける。
折しも宝暦十年、辰の年。かねてよりの予言通り、江戸の街を災禍が襲う。
困難を極める状況の中で、「買うての幸い、売っての幸せ」を貫くため、幸のくだす決断とは何か。
大海に出るために、風を信じて帆を上げる五鈴屋の主従と仲間たちの奮闘を描く、シリーズ第十一弾! !


今回も、章の終わりごとに泣かされる。浴衣にまつわる物語で、太物仲間の店々との信頼関係もしっかり築け、五鈴屋が再び呉服を商う道も開けそうである。地道に、心を込めて、利他の心で物事に当たっていれば、きっと道は拓けるのだと、改めて教えられる思いである。ただひとつ、気になり続けるのは、妹の結のことである。いつの日か、かたくなな心が解ける日が来ることを祈りたい。次も愉しみなシリーズである。

紙魚の手帖 vol.1

  • 2022/02/02(水) 16:42:30


■「ミステリーズ!」の後継誌ついに創刊。コンセプトは、国内外のミステリ、SF、ファンタジイ、ホラーを刊行してきた東京創元社による「総合文芸誌」。■『蝉かえる』で第74回日本推理作家協会賞、第21回本格ミステリ大賞W受賞の櫻田智也が贈る、〈エリ沢泉〉シリーズ最新作。■第21回本格ミステリ大賞全選評、一挙掲載。■第31回鮎川哲也賞&第18回ミステリーズ!新人賞選評、ならびに第18回ミステリーズ!新人賞受賞作「三人書房」掲載ほか。


既知の作家、新人作家、いろんなテイストの作品たちと、雑誌ならではのわくわく感を楽しめる一冊だった。

あなたが選ぶ結末は*水生大海

  • 2022/02/02(水) 06:50:15


最後の最後で読者がそれまで見てきたものとは違った景色を提示する「どんでん返し」。
前作『最後のページをめくるまで』で見せた鮮やかなどんでん返しを、本作でも再び実現! 

「俺の話を聞け」から「真実」まで全五編を収録した驚きの短編集。


ひとつひとつの物語の結末は、読者の想像にゆだねられているようなすっきりしない終わり方をしており、最後にそのもやもやに、ひとつひとつ答えを与えていくという作りである。とはいえ、真相は、途中から何となく想像がつき、無理があるのでは、と思わされる部分もなくはないので、何もかもがすっきり腑に落ちるというわけでもなかったのが、少し残念な気がする。事件の真相に周りからじわじわと迫っていく手法は、なかなか愉しめる一冊だった。