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ショートケーキ。*坂木司
- 2022/06/29(水) 18:46:23
星の数ほどあるケーキの種類のなかでも、不動の人気を誇る「苺のショートケーキ」。「和菓子のアン」シリーズなど、甘いものを描いた作品星のに定評のある著者による、誰しも思い出のひとつやふたつはあるだろうショートケーキをめぐる5篇の連作集です。
ショートケーキつながりの、ゆるい連作物語。ショートケーキの扱い方も、キーパーソンのつながり方も、そうきたか、という感じの緩さで、よかった。そして、どの物語も、互いを思いやるやさしさにあふれていて、甘酸っぱい心もちにさせてくれる。まさにショートケーキ。ショートケーキなくしてはありえなかった一冊である。
星空の16進数*逸木裕
- 2022/06/28(火) 17:46:22
私を誘拐したあの人に、もう一度だけ会いたい。色鮮やかな青春ミステリ。
ウェブデザイナーとして働く17歳の藍葉は、”混沌とした色彩の壁”の前に立つ夢をよく見る。それは当時6歳だった自分が誘拐されたときに見た、おぼろげな記憶。あの色彩の壁は、いったい何だったのだろうか――その謎は、いつも藍葉の中にくすぶっていた。ある日、届け物を依頼されたという私立探偵・みどりが現れ、「以前は、大変なご迷惑をおかけしました」というメッセージと100万円を渡される。かつての誘拐事件しか心当たりのない藍葉は、みどりに誘拐事件の犯人・朱里の捜索を依頼する。当時、誘拐事件はわずか2時間で解決されていた。藍葉の思い詰めた様子と自身の好奇心からみどりは朱里を捜し始め、藍葉は”色彩に満ちた部屋”の再現を試みる。己の”個性”と向き合う藍葉と、朱里の数奇な人生を辿っていくみどりはやがて、誘拐事件の隠された真相に近づいていくが――。
母親にネグレクトされ、しかも誘拐された経験のある17歳の藍葉の物語なのだが、ひょんなことから関わることになった私立探偵のみどりの物語でもある。藍葉を誘拐した犯人・朱里を探すうちに、別の扉が次々に開かれるように新たな展開が生まれ、併せて藍葉の色彩に関する認識も深まっていく。そして、双方が相まって、事の真実に近づいていくのである。一見関係なさそうな事件十色。実はそこには特定の人にしかわからない深いかかわりがあったのである。藍葉とみどりと朱里、不思議な縁で繋がった彼女たちの人生の物語と言ってもいい一冊だった。
花咲小路二丁目の寫眞館*小路幸也
- 2022/06/26(日) 16:22:23
たくさんのユニークな人々が暮らし、日々大小さまざまな事件が起きる花咲小路商店街。
新米カメラマンの樹里が働くのは、商店街に昔からある<久坂寫眞館>。
店主の重はカメラマンの腕がいいはずなのに、写真を撮ろうとしない。それもそのはず、重が撮影をすると、<奇妙なもの>が写真に写り込んでしまうというのだ。
写り込んでいるのが「過去」のものだとわかったことがきっかけで、昔の花咲小路商店街にタイムスリップしてしまった二人。
若かりしセイさんの力を借りて、謎に包まれたままの火事の真相を探ろうとするが、そこには大きな秘密が隠されていてーー
累計15万部突破の大人気「花咲小路」シリーズ第7弾!
とうとうタイムスリップしてしまったか、という感じだが、まったく違和感はなく、すんなり入り込めてしまった。そして、セイさんの秘密もしっかり確認することができ(わかっていたことではあるが)、商店街のアーケードにまつわる謎まで解き明かし、しかも現在との祖語もなく、ある意味ハッピーエンドで締めくくるとは。セイさんの綿密な計画のおかげもあるだろうが、重(じゅう)くんの持っている何かが確実に作用していると思われる。そして樹里さんによって補強されているものなのだろう。花咲小路商店街、まだまだ何か出てきそうで愉しみなシリーズである。
ストラングラー 死刑囚の告白*佐藤青南
- 2022/06/24(金) 16:40:30
死刑囚にして元刑事の明石陽一郎と秘密裏に組むことで、捜査一課の簑島朗は〈ストラングラー〉模倣事件を解決した。
しかし十四年前の連続殺人事件そのものに迫ろうとした時、証拠捏造をした警部補の伊武が射殺される。
それは警察内部に再審請求を望まぬ者がいることを示していた。
簑島は困惑しながらも、拘置所内の明石と協力し、新たなる少女失踪事件解決と大量殺人計画阻止に動く。
さらに捜査協力の代償として、冤罪を証明する証拠を集め始めるのだが……。待望の続編登場!
模倣犯によるとみられる事件が起こったことにより、オリジナル・ストラングラーと呼ばれるようになった明石のもとに通い、アドバイスを得ながら、その冤罪を晴らすべく動く刑事・簑島は、撃たれて死んだ刑事・伊武の亡霊に悩まされながらも、一歩ずつ冤罪の証拠に近づいていく。そしてその先に見えたものは、後戻りできない衝撃をもたらすのである。ストラングラー事件の真犯人は相変わらず野放しで、そちらの捜査は全く進んでいるようには思われないが、明石の件は今後どう判断することになるのだろう。次作に期待がかかるシリーズである。
二重らせんのスイッチ*辻堂ゆめ
- 2022/06/23(木) 07:05:20
「桐谷雅樹。殺人の容疑で逮捕する。午前八時十一分」
2015年2月、桐谷雅樹の“日常"は脆くも崩れた。渋谷区松濤の高級住宅地で飲食店経営者が殺害され、現金およそ二千万円を奪われる事件が起きた。凶器が購入された量販店の防犯カメラに映っていたのは、まぎれもなく自分自身の姿。犯行現場から検出されたDNA型は雅樹のものと一致する。紙で切ったはずの手の傷跡、現場付近で寄せられた目撃証言……。すべては雅樹による犯行を示唆していた。やはり俺が犯人なのか――自らの記憶、精神をも疑いはじめた矢先、雅樹の不在証明が偶然にも立証される。しかし、待ち受けていたのはさらなる苦難だった。
冤罪ミステリと紹介されているが、単なる冤罪とはひと味違い、さまざまな意味での社会問題をも織り込んで、複雑な気持ちにさせられる。表層しか見えていなかった時と、少しずつ背景が見えてきた時とでは、事件そのものにも、それを起こした人物たちにも別の感情が湧いてくる。ひとつ開かれたと思った扉の奥には、また別の扉があり、どれが真実なのかがなかなか見えてこない。最後の最後まで気を緩めることができない一冊でもあった。
千の扉*柴崎友香
- 2022/06/20(月) 18:14:30
夫・一俊と共に都営団地に住み始めた永尾千歳、40歳。一俊からは会って4回目でプロポーズされ、なぜ結婚したいと思ったのか、相手の気持ちも、自分の気持ちも、はっきりとしない。
二人が住むのは、一俊の祖父・日野勝男が借りている部屋だ。勝男は骨折して入院、千歳に人探しを頼む。いるのかいないのか分からない男を探して、巨大な団地の中を千歳はさまよい歩く。はたして尋ね人は見つかるのか、そして千歳と一俊、二人の距離は縮まるのか……。
三千戸もの都営団地を舞台に、四十五年間ここに住む勝男、その娘の圭子、一俊、友人の中村直人・枝里きょうだい、団地内にある喫茶店「カトレア」を営むあゆみ、千歳が団地で知り合った女子中学生・メイ。それぞれの登場人物の記憶と、土地の記憶が交錯する。
柴崎友香テイスト満載の、なんてことのない人たちのなんてことのない日常が淡々と描かれ続ける物語ではあるのだが、いささか違っているのは、その場所に脈々と流れる時間が、さまざまなポイントで切り取られ、その場所に積もった地層のように、重層的に眺められるということだろう。いま見えている景色からは想像もできないような出来事があり、人も建物も道も、ここであってここではないような、異なる時間軸のなかにあるように思えてしまうが、現在は確実にそれらがあったからこそあるものなのだということが、淡々と描かれる故に沁み込んでくる。この物語の先にも、また別の時間が降り積もり、別の誰かが違った思いを抱えて生きていくのだろうと、想像できるようになる。場所と時間について思いを巡らせるきっかけをくれる一冊だった。
透明な夜の香り*千早茜
- 2022/06/17(金) 19:06:29
【第6回渡辺淳一文学賞受賞作】
香りは、永遠に記憶される。きみの命が終わるまで。
元・書店員の一香がはじめた新しいアルバイトは、古い洋館の家事手伝い。
その洋館では、調香師の小川朔が、オーダーメイドで客の望む「香り」を作る仕事をしていた。人並み外れた嗅覚を持つ朔のもとには、誰にも言えない秘密を抱えた女性や、失踪した娘の手がかりを求める親など、事情を抱えた依頼人が次々訪れる。一香は朔の近くにいるうちに、彼の天才であるがゆえの「孤独」に気づきはじめていた――。
「香り」にまつわる新たな知覚の扉が開く、ドラマティックな長編小説。
調香師にスポットを当てた物語。とは言え、一般的な調香師の仕事というより、小川朔という、人並外れて鋭敏な嗅覚を持つゆえに生きにくく、自らを孤独に追い込んでいるひとりの人間と、彼の世界に入り込んだ、若宮一香の物語と言った方がいいだろう。朔の孤独と、一香の心の闇とがシンクロし、朔が創り出す唯一無二の香りを通して二人の世界の境界を少しずつ曖昧にしていくような印象である。ひとつ間違うと、セクハラであり変態っぽくなってしまいそうなところを、新城という俗世間にまみれた幼馴染を間に挟むことで、絶妙に社会につなぎとめているように見える。決して誰も侵すことのできない世界に身を任せたような緊張感漂う安心感にどっぷり浸れる一冊だった。
始まりの木*夏川草介
- 2022/06/15(水) 18:18:51
「少しばかり不思議な話を書きました。
木と森と、空と大地と、ヒトの心の物語です」
--夏川草介
第一話 寄り道【主な舞台 青森県弘前市、嶽温泉、岩木山】
第二話 七色【主な舞台 京都府京都市(岩倉、鞍馬)、叡山電車】
第三話 始まりの木【主な舞台 長野県松本市、伊那谷】
第四話 同行二人【主な舞台 高知県宿毛市】
第五話 灯火【主な舞台 東京都文京区】
藤崎千佳は、東京にある国立東々大学の学生である。所属は文学部で、専攻は民俗学。指導教官である古屋神寺郎は、足が悪いことをものともせず日本国中にフィールドワークへ出かける、偏屈で優秀な民俗学者だ。古屋は北から南へ練り歩くフィールドワークを通して、“現代日本人の失ったもの”を藤崎に問いかけてゆく。学問と旅をめぐる、不思議な冒険が、始まる。
“旅の準備をしたまえ”
民俗学にスポットが当てられている。就職に役立つわけでもなく、マイナーな学問であることは間違いないと思うが、人間が生きていくためには欠かせない学問でもあるのだと、本作を読んで思うようになった。偏屈な准教授・古屋と、優秀ではないと自覚している一年目の大学院生の藤崎のフィールドワークを追いながら、人間模様を描き出している。パワハラ・セクハラと言われかねない行動でもあるが、厭な感じでは全くなく、却って清々しささえ感じられる。物語中のそこここにちりばめられた明言は、人生訓と言ってもよく、折に触れて胸に沁みてくる。生きることの、生かされて在ることの意味をもう一度静かに考えたくなる一冊でもある。
あきない世傳金と銀 十二 出帆篇*高田郁
- 2022/06/12(日) 17:51:31
浅草田原町に「五鈴屋江戸本店」を開いて十年。
藍染め浴衣地でその名を江戸中に知られる五鈴屋ではあるが、
再び呉服も扱えるようになりたい、というのが主従の願いであった。
仲間の協力を得て道筋が見えてきたものの、決して容易くはない。
因縁の相手、幕府、そして思いがけない現象。
しかし、帆を上げて大海を目指す、という固い決心のもと、
幸と奉公人、そして仲間たちは、知恵を絞って様々な困難を乗り越えて行く。
源流から始まった商いの流れに乗り、いよいよ出帆の刻を迎えるシリーズ第十二弾! !
今回も懲りずに日本橋音羽屋の嫌がらせとも見えるあれこれはあるが、もはや動じる幸ではない。「買うての幸い、売っての幸せ」の心を守って、誠実に商いをしていれば、きっとまごころは人に届くということを知っているからである。念願であった呉服商いにも復帰でき、商いは順風満帆にも見えるが、そんな時だからこそ、幸には心にかかることもある。とことんお客さまに寄り添う店主である。そして、ラスト近く、また新しい展開が見えてきて、次作がますます愉しみになる。気がかりがあるときに解決につながるのは、いつも誰かのほんの些細なひとことやつぶやきである。そんな些事をも聞き逃さず胸に留め、打開策のヒントにできる幸は、やはり店主の器ということだろう。愉しみが尽きないシリーズである。
本からはじまる物語
- 2022/06/08(水) 18:14:53
森を飛びかう絵本をつかまえる狩人、ほしい本をすぐにそろえてくれる不思議な本屋、祖父がゆっくり本を読む理由、書店のバックヤードに隠された秘密……。
青春、恋愛、時代小説から、ミステリにファンタジーまで、「本」と「本屋」をテーマに豪華執筆陣18名が集結! 本の世界の奥深さが短いお話の中にたっぷり詰まっています。1話5分でわくわくできてどこから読んでも面白い、本にまつわるショートショート・アンソロジー。
阿刀田高 有栖川有栖 いしいしんじ 石田衣良 市川拓司 今江祥智 内海隆一郎 恩田陸 篠田節子 柴崎友香 朱川湊人 大道珠貴 梨木香歩 二階堂黎人 本田孝好 三崎亜記 山崎洋子 山本一力
と、著者を並べてみただけでも贅沢である。似たような着想のものもあるが、どの物語も本への愛があふれていて、その先が知りたくなるものも多い。どこから読み始めても、どこで読み終えてもいい気楽さもあり、あっという間に読めてしまうのが、楽しくもありもったいなくもある一冊である。
ミカエルの鼓動*柚月裕子
- 2022/06/07(火) 07:02:05
この者は、神か、悪魔か――。
気鋭の著者が、医療の在り方、命の意味を問う感動巨編。
大学病院で、手術支援ロボット「ミカエル」を推進する心臓外科医・西條。そこへ、ドイツ帰りの天才医師・真木が現れ、西條の目の前で「ミカエル」を用いない手術を、とてつもない速さで完遂する。
あるとき、難病の少年の治療方針をめぐって、二人は対立。
「ミカエル」を用いた最先端医療か、従来の術式による開胸手術か。
そんな中、西條を慕っていた若手医師が、自らの命を絶った。
大学病院の闇を暴こうとする記者は、「ミカエルは人を救う天使じゃない。偽物だ」と西條に迫る。
天才心臓外科医の正義と葛藤を描く。
大学病院を舞台に、手術支援ロボット・ミカエルとそれを操る心臓外科医の西條を主人公にする物語である。西條は、患者の負担も少ないミカエルを積極的に推進するが、ある時からじわじわと上層部の反応に変化が現れ、その後、開腹手術を得意とするドイツ帰りの真木が加わることで、流れが大きく変わり始める。欲得や名声、人間関係のしがらみなどに絡めとられ、医師の本分を見失う体制側に反発はあれど、自らを省みたときに、揺らぐ自信を感じずにはいられないことが、西條を愕然とさせる。神の手とも崇められる西條の本質は、存外ぶれやすい印象で、それが全面的に好印象につながらない一因でもあるのだが、人間臭くてリアルな感じもする。真木の本質を知った後の、二人の優秀な医師の協力関係も見てみたかった。読み応えのある一冊だった。
新章 神様のカルテ*夏川草介
- 2022/06/05(日) 16:02:56
信州にある「24時間365日対応」の本庄病院に勤務していた内科医の栗原一止は、より良い医師となるため信濃大学医学部に入局する。消化器内科医として勤務する傍ら、大学院生としての研究も進めなければならない日々も、早二年が過ぎた。矛盾だらけの大学病院という組織にもそれなりに順応しているつもりであったが、29歳の膵癌患者の治療方法をめぐり、局内の実権を掌握している准教授と激しく衝突してしまう。
舞台は、地域医療支援病院から大学病院へ。
ドラマを観てからしばらく経っているが、読み進めるごとにその情景がまざまざと浮かんでくる。ドラマも原作にとても忠実に作られていたことがわかる。大学病院では、個人病院とは全く質の異なるジレンマが多々あるが、それでも栗原一止は栗原一止で安心する。本人にとっては至極生きにくいことであろうとは察するが。病院での心も身も削る奮闘と、家族と過ごす穏やかな時間の対比が相変わらず素晴らしい。この家族でいる限り、どこへ行ってもやって行けるだろうと確信させられる。読みながら何度も涙があふれて文字が見えなくなる一冊だった。
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