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月が100回沈めば*式田ティエン

  • 2008/06/22(日) 16:48:26

月が100回沈めば月が100回沈めば
(2006/06)
式田 ティエン

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コースケは“サンプル”のアルバイトをしている。調査会社に行って自分用の個室で遊び、アンケートに答える仕事だ。この仕事が会社にとってどう役立っているのかはよく分からないが、楽に稼げるおいしいアルバイトには違いない。サンプルのルールはただひとつ。サンプル同士は知り合ってはいけないし、話をしてはならない―。そんななか、ひょんに知り合ってしまったサンプルの佐藤アツシが突然姿を消した。チビのアツシが、いま連続で起こっている「中学生行方不明事件」に巻き込まれたのではないかと心配したコースケは、やはりサンプルで弓という探偵小説好きの美人女子高生とともにアツシの行方を追い始めた。果たしてアツシの行方は?サンプルのバイトに隠された秘密とは?


高校生のコースケ(耕佐)が主人公のミステリ仕立ての渋谷青春物語、といった一冊である。
しかし青春物語とはいいながら、ただ若者の生態を描くだけでなく、大人の思惑、社会の仕組みまでを絡めた、説教ぽくない教訓物語のようでもある。普通とは何か、存在とは何か、を問い続けている。
そして、人はだれも――大人でも子どもでも――みな等しく独りであり、だからといってひとりで生きていくことはできない、ということを知らしめる物語でもある。家族とのかかわり、同僚との交わり、ほんの些細な偶然から声を掛け合った通りすがりの人たちとの繋がり・・・。そういった他者とのかかわりで世界は成り立っているのかもしれない、とふと気づくとき、生きている意味が少しだけ違って見えるのかもしれない。





はじまり

       ――夜ではない闇、三番めの答え

 まだぼくが五歳か六歳だったころ、父が嘘をついた。
 だがそれはまず僕の嘘から始まった。覚えている限り、それは互いにとって初めての嘘だった。
 場所は映画館。たしか、川崎駅前のどれかだったと思う。映画は、アメリカ人の少年が母親に連れられて山あいの小さな町に住むようになり、新しい父親にいじめられる、そんな話だ。
 僕は映画が洋画なら、字幕を聞きながら見る。いつもがらがらの客席のさらに隅の席で、父が登場人物の声色に似せて字幕を読んでくれるのだ。そのささやき声は、たいていは父の膝に乗っている僕の、その距離でさえ聞き取れないことがある。でも気にはならなかった。聞き取れたところで当時の僕の語彙は少なく、知らない言葉のほうがずっと多かったからだ。

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