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サウスポイント*よしもとばなな

  • 2008/08/23(土) 11:07:11

サウスポイントサウスポイント
(2008/04)
よしもと ばなな

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かつて初恋の少年に送った手紙の一節が、ハワイアンの調べに乗って耳に届いた。キルト作家となった私はその歌い手を訪ねるが……。生命の輝きに充ちたハワイ島を舞台に描く書き下ろし長篇。


普通とはいえない境遇で育ち、だが不幸せかといえばそうも言い切れず、そのときどきでしあわせな風景を思い出すことができるようなテトラと珠彦。事情はまったく違うが、大人の都合に否応なしに振り回された子ども時代。そんな頃に、生木を裂くように別れ別れになり、自分の判断と責任でなんでもできる大人になって再び出会った。
キルト作家になっているテトラは、珠彦の亡くなった弟・幸彦のキルトを作るために、珠彦一家の住むハワイ島に赴き、その場所の魅力に惹きつけられるのだった。
しあわせなのか不幸せなのかよくわからない心のありようのテトラや珠彦とハワイの時間の流れ方がとてもしっくりとなじんでいて、物語を読んでいるというよりも、おなじ時間の流れのなかに身を置いているようなひとときだった。理屈ではないなにかが、こちらの胸のなかに流れ込んでくるような心地の一冊である。





はじまり


 子供の頃、一度だけ夜逃げをしたことがある。
 たたきおこされ、このバッグに入るものだけ持っていくのよ、とママに言われた。私はわけもわからずに、寝ぼけながらも暗い部屋の中で自分のタンスを開けて、あわてて大事なものをつめこんだ。さようならあの日縁日でパパに買ってもらった犬のぬいぐるみ。さようならおばあちゃんのくれたきれいな石けん。
 高価なものからつめようとした私を見て、ママは首をふった。
 「違うよ、テトラ。なによりもおまえの大事にしているものからつめていくべきなんだよ。」
 そんな余裕のない状況で、それを私に教えてくれたママは立派だったと思う。
 おかげで今になってもその教えを鮮やかに覚えている。

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