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誰にも書ける一冊の本*荻原浩

  • 2011/12/28(水) 19:10:14

誰にも書ける一冊の本 (テーマ競作小説「死様」)誰にも書ける一冊の本 (テーマ競作小説「死様」)
(2011/06/18)
荻原浩

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「私」は、アルバイトと自分を含めて五人の広告制作会社を営んでいる。広告業のかたわら小説を書き、二冊の本を出している。会議中に、母親から電話があった。入院している父親の容態が悪くなり、医者から、会わせたい人は今のうち呼ぶように言われたという。函館に飛ぶ。父は、生体情報モニタという機械に繋がれていた。父とは不仲だったわけではないが、男同士で腹を割った話をした経験も、二人きりの親密な体験をした記憶もない。母から原稿用紙の束を渡された。父が書いていたものだという。本にしたくて、専門家のお前に意見を聞きたいんじゃないかと。父は八十年間、北海道で暮らしていた。出世したとは言い難い会社員、見合い結婚、子どもは「私」と妹の二人。平凡な人生を綴ったであろう厚さ四、五センチの原稿を息子以外の誰が読みたがるだろう。読み始めた。少年時代に羆の一撃を食らい、祖父とのニシン漁で学資を稼ぎ、北大文学部の英文科を目指すところまで読んだ時点で、父は事切れた。すべて初めて知ることばかりであった。最初は、素人が陥りやすい自慢話と思ったが、その後創作と思うようになる。葬儀まで暦の関係で日にちが空き、物言わぬ父の傍らで読み終えた。そして葬儀の日、すべては明らかになった……。  一人の人間が死した後に厳然と残り、鮮やかに浮かび上がってくるものとは。


「死様」というテーマの競作のなかの一冊のようである。ほかには、佐藤正午、白石一文、土居伸光、藤岡陽子、盛田隆二各氏が参加している。
父の死に接し、父が残した自伝のような原稿を読む息子である「私」は、生きているころには聞けなかった、聞こうともしなかった父の生き様をじっくりと知っていくことになる。戦争を体験し、北海道に移民として入植して並々ならぬ苦労をしてきたひとりの男の人生の重みが胸にずっしりと訴えかけてくるようである。校正しながら読み進み、自費出版でもしてやろうというつもりで読み始めた「私」も、いつしか惹き込まれ、読み終える頃にはそんな気持ちはなくなっていたのだった。これは、自分と母と妹が読めばそれでいい。そう思えるようになったのである。そして迎えた葬儀当日は、雪に降り込められ一面白い世界であった。争議会場となる自宅へ向かってやってくる人々の顔を見たとき、「私」は父の人生の宝を目の当たりにしたような心地だったのだろう。ひとりの人間の歴史を感じさせられる一冊である。

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