ダンスホール*佐藤正午

  • 2012/01/19(木) 18:44:49

ダンスホール (テーマ競作小説「死様」)ダンスホール (テーマ競作小説「死様」)
(2011/06/18)
佐藤正午

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四年前、小説家である「私」の身に災難がふりかかる。医者を含めたまわりの人間は、気の病というが、本人には災難としか言いようがなかった。ある日、原稿に向かっていると、不規則な動悸を感じる。ほどなく呼吸が苦しくなり、息を吐くことも吸うことも自由にならない恐怖を覚えた。脂汗をかきながら、床にじっと横たわっているうちに症状はいくぶん抜けていったが、このときから小説書きの仕事が困難になる。十年前に結婚していた。その十年間で付き合う人種は以前と変わってしまっていたが、とくに用のある人間はいない。その交際をすべて絶つ。妻とも離婚。取り壊しの決まっている単身者向けマンションに入居。皮肉にも収入のあてのない独り住まいを始めたあたりから、症状はめったに出なくなっていく。  馴染みのバーで、東京から来たという男と居合わせる。ダンスホールで働いている女を探しているのだと、店主に語った。「私」は、心配してくれている昔の知り合いからある物を受け取るように言われ、その受け渡しの連絡を待っていた。ところが、すぐ近くで発砲事件があり、それが叶わなくなった。  違法な物を巡る「私」の物語と、「私」の想像が膨らんでいく東京から来た男の物語とが巧みに織りなされていく。──誰にも書けなかった、ストーリーテリングな私小説。


書けなくなった小説家の「私」の物語と、離婚届に判をもらうために妻の同棲相手の妻を探す男の物語が、ふとした事件によって交差し、人の縁と運命のいたずらによって重なり合いながら進んでいく。あるときは掌の上で踊らされているような心持ちになり、またあるときは逃れられない運命を感じる。知らない者同士の二人の男が、こんなに近くて遠い距離感で同じ物語の中にいるのが不思議な心地である。関係性の遠さゆえのもどかしさをも感じさせられるが、遠いと思っているとぐんと近づく瞬間があり、時間とともに伸び縮みしているような一冊である。

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