漁師の愛人*森絵都

  • 2014/01/10(金) 18:15:58

漁師の愛人漁師の愛人
(2013/12/16)
森 絵都

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〈驚愕しながら、あきれながら、時に笑いながら、何度でも思う。ここはどこ?〉
妻子持ちの音楽プロデューサー、長尾の愛人だった紗枝。会社の倒産ののち漁師への転身を決めた彼の郷里へ伴われ、移り住むことになったのだが、身内意識のつよい漁師町で「二号丸」と呼ばれていることを知ったのは、やって来て、たったの十日だった。「妻」から時折かかってくる長電話に、敵意にみちたまなざしを向ける海の女たち。潮の匂いと海上にたちこめる白い霧。いつまでも慣れることのできない生活でいちばんの喜びは、東京にいたころよりはるかに生き生きとしてみえる長尾の笑顔だったが、彼が漁師仲間の喜寿祝いで紗枝を紹介する、と急に言い出した――閉塞する状況を覆す、漁を生業とする男たちと女たちの日々の営みの力強さ、すこやかさ。圧倒的な生の力を内に秘めた「漁師の愛人」。
〈問題は、私たちが今、幸せであったらいけないと感じていることかもしれない〉
震災から一か月足らず。女三人でシェアハウスして暮らす毎日があの日から一変してしまった。藤子の恋人(カフェ経営者)は、炊き出しボランティアで各地をまわり、ほぼ音信不通。ヨッシは、彼氏がホテルから妻のもとに逃げ帰って以来、微妙な感じ。眞由に至っては、大地震の三日後にこの家を出て行ったきり、帰ってこない。雨もりの修理にたびたびきてくれる63歳の小西とのなにげない会話と、豚ひき肉の新メニュー作り、ビーズ細工のストラップ作りが、余震のさなかの藤子の毎日を支えていたのだが。2011年春の、東京のミクロな不幸と混乱を確かな筆致で描いた「あの日以後」。
その他に【プリン・シリーズ】三篇を所収。


表題作のほか、「少年とプリン」 「老人とアイロン」 「あの日以降」 「ア・ラ・モード」

テイストの違う物語五編である。だが、どの物語もなんらかの鬱屈した想いが押し込められているのが感じられて胸が痛くなる心地である。少年たちも、女たちも、男たちも、愛人も妻も、誰もがままならないなにかを裡へ裡へと押し込めて、押し込めきれないものを溢れさせてぶつけているように見える。そして、そこから抜け出すためには、ある種開き直りのような潔さが必要なのかもしれない。そのとき人はきっと、ひとまわり大きく強くなるのだろう。鬱屈してもどかしくて、だが力強い一冊である。

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