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貘の耳たぶ*芦沢央

  • 2017/08/30(水) 18:17:05

貘の耳たぶ
貘の耳たぶ
posted with amazlet at 17.08.30
芦沢 央
幻冬舎 (2017-04-20)
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帝王切開で出産した繭子は、あるアクシデントと異様な衝動に突き動かされ、新生児室の我が子を同じ日に生まれた隣のベッドの新生児と「取り替えて」しまう。取り替えた新生児は、母親学級で一緒だった郁絵が産んだ子だ。とんでもないことをしてしまった、正直に告白しなければ、いや、すぐに発覚するに違いない……、と逡巡するが、発覚することなく退院の日を迎える。そして、その子は「航太」と名付けられ、繭子の子として育っていく。罪の意識にとらわれながらも、育児に追われ、だんだん航太が愛しくなっていく繭子。やがて四年がたち、産院から繭子のもとに電話がかかってくる。
一方、郁絵は「璃空」と名付けた子を自分の子と疑わず、保育士の仕事を続けながらも、愛情深く育ててきた。しかし、突然、璃空は産院で「取り違え」られた子で、その相手は繭子の子だと知らされる。璃空と過ごした愛しい四年を思うと、郁絵は「血の繋がりがなんだというのだ」と思うのだが、周囲はだんだん「元に戻す」ほうへ話を進める。両家の食事会、バーベキュー、お泊まり……。郁絵の気持ちは揺らいでいく。


帝王切開で出産したことを、心のどこかで後ろめたく思い、不安定な気持ちで新生児室を覗いた繭子が、新生児につけられた名札が外れそうになっているのを見つけて、ついふらふらとそれを取り変えてしまったのは、動機としては弱いかもしれないが、産後の不安定さの中でかけられたふとした言葉や、ほかの母親と我が身を比べて、命を産み、これから育てていかなければならない責任と重圧に押しつぶされそうになり、自信を喪失する気持ちはとてもよく解る。そんな出来心でやってしまったことを、告白する機会を幾度も逃し、退院し、四年もそのままにしてしまったことに、弁解の余地はない。だが、繭子にとっても、子どもを取り違えられた郁絵にとっても、二人の子どもたちにとっても、あまりにも切なすぎる。繭子がもう少し強い心を持てていたら、とか、勇気をもって告白していたら、というのは簡単だが、そのときにはきっと、大きな流れに呑み込まれるように引きこまれてしまったのだろう、とも思う。子どもたちも、親たちも――繭子にはそんな日は来ないとわかってはいるが――、いつか心の傷が少しでも癒えて、屈託なく笑いあえる日が来ることを願うだけである。考えさせられることが多いが、切なすぎる一冊でもあった。

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