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灰の劇場*恩田陸

  • 2021/08/02(月) 18:30:58


大学の同級生の二人の女性は一緒に住み、そして、一緒に飛び降りた――。
いま、「三面記事」から「物語」がはじまる。
きっかけは「私」が小説家としてデビューした頃に遡る。それは、ごくごく短い記事だった。
一緒に暮らしていた女性二人が橋から飛び降りて、自殺をしたというものである。
様々な「なぜ」が「私」の脳裏を駆け巡る。しかし当時、「私」は記事を切り取っておかなかった。そしてその記事は、「私」の中でずっと「棘」として刺さったままとなっていた。
ある日「私」は、担当編集者から一枚のプリントを渡される。「見つかりました」――彼が差し出してきたのは、一九九四年九月二十五日(朝刊)の新聞記事のコピー。ずっと記憶の中にだけあった記事……記号の二人。
次第に「私の日常」は、二人の女性の「人生」に侵食されていく。
新たなる恩田陸ワールド、開幕!


何よりまず気になるのは、過去に目にした新聞の三面記事のなにかが、作者の心のどこかに棘として引っかかっていて、それが時を隔てて甦り、作品にするに至るところから物語が始まるということである。現実と虚構、フィクションとノンフィクションが何重にも入れ子になっていて、読み進めながら、自分がどこに立っているのかしばしば見失いそうになる。目の前に広がる場面のどれもが、視えているのに現実にそこにはないもののような心もとなさに満ち満ちていて、唯一手に取るようにリアルに感じられるのが、発端になった三面記事の二人の女性が、これから心中に出かけようとする朝の食事の後片付けや、鍵をかけるかかけないかを悩む場面なのが、皮肉でもある。自分で決め、人知れず自分で決行したと思っていることが起こす波紋の大きさと、それが及ぶ永遠とも言える範囲に驚かされる一冊でもあった。

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