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少女を埋める*桜庭一樹

  • 2022/04/27(水) 16:47:32


2021年2月、7年ぶりに声を聞く母からの電話で父の危篤を知らされた小説家の「わたし」は、最期を看取るために、コロナ禍下の鳥取に帰省する。なぜ、わたしの家族は解体したのだろうか?――長年のわだかまりを抱えながら母を支えて父を弔う日々を通じて、わたしは母と父のあいだに確実にあった愛情に初めて気づく。しかし、故郷には長くは留まれない。そう、ここは「りこうに生まれてしまった」少女にとっては、複雑で難しい、因習的な不文律に縛られた土地だ。異端分子として、何度地中に埋められようとしても、理屈と正論を命綱になんとかして穴から這い上がり続けた少女は東京に逃れ、そこで小説家になったのだ――。
「文學界」掲載時から話題を呼んだ自伝的小説「少女を埋める」と、発表後の激動の日々を描いた続篇「キメラ」、書き下ろし「夏の終わり」の3篇を収録。
近しい人間の死を経験したことのあるすべての読者の心にそっと語りかけると同時に、「出ていけ、もしくは従え」と迫る理不尽な共同体に抗う「少女」たちに切実に寄り添う、希望の小説。


コロナ禍の中で父を見送る娘の心情は、身につまされるものがあり、このことに限っては故郷に帰ってよかったのだと思えるが、いまだ家父長制が色濃く残り、女は「従うか出ていけ」という不文律がまかり通っている場所に、長くとどまることがどれほどのストレスになるかは想像に難くない。埋められないように、必死で抗う姿には共感も多いと思われる。だが、その後の批評をめぐる騒動に、果たしてどれほどの共感が得られるだろうか。個々の家族や、特定の地域の事情がわからないので、なんとも言えないが、そもそも著者が最初にひっかかったのは、小説に書かれていないことを、あたかもあらすじのように記述され、その上で論評されるという理不尽と、それによって故郷の母が受けるだろう故なき仕打ちを心配してのことだったと承知する。とは言え、作品には、母の実際行ったことの数々が書かれているのである。自分が書いたことに関する母への誹謗中傷はかまわないが、書いていないことを取り沙汰されるのは許せない、ということなのだろうか。その辺りが、よくわからないのも事実である。何となくもやもやとすっきりしない一冊になってしまったのは、いささか残念である。

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