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こうふく あかの*西加奈子

  • 2009/04/02(木) 17:06:12

こうふく あかのこうふく あかの
(2008/03/27)
西 加奈子

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二ヶ月連続作品「こうふく」シリーズ第二作
結婚して十二年、三十九歳の調査会社中間管理職の「俺」の妻が、ある日他の男の子どもを宿す話。
二〇三五年、小さなプロレス団体に所属する無敵の王者、アムンゼン・スコットの闘いの物語。二つの話が響き合う。


一作目の『こうふく みどりの』とのつながりは、「ここからそこへ、そうつなげたか!」という感じである。伏線はしっかり張られていたのだ。
そして、本作では、2007年の物語と2039年の物語が並行して語られ、初めはまったく関係がないように別々に進んでいくのだが、あるところでそのつながりが見えてくると、いままで見てきた景色に突然色がついたような興奮を覚えるのである。
前作からのどの登場人物も無意味ではないのだということを思わされもする。

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こうふく みどりの*西加奈子

  • 2009/04/02(木) 13:36:18

こうふく みどりのこうふく みどりの
(2008/02/28)
西 加奈子

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お前んち、いっつもええ匂いするのう。おばあちゃん、夫(おじいちゃん)失踪中。お母さん、妻子ある男性を愛し、緑を出産。藍ちゃん、バツイチ(予定)、子持ち。好きになったら年齢問わず。桃ちゃん、4歳なのに、まだおっぱい吸いに来る。辰巳緑、14歳、女未満。初恋まであともう少し。


「こうふく」二部作のうちの一冊。
二部作といっても、「道」をキーワードにつながるもので、それぞれに完結した物語であるようだ。
本作は、14歳の辰巳緑の物語である。緑と彼女の――ペットも含めて――女ばかりの家族の。
客観的に見ると、緑の環境はかなり偏っているのだが、そのことをなんとなくわかりながらもはっきりとは自覚せず、当たり前のこととして普通に生活している緑である。14歳という年齢にしては大人びてみえるのも家庭環境と友人の影響かもしれない。
全編関西弁で書かれていて、それがまた、辰巳家の時間の流れ方に現実感を与えているように思われる。
祖母・母・従姉妹、それぞれが抱えているものの重さが、挿入される手紙や独白でわかる仕組みも巧みである。

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窓の魚*西加奈子

  • 2008/09/01(月) 17:19:55

窓の魚窓の魚
(2008/06)
西 加奈子

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誰かといるのに、ひとりぼっち。

男の子のようなナツ、
つるりとした肌のアキオ。
明るく派手なハルナ、
ぶっきらぼうなトウヤマ。

誰も、本当のあたしを知らない-。ある日、2組のカップルが温泉へ向う。でも、裸になっても笑いあっていても、決して交わらない想い。大人になりきれない恋人たちの一夜を美しく残酷に描く。


一緒にいるのが不思議なくらい共通点のありそうもない二組のカップルが、寂れた温泉宿で過ごす一夜の物語である。
おなじ時間が、ナツ、トウヤマ、ハルナ、アキオ、とそれぞれの視点で語られる。他人のことはこれほどまでにわからないものなのだということがよくわかる。外から見えることと真実との落差が、ありそうで怖い。
彼ら以外の客は二組。老夫婦と、やせた女。彼ら四人の語りに挟み込まれるように、老夫婦の妻の語りが置かれている。宿を出たあとで、鯉のいる池に薬を飲んだ女の死体が浮かんでいたという知らせを聞かされ、あれこれと思い返している。
かかわりのない視点からの語りは、なんとはなしに緊張感のようなものを孕みつつ、それでも四人はちっとも変わらずにそれぞれが秘密を抱えて生きている。
そもそも宿がいくつもの秘密を抱え込んでいるようであり、不思議な厭世観に包まれる一冊である。

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しずく*西加奈子

  • 2007/08/30(木) 17:48:14

☆☆☆☆・

しずく しずく
西 加奈子 (2007/04/20)
光文社

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『さくら』『きいろいゾウ』の西加奈子、待望の最新刊は初めて
の短編集!
・・・・・・・・・・・・・・
そうか、あなたがいたんだ。

迷っても、つまずいても、泣きそうでも。
人生って、そう悪くない
・・・・・・・・・・・・・・

・幼なじみ
・三十女と恋人(バツイチ)の娘
・老婦人と若い小説家
・旅行者と嘘つき女
・二匹の雌猫
・母と娘
少し笑えて、結構泣ける、「女どうし」を描く六つの物語


表題作のほか、「ランドセル」「灰皿」「木蓮」「影」「シャワーキャップ」

何気ないようであって、なかなかないかもしれないとも思えるシチュエーションの物語たちである。そんな関係性の選び方がべたべたしすぎずにそこはかとない共感を呼ぶ理由のひとつかもしれない。
軽く読みながら、ときにクスリと笑い、振り返ってジンと胸に沁みる。

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通天閣*西加奈子

  • 2007/03/25(日) 20:09:02

☆☆☆☆・

通天閣 通天閣
西 加奈子 (2006/11)
筑摩書房

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どうしようもない人々が醸し出す、得体の知れないエネルギーが溢れている大阪ミナミ。社会の底辺でうごめく人々の愚かなる振る舞いや、おかしな言動が町を彩っている。主人公は、夢を失いつつ町工場で働く中年男と恋人に見捨てられそうになりながらスナックで働く若い女。八方ふさがりに見える二人は、周りの喧噪をよそに、さらに追い込まれていく。ところが、冬のある夜、通天閣を舞台に起こった大騒動が二人の運命を変えることに…。


わけのわからない不条理な夢を見ながら目覚め、温もった布団から出る勇気がなかなか湧かず、きのうより良いとも思えないきょう一日をどうやり過ごそうかと思いながら やっとのことで起きだす。通天閣のある街で暮らすということ以外なんの共有することもなさそうな中年男と若い女が交互に語り手になって物語りは進む。二人が関わりを持つこともなく このままラストに向かうのかと思ったころ、思わぬ事件が起こり その現場に 他の野次馬たちに紛れてたまたま二人も居合わせることになる。二人の思わぬ関係も読者にはここで判るのだが、本人たちはそれすらも知らずに またそれぞれの暮らしに戻っていく。
なんの救いもないようなのだが、最後には、それぞれにほのかな希望のようなものを胸に灯しているのである。
かわり映えのしない毎日でも 人生捨てたもんじゃない、と思わせてくれるような一冊だった。

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きいろいゾウ*西加奈子

  • 2006/03/24(金) 17:35:51

☆☆☆☆・



武辜歩=ムコさんと 妻利愛子=ツマさんという夫婦の物語。

そのままタイトルになっている物語中の絵本『きいろいゾウ』は、病気でさびしい思いをしている女の子のもとへ太陽みたいに大きな月の粉を浴びて黄色くなった空を飛べるゾウがやってきて、ひと晩だけ一緒に遊んでくれるお話。
ツマさんは心臓が人よりも小さく、子どもの頃一年間病院暮らしをしたことがあり、そのときに黄色いゾウと出会ったことがあり、ムコさんは子どもの頃この絵本を読んだことがあったのだった。お互いにそのことは知らないのだが。
動物や植物とおしゃべりができたり、見えないものを見たりするツマさんは、月の満ち欠けにもとても影響を受けている。あまりにも大きな満月に自分を持て余していたツマさんに、これから月は欠けてゆくから大丈夫だと声をかけたのがムコさんで、それがふたりの出会いだった。
あまりにもお互いを必要としてしまったツマさんとムコさんだったので、いつしかそこにいるお互いに安心できず、そこにいなくなる大切な人のことばかり思うようになり 伝えたいことを上手く伝えられなくなってゆくのだったが...。

相手に伝えたいことが溢れるほどあるのに なにひとつ言葉にできない、どうしてもなにも伝えられないもどかしさ。こんなにも大切な人なのに、いつかどこかへ行ってしまうのではないかというさみしさ。相手に頼り切って安心しきって生きていることの心許なさ。そんな愛すればこその目の前が真っ暗になってひとりぼっちになる感じが胸に迫ってせつなくなる。
自分にとってのきいろいゾウは誰なのか、それがわかって安心したとしても、きいろいゾウ自身もまた自分のさみしさを抱えていることに気づかされるのだ。

目次の次に並べられている「必要なもの。」はムコさんにとって生きていくための宝もののようなものなのだろう。
そして、物語の最後に再び並べられている「必要なもの。」の最後には、この世でいちばん大切なものが ひときわ大きくつけ加えられているのだった。

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さくら*西加奈子

  • 2005/07/04(月) 13:19:40

☆☆☆☆・

さくら さくら
西 加奈子 (2005/02)
小学館

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 それでも、僕たちはずっと生きていく――。
 5人と1匹の、まっすぐで、まっすぐで、まっすぐな、ものがたり。

                           (帯より)


僕こと長谷川薫が、ある年越しに久々に実家に帰っているあいだのことが語られている。
そして、その短い期間に、ほんの少し前に通り過ぎてきたばかりの過去の自分たち――つきあった彼女たちや父や母や妹のミキや そしてなんといっても(はじめ)という名の素晴らしい兄ちゃん――のこと、そしてそんな自分たちをいつもしあわせで包み込んでくれていた犬のサクラのことに想いを馳せるのである。
思い出はなんと甘美で光に溢れ完璧で切ないものなのだろう。
思い出は ともするとそこで完結してしまいそうに、ときには完結させてしまいそうになるけれど、いまここにこうしてあるのは、そんな思い出の中のできごとの結果なのだ。
良くも悪くもそんな風に思えてくる。

人がいなくなると、その人の存在の大きさはいやでも圧倒的に押し寄せてくるが、誰かがいることのありがたみを実感することはなかなかできることではないのだと改めてわかった気がする。
音もなく涙が頬を伝った。

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